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エルトの案内でマクベタスア村に到着。それと同時にポツポツと、本当に雨が降ってきましたね。村の様子としては、適度に魔物が現れる村相応の柵や物見櫓があるくらいが印象になる程度。それ以外は辺境の田舎村と変わりませんね。村の入口で守衛さんらしき人がこちらに手を振ってきました。
「よぉ、エルト。早かったな。今日のゴブリン退治はお預けか?」
「いや、終わった。罠場に誘い込む手筈を整えていたら、この冒険者が良い具合に群れを連れてきてくれてな」
「おお、そりゃ良かったな。ところで、向こうで黒い煙が立ち込めているのは……」
「ああ、火を放った。森ごと焼いたがそのうち鎮火するだろ」
「お、おう……」
あ、この守衛さんもどこか引いている。私の抱いた感想は間違っていなかったのですね。そんな守衛さんは私の姿を眺めている。
「しっかし、こんな綺麗な嬢ちゃんが一人で森の中を歩くとは物騒だな。他に仲間はいなかったのかい?」
「は、はい。腕には自信がありますので……」
「魔法使いが魔力切れになっている時点で、未熟者もいいところだけどな」
「うっ」
エルトに案内されるままに彼の家へと向かう。こじんまりした家だけど清潔感があり、エルトがマメな性格なのがよくわかる。ただ家の横にある物置から妙に禍々しさを感じるのは気のせいでしょうか?居間へと案内され、タオルとお茶を出してもらう。あ、このお茶美味しい。エルトは暖炉に火をつけたあと、私の正面に座る。
「そこまで濡れたわけでもないし、直ぐに乾くだろ」
「あ、ありがとうございます」
「それで、冒険者がこんな辺鄙な場所に何の用だ?この辺には特殊なダンジョンや遺跡もないし、そこまで凶悪な魔物が現れるわけじゃない」
「そ、それは……」
あー、やっぱり私怪しまれていますよね。全てはこの美貌が原因なのでしょうけれど……やはり女神として嘘をつくのははばかられます。何より嘘をついても話が進みませんし。
「……では正直にお話します。私は本物の女神イリュシュア、この村に生まれた勇者――いえ、エルト、貴方に会うために降臨したのです」
「頭を……」
「本当ですよっ!?嘘じゃないですよっ!?」
「いや、嘘をついていないのはわかる。そのお茶には自白剤を混ぜてあるからな」
「嘘っ!?」
平然と人に一服盛るなんて、どういう神経をしているのでしょうか!?まあ美味しいことには違いありませんが。
「それでも飲むんだな。逆にビックリだ」
「別に嘘をつくつもりはありません。これで信用を得られるのであれば甘んじて飲みましょう。おかわりをください」
「やっぱり正気を失っているようにしか感じないな」
「本当ですってば!?……コホン、実際に貴方は勇者なのです。この世界を創り出した三人の女神の一人、このイリュシュアの力を与えられた選ばれし者。しかし貴方はその年齢になっても勇者の力がまるで覚醒せず、心配になったので私が自ら様子を見に来たのです」
「少なくともそういう実感はないな。自白剤に耐性でもあるのか?」
「まるで信じていませんね……どう証明したものか……」
確かにいきなり私が女神で、貴方が勇者と言われても信憑性に欠けるでしょう。女神としての力を見せればその疑念は晴れるのでしょうが、今の私の魔力は人間程度……。
悩んでいると玄関を叩く音が聞こえてくる。どなたか来客でしょうか。エルトは立ち上がり、玄関へと向かう。狭い家なのでここからでも玄関の様子は伺えるので私もそちらの方に意識を――
「どうも。――あ、もう到着していましたかイリュシュア様」
「なんで貴方がここにいるのですか!?」
玄関先に立っていたのはエルトの監視を命じた天使。それも堂々と天使の羽を広げた状態で。
「なんだ、天使か」
「貴方もなんで動じていないのですか!?」
「なんでと言われてもな。この天使、特に理由もなくこの村の上空をずっとふわふわしていることで有名だし」
「隠れる気ゼロ!?」
「たまに村に降りてきて食事とるし、わりと顔なじみなんだよな」
「馴染みすぎでしょう!?」
「監視は命じられましたが、隠れてやれとは言われていませんでしたので」
「それはそうですけど!?」
え、なに、この子ったら十数年間ずっと村人に見られている中で監視していたの!?不審がられたりしなかったの!?
「ということはだ、この女は本当にイリュシュアなのか?」
「ええまあ、そういうことになりますね。一応私の目的は勇者である貴方の成長の様子を監視することでした」
「村に溶け込みすぎて気づかなかったな」
「どれだけ溶け込んでいたのですか!?……それで、ここには何をしに?」
「ああ、そうでした。地上に降り立ったことのないイリュシュア様のことですから、きっとその辺で迷子になっているのではと思いまして。力を失っている状態で魔物にでも遭遇したら大変かなと思い、勇者に捜索願いでも依頼しようかなと」
「うっ」
迷子というわけではないのですが、魔物に襲われたことは事実ですし……何か刺さりますね。
「まあそれはついでで、先日頼んでいた干し肉を取りに」
「ああ、用意できてるぞ。いつもご贔屓に」
「そっちが本命!?そしていつも!?」
「彼は何でも屋ですので、どれほどの依頼をこなせるかの調査ついでです」
何だか頭が痛くなってきました……。でもきちんと監視をしていたことは事実なのですし、大目に見るべきでしょうか……。
「話を戻すか。今さっきの内容が本当だと分かったが、正直勇者と言われてもピンとこないな」
「それは貴方が勇者として覚醒していないのが原因なのです。本来ならば窮地に陥ることでその力が目覚め、魔王とも戦えるほどの力を得ているころなのですが……」
「窮地か、ここ十数年味わったことがないな」
「でしょうね……。あの戦い方を見れば大よその察しはつきます」
「そもそも戦いってのは勝つ準備を徹底した上で挑むものだろ。何が悲しくて窮地に立たされなきゃならないんだ」
うん。大体の原因は分かりました。この勇者、徹底して石橋を叩いて渡るタイプなのですね。勝てると分かった時以外は無理をしない。そういうスタンスならば窮地に追いやられることもないのでしょう。
「ですがそれでは困るのです。貴方には魔王を倒す勇者となるべく、覚醒してもらわねばならないのです。魔王の力はとても強大で、私の妹女神ウルメシャスの力を持つ絶対的な脅威となって人間界を襲うでしょう。それに対抗できるのは私の力を授かった勇者だけなのです!」
「勇者なら王都の方でそれなりに活躍しているって聞いているぞ?」
「それは本物ではありません!多少才能のある者が人によって担ぎ上げられただけの存在なのです」
「戦えるのなら別に偽物でも勇者として活動できるだろ」
「肝心の魔王に勝てないのですよ!」
私が力を授けた物以外にも勇者を名乗る者はいる。ですがそういった者達は皆先代の勇者の血筋を引いていたり、稀に現れる才能の持ち主だったりというだけ。ウルメシャスの力を持つ真の魔王に対抗することはできません。
「ですからエルト、貴方には窮地に陥ってもらわねば困るのです!」
「凄い無茶振りだな、おい」
「あとお茶のおかわりもお願いします」
「よく飲むな、ほらよ」
「どうも。人の体で喋ると喉が渇くのです」
「自白剤も飲み過ぎると体に悪いんだがな」
「まだ入っているのですかっ!?」
うーん。私としてはどうにかエルトに覚醒して欲しいのですが、ここまで慎重だとどう誘うべきなのか……。
「なあ、俺に与えられているっていう勇者の力を他人に渡すことはできないのか?新しい勇者を生み出した方がマシだと思うんだが」
「貴方がそれを言いますか……。女神の力はそう簡単に他者に移すことはできないのです。貴方が命を落とせばその力は私に戻ってくるとは思いますけど、新たな勇者に与えるには新たな命を対象にしなければなりません。数十年もの間勇者が存在しないというのはかなり危険です」
「俺が寿命で死ぬ計算だな。俺を殺そうとか考えないのか?」
「何が悲しくて勇者を手に掛けなければならないのですか!?私は善の女神なのですよ!」
「過去に不相応な勇者とかいなかったのか?」
「いるにはいましたが、それは私の失態です。私のせいで人の命を奪おうとは思いません。そういった事態になった場合、天使達の力を総動員して人間達を助けていました。天界の武器などが多く出回った時代とか、その辺ですね」
勇者が戦えないのであれば人間達の力を底上げするしかない。反則すれすれではあるけれど、勇者に与えるはずの力をそちらに回したということにして事なきを得ていました。
「ならこの時代もそうなるってことか。ご苦労様」
「そこは頑張ろうとか思いませんか!?これまではどうにか凌いでいましたが、魔王の力次第によっては簡単に覆されてしまうのですよ!?」
「そう考えるとわりとすれすれな世界だったんだな」
「そうなのですよ。運よく魔王側にも問題があったり、奇跡的に一般人が魔王を打倒できたりと奇跡が続いていたからこそ、今の世界があるのです。ですがそのような奇跡も何度続くか、その保証はどこにもありません」
力を与えた勇者が戦いを放棄してしまったり、あっさりと事故で死んでしまったりなど、思い出すだけでも悲惨な思い出です。
「勇者が役に立たない場合ってのは色々想像つくが、魔王側にも問題が起きるんだな」
「勇者に問題があるのと同じように、ウルメシャスの用意する魔王側にも問題は発生します。一番酷かったのは、崖の上で格好つけていたら落下して死亡した魔王がいるという話でしょうか」
「うっわ、だっせ。その時に攻め込めば勝てたんじゃないのか?」
「その時の勇者は修行の為に潜ったダンジョンで遭難し、餓死しました」
「どっちもどっちだな、おい」
勇者といえども万能ではありません。何度『そんな理由で!?』と驚いたことか……。もう不眠不休で天使に命令をするのは嫌なのです。
「人が魔族の脅威を払いたいのと同じように、私もそろそろウルメシャスとの戦いに決着をつけたいのです!」
「だからといってはいそうですか、勇者として苦難に立ち向かいますってわけにはいかないからな」
「うう……そうですよね。こうなったら……貴方が勇者の自覚を持てるよう、言葉を投げかけ続ける以外に……」
「いや、それも迷惑なんだが。そもそもイリュシュア、まずは自分のことを考えた方がいいんじゃないのか?」
「……はい?」
私のこと?何を言っているのか、いまいちピンときません。
「ここは小さな村だからな。王都と違って宿屋や飯屋はないぞ?」
……ど、どうしましょう!?勇者に自分の使命を理解させることばかり考えていて、何の用意もしていませんでした!
「す、住まわせてもらえないのですか?」
「泊めるを通り越してきたな。ここは宿屋じゃない、他を当たれ」
「宿屋ないのですよね!?」
「ないな」
「私は女神ですよ!?」
「そうか。凄いな」
あ、この勇者冷たい。微塵も私のことを心配していません。女神ということを抜きにしてもこんな年頃の女性を一人外に放り出すつもりです。
「す、少しなら持ち合わせが……」
「この村は物々交換が基本だ。金があるなら王都にいくんだな。徒歩なら一週間くらいで辿り着けるぞ」
「一週間の野宿確定!?外には魔物もいるのですよ!?魔力が尽きている状態では無理ですよぉ!?」
魔力というものは一晩眠れば全開するような都合の良いものではありません。体力と同じで満足な環境で休まなければほとんど回復しませんし、疲労が溜まっていればさらに時間が掛かることになります。
「ま、村人の誰かなら一晩くらい泊めてくれるんじゃないか?」
「貴方は泊めてくださらないのですか!?」
「女を泊めると色々と面倒なことになるしな」
「え……。ああ、大丈夫ですよ!貴方からは邪な感情は感じませんし、信じられますから!あ、それとも恥ずかしい――」
「死人が出るのは避けたいしな」
「ここに泊まると死人が出るのですか!?」
この家、呪われているの!?来客を呪い殺すような魔法でも掛けられているのですか!?エルトの反応からして、同じ屋根の下で異性と寝食を共にすることに抵抗があるようには感じないのですが……そもそも私に対して少しも異性としての意識がないのですが……。
「命の心配をするよりかは、他の村人に頭を下げた方がマシだと思うんだがな」
「それはそうかもしれませんが……。あまり女神としての正体を広めてしまうのも……」
「そこは冒険者として交渉しろよ」
「それはそれで……私、人見知りですし……」
「俺に対しては馴れ馴れしいくせにかよ」
「それはエルトが私の力を宿している勇者だからです。ある意味私が生み出した存在ですし……そう、いうなれば私は母なのです!」
「おふくろなら一人で間に合ってる」
「反抗期!?」
あれ、そういえばここはエルトの家、ご両親はいらっしゃらないのでしょうか。これだけ騒いでも誰も反応していませんし、留守?
「そういえばご家族の方はいらっしゃらないのですか?」
「親父とおふくろなら家にいないぞ。もうこの家にはいない」
「それって――」
これは踏み入ってはいけないことでしたでしょうか。私としたことが、つい――
「二人とも『こんな村で一生を終えてたまるか、成り上がってやる!』とか言って王都に行ったからな」
「野心家!?息子を残して!?」
「何でも屋の仕事を押し付けてな。まあ俺は騒がしい場所は嫌いだからな、この村くらいが丁度良い」
「あ、そんな感じがします」
「まあ二人が帰ってきたら思い知らせてやるが」
複雑な家庭環境……なのでしょうか?違う気もしますが。ですがこれは良い情報です。ご両親がいらっしゃらないのであれば、部屋の一つや二つ空いているはずです!勇者を監視する為の当面の拠点としてこれ以上にない物件と言えるでしょう!
「お願いしますエルト!暫くの間この家に住まわせてください!貴方に勇者として目覚めてもらうためにも、この場所は都合が良いのです!」
「凄く断りたくなる理由だな。それは抜きにしても命の保証はできないんだぞ?」
「呪われた家だろうと、私は女神です!風雨を凌げる屋根付きの場所なら生きていけます!」
「人の家を呪われた家にするな。……まあ、人見知りってんじゃ仕方ない。忠告はしたからな」
「わぁぃ!」
色々と口の悪い勇者ですが、やっぱり勇者は勇者ですね!これで雨の降る中、濡れた子犬のように村を回って懇願しなくてすみます!
「あとお前を養うつもりは微塵もない。飯が欲しいなら自分で仕事を探すか、俺の手伝いくらいはしろよ」
おや、エルトのお手伝い……これは色々とチャンスなのではないでしょうか。私が役立てばエルトにできる仕事が増えますし、そうすれば必然と彼が窮地に遭遇する機会も増えるのでは!?
「お任せください!女神の本気というのを見せて差し上げますよ!」
「随分と自信満々なのな」
こうして私はエルトの母親の部屋だった場所を利用することとなりました。質素な部屋ですがベッドもありますし、何より家の中です!エルトについてはまだまだ先が思いやられますが、この調子なら思ったよりも早く彼を勇者として覚醒させることができるのではないでしょうか。
「人として生活してみるのもいい経験になりそうですしね。世界の命運が掛かっているとはいえ、ちょっと楽しみです……!」
人間の体だというせいか、魔力を使い切ったせいか、安心したせいかもしれませんが私はベッドに入るとすぐに眠くなり、夢の中へと入っていきました。そして窓から差し込む心地の良い朝日と、朝を喜ぶ小鳥たちの鳴き声と共にゆっくりと目が覚め――
「……え?」
私に向かって包丁を振り下ろそうとしている少女を目撃しました。
◇
オリマについて色々聞くことができた。様々な魔族の住む地域に居を構えている吸血鬼とサキュバスのハーフであり、普段は薬となる魔草の栽培を生業としているらしい。戦闘が得意じゃないってのは見た目でもよく分かるわね。
「両親はとても仲が良く、今は魔界の観光名所を二人で旅行していますね」
「仲が良いのは悪いこととは言わないけど、息子を放置ってのもアレよね」
「まあかれこれ十年程帰ってきていませんね。連絡もありません」
「それ蒸発って言わない?」
オリマは私が女神ウルメシャスということを信じた。そして私がオリマの魔王としての活躍を見守ることを告げると、彼は快く受け入れた。そういう姿勢は嫌いじゃないのだけれど、ちょっと爽やか過ぎないかしら?まずは魔王を目指す上で必要なヴィジョンの確認よね。
「それじゃあそろそろ本題に――」
「そうだ、ウルメシャスさん。そのまま置いておくのも居心地が悪いでしょうし、クッションを拵えてみました。どうぞ」
「何かチクチク裁縫してたと思ったら、そんなものを作ってたの?」
確かにテーブルの上にコトンと置かれるのは女神としての扱いじゃないわよね。あら、意外と装飾も凝っているわね。置かれ心地も良いわね!
「どうですか?」
「ぬふん、悪くないわ。って本題に入るわよ!」
「入れ物の箱も用意してたのですが……」
「しまわないでよね!?どれだけ見てくれが良くても箱に押し込まれるのはゴメンよ!?」
「でも父さんは棺桶で眠っていましたし、寝床と考えれば悪くないのでは?」
「私は女神なのよ。用意するならベッドになさい。それで、本題に入るけど……もうないわよね!?」
「そろそろ夕食でもと思ってはいますが」
「我慢しなさい。……そう言えばこの体って食事とかいらないのかしら?」
味覚は口がないから分からないけど、五感的なものはあるのよね。
「元々喋る機能もありませんし、恐らくはそうやって話しているだけで魔力を消費していると思いますよ。魔族の体なら魔力を生成する器官があると思いますが、腕輪ですからね。食事をとっても魔力は生成されないかと。そうなると食事を取れない、魔力を作れないでそのうち完全に魔力が枯渇するのではないでしょうか」
「……それって不味くない?生命的な意味で」
「魔力が尽きても生命力は残るでしょうし、憑依状態なら魂があれば存命は可能かと」
「そ、そうなの?」
わりと賢いわね、この魔王。分析力もそれなりにあるみたいだし……知的な魔王ってのも悪くないのかも?
「まあ魔力が尽きれば物言わぬ腕輪のまま、魔力が回復するまで一切の行動を行えないでしょうけど」
「やっぱり不味いじゃないの!?」
「かもしれませんね。とりあえず本題に入りましょうか」
「こっちが先決よ!?何とかできないの!?」
ただでさえこの世界に移動するのに魔力を消費して空になる直前なのに、長々話していたらそれだけで詰みじゃない!魔力も回復できないみたいだし、このままじゃ帰ることもできず一生物言わぬ腕輪のままになるわよ!
そんな私の焦りをさほど重要なことと捉えていないかのように、オリマはのほほんとした顔で少し考えた後ポンと手を叩いて言う。
「それじゃあ僕の魔力でも付与してみましょう。物にエンチャントする際、魔力を乗せる要領でできそうですし」
「魔族の魔力を……?まあ、試してみる分には……」
オリマは私に触れて魔力を流し込んでいく。全身に染み渡って……何これ、なんか上手く表現できないんだけど、すっごく美味しい!あ、味覚ってこういう形で取得してるのね。でもこんなに美味しい物食べたことないのだけれど……もっと食べたい!
「どうです?」
「どうやらいけそうね。でもちょっと魔力が足りないわ、もっと寄越しなさい」
「すみません。僕の方もそろそろ魔力切れでして」
「少なくない!?腕輪に染み渡る程度の魔力しかないの!?」
「研究で魔力を使うことが多くて、今日も実験の後ですし。魔力を全開に回復したのはかなり昔ですね」
「そ、そうなの。なら今後は私に食べさせる分の魔力も残しておきなさい」
ちょっと残念だけど、当面はオリマの魔力をご飯としていけるのであれば悪くないわよね。あれ、でもオリマって私の力を与えているのよね?これって自分を食べてることになるんじゃ?いや、オリマの魔力はオリマのものであって、私の力とは別よね!うん!
「そろそろ本題に入りましょうか」
「そうね。ようやく入れるわね。元から色々とやっているようだけど、具体的にはどんな活動を通して魔王となるつもりなの?」
「直接見た方が早いでしょう。地下室にご案内します」
オリマは小奇麗な手袋を装着して私を拾い上げる。貴重品扱いされることについて、良い気分になるべきか、物扱いに複雑な思いをするかで悩ましいところよね。
「ぱっと見た感じ、貴方の家って普通のお店だった気がするのだけど……地下室とかあるのね」
オリマの家はお店を兼ねた場所で、一般的に花屋のような感じの建物の横に庭があり、様々な魔草が育てられている。人間が営むようなものとは違い、実用性に長けたラインナップのようだけど……魔王の仕事としてはパッとしないわよね。
「父の家系が代々魔草を育てる職業でして。植物を育てるだけの土地としては勿体ない、せっかくだからと祖父がこつこつと地下に空間を作っていまして。今は僕の研究所となっています」
「研究所て……」
オリマは家の外に出て庭の横に備えつけてある倉庫へと向かう。鍵として取り付けられている水晶に手をかざすとその扉はゆっくりと開いていく。無駄に防犯水準高いわね、この倉庫。倉庫の中には畑仕事に使うような道具が綺麗に並べられており、その奥には不自然な魔方陣が描かれている。
「ここが入口です」
「見た感じ空気の湿度を抑える魔方陣っぽいけど、随分と大きいしよく分からない追記が目立つわね。……あ、よく見たら重力制御の構築が組み込まれているじゃない」
「流石ウルメシャスさん。すぐに見破るとは流石です」
「ぬふん、伊達に世界を創った女神の一人じゃないわよ」
まあ魔法の構築を創ったのは私じゃないけど。役に立ちそうな魔法がないかとか探す為にマニュアルはしっかりと読んでいたわ!オリマが魔方陣の上に立つと、魔方陣の部分が綺麗に抜けるように下がっていく。暗くて周囲の様子はあまりよくわからず、オリマを通して伝わる着地の振動で地下に降り立ったことだけがわかった。
「さあ、これが僕の研究所です!」
オリマが合図をするのと同時に地下室に設置してあった照明が一斉に輝きだし、地下室の光景を視認できるようになった。
「――うそぉ……」
そこにあったのは時代に似合わない様々な機械。いや、時代というより世界に見合わないと言うべきよね、これ。確か近未来を売りにしていた異世界の光景で見たことあるわよ、こんな場所。色は微妙に禍々しい黒で統一されており、俗にいうマッドサイエンティストの研究所と言えるような雰囲気だ。
「どうですか?これほどの設備が揃った場所はなかなかないでしょう?」
「いやいやいや、どうしたのよこの機械の数々!?」
「機械?女神はこれらのアーティファクトをそう呼ぶのですか。でも良い響きですね!これらは全部僕が造りました。様々な条件を生み出す為に必要な魔法を安定して発動させる為の物です。まあ未完成な物が多いのですが」
「造ったって……」
ここだけ文明が千年単位で違ってない?オリマって相当凄い奴だったの?あ、でもコレ大丈夫なのかしら……文明を過度に発展させる行為を避けるのは私達姉妹の中でも暗黙の了解なのだけれど……。
「機能を追求するとこういった形が作成しやすいんですよね。魔方陣や台座とかだけだとイマイチ機能性に欠けるというか」
「そ、そう……」
「僕はここで新たな魔物、魔物怪人を生み出す為に日々研究をしています。まだ一体だけしか完成していませんけど、見てみます?」
「まあ、それは見てみたいけど……」
オリマの目が凄く輝いている。うーん、こういう男の子って可愛い――じゃなくて、実物を見てみないことには意見も言えないわよね。
オリマは近くにある機械を操作すると、近くに寝かされていた培養カプセルのようなものが開いていく。中には人型のような……スライム?
「これが魔物怪人第一号、スライム怪人『ライライム』です!」
オリマが紹介するのと同時に、カプセルの中に寝かされていたスライムが人のように起き上がる。確かに人型のスライムなんて見たことがないけど……。
「これ、普通のスライムとどう違うの?」
「見て分かりませんか?なんと人型です!」
「それだけ!?」
いや、凄いと言えば凄いかもしれないんだけど……スライムはスライムよね!?
「それだけだとは思いますが……。ライライム、何か芸とかある?」
「スラスラ?」
「喋った!?」
スライムに発声器官とかないわよね!?え、体内で空気を振動させて喋れるようにしているの?スライムをどう弄ったらこうなるの!?
「そりゃあ喋りますよ。なぁライライム」
「スラスラ。スラララ」
「人型よりもそっちの方が凄いわよ……。でもまあ、何を言っているのかはさっぱりだけど……」
「あ、普通に話した方が良いっすか?」
「流暢!?」
「うーん。僕としてはスライム怪人としての個性を大事にして欲しいのだけれど……」
「じゃあ語尾を頑張ってみるスラ」
「ならよし」
「良しじゃないわよ!?」
ちょっと待って!?スライムは知性のない魔物なのよ!?捕食本能だけで生きているような単細胞生物レベルの生物が普通に意思疎通できるってどういうこと!?
「あれ、でもオリマ様。今日の実験はもう終わりじゃないんでスラ?」
「もうその口調でいくのね……」
「それがね、この腕輪に女神ウルメシャスさんが宿ったんだ。それで彼女に君を紹介しようと思ってね」
「はぇー、それはそれは。スライム怪人のライライムでスラ。よろしくお願いしまスラ」
「……割と順応性高いのね。普通女神って紹介されても信じないわよ?」
「スライムが意志を持てるような時代スラ、女神様が腕輪になっていても不思議じゃないスラ」
私の降臨、喋るスライムと同じレベルにされてる?それはそれで不服な気もするのだけれど……。
「僕はこのように魔族と違って意思疎通の難しい魔物に知性を与えて、新たな存在を生み出す研究を行っています。どうです?新しい時代が来そうだとは思いませんか!?」
「そ、そうね……」
「ちなみにライライムはこの学習装置の中で睡眠学習をしているスラ。魔族の一般常識とか覚えないといけないスラね」
しれっと言っているけど、魔物に知識を覚え込ませる装置とかも常識外れもいいところなのだけれど……。ある意味オリマは傑物と言える子のようね。魔王候補としては悪くないと……思いたいのだけれど、私が描いたイメージと違い過ぎる。うーん、でもこれはこれで面白そうな気もするし……いざとなれば本来の力を得るように誘導すればいいわけだし……。
「あ、でも魔物怪『人』って名前なのね」
「魔物怪魔族だとどうもゴロが悪くて」
「確かにそうね。でも面白そうではあるわね。暫くはオリマの好きにしてみなさい。成果を出せれば文句はないのだし、ない……うん、そうね……」
「まずは兵力を高め、この地域を支配、果ては魔界全土を征服するつもりです!」
「が、頑張りなさい?……あ、そう言えば秘密結社のメンバーも集めているって言っていたわよね?」
「はい。僕の研究に協力してくれる魔族もいまして、彼らと共に行動するつもりです。僕以外に四人いて、『四魔将』と名乗らせる予定です」
「予定なのね。魔物怪人が一体じゃ本格的な活動というわけにもいかないでしょうけど……有能な人材なのかしら?」
「はい!皆とっても個性的ですよ!」
何か気になる言い方だけど、これだけ高い頭脳を持つオリマが認めるのであれば有望な人材と言えるわよね。それに四魔将、良い響きじゃない。私好みで評価アップね!
「ちょっとその四魔将、気になるわね。呼び出せないの?」
「それが病欠で暫くは……」
「四魔将全員!?」
「一人目は風邪で、二人目は食中毒ですね」
「四魔将が風邪と食中毒!?」
「三人目は恋という病で」
「それ病気じゃないわよね!?」
「四人目は研究時についうっかり……」
「何をしたの!?」
「酷い事件だったスラ……」
「本当に何があったの!?」
こうして私は魔王となる存在、オリマと一匹のスライム?と共に動き出すことになった。色々と心配になることは多いけど、本当に大丈夫なのかしら?結局四人目の身に何があったのか教えてもらえなかったし……。
ただ私の置かれた環境はそう悪いものではないわね。オリマの魔力はとても美味だし、オリマに用意してもらった寝床も意外と悪くない。蓋を取っ払った箱だけど質は良いのよね……オリマの寝息が聞こえること以外は。
「常に傍に置いて携帯しなさいとは言ったけど……慣れるまで結構時間が掛かりそうね……」
とりあえず10万文字くらいまでは続きます。