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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
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 窓から差し込む優しい朝日、ドタバタした昨日が嘘のようです。聖人の適正を持ちエルトの幼馴染であるコックンさん、彼が協力者となったことは喜ばしいことなのでしょう。ですが魔王が動き出したという情報を得てもなお、現状維持のままというのはもどかしい気持ちがあります。


「ですがエルトが勇者として覚醒しないことにはこちらの展開は進みませんし……」


 勇者として覚醒さえすれば人間の皆がエルトを勇者と認め、彼の言葉を信じてくれるでしょう。ですが今のエルトは私個人が認めているだけで、勇者としての力はまるでと言っていいほど目覚めていません。今エルト達が声を高らかに上げたとしても、魔王が動き出したと信じてくださる方々はどれほどいるのか……。

 リビングに顔を出すと、エルトとカムミュさんが朝食を並べている最中でした。居候の立場ですし、私ももう少し早起きした方がよろしいのでしょうか……。


「朝から浮かない顔をしているな、イリシュ」

「あ、おはようございますエルト。それとカムミュさんも!」

「ついでみたいな言われようね?」

「そ、そんなことないですよ!?今日もいい天気ですね。小鳥達も元気に歌っていますし、朝食の美味しそうな匂いも素敵です!それに床にはコックンさんが全裸のまま血塗れで転がっていますし……コックンさん!?」


 部屋に視線を移しながら話していると、服を一切纏っていないコックンさんが血塗れで倒れているのを発見しました。


「よ、よぉ……イリシュ……ちゃん……今日も綺麗じゃ……ねぇの……」

「挨拶とかしている場合ですかっ!?一体何が!?」

「私がやったわ」

「カムミュさんっ!?」

「ついでに俺が許可した」

「エルトまでっ!?」


 と、とりあえず治療を……ってあれ、全身血だらけなのに怪我らしい場所が全く見当たらない……。


「うし、復活」

「え、え?えっ!?どういうことですか!?」

「伊達に聖人になる修行を積んじゃいねーぜ?全身をズタズタに切り裂かれるくらいならこんなもんよ!」

「いいからその粗末なものを隠しなさいよ。切り落とすわよ」

「おっと、治せなくはねーけどそいつは精神的ダメージがでかいから勘弁してくれ」


 コックンさんはカムミュさんに投げつけられたトレーをキャッチして股間を隠しました。いえ、服を着てほしいのですが……。


「そもそも何故全裸なのですか……?それもエルト達に?」

「いや、服は脱いで来た」

「脱いで来たのですかっ!?」

「いやなに。久々に故郷に帰ってきたわけじゃん?やっぱ人肌恋しくなっちまってなー。そんなわけでエルトの寝室に潜り込む為にやってきたんだが、こうなったわけだ」

「何をやっているんですか!?」


 エルトの寝室に潜り込むって、それも全裸で……あ、ちょっと見てみたいかもしれませ……いえいえ!色々と突き抜けた方だとは思いましたが……ここまでとは。


「しっかし容赦ねーよな。幼馴染だぜ?」

「人が寝てるところに全裸の男が現れたら半殺しにする許可くらい与えるさ」

「私でさえ自重するような真似を躊躇なく実行した行動力には潔さすら感じたわ。半殺しにはしたけど」

「へへ、ぐうの音もでねぇな」


 カムミュさんに半殺しにされて生きている……そりゃあ半殺しなのですから死ぬことはないのでしょうけど。カムミュさんに襲われても平然としているなんて……。


「あれ、でもカムミュさんはどうして当然のようにいるのです?」

「それはもちろんエルトの寝息を聞く為にこの家の屋根裏に潜んでいたに決まっているでしょ」

「決まっているのですか!?」

「本来なら折檻だが、今日は許すことにした。俺じゃコックンを半殺しにすることもできないからな」

「コックンさんってそんなにお強いのですか……?」

「カムミュちゃんに比べりゃよえーけどな。聖人の修行をこなしてりゃ、大抵の格闘家よりは強くなれるぜ?」

「そ、そういうものなのですか……」


 確かにコックンさんの肉体はとても引き締まっていて、とてつもない鍛錬を経験していることが伺えます。あ、あまり見ちゃ駄目ですよね……。でもそれより強いカムミュさんって……。

 その後、何事もなかったかのように朝食をとることになりました。テーブルの席には私とエルト、そしてカムミュさんと全裸のコックンさん。


「あの……服は……」

「家にあるぜ?なぁに、スープをこぼさなきゃ問題ないだろ?」

「あるに決まってんだろうが。お前の裸を見ながら食ってたら飯が不味くなる」

「そうか?裸体はオカズにって――うぁつぅっ!?」


 エルトが食後のお茶用に準備していたお湯の入ったポットを手に取り、コックンさんの下半身へと躊躇いなく注ぎました。コックンさんは熱さのあまり、床でゴロゴロと……。


「人の家で飯を食うことくらいは大目に見てやるがな。俺を不快にさせることは許さん」

「へへ、このお湯の熱さ……久々だな」

「昔もよく浴びせられていたのですね……」


 エルトの身体能力ですと、コックンさんやカムミュさんのような超人的な方々に満足にダメージを与えられないのでしょう。だから腕力を必要としないツッコミを……見ている方は引きますけど……。


「ちょっとコックン。私が浴びる分がなくなるじゃない」

「ポットのお湯は浴びるものじゃないと思いますよ!?」

「馬鹿ね?エルトの折檻は格別なのよ?」

「馬鹿はお前だ。お前らに浴びせたらまた沸かせないといけなくなるだろ」

「言葉責めもいい……」


 どうしましょう。この人達の感性についていける気がしません。人間ってここまで変わってしまったのでしょうか……いえ、きっとこの人達だけですよね?ね?


「それで、どうするんだエルト。魔王オリマだっけか、既にオーガの兵隊を手中に収め強力な魔物怪人を生み出している。てことはそう遠くないうちに魔界の覇権を握る為に挙兵することになるんじゃね?」

「魔物怪人が強力だからといって、魔物怪人イコール最強ってわけでもない。個として優れた能力があっても魔界全土を統一するには兵力や時間はどうしても必要になる。今焦って俺達が何かをする必要はないだろ」

「でもなぁ、そうやって受け身じゃ攻められることになるんだぜ?力がついた相手に攻められちゃ、この辺を護り切ることは難しくね?」

「そもそもの話、俺達がどうにかする必要がないだろ」

「勇者じゃねぇの!?」

「俺は勇者になるつもりはない」


 そうなのです。エルトは私の話を信じているのですが、それはそれ、これはこれと勇者として活躍するつもりがないのです。


「勿体ねぇな。勇者になればモテるぜ?」

「なおさら嫌だな」

「はっは!そういやそうだったな。ガキの頃は女難酷かったもんな、お前。カムミュちゃんがいなけりゃ今もだったろうしな!」

「進行形で目障りな虫が二匹目の前にいるのだけれどね」

「私も含まれてますっ!?」

「当たり前じゃない。ここにあんたら二人がいなかったら、私はエルトと二人きりで幸せな朝食タイムなのよ?」

「そもそも俺は一人で食いたいんだがな」


 ……そうはいっても、エルトはカムミュさんやコックンさんの分の食事も用意しているのですよね。私の分は……まあお願いしているので。


「でもなぁ、どうなんだいイリシュちゃん。エルトが勇者として活躍しなかったとして、大丈夫なのか?」

「大問題です……。魔王の方も力に目覚めてはいないようですが、もしも魔王が本来の力を手に入れてしまった場合……この世界で対抗できるのは勇者だけなのです」

「女神の力を全て注ぎ込んでいるって話だもんな」

「逆を言えば魔王が望んで力を得ない限りは勇者の出番はないってことだ。下手に俺が勇者を目指せば間違いなく魔王はその力に手を伸ばすことになるぞ」


 それはそうなのですが、エルトが覚醒しなかったからといって魔王が力を手にしないとは限らないのです。魔王が先に力を得てしまえば、それはそれだけ大きな被害が生まれるということになります。


「せっかく幼馴染が勇者として認められるって話だってのに、ツレねぇなぁ」

「せっかく幼馴染が聖人として認められるって話だったのに、無様なもんだな」

「へへ、ぐぅの音もでねぇな。ま、お前がそういう選択をするってんならそれに合わせるぜ」

「えぇ……」


 コックンさんの様子から、エルトが勇者として活躍することを快く応援してくださるかと思ったのに……。


「はっは!心配すんなってイリシュちゃん。エルトは事なかれ主義だけどな、やる時はやる男なんだぜ?そりゃあ他人の不幸をすっげーいい顔で嗤うけどな、自分に火の粉が飛び散ることになればちゃーんとやってくれるさ」

「褒めてるのか貶してるのか判断に困るな」

「……そう、ですね」


 コックンさんの言っていることは理解できます。私もそんなエルトの在り方を認めつつあるからこそ、こうして傍で助力して見守っていこうとしているわけですし……。


「完全に何もしないというわけでもない。冒険者に裏打ちをさせるとかくらいはするさ」

「……どういうことです?」

「いち村人が『俺が勇者だ、魔王が活動を始めた』と言うより、魔界に足を運ぶような名のある冒険者が魔王の存在に気付いた方が信憑性は高い。そいつらに魔王オリマの存在を気づかせれば人間界にも魔界の現状が伝わるだろ?」

「な、なるほど……。それは確かに……」


 エルトが勇者として覚醒する問題は置いておくとして、魔王が既に動き始めている情報を人間界に広めることは重要なことです。過去の歴史でも魔王軍が人間界に侵攻を始めてから対応していたケースでは多大な被害が生まれていましたし。


「だけどよぅ、魔王の配下には魔物怪人とか四魔将だかたいそうな魔族が控えているんだろ?下手に接触したら死人が出るぜ?」

「確かに、全滅されると情報を持ち帰ってもらえないからな」

「気にしているポイントが妙にずれている気がしますね……」

「死んでも後腐れがなく、それでいて生還できるくらいの実力者か」

「ポイントがあってるけど言い方が酷いっ!?」


 しかし魔王オリマの下にはライライムやメンメンマといった相当な実力者がいます。普通の冒険者で魔王の軍勢と接触し、無事に帰ってこれるような冒険者がどれだけいるのでしょうか。


「ライライムを倒してからメンメンマが現れるまでそう時間は掛からなかった。ライライムが倒されたことを知る何かしらの手段があって、その後直ぐに送り込まれたとして……距離的には魔界に入ってすぐの場所にあるんだろうな。その辺に生息している魔草の収集依頼をギルドに出せばいけるか?」

「別の場所でも取れる可能性があったらどうすんだ?」

「それもそうか。調査させるにしても魔族の住む集落とか見つけたら尻込みしそうだしな」


 あ、この人達冒険者の身の安全のことほとんど考えていませんね。エルトやカムミュさんはさておき、コックンさんもそこまで人の心配をしないタイプの人なのですね……。


「イリシュ、クルルクエルってどれくらいの高度まで飛べて、どれくらいの距離まで観測できるんだ?」

「え、あの子ですか?うーん。雲の上まで飛ぶことはできますし、雲の上からこの村に住む人達の様子を見るくらいはできるはずですよ」

「すげー優秀じゃねーのあの天使ちゃん!?」

「元々エルトの監視を目的として抜粋した子ですから……」


 見た目が似ている天使達にもそれぞれ個性はあります。クルルクエルは監視能力に秀でた個体でしたので遠方からしっかりと様子を見ていてくれると信じていたのですが、どういうわけか村に入り浸る始末……まあ別に構いませんけど。


「それじゃあまずは魔界との境界線付近までクルルクエルに移動してもらって、観測できる範囲の地形の様子を調べてもらうとするか。冒険者を誘導するにも魔界側の地形がわからない以上はな。魔界にさえ入らなきゃ問題ないんだろ?」

「ええ、流石に魔界に天使が入ると上級の魔族の中には察知できるものもいると思いますし……。あれ、そう言えばカムミュさんって魔界に何度か足を運んでいたのでは?」

「ええ運んでいるわよ。エルトに食べさせる魔物を狩る為にね」

「ドラゴンは比較的美味かったが、他のはイマイチだったな」


 ドラゴンを食べたのですね……。でもちょっと私も食べてみたいなって思います。あれだけ力強い獣の肉ならいい感じに霜降りになっているかもしれませんし。


「カムミュさんはこの近くの魔界の地理の情報は――」

「覚えていないわよ。気ままに入って気ままに帰ってきただけだし」

「ついでに言えばカムミュには絵心もない」


 カムミュさんはエルトのことしか考えていないですし、地理の情報まで覚えたりはしてないのですね……。クルルクエルもエルトの頼みなら素直に受け入れてくれるでしょうし、協力してもらうとしましょう。


「あ、待てエルト。そうなると俺のやる仕事がなくないか?」

「そもそもお前の協力は願い下げだって言っただろ」

「ひでぇな!?別に邪魔はしねぇからよ。な?」


 コックンさんはとても親しげにエルトに絡みますが、エルトはとても冷たい態度であしらっているような形です。ですがちょっと仲が良さそうに見えるのは気の所為でしょうか。


「ならあの天使と一緒に監視すれば?望遠の魔法くらい使えるでしょ?」

「お、いいね。雲の上で天使ちゃんと二人きりのデートか!」

「言っておくが下手に手を出したら雲の上から落とされるぞ」

「まじか。どれくらいまでなら大丈夫だと思う?」

「出す気満々ですっ!?」


 コックンさんは手伝いたいと熱望し、エルトはクルルクエルに協力してもらう以上不快な思いをさせたくないと主張。その結果コックンさんをロープで縛り、吊るすような形で一緒に連れて行くということになりました。


「雲の上での縄プレイか……流石の俺も初めてだな……。へっ、わくわくするぜ!」

「エルト、ロープに切り込み入れておいてもいいかしら?もしかしたらこの不快感が消えるかもしれないのよ」

「やるなら古いロープでな」

「へへっ、こいつら目がマジじゃねーの」

「どうしてそれでやる気に満ち溢れているのですか……」



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