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森の中、私とエルトの立つ場所に向かって疾駆するオーガ達の姿。その目には明らかな敵対心があり、その太い両腕に捕まるようなことがあればと考えるとぞくりとするものがあります。ですが……
「はい、それじゃあオーガの対応講座。まずオーガは馬鹿だ、言葉は理解できるし文字の読み書きだってできるんだけどな。だけど獣より馬鹿と言わざるを得ない。それは何故か、あいつらは自分達より非力そうな奴を見るとすぐに調子に乗る。今俺達を見つけるや否や何も考えずに飛び込んで来るとかな。普通この距離まで逃げる素振りも見せなきゃ罠の一つや二つ警戒して当然なんだがな」
「――ッ!?」
先頭にいたオーガ二体の姿が消える。厳密に言えばこの直線距離に設置してある落とし穴に引っかかって落下したのですが。
「更に対応能力も筋肉に頼ってばかりで浅はかだ。今仲間が二体落とし穴に落ちたというのに、後続の仲間は少しも怯んじゃいない。もう攻略したつもりでいる」
後続のオーガが跳躍し、落とし穴を超えてこちらへと接近してくる。しかし着地した場所にも新たな落とし穴が仕掛けられているので、それはもう見ていて悲しくなるような形でオーガが消えていきます。
「オーガの筋肉は非常に硬い。普通に攻撃する場合、鉄の剣くらいじゃ剣の方が折れてしまうほどだ。だけどこうやって予想外の罠とかに引っ掛けると筋肉は硬直してない場合が多い。だから木の杭でもそれなりに刺さるし、ほんの少しでも傷つけることができればあっさりと毒で動きを封じられる」
落とし穴には先の尖った木の杭がいくつも仕込まれており、その先端には麻痺毒が塗られています。落とし穴に落ちたオーガ達はそのまま動かなくなっています。
真っすぐ走ってもダメ、飛んでもダメ、そのことを理解したオーガはほんの少しだけ横道にそれて接近しようと試みます。
「んで俺がこれほどまでにオーガを馬鹿にしている理由なんだがな。この状況でなお接近できると考えているんだ。見晴らしのいい場所でさえ落とし穴だらけだ。なのに視界が悪く、罠を設置しやすい横道に何もないと勘違いする」
草むらの中には足を引っ掛ける為のロープがあちこちに張り巡らされており、オーガ達は次々に転倒していきます。更にそのロープは木々の上に設置されている壺にも連動しており、オーガの頭上にはこの前使用した油が……。それを眺めながらエルトは静かに火矢の準備をして放ちます。
「そい」
「ゴアアアッ!?」
オーガが叫び声を上げて転げ回りますが、火はどんどん回っていき周囲の仲間にも引火していきます。オーガは魔法抵抗がそこまで高くありませんが、ただの炎ならそれなりに耐えられます。しかしそれは炎をぶつけられた時に炎を弾くことができればという話です。油を浴びせられ、それに着火されれば簡単には振りほどけません。
「ははっ、ゴブリンの時より長持ちしてるな。イリシュもこれでわかっただろ?オーガはそこまで恐れる相手じゃないって」
「そこで笑うエルトが怖いのですよ!?」
ここまでの惨状になり、ようやく後方にいたオーガ達は異変に気付きます。目の前に現れた餌のような存在、それを捕獲する為に接近した仲間達が次々と仕留められていく。
「でも逃げようとはしないんだよな。だってほら、あいつら生半可に知能があるせいで『そろそろ罠が尽きてるころじゃないだろうか?』って考えてしまうんだ。ほら、打ち合わせどおり、後退りしろ」
「は、はい!」
残ったオーガを見ながらエルトと一緒に後退りをすると、残ったオーガ達は好機とばかりに直進し、残った落とし穴へと引っ掛かっていきます。先程まで私達がいたところにも落とし穴は用意してあったのです。途中の落とし穴と違って軽く板が貼ってあるので私達の体重では落ちないのですが、オーガの体格では簡単に落ちてしまうわけで……。
「心理戦も悲しくなるレベルで圧倒できる。そりゃあこいつらと平野でやり合うのはゴメンだけどな。なんでもありで準備もできるとなれば幾らでもやりようはあるんだよな」
エルトは説明をしながら手前の落とし穴へと火炎瓶を放り込んでいきます。穴からは非常に苦しそうな叫び声が響き、周囲は阿鼻叫喚の状態へとなっていきます。
「準備には結構時間掛かっていましたけど……実際に戦闘になるとあっという間なのですね……」
「時間は掛かると言ってもだ。剣を振ってこいつらと正面から斬り合う強さを身につける手間に比べりゃ大分短いぞ?」
「それはそうですけど……」
エルトからすれば、こういった罠を使うことは効率的なのでしょう。しかし最終的には覚醒し勇者として戦って欲しいのですから、もうちょっとこう実戦経験のようなものをですね。
「……妙だな」
「どうかしたのですか?」
「今のやり取りで仕留めたのは十匹だ。視線の先にはまだ二匹いる。だがクルルクエルの報告じゃ二十匹程度と言っていた。もう少し数がいるのであれば、この騒動で顔を出してきてもおかしくないと思ったんだが……」
「群れから離れて行動しているのでは?」
「奴らは新たな住処を求め、ゴブリンが住んでいる場所を探していた。つまりまだ奴らは巣穴を見つけていないということになる。はぐれないように距離を取り過ぎないようにするはずだ。これだけ仲間が叫んでいれば気づくと思うんだがな」
言われてみればおかしいような……。でもクルルクエルの数え間違い……はないですね。あの子の視力は非常に優れていて、夜間でもしっかりと敵の位置を把握できたはずです。
もしかして何処かに伏兵として隠れている?見えているオーガからはそういった気配は感じません。伏兵がいるのであれば、こちらの動きを誘導するようなアクションの一つや二つ……ってあれ?
「さっきと数が違うよう――!?」
視界の先にいたオーガの首が地面に転がる。頭部を失った体は力なく崩れ、その背後にいた存在が視野に入ってきました。
「……スライム?」
「人型のスライムとか初めて見るな」
そのフヨフヨとした体の動きは紛れもなくスライムなのですが、どういったわけかその姿は人型を模しています。いえ、それ以上に感じられる魔力が通常のスライムの比ではありません。
「ひいふう……これで全部スラね」
「あのスライム喋りましたよっ!?」
「そりゃあスライムだって喋る個体くらいいるスラ。……他にいるかはわからないスラが」
スライムには喉がなく、声を出す発声器官がありません。なら今こうやって喋っているのは魔力を使って体を振動させ、音を発生させているということ。それができるスライムということは相当な知性があるということ、驚きもします。
「おい、なに人の獲物を横取りしてんだ」
「それについては申し訳ないスラ。でもライライムもこのオーガの処分を命令されているスラ。数匹くらい自分の手で仕留めないと怒られるスラ」
ということは、この転がっているオーガの首は紛れもなくこのスライムの手によるもの……。オーガの首をねじ切るようなスライムなんて知りませんよ!?
「全部って言ってたな。それじゃあ人間界に逃げ込んできたオーガはこれで全部ってことか」
「全部で十八匹、少し先に残りの死体があるスラね。何匹かの首はライライムが持ち帰りたいスラが、構わないスラ?」
「別にいいぞ。オーガの肉は食うにしても頭はそこまで美味くないからな」
「食べるスラ!?」
あ、そこはスライムでも驚くのですね。
「そりゃあ狩った獲物は自分で食うか獣に食わせるに決まってんだろ。人の言葉を喋るからって、所詮は魔物だ。魔界でいう獣と大差ないだろ」
「このオーガは魔物から成長した魔族スラよ?」
「どう違うんだ?」
「魔物はある一定以上成長することができれば魔界の住人として認められるスラ。明確な線引はないスラが、このオーガ達は皆オーガの一族という魔族の群れスラよ」
「結局魔物だろ」
いえ、結構違うのですが……。魔族になれば言葉による意思疎通が可能となり、他の種族とも交流することができます。ウルメシャスが魔王に魔物を支配させる為、一定以上の力を持つ魔物に知性が芽生えるように調整したと考えているのですが……。
「人間で言うところ獣が成長すると亜人になるようなものスラよ?人間は亜人を食うスラか?」
「流石に自分達に友好的な亜人は食わないさ。敵対的ならわからんが」
「人間って思った以上に野蛮スラね……」
雑食のスライムに食事に関して引かれるというのもなかなかない話ですよね……。それにしてもこのスライム、一瞬でオーガを仕留めた強者のようですが……随分と温和な感じで対話してきますね。
「それにしてもだ。いかにも魔王に命じられてやってきたって感じのくせに、目撃者とかには手を出してこないんだな」
「特に触れられていないスラ。それにしてもよく分かったスラね。ライライムが魔王となるオリマ様に命じられてこの場に来たって」
「やっぱりいたのか魔王。オリマっていうんだな」
「……はっ、なんという巧みな誘導尋問スラ!?」
「誘導すらしてないからな」
私も今の今まで意識から抜けていました。薄々そのような気はしていたのですが、やはりこのスライムは魔王の配下だったのですね……!いえ、やはりとか思いましたけどまるで思っていませんでした。しかし魔王の名前が判明したと言うのはなかなか貴重なことですね!魔王オリマ!なかなか恐ろしそうな名前です!
「なかなかやるスラね……。まあ別に不利益になるようなことを話したわけじゃないスラ。問題ないスラ」
「オーガを人間界に侵攻させたのは魔王の命令なのか?」
「それは違うスラ。オリマ様は住んでいた地域で暴れたオーガの一族を懲らしめただけスラ。ただそのまま配下にしようとしたら何匹かこっちに逃げたスラ」
「こいつらは見せしめとして殺すことにしたわけだ。それで死体を持ち帰ると」
魔族を支配する為に逆らうものには容赦せず、見せしめとして躊躇なく処分する……やはり魔王というのは恐ろしい存在なのですね。
「ところで人間、名前を聞いても良いスラ?ライライムの不手際でオリマ様の名前を出してしまったのは仕方ないとして、人間の名前も聞いておかないと不公平スラ。二人分の名前を知ったのだから、そっちも二人分名乗るスラ」
「無駄に図々しいな。まあ良いけどな。俺はエルト、こっちはイリシュだ」
「エルトにイリシュスラね。いい名前スラ、オリマ様と同じくらい呼びやすいし、女の方は女神イリュシュアっぽい響きスラ」
「ぎくっ!」
「……えっ、ひょっとして本物スラ?」
や、ややややらかしてしまいましたぁっ!?よりにもよって魔王の配下に素性がバレてしまいました!?エルトは『馬鹿』っていいたそうな冷たい目で見ていますしぃ!?
「ち、違いますよ!?そ、その親が私にイリュシュアの名前を文字って付けたもので、ちょっと苛められてしまっているのが嫌だと言いますか……」
「あー、なんかわかるスラ。女神の名前なんて付けられたら滑稽スラね」
自分で言っていて凄く不本意ではあるのですが、ここはどうにか誤魔化すしかありませんよね!?もう後でくる自己嫌悪なんて後回しです!
「そ、そうなのですよ!ですから私は女神なんかではなくですね!?」
「てっきりウルメシャス様と同じで地上に降り立っていたのかと思ったスラ」
「えっ、あの子も魔界に現れているのですか!?……はっ!?」
わ、私の馬鹿ぁ!?どうしてそう思ったことをぽろっと口にしてしまっているのですかぁ!?
「……こ、これがライライムの誘導尋問スキルスラよ!」
「いや、この馬鹿が馬鹿なだけだ。そんな悲しいフォローはしてやらなくていいぞ」
「スライムにも同情されていますっ!?」
「まあこれで互いに誘導尋問されたということで、貸し借りはなしスラね」
「お前にないように、俺にも誘導尋問した覚えはないんだがな」
「ぐすん……。って今聞き逃がせない情報がありましたよ!?どうしてウルメシャスが魔界に現れているのですか!?人間界と魔界の争いに関して私達は干渉しないという暗黙の了解があるのですよ!?」
そう、私達は地上のことに干渉しない。それは長い年月の間守られた暗黙のルール。ウルメシャスったら魔界に現れて一体何を企んで――
「……それ物凄くブーメランを投げてないスラ?」
「そうですよね!投げた瞬間頭に刺さりました!」
それはもう、受け止める余裕すらまるでなくザックリと。だ、だって仕方ないじゃないですか!?私の力を全て注ぎ込んだ勇者がいつまでも覚醒しようとしないのですから!
「この密偵の任を命じられる予定のライライム、簡単には喋らないスラよ!」
「まだ予定なんだな。ところで魔王はウルメシャスって女神の補佐がないと戦えないようなもやしなのか?」
「もやしなのは否定しないスラ。でもオリマ様はウルメシャス様から与えられた力に頼ることなく、魔界を統一する為に頑張っているスラ。そんなオリマ様の様子をウルメシャス様は見守ることにしているだけスラ。……はっ!?」
「お前密偵向いてないんじゃないのか?」
さ、流石ですエルト!どうやらウルメシャスの方でも魔王に問題が発生しているようですね。魔王がウルメシャスの力を欲していないのであれば、今の魔王は相当弱いということになります。
「ゆ、誘導尋問のレベルが段違いスラ……!」
「俺は今のを誘導尋問と言いたくないんだがな」
「でもウルメシャスの方でも問題が起きているというのは喜ばしいことですね。……はっ!」
「そしてお前は口を開くごとにイニシアチブを失わないと気が済まないのか?」
「なるほど。勇者事情も大変なようスラね。……ん?ひょっとしてお前が勇者スラか?」
「いや、違うが」
「そっちの女神は物凄く動揺しているスラよ?」
「し、ししし、していませんよ!?」
「情報的に不利になったぞ、おい」
ど、どうしてなのですか!?普段の私ならこんな失態は絶対にしないというのに、このスライムを前にすると凄く残念な感じになってしまいます!?
「ふむ……魔王の宿敵となる勇者……将来オリマ様にとって脅威となるのであれば、今仕留めておくのも悪くないスラ?さっきの話からして勇者としての力もないようだスラ」
ま、不味いですよ!?いくらエルトに窮地に陥って欲しいと思っていても、このスライム相当おかしい性能です!一足飛びで覚醒率が伸びる可能性はありますけど、その前に殺されてしまう危険性の方が高いですよ!?
「あん?やるのか?やるなら相手になるぞ?」
「な、なんだか強気スラね……」
「ただし仕掛けたのはお前だって自覚は持てよ?今後俺に迷惑を掛けたってことで俺は魔界、魔王に物凄く不利益になるようなことを平然とやる。それこそお前のボスが謝っても許すつもりはない。お前が原因で今後お前の主人が不憫な目に遭うことになるわけだが、それでも構わないんだな?」
「凄く強気スラね!?」
私の見立てではエルトの力を十とした時、オーガが百、このスライムが千近い戦闘力があると思うのですが……この自信は一体何処から……。エルトは羊皮紙と筆を取り出し、何やら文字を書き始めました。
「人の領土に勝手に侵入したこと。そこで獲物の狩りを妨害したこと。その上で俺の命を狙おうとしたことが主な罪だな。お返しとしては……そうだな。魔王に色々後悔させて、最後にお前を呪いながら死ぬように追い込んでやるか」
「ひ、酷く陰湿な仕返しスラ!?」
「まあメモはこんなものでいいだろ。イリシュ、お前もこの場にいたんだ。証人としてサインしておけ」
「これなにかの契約書ですか!?」
こんな状態で一体何を書いて……ってあれ?言っていることと書いていることが全然違う……というより意味がまるで分かりません。
「返事は?」
「は、はひ!」
「……確かにお前は賢そうスラ。どことなくオリマ様に似た雰囲気すら感じるスラ。だから例えお前が弱くても、その脅威をライライムは甘く見積もるつもりはないスラよ」
「そうか。オーガよりかは知性があるようでなによりだ」
「でもライライムはある程度なら相手の強さが読めるスラ。お前はほとんど雑魚で、そっちの女神も中級魔法を両手で数えられるくらいが限度スラ。つまり白兵戦に持ち込めば万が一にもお前らに勝機はないスラ」
このスライムさんの見立ては間違えていません。この場にカムミュさんやクルルクエルでもいない限り、どのような奇跡が起きたとしても……。そもそもこの文章の意味は……。
「周囲の様子を見てわからないのか?この辺一体には罠が仕掛けてある。オーガ用に仕掛けたものだが、落とし穴とかならお前でも引っかかるだろ。少しでも動きが止まれば即燃やしてやるよ」
エルトは取り出した火炎瓶に火を付けて、手元でクルクルと回しています。とても勇者の行動には見えません。
「ふふん。ライライムを甘く見ているスラね?この周辺には多くの罠が巧みに配置されていることは既に体験済みスラ。落とし穴って意識していても見えないものスラね」
「ここに来るまでに引っかかったんだな。しかも数回」
「そんなライライムがなんの策も持たずに仕掛けると思うスラ?答えはノースラ!」
ライライムは腕を前に突き出す。ひょっとして腕をバイーンと伸ばせるのでしょうか?スライムですし、それくらいは出来そう――
「イリシュ、一番の指示!」
「は、はい!」
エルトに言われたまま、羊皮紙に書かれていたことを実行しました。羊皮紙にはいくつかの行動を指示する内容が書き込まれており、一番、二番と番号を言うのを合図に実行するようにとあります。一番目の指示、それはある魔法をエルトの前に展開すること。
「鏡の盾!」
「スライム……ビームッ!ってそんな馬鹿なスラッ!?」
突き出されたライライムの腕の先端から眩しい光線が放たれ、エルトの正面に張られた鏡の結界に直撃し綺麗に反射しました。この鏡の盾は光を跳ね返すことだけに特化した、使い道が非常に限られている対光魔法の魔法です。
「……ってビーム撃ってきました!?」
「撃ってきたな」
「スライムなのに!?出せるのですか!?ビーム!?」
「あのスライムは光属性だからな」
「光属性のスライム!?」
なんと言いますか、滅茶苦茶過ぎませんか!?光属性で喋るスライムなんて過去の歴史に一度も見ませんでしたよ!?あ、ところで肝心のスライムさんはどうなったのでしょうか。放たれたビームをそのまま綺麗に跳ね返されたのですから、無事ということは……。
「や、やるスラね……」
「無事ですっ!?」
全身から煙のようなものを出しながら、ライライムはビームを放った姿勢のままぷるぷるとしていました。ちょっと美味しそう。
「無事じゃないスラ。防御魔法も間に合わなかったから、自前の魔力で体を守ってかなりの魔力を失ったスラ……。だからといって、差が埋まったとは思わないこと――」
会話の最中に、ライライムの頭上に一本の瓶が降り注ぐ。先程のやり取りの最中に、エルトが頭上高くに放り投げていたようです。火炎瓶ではないようですが、しっかりとライライムに命中して……中に取り込まれました。体の中に赤い液体が染み込んでいっています。
「よし命中。投擲スキルは結構高いんだよな、俺」
「火炎瓶スラ?こんなもの、火がついていなければ……!?か、辛いスラッ!?」
ライライムは全身が痛いかのようにのたうち回ります。……痛いとか熱いではなく辛い?
「それな、辛子を煮詰めてろ過した辛味成分たっぷりの瓶だ。スライムの食事は捕食、取り込んだ相手を溶かして食う。本来なら味覚はないんだろうが、お前はあるようだからな。辛いだろうな?じゃあイリシュ、二番だ」
「あ、はい」
二番目の指示、今度はライライムの足元を起点として影縫いの魔法を発動。ライライムの影が私の魔力により実体を持ち、その全身を覆うように縛り付けていきます。
「それなりに力はあるようだが、自分の属性と相反する魔法の拘束は簡単には振りほどけないだろ?」
「ぐぬぬ、でもライライムにはそれなりの腕力もあるスラ!こんな拘束、その気になれば……か、体の変化に合わせて伸縮するスラ!?」
「そりゃあお前の影だからな。お前が変形すれば影だって変形するだろうよ。あとその影縫いの魔法はな、相手を拘束することもだが実体を持つってのがなによりいいんだ。実体を持った影なら、ぶつけるには丁度いい」
エルトは手にしていた火炎瓶を投げて、ライライムを拘束している影へと命中させます。そして一気に引火し、炎はライライムの全身へと燃え広がっていきます。ここまでくるとエルトの出した指示の最後の意味もなんとなく分かってきましたね……。
「こ、これしき!全身を魔力で強化すれば炎くらいどうってことないスラ!」
「イリシュ、詰めだ。三番」
「は、はい!吸魔の陣!」
ライライムの足元に魔力を奪う魔法陣を展開。これは魔法陣の上に立った者の魔力を内側から外へと放出する仕組みなのですが、現在ライライムは全身を包む炎から身を守る為に魔力の大半を表面へと押し出しています。つまりは――
「ま、魔力がモリモリ減っていくスラ!?」
「そりゃあ対象の魔力を内側から外に引っ張り出す魔法だからな。誰かさんが体の表面を守る為に魔力を外側に集めてくれてるんだ。効果は倍増するぞ」
「う、か、体を動かそうとすると、その部分の魔力が吸われ……動けないスラ……!」
「スライムは液体の体を魔力操作で動かしているからな。そりゃあ駆動箇所から片っ端から魔力が奪われちゃ身動きもできない。辛さや炎に耐える為に踏ん張ったのが仇になったな」
「こんな……オリマ……様……」
ライライムは徐々に人の姿を維持できなくなり、やがて地面に広がる粘性の液体状へと変化していきました。その間にも全身は燃え広がり、動かなくなるまでそう時間は掛かりませんでした。