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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
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1-1:私の知っている勇者(魔王)と違う。

 ヨーグステス、そこは三人の女神によって創り出された世界。多くの命が新たに生まれ続け、独自のコミュニティを作り出していきました。

 そんな中、女神達は人と言う種族の成長に興味を持ちます。本能とは異なる理性を持ち、学び、文明を研磨する。時に争うことはあれども、平和を愛し、世界に感謝を持つ者達。女神達はそんな人に様々な恩恵を与えることにしました。世界に満ちている魔力を扱う術を、自らの肉体を進化させる可能性などなど。だけどそこで一つの問題が生まれてしまったのです。

 それは女神が三人もいたこと。長女である女神はただただ世界を愛し、いかなる流れになろうともそれを良しとしました。次女である女神は調和を求め、清らかな成長を求めました。三女である女神はより苛烈で力に溢れる成長を求めました。つまるところ、次女と三女の育成方――見解が異なったのです。

 二人の女神は互いに譲らず、各々の好きなように人を導きました。次女が導いた人は人間、亜人と呼ばれ、三女が導いた人は魔族と呼ばれるようになりました。


『どちらがより優れているのか』


 その世界を訪れた他の神に言われたのを切っ掛けに、次女と三女は争うようになります。実際には三女が吹っ掛け――自らの正当性を誇示しようとしたのが切っ掛けです。人間達と魔族は長い年月を争い続けることとなりました。

 二人の女神はそれぞれの人を先導する特殊な力を持った者を生み出します。それが勇者と魔王。より強い女神の恩恵を受けたこの存在は、戦いの中核として人の歴史に何度も名前を残すこととなりました。勇者と魔王が生まれるのは百年に一度、その時ばかりは両者の戦いはより熾烈なものとなります。


「――というわけで、今回の勇者にはより一層強力な力を用意したのです!」

「はぁ、そうですか」

「凄く冷めた相槌!?」


 せっかく夜なべして紙芝居まで作ってプレセンしているというのに、この新米天使はとても興味がなさそうな眼をしています。もう死んだ魚の眼ですよ!?


「いや第二の女神であるイリュシュア様のありがたいお話であることは重々承知ですが、そもそも私、天使からすれば生まれた時点でそう言った情報は魂に記録されていますし」

「――それもそうでした。毎回一から学ばせるのも面倒だからと天使長にそういう風にさせたのでしたね」

「あの、それで私を呼び出した理由は何なのでしょう?」

「貴方には新たな勇者の監視を命じます」

「ああ、それで先程の無駄な紙芝居を」

「無駄!?……コホン。今度の勇者は窮地に追い込まれれば追い込まれるほどその真の力を解放するように、この私イリュシュアの加護をありったけ込めてあります!」


 そう、今回の勇者に与えたのは覚醒の力!より強大な苦難を乗り越えた時、それはもうすっごい力を発揮できるように頑張ったんですから!


「あの、最初からその力を振るえるようにすれば良いのでは?」

「それではダメです!最初から超越した力を持ってしまうと、大抵の人間は傲慢になります。きちんと人間として心も成長してもらわないと、勇者として人を導けないのです」

「ああ、何代か前の勇者がそれで独裁国家を作っていましたね。女性をとっかえひっかえすることだけに力を振るい続けて、魔族とはまるで闘わなかったというある意味伝説の勇者」

「あれは黒歴史に近いですね。忘れましょう。貴方にはこの眼鏡を与えます。この眼鏡を通して勇者を見れば、その覚醒率をパーセンテージで確認することが可能です」


 理想としては十五才くらいで六十パーセントくらいがベター。後は冒険と魔族との戦いで上げてもらい、魔王との戦いで最大の百パーセントになれば間違いなく勝てます!ふふ、今度こそウルメシャスの悔しがる顔を見ることができますね!


「わかりました。それでは行ってきます」

「あ、毎年報告しなくてもいいですよ。そうですね、五年単位で」


【五年後】


「イリュシュア様、勇者の報告に来ました」

「ご苦労様。でもまだ五才ですし、覚醒率はほとんどゼロのままじゃないかしら?」

「三十パーセントです」

「高くないっ!?」


 この勇者、五才でどれだけ過酷な日々を送っているのですか!?ちょっと心配なのですけれど。もしかして虐待?平和が続くと身内とかに暴力を振るう人間増えてしまうんですよね……。


「とりたてて命に別状があるような事態は起きていません」

「そ、そう。まあ子供のころにちょっとくらい特殊な経験をした方が、一味違ったメンタルにはなりますよね。それではそのまま監視をお願いしますね」


【さらに五年後】


「三十パーセントです」

「増えていませんね……」

「まあ平穏に暮らしていますので」


 出だしにちょっとしたトラブルがあったくらいでしょうか。まあ十才なのだし、それでも十分と言えば十分ですよね。


「最近は父親に剣を習っているようですね」

「それは良いですね、覚醒しても闘う技術が未熟だと不安も残りますし。そのまま監視をお願いしますね」


【さらに五年後】


「三十パーセントです」

「うーん、平和過ぎるのかしら?」

「勇者が住む村は人間の中心国家よりも魔界の方が近いですから、時折魔物の被害はあるようです」


 それは私も知っています。そもそも私がその村の子を勇者に選んだわけですし。魔界から流れてくる魔物に適度に被害に遭う地域で、それでいて強過ぎる魔物が来ないような立地だもの。


「手頃と言えば手頃なのですが。勇者はどんな風に生活をしているのでしょうか?」

「それなりに腕が立つようで、近隣の魔物退治などを請け負ったりしていますね」

「良いですね!たまには強い魔物とか出くわすでしょうし、それなら覚醒率が上がるのも時間の問題ですね!」


 そもそも十五才になりたて、これからようやく世界の厳しさを知る年頃!ちょっと遅いかもしれないけど、若過ぎるとそれはそれでメンタルケアとか大変ですし。


「監視の方はいかがしましょうか?」

「そうですね、今後は覚醒率が増えたら報告をしてもらえるかしら?」


【そして三年後】


「お呼びでしょうか」

「勇者はどうなっているのですか!?」

「どうと言われましても、三十パーセントのままですが」

「私の計算では十八才にはもう七十パーセントとかそのくらいですよ!?」


 おかしい、一体何が起こっているというの?……あ、もしかして覚醒率上昇時の数値を間違えたとか?


「ねぇ、今の勇者の強さってどれくらいなのかしら?」

「冒険者などと比較した場合、同年代の中では平均よりやや高めです」

「そうですよね。二次関数的な感じで覚醒率が上がれば上がるほど目まぐるしく伸びるようにしているわけですし……三十パーセントだとちょっと平均より高めなくらいですよね」

「いかがしましょうか。このまま続けても?」

「うーん、そろそろウルメシャスの用意した魔王とかも活動を始めていそうですし……そうですね、私が直接行くとしましょう!」


 本当なら自然に覚醒してくれれば良かったのだけれど、このまま覚醒してもらえないと色々と困りますからね。


「イリュシュア様が直接ですか」

「ええ、こういう大事なことはきちんと私が責任持たねばなりませんから!」

「暇なんですね」

「……そ、そんなことないですよ?」


 ◇


 うん、人間の体というのも悪くありません。見た目は完全に元のままだから、ちょっと美人過ぎちゃう気がしないでもないのですが……女神イリュシュアの生まれ変わりとかでちやほやされるのも悪くありませんよね!あ、でも女神が直接介入ってありなのかしら?


「……ま、いいでしょう」


 そもそも勇者に力を与え過ぎたせいで私に残された力は殆どない。せいぜい天才級の魔法使いくらいの力しかないもの。誤差です誤差。それよりもこの辺で合っていますよね?地図地図っと。

 ヨーグステスは円状の巨大な大陸。本当は球体が良かったのだけれど、引力とかの調整が複雑すぎて姉さん面倒臭がっちゃったし……。今の人間界と魔界は互いの中心国家を起点として太極図のような感じ。勇者の住む村は端っこに近い所に位置している形ですね。


「勇者の住む村は……この先のマクベタスア村でしたね」


 うーん、視線に広がるのは一面の未開拓地。それもそうですよね、中心国家からこれだけ離れているもの。魔物がちょくちょく来るような土地を丁寧に開拓とかする余裕はないもの。でも近くにそれなりの国はあるわけですし、勇者を覚醒させたらそこでちょっと人間ライフを楽しむのも悪くないかも?


「……ちょっと遠い位置に降臨しちゃったかしら?」


 村に直接降臨したら目立ちすぎるかも、そう思ってちょっと離れた人気のない位置に降臨したのだけれど……歩くというのはこんなにも大変なのね。流浪の魔法使いって肩書で訪れるより、普通に奇跡の巫女として登場すれば良かった。でもまあこれも経験よ経験!人間としての苦労を味わうことも女神のお仕事!でも移動手段の進歩はちょっと加速させましょう。

 とと、そんなことを考えていたら今、森の木々の奥に人影を発見!第一村人発見ね!降臨したての私に逢える光栄な者は誰でしょう?もしかして、いきなり勇者!?あ、でもそうしたらいきなり恋が始まったりしないでしょうか?見た目そのままの美女として降臨してしまったわけですし、いきなり心を奪ってしまうのは女神として背徳的!?


「……」

「……ゴルルル」


 あ、ゴブリン。それもホブってる方。はい、これは見なかったことに――


「ゴルルァッ!」

「ダメですよねー」


 見た目が人間だから当然襲われちゃいますよね。あ、でも魔物って別の魔物でも平然と襲い掛かかりますし?ウルメシャスの創る生物は本当に野蛮で嫌ですよね。

 杖を取り出して、魔力を込める。どの魔法にしようかしら、火は……火事になったら大事だし、ここは清く水でいきましょう!


「てい、水の魔法!」


 大気中の水分だけだと空気が乾燥してお肌に悪そうだから、大地の水分も集めて高圧の刃を放つ。う、茶色い。女神にあるまじき魔法です。でも威力は十分、ホブゴブリンの首をスパっと切断。やだ、えぐい。


「相手が悪かったですね。この女神イリュシュアを襲おうだなんて……」

「ゴルルルァ!」

「ゴルルルァ!」


 あれ、一匹だけじゃない。ひーふーみー、たくさん。というか群れ!?なんでこんなところにホブゴブリンの群れがいるのですか!?ええい、返り討ち……って、あれ、魔力がほとんどない。……あ、降臨に魔力使い過ぎたかしら?そうよねー、女神の住む空間から人間界に転移するのって凄い魔力必要になりますからねー。


「ゴルルルァ!」

「に、逃げるが勝ちです!」


 そう、その言葉がある限り私の負けではありません。これは戦略的撤退、だから問題はないのです!あ、凄い追ってくるぅ!?それもそうですよね!こんな美人、一度逃がしたら二度とお目にかかれないもの!


「ニク!マテッ!」

「食用ですかっ!?というより喋るのですかっ!?割と知能高いの!?群れているから多少の知恵はあると思いますけれども!?」


 ただ足はそこまで速くないようで、というより私の足が思ったよりも早いのかも?暫く逃げ続けるとホブゴブリン達の喚き声は聞こえなくなった。


「ふぅ……ふぅ……ど、どんなものでしょうか!」

「何がだよ」

「ほひょぅっ!?」


 思わず変な声が出ました。気づかなかったけど、目の前には切り株の上に座っている一人の青年の姿がある。なかなか悪くない顔立ち、だけど少し目つきが悪くて不愛想そう。って、この人勇者じゃないですか!私の加護が彼の奥底にこれでもかと眠っているのを感じます。第一遭遇者が勇者だなんて、やはり私は女神、持っていますね。


「……怪しい奴だな」

「あ、怪しくないですよ?私は流浪の冒険者で――」

「旅をしているにしては服が綺麗すぎる。近くの帝都で卸したてだとしても、ここまで来るのに靴に泥もほとんどついていない。さては魔族の変装か?」


 あら、この勇者よく観察できていますね。少し評価アップ。違う、まずは誤解を説かないと、魔族と思われていては覚醒率云々以前の問題になりますし。


「飛行していたのです!でも魔力が尽きてこの辺に降りて……」

「……ふぅん。それで、名前は?」

「あ、イリュシュアです。――ハッ!」


 私の馬鹿!?どうして本名を名乗っているのですかっ!?人間として接触するつもりが、いきなり本名を名乗ってしまうだなんて、計画倒れもいいところですよ!?


「……そうか、酷い親もいたもんだな」

「えっ」

「普通自分の子に女神の名前をそのままつけるとか、痛すぎるにもほどがあるだろ。ま、挫けず頑張って生きろ」

「べ、別に酷い名前じゃないですよ!?ほら、響きも良いですし!」

「いや、呼びにくいし」

「そんなことないですよ!?」


 そんなことないですよね?私の名前を噛んだ天使なんて過去に……何体かはいたけれども……。


「ああ、俺の名はエルト。すぐそこの村で何でも屋をやっている」

「あ、はい。よろしくお願いします。……何でも屋?」

「色々と器用だからってんで、色々頼まれる。いわば雑用係みたいなもんだ。今日は魔物退治に森に出たんだが、もしかして魔物とでも遭遇したか?」

「あ、はい!そうなんです!さっきホブゴブリンの群れと出くわしてしまって!」

「やっぱりこの辺に来ていたか。距離はどのくらい――ってこっちに向かってるな。匂いで追ってきたか」


 言われて耳を澄ませば、ホブゴブリン達の喚き声がまた聞こえてくる。追ってきている!?女神の匂いを辿ってくるなんて、なんて無礼な!気持ちはわかりますけど!


「結構な数です、ここは一旦逃げた方が!」

「いや、退治に来たんだって」


 そう言ってエルトは剣を抜く。あまり品質の良い剣ではないけれど、だいぶ使いこまれている感じ。あ、これは良い機会じゃないかしら?勇者の今の実力も見れるし、もし苦戦するようなら覚醒率も上がりそう。でもうっかり死んでしまったらどうしましょう?そうですね、ここは私も協力しましょう。


「なら私も手伝います!」

「魔力切れの魔法使いに何ができるんだ?」

「……応援しています!」


 うん、私は勇者の様子を見ることに専念しましょう。暫く待っているとホブゴブリンの群れの姿が見え始める。向こうも私達を認識したようで真っ直ぐ向かってきている。


「分断しているって感じはなさそうだな。見つけた時と数は変わっていないか?」

「しっかりと数えたわけではないですけど……多分全員いると思います」

「そっか、じゃあやるか」


 エルトは剣を持ち上げ、構える。まだホブゴブリンの群れとは距離がある。もしかして剣術スキルとかでここから衝撃波とか飛ばすのでしょうか?そうだとしたら結構腕が立ちますね。ちょっとわくわく、ってあれ?なんで横を向いているのでしょうか?


「そい」


 エルトは近くの木に向かって剣を振り下ろす。あれ、何故か木にロープが?

 エルトの一撃はロープを切断し、切れたロープが上へと昇っていく。そしてそれを合図にホブゴブリンの群れの頭上から汚い液体が降り注ぐ。


「ゴルアッ!?」


 よく見れば周囲の木々の枝の部分にいくつもの壺が括り付けられていて、今のロープを斬ったことでその壺がひっくり返った様子。この臭い……油?


「よいしょっと」


 間の抜けたエルトの声、視線を向けると剣は既にしまっており、安上がりな弓を構えている。つがえられている矢の先は燃えて……ってまさか!?


「そい」


 エルトが放った火矢はホブゴブリンの群れの方へと飛んでいき、近場の木に突き刺さる。そしてその火が周囲にばら撒かれた油に引火し、目の前は瞬く間に炎に包まれていった。当然油を身に浴びたホブゴブリン達は燃え上がり、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。


「ははっ、ゴブリンは良く燃えるな」

「何をしているのですか!?」


 エルトは爽やかな笑顔でゴブリンが燃える様を眺めている。場面が場面なら悪くない笑顔ではあるけども!?


「何って、ゴブリン退治だけど」

「森が燃えていますよ!?」

「そりゃ燃えるだろ。あの油は良く燃えるからな」

「この辺一帯が森なんですよ!?」

「そりゃ見りゃわかるだろ」

「大火災になりますよ!?」

「ならないって。昨日は雨が降っていたから木々は適度に湿っている。多少は燃え移るかもしれないが、風向きも村の方から吹いているから村側にはこない。そもそも午後からは雨が降るんだ。そのうち消えるだろ」


 そう言えば今日は曇り空、そろそろ降り出しそうな気も……って違う違う!


「その剣でズババーって斬り倒したりしないんですか!?」

「え、なんでそんな危険な真似をしなきゃならないんだ?」

「なんでって……」


 あれ、おかしいのは私の方?ホブゴブリンの群れの方を見る。その大半が既に焼け死んでおり、叫び声はもうほとんど聞こえない。あの大軍をさらりと退治するのは凄いとは思うけれど、思うのだけれど、何かが違う。それをうまく言葉にしようと頭の中でまとめていると、近くの草陰から一匹のホブゴブリンが飛び出してきた。


「ゴルルルァ!ヨクモ!」

「撃ち漏らした奴がいたか。他には……いないようだな」


 エルトはホブゴブリンの方へと向き直る。こ、これなら勇者の力を見極められそうですね!エルトは腰に手を伸ばし、剣を――って瓶?


「そい」


 エルトは取り出した瓶を向かってくるホブゴブリンへと投げつける。中には先ほど見た油が詰まっており、その蓋には燃えた布が……あ、命中。ホブゴブリンが先程の群れと同じように燃え上がる。


「ゴオオオルァ!?」

「ははっ。さて、帰るか」

「……えええぇ」


 なんだか私が思っていた勇者と違う……。


 ◇


 今度こそあのイリュシュアの悔しそうな顔を拝める時がきたわ!そう、今回私が用意した魔王は私の力の大半を注ぎ込んだ特別製!このウルメシャス様の加護を余すことなく振るえる最強の魔王!力を欲すれば欲するほど、その真の力が覚醒されていくという無限機関!瞬く間に魔界を統べ、人間界を地獄に塗り替える!


「……なのに、なんで動きがないのよ」


 魔王となった魔族は既に十分な年齢に達している。住処は治安の悪い場所、直ぐにでも力を欲して覚醒すると思ったんだけど……何も起きない。空から見ていてもいまいちわからないし、こうなったら私が直接魔王を導くしかないわね!


「そうと決まれば体を用意しなきゃ。あーでも私が姿を現せばあの目ざといイリュシュアが絶対しゃしゃり出てくるか。力ほとんど使いきってるしなぁ……あ、そだ」


 他の異世界では転生先として、武器や道具に転生するといった話を聞いたことがある。マジックアイテムにでも乗り移って魔王と接触すればイリュシュアにもバレないでしょ。私ってば流石ね!とりあえず魔王の家にあるアイテムで何か良さそうな……あ、この腕輪が良いわね。なんか私好みのデザインだし、豪華だし!

 そんなわけでサクっと腕輪に私の魂を送り込んで……っと。うげ、体の自由がまるで効かないわね。腕輪だし、当然と言えば当然なんだけど。


「もうちょっとこう、柔軟性が欲しいわね」

「……腕輪が喋り出した?」


 あ、魔王発見。って魔王の家だからいて当然か。ちょっと優男っぽいけど、まあ見た目は悪くないわね。


「丁度良かったわ、私の名はウルメシャス!この世界を創った女神の一人よ!」

「ウルメシャス……それがなんでまたサキュバスの誘惑の腕輪に?」

「え、これそんなのなの!?」

「あ、はい。母の使っていたサキュバスの誘惑の力を強化するマジックアイテムです」


 もう少し下調べをしてから乗り移れば良かった。なんで私がサキュバス縁の道具に乗り移ることになるのよ!?


「……まあ誤差よ誤差!別に見た目が良ければなんだっていいわ!」

「割と時代遅れなデザインだと思うのですが」

「煩いわね!?そんなことより、私の目的は貴方よ!ええと……」

「オリマです」

「そう、オリマ!貴方は私が選んだ新たな魔王よ!」

「魔王……ですか?」

「そう!貴方は力を欲すれば欲するほど、このウルメシャス様の加護を受け更なる力を得られるわ!」

「にわかには信じがたいのですが」


 ……そりゃ腕輪がいきなり女神を名乗って、貴方が魔王だと言っても信じないわね。私も信じない。だけどそれくらいどうとでもなるわ。力はなくても、私の加護を受けた魔王なら私の魔力に触れれば十分実感は可能!早速私の魔力をズババーっと!


「う、思ったより魔力が少ないわねこの体……でも何か感じるものはあったでしょ!?」

「あ、はい。よく分かりませんが、貴方が本物のウルメシャスなんだという実感は得られました」

「そうでしょう!そうでしょう!」

「でもそういう幻惑とかじゃ」

「疑り深いわね!?」

「まあ僕はサキュバスと吸血鬼のハーフなので、そう言った魔法には強い耐性があります。嘘もある程度見抜けますので貴方が嘘をついているとは思っていません」


 そ、そう。なかなか優秀じゃない。何はともあれ、とんとん拍子に理解してくれるのはありがたいわ。それじゃあ早速本題に入らなきゃならないわね。


「こんな治安の悪い村に生まれたのだから、貴方にだってのし上がりたいって願望はあるでしょ?それを力に変えれば直ぐに魔界を統べることは可能よ!」

「まあ確かに。そう言った欲はありますし、今もそのために色々と努力はしていますけど」

「そうなの?それにしては全然魔王の力が覚醒していないけど?」

「何故でしょうかね?」

「私が聞きたいわよ!……ちなみにどんな風に努力しているの?」

「よくぞ聞いてくれました!実は僕、魔物学を学んでいて、新たな魔物を生み出す実験をしているんです!」

「新たな魔物?まあ悪くないわね。魔王だけが強いってよりも、新生魔王軍とかあった方が色々格好良いし」

「ゆくゆくは僕の生み出した魔物でこの世界を変えていこうと思っています!」


 うんうん。野心はしっかりあるようね。でも何で覚醒しないのかしら?


「良いわね!このウルメシャス様が認めた魔王なのだから頑張りなさい!」

「はい!」

「じゃあまずは貴方自身が強くなれば良いわね!力を欲しなさい!私の加護は貴方に無限の力を――」

「あ、それは良いです」

「えっ」

「僕は自分の生み出した魔物で世界を統べたいのであって、僕自身が戦いたいわけではありません」


 何かしら、何かが根本的にずれている気がするのだけど。


「あ、貴方自身が強くなれば色々と捗るわよ?」

「僕は自分の研究だけでことを成し遂げたいのです。既に秘密結社のメンバーも集め、新たな魔物怪人を生み出す施設も建設中です!」

「魔物……怪人?」


 なんだか私が思っていた魔王と違う……。


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