予兆
三人を乗せた車は再び緑深い山の中を走っていた。
「いや~今回も助かったよお二人さん。やっぱお二人さんがいると仕事が楽ちん楽ちん!」
「もう二度と依頼しに来ないで下さい」
「なにー? じゃあ貸してたカード返せよー」
「ああ、そうだった」
ワイトはポーチの中からカードを取り出す。
「相手があのくらいの雑魚だって分かってたら借りなかったけどな」
「まぁ用心しとくに越したことはないでしょ。減るもんじゃないし」
「確かに! 永続型のカードなら減ることはない! って事でこのカード永久に借りてていいっすか? 永続型の中回復のカードとか超レア物じゃないっすか」
「ん~…………いいよ」
「まじで!?」
「但し、永久に借りるって言うんならこの車の行き先が人気のない山中か夜の埠頭に変わるけどね!」
「なるほど~! 返せって言うんじゃなくて埋めるか沈めればいいって事か~」
「さっすがワイト君! 察しがいい! で、どうする? 借りてく?」
「返します」
「なんだよ~。この意気地なし~」
「あんたの場合、殺ってもまじで何とかしそうだから怖いんだよ」
「人を殺人鬼みたいに言うな~」
ワイトは借りていたカードを全てケースに戻す。
「ねぇ、ワイト君。冗談抜きにカード貸してあげるからさ……」
キーノは突如声のトーンを落としてワイトに話しかける。
「いっつも言ってるけど、私の所に来ない? 君とシロちゃんなら大歓迎。超厚遇するよ? 執行官の元で働くならお金だって実質使い放題だよ? どんなレアカードでも使い放題だよ?」
それを聞いたワイトはほんの一瞬考えるように目を閉じ、誰にも気づかれないほど小さく息を吐くと、
「俺もいっつも言ってるだろ。あんたの組織に入るつもりなんて無い」
「私もそういう組織に入るわけにはいかないから……」
ワイトに乗っかるようにしてシロも続ける。
それを聞いたキーノは、今にも泣き出しそうな儚い表情を浮かべながらうっすらと笑みを浮かべ、続けた。
「そっか……。あぁ、残念だなぁ……」
一瞬、車内に重苦しい雰囲気が流れるが、すぐにワイトが言葉を続ける。
「あんたの下で仕事なんかしてたらストレスで禿げちまうしな」
キーノは、ふっ、と口元に笑みを浮かべる。
「何言ってるの? 私、部下には超優しいよ! ワイト君が何か失敗したって絶対怒ったりしないよ。こっそり目いっぱい評価を下げるだけだから!」
「嫌らしい! 嫌らしいな! アンタ! そこは次に向けて頑張ろうとか言う所だろ!」
「元ニートの君を甘やかしたっていい事ないでしょ!」
「ニートじゃないから! 何度言えば分かるの?!」
ったく、と吐き捨てながらワイトがケースを助手席に戻そうとしたその瞬間だった。
ワイトの目が対向車線側の一瞬の映像を捉える。
「んん?」
ワイトの目が捉えたのは対向車線を走るある車の様子。
しかし、相対時速二百キロメートルを超える車。
一瞬でワイトの視界から消え失せる。
そんなワイトの様子を見て、キーノとシロは一瞬首をかしげる。
「どした? ワイト君」
「あぁ、いや……。気のせい、か……?」
「そんな言い方されるとどう考えても気になるよね! さっさと言え! 黒焦げになりたい?」
キーノは不敵な笑みを浮かべながら一枚の黒いカードを取り出す。
「ちょぉっと! 走行中の車はまじで危ないから! 言うから!」
そう言うとキーノはカードを収めた。
「今、対向車線なんだけど、通り過ぎって行った車に乗ってたの、アンタの上司じゃないか?」
キーノはそれを聞くと、一瞬きょとんとし、ため息をつく。
「君さぁ。色々ツッコミどころありすぎなんだけど。まず、何で高速道路で対向車線の車内の様子が見えるの? 今、明らかにカードの力なんて使ってなかったよね? 君は変態なの? その動体視力で女の子とか追いかけ回してるの?」
「何でそんなに貶されるの?! 別にいいじゃない! 素の動体視力でそのくらい見えたって!」
「ワイト……そうなの? その力を使って女の子を追いかけ回してるの……?」
「ややこしいからお前は黙ってろ!」
「次に、何で君は私の上司の顔を知ってるの? ストーカーだから?」
「違うから。この世界で生きていくのに情報は必須だからな。毒島勇人、四十五歳。日本のカード取締局の執行官。公認ランクはD。だったが、今は不摂生と年齢の問題から実質的にEランカー程度の力と思われる。得意ジャンルは筋力アップ系のカードによる突進」
「君、ほんと凄いねぇ……。世界中の人のデータを持ってるの?」
「強い奴、具体的には、Eランカー以上は出来るだけ頭に入れるようにはしてる。公認ランクC以上なら流石に漏れは無い、と思いたい」
「さっすが。生粋のストーカー!」
「言うまでもないと思うが、データの中には男も大量に混じってるからな!」
「それはそうと、何で毒島執行官がそんなに気になるの? 別に任務の一環で移動してただけじゃないの?」
「毒島だけなら別に問題ないんだが……。隣にもう一人座ってたんだ」
「もう一人? 運転手さんじゃないの?」
「運転してたのは毒島だ」
「え? 毒島執行官が自分で? 何だろう 余程大事なお客さんとか、凶悪犯とか……」
「いや、明らかにそんな雰囲気じゃなかった。もう一人はマントみたいなので全身覆ってて全く誰か分からなかった。体格からすれば男だとは思うが……」
「……」
キーノは考え込むようにして、黙ってしまう。
「毒島は執行官としてはそれなりの立場だ。そんな奴があんな正体不明な奴と何を……」
「そんなに気になる? やっぱり何か大事なお客さんだったんじゃないの?」
「普通の客人ならその辺の喫茶店とか、それを通り越して機密が関わってくる相手ってんならそれこそアンタ達がいる庁舎で話せばいいことだ。それをわざわざこんな山奥で。しかもあの風貌だぞ」
「……」
「なぁ、俺の方でもちょっと探りは入れてみるけど、アンタの方でもちょっと調べてみてくれないか? 勿論、絶対バレないようにだ」
「そこまで気になるの? まぁ、分かったよ。やれるだけはやってみるけど……。気にしすぎじゃないかなぁ」
「何度も言うけど、絶対にバレないように、だぞ。探ってるって感づかれるのもNGだ」
「分かった分かった」
念押しすると、ワイトは考え込むように腕を組み、そしてポツリと呟いた。
「こういうパターンは嫌な予感しかしねぇんだよ……」
それを聞いたキーノは真剣な表情で続ける。
「じゃあ今日はすぐに帰らないとね」
「おいちょっと待て」
「ん?」
「パフェは奢れ」
「君……。どんだけみみっちいの……」