カード使いの戦い
二時間ほど経った所で三人は見付からないようにするため車を降り、そこから一時間ほど歩き目的地へと辿り着いた。そこは何も無い山の中にある、古びた工場だった。今は稼働していないようで、人の気配は無い。
三人は工場が見下ろせる高台に登り、そこから工場を監視する。
少しして、黒ずくめの男達が五対五で向き合うようにして計十人集まってきた。
「来たね」
キーノはにやりと笑いその様子を見つめる。
「どうワイト君。有名な人は混じってる?」
ワイトは木の陰から、肉眼でその様子をじっと見つめる。
「一人。ブローカー側の中にEランカーがいるな。それ以外は大したことない。全く知らない奴がとんでもない力の持ち主とかじゃない限り、問題はなさそうだ」
「さっすが情報通! じゃあそのEランカーさんはワイト君に任せようか」
「なんでだよ! お前らがやれば楽勝だろうが! 何でわざわざギリギリの勝負になりそうな俺を選ぶんだよ!」
「うそうそ。冗談だって」
ブローカー達は少しの間話し込んでいたが、やがて一人のブローカーが金属製の箱を開け、相手に見せつける。
その箱には、目も覚めるような赤色のカードがうやうやしく収められていた。
「決まりだね。じゃあ行こっか! シロちゃん!」
「オッケー!」
そう言うと、二人は高台から一気に飛び降りた。
そして、キーノが警笛をけたたましく鳴らす。
全員の目がキーノとシロに集まった。
キーノは警察手帳のようなものを取り出し、その場の全員に見せつける。
「カード取締局です! 本国では赤のカードの取引、不法所持は厳禁です! 全員、身柄を拘束します!」
その瞬間、男達に動揺が走る。
「と、取締局! しかも執行官だ! まずい! 逃げるぞ!」
男達は一気に霧散していく。
赤のカードを持っていた男は、Eランカーの男と共に走り出した。
しかし、あっという間にキーノが前に立ちはだかる。
「逃しませんよ!」
「は、速い!」
Eランカーの男は白色のカードを取り出し、念じる。
――加速!
次の瞬間、男は目にも留まらぬ速さでキーノに向かって駆けた。
そして、そのスピードのままキーノの腹に拳を繰り出そうとする。
しかし、キーノはそれをくるりと回り回避する。
超反応のカードを使っていたキーノには男の攻撃は止まって見えていた。
「ちぃっ!」
男は加速を地面で殺し、キーノに向き直り、黒色のカードを取り出す。
――電撃!
その瞬間、カードはふっと消え、真っ白な電撃がキーノに向かって伸びていく。
――無効化!
キーノが白色のカードをかざした瞬間、電撃はキーノの周りで消えていった。
「危ない! 強力なカードを持ってますね!」
「駄目だ! この女強い!」
次の瞬間、拳銃の音が鳴り響く。二人の男が不意をついてキーノに向かって拳銃を放った。しかし、キーノは舞を舞うかのように弾丸を躱していく。その全てが、もう五センチ近ければ直撃というレベルの、ギリギリの回避だ。完全に見えているキーノにとっては大きなモーションで躱す必要性は全く無い。最小限の労力で躱せば良いのだ。
Eランカーの男はキーノが拳銃に気を取られている隙を狙って、もう一度、電撃のカードを使おうとカードを取り出す。
しかし、いつの間にかキーノが目の前に現れ、カードを取り上げていた。
「な!」
男はカードを取り上げられる瞬間に全く気付いていなかった。
(今、拳銃の回避に超反応を使っていたはず! にも関わらず、俺のカードを取るために何かしらのカードを使った! この女、まさかDランカー以上か?!)
高位のランカーであればあるほど、カードの力は強く長く持続する。一度使っても消えない永続型のカードを二枚同時に使っている時点で相手の力量は容易に読み取れる。
キーノは男に対して、黒色のカードをかざす。
「はい。大人しくしてて下さいね」
そう言うと、男の体にばちっと小さな電撃が流れる。
「んがっ!」
男は間抜けな声を上げて、その場に倒れ込んだ。
周りにいた男達は再度、キーノに向かって拳銃を構えるが次の瞬間、まるで急に意識を失ったかのようにその場に倒れ込んでいく。
「あなた達の相手は私」
そこにはシロが立っていた。
「この女!」
シロの周りに新たに男達が集まってくる。
そして、何の躊躇も無く、シロに向かって銃弾を放った。
しかし、シロはそれらを全て躱していく。
シロはカード使いではないが、素の動体視力が桁違いな上に、古流武術による先読みも出来る。相手の拳銃の向き、目線の方向、指の動き。それら全てを見切っているシロに拳銃など当たるはずも無かった。
そして、電光石火で相手に近づいたかと思うと、シロの武術最大の武器、急所看破で相手を次々と沈めていく。
「ひゃ~。さすがシロちゃん。半端じゃないねぇ」
程なくして、その場にいた八人もの男は、キーノとシロの二人に制圧された。
残る二人の男は、全く別の方向に逃げていたが、その経路にふっとワイトが現れた。
「どけっ!」
男二人はワイトに向かって拳銃を構える。
しかし、ワイトは指を鳴らしながら、男達に向かってゆっくりと近づいていく。
「てめ~ら。よ~く聞け。俺はな、自分より弱い相手には一切容赦はしねぇぞ~」
「な!」
「強い相手なら即逃げる。弱い相手なら容赦なく叩きのめす! これが俺の流儀だぁっ!」
「何だこいつ。凄みのある顔で最低な事言ってやがる!」
男達は拳銃を放とうとするが、
「カード使いに拳銃なんか効くわけねぇだろうがぁ!」
「お勤めご苦労さまですっ!」
キーノは満面の笑みで、護送車の運転手に向かって敬礼する。
キーノとシロにやられた八人はふてぶてしい様子で車に乗り込んでいた。残る二人は顔が腫れ上がっている。
「このカードは私が責任を持って本部に送り届けます!」
そう言うと、十人の男達を乗せた護送車は走り去っていった。
「さて! これにて一件落着!」
キーノは清々しい様子で伸びをする。
ワイトはその様子をじっと見つめる。
(……仮にもEランカーを相手にしたってのに、まだ力の二割も使ってないって感じだ。やっぱバケモンだわこいつ……)
「ん? どしたワイト君? お姉さんの笑顔が眩しすぎた?」
「いや、まるでオランウータンの威嚇行動みたいだな、と ごふあ」
流れるように地面とキスをする事になったワイトをよそ目に、
「んじゃ行こっか」
「うん」
キーノとシロは車に向けて歩いていった。