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世界を超える紫  作者: 素人
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終幕

 ワイトは走りながら、エルメの時とは別の意味で焦っていた。

 ――もうカードの臨界まで時間がない!

 いかに高性能な箱でもこれほど猛烈な力を持ったカードの発動後を完全に抑え込めるわけではない。ある程度減衰はされるが、それでも発動してしまえば、漏れた力だけでワイトは即死確定だ。

 実際、今この瞬間、もう箱からかなり力が漏れ出している。

 ワイトは箱を持っているのも辛くなってきていた。

 ――あと十分、いや、五分ってところか?!

 もう限界だ。

 こうなれば、出来るだけ広い場所に箱を置いて、周りに人がいないのを願うだけだ。

 これ以上もたついていては、自分が逃げる時間が無くなってしまいかねない。

 マンション外の緑地から公道まではある程度距離があるが、どうせなら四角形の敷地の角と四角形の真ん中に位置するマンションの中間地点に置けば一番距離が稼げる。何より敷地の四隅辺りはちょっとした森のようになっており、この時間ならば人が近づく可能性はより小さい。

 ワイトがそう考え、走ろうとした瞬間だった。

 突如、真っ黒な車が、凄まじいドリフト音と共に緑地に突っ込んできた。

 車は、少しだけ走ると急旋回し、運転席をワイトの方に向け停止した。

 車からスピーカーで女性の声が響く。

「そちらの方!」

 ワイトは自分が呼ばれているとすぐに分かった。

「私はカード取締局の天宮あまみやと申します! そのカードを早くこちらに!」

「来たか!」

 ワイトは猛ダッシュで車まで走る。

 そして、運転席の前で止まると窓が開いた。

 そこにはキーノと同じ黒服に身を包んだ女性が座っていた。

 歳は四十代後半といった所だろうが、凛とした座り姿、表情、漆黒のロングヘアーで全く歳を感じさせない若々しさだった。

 その人物、天宮は、箱を受け取ると、ワイトに敬礼した。

「ありがとうございます! 後は我々にお任せ下さい! 出来れば少しだけ車から離れていて下さい!」

 車は全ての窓が黒く染まっており、中が全く確認できない。

 更に、運転席と後部座席の間にも真っ黒な仕切りがしてある。

 天宮は箱を後部座席へと差し出した。

「お願いします」

 後部座席にいた人物はその箱をしっかりと受け取った。

 次の瞬間だった。

 この場にいたカード使い全員に凄まじい戦慄が走る。

 天宮、ワイトは勿論、少し遠くにいるグレイ、キーノにも同様に恐怖が電撃のように走る。

 全員、何が起きたかはすぐに分かった。

 ――箱が開けられた!

 二千人規模の命を吸う赤い死神のカード。

 その臨界直前の直前。

 今まで極めて高性能の箱に入っていてそれでも力が漏れ出していた赤のカード。

 その枷とも言うべき箱が開けられた。

 全員の頭に全く同じ様な光景が浮かぶ。

 それは巨大な死神が各々の首に大きな鎌を向けて笑っている様子。

 人間の力ではどうしようもない。

 ただただ恐怖だけが頭を支配する。

 鎌で首を刎ねられる事も怖いが、それ以上に頭に直接響いてくる死神の恐怖。

 首を刎ねられる以上の恐怖。

 エルメに睨まれても耐えていたワイトも思わずその場にへたりこんでしまった。

 全員が等しく、恐怖でどうにかなってしまいそうな時、後部座席にいた人物はふっと笑うと、素手で赤のカードを掴んだ。

 次の瞬間だった。

 今度は全員が今までとは全く別種の戦慄に包まれる。

 それは今までの恐怖とは異質の、しいて言えば、畏れ。

 全員を恐怖のどん底に突き落とした死神。

 その死神を更に上回る、とてつもない力が死神を抑え込んでいく。

 それは全知全能の神。主神ゼウス。そんな姿を連想させた。

 みるみるうちに赤のカードは力を失っていく。

 死神が更に巨大な力を持つ神によって封じ込められていく。

 全員がはっきりとそんな様子を頭に浮かべていた。

 近くにいたワイトは恐怖が解け、ようやくはっきりと状況を理解できるようになった。

 あんな赤のカードを抑え込める人間などこの世には一種類しかいない。

 ――Sランカーがいる!

 正体自体が最重要国家機密のSランカー。

 その一人が確実に今この車にいる。

 BランカーでもAランカーでもこんな芸当は絶対に出来ない。

 やがて、あれほど猛烈な力を放っていた赤のカードは、キーノには感じ取れなくなり、ついにはワイトにもその存在を感じ取れなくなった。

 そしてとうとう、赤のカードは完全に抑え込まれ、力を失った。

 事件は幕を閉じた。

 天宮は、ふう、とため息をつくと窓の外のワイトに向かって、ありがとう……、と言おうとしたが、ワイトの姿はもうそこにはなかった。

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