作戦会議
そして、運命の日。十八時になってついに情報が来た。
『確定だ。場所は都内のこのマンション』
情報屋からの報告書には、地図とマンションの外観、大まかな見取り図が載っていた。三十階ほどある新しいタワーマンションだ。
『私が直接確認した。このマンションの十五階に赤のカードが仕掛けられた。臨界まであと七時間。午前一時辺りに起動する』
これを見たワイトは全員をいつものカラオケボックスに呼んだ。
広めの部屋に七人が集まる。
シロが集めた三人は、なぜか全員が以前の親衛隊のようなヤンキースタイルという驚愕の格好だった。ちなみにその当人もしっかりといる。
「あんたらの間じゃその格好が流行ってんのか……?」
「ああんてめぇナメてんのかこの格好はな動きやすくて闇にも紛れやすい汎用性の高い格好なんだよこるぁ!」
「とりあえず面倒だ。お前らの名前は順番に一号二号三号だ。いいな?」
「ああんてめぇナメてんのかこの場でやっちまうか!」
「みんな。あんまり熱くならないで」
「ぅりょ~うかいです。お嬢さん!」
シロの一声であっという間にまとまる三人。
そのシロは、全身真っ黒な作務衣のような服を着ている。
闇に紛れるための黒服なのかもしれないが、シロの場合、銀髪が目立ち過ぎて用を果たしているのか怪しい所だ。
「こういう時のお前は髪色のせいで損するよな」
「仕方ないよ。呪いのせいでこんな色になっちゃったんだから」
シロは昔、赤のカードによる呪いで死にかけた。その際に髪色まで変わってしまった。
「それにこの色になったおかげでワイトが結婚してくれって言ってくれたんだからむしろ誇りだよ!」
「ちょっ! おまっ……!」
時すでに遅し。
ある者は指を鳴らしながら虚ろな瞳で天井を見つめる。
「俺、この事件が終わったら…………殺るんだ」
ある者は、藁人形を取り出す。
釘を打ち付けるのかと思いきや、そのまま無言で首を引きちぎった。そしてその首をワイトの足元に転がす。
ワイトはその様子を無言で見つめるしかなかった。
「どうかした? ワイト?」
「お前さぁ……。楽しんでないか?」
「何の事?」
「何でもねぇよ! それよりだ! 作戦を説明する」
ワイトは気を切り替え、情報屋からの資料を見せる。
『敵戦力だが、十八名までは確認出来ている。全員カード使いで、Dランカーが二名。Eランカーが十六名。それに加えて謎の男、毒島。都合計二十名だ。Eランカークラスをこれ以上急に集めるのは難しいだろう。よって敵戦力はこれでほぼ確定と考える』
「なんて戦力なの……」
キーノが思わず嘆息する。
「この状況が分かりにくい奴のために説明すると、中ボスが十七体、ラスボスが二体、裏ボスが一体って状況だ。ザコ敵は一体たりともいねぇ!」
「余計に分かりにくいんじゃぼけぇ!」
キーノとシロ以外の全員から野次が飛ぶ。
「つまりですね。ワイト君と同等クラスの人が十七人、私と同等クラスの人が二人、シロちゃんと同等かな? って人が一人って事です」
キーノが改めて説明する。
「なっ…………」
その説明で全員が静まり返った。
「分かってると思うが、親衛隊。お前らは俺が知ってる通りの実力なら、一対一で俺ですら満足に倒せないはずだ。そんなのが十七人もいるんだ」
「どうすんだよ! こんなのどうにもならねぇよ!」
「正直に言って厳しいと思ってる。だから最初にまず言っておく。全員、どんな状況でも自分の身を守る事を最優先してくれ。いかに二千人の命が掛かっているとは言っても自分が死んだら意味がない」
「ワイト君の言う通りです。皆さんは元々私達の世界には何の関係も無い方々。付いてきて下さる事に本当に感謝しています。だからこそ絶対に死なないで下さい」
「そ……それは別にいいけどよぉ」
「その前置きをした上で作戦だ。今回、俺達は幸いにして七人もいる。よって、陽動作戦を取ろうと思ってる。相手もこっちもサーチのカードで相手の位置を特定しようとする。サーチのカードを断続的に使って、動いているカードがあれば、それはカード使いって寸法だ」
「なるほど」
「それを利用して、親衛隊には囮になってほしい。アンタらに適当なカードを渡すから、赤のカードに向かう振りをして、相手を引きつけてほしいんだ」
「分かったが、それは俺らとはバレねぇのか?」
「よほどの使い手でも遠くからのサーチじゃカードが移動してるってだけで誰って事までは分からないはずだ。近くまで行けば別だけどな」
「なるほどな。よし分かったぜ」
「相手が俺達を追いかけずに、ブツがある部屋で待機するって線は考えられないのか?」
別の親衛隊が問いかける。
「絶対に無いとは言わないが可能性は低いと思う。普通に考えてそうだろ? いかに相手に数の利があるとはいえ、わざわざ獲物がある部屋に招き入れてから迎撃するなんて危険だろ。確かに相手は完全な戦力で迎え撃てるが、その状況ならこっちも条件は同じだ。狭い空間に三十人近くもいたら不確定要素も大きくなる。俺達が一丸となって一点突破を目指せば相手も防ぐのは容易じゃないはずだ。一般のマンションだから罠とかも大掛かりな物は無理だろうしな」
「よし分かった」
「相手はこっちにシロがいるって事を知ってる。よって対象には必ず複数で攻めてくる。単独で攻めてもしシロを引き当てたら、無駄に戦力を減らすだけだからな。だから親衛隊が最低でも六人、上手く行って十人近く引き寄せてくれれば御の字だ」
「ちなみに、やれそうならやっていいんだろ!」
親衛隊は、ばしっ、と右拳を左手に当てる。
「ああ。大歓迎だ。そうだな。そういう状況のために、この三人だけは顔を覚えといてくれ」
そういうとワイトは情報屋からの資料を見せる。
「一人はこのアジア系の黒髪の男、そしてもう一人はこの金髪の女だ。この二人がさっき言ったDランカーの二人。この二人は多分全く手に負えないはずだ」
「ちっ! 分かったよ!」
「そして何と言ってもこの男だ」
ワイトが謎の男の写真を見せる。その写真の右には左頬に龍のような入れ墨を入れた、欧米風の金髪の男が写っていた。
「俺達が謎の男って呼んでるやつだ。普段は黒いマントみたいなのを被ってるがひょっとしたら外してるかもしれない。だから今情報屋が掴んでる謎の男の素性を渡しておく。右のが謎の男の素顔だ。一応まだ推測段階で情報屋は確率七十パーセントって言ってるが、あいつが言う七十パーセントならほぼ百パーセントって思っていい。無いとは思うんだがもしこいつを見かけたら即逃げろ」
「こいつが最強のカード使いって奴か……」
「ああ。正直、シロでもどうなるのか分からない。だけどこいつは多分、赤のカードがある部屋で待機してるはずだ。護衛としてどう考えても適任だし、不測の事態が起きた時も一番柔軟な対応が効くからな」
「あれ? この人って確か……」
キーノが画面を凝視する。
「気付いたか。こいつは紅の爪の大幹部の一人。グレイ=エアスネイク。公認ランクはC」
「謎の男の正体はこの人だったの? だったらエルメ様はこの人に会いに?」
「いや、多分、なんだがエルメは謎の男の正体を知らないんだと思う。知ってたら血眼になって止めに来るはずだ。一般人の大量虐殺は禁忌中の禁忌。自分の組織から大量虐殺なんてやらかす奴が出たら、いかに過激派の紅の爪と言えどお終いだ。世界中のカード使いから相手にされなくなるし、公的な機関からは狙われることになる」
「え? ちょっと待って。じゃあこの情報屋さんはエルメ様ですら掴んでいない情報を掴んだって事?」
「そういう事になるな。何度も言ってるだろ。こいつの腕はピカイチだ」
キーノは驚きを隠せなかった。
自分には縁が無い世界だが、裏では情報を巡って頂上決戦が繰り広げられていたのだ。普通の探偵が謎の男を尾行などしようものならあっという間に気付かれ消されるだろう。しかし、この情報屋は未だに謎の男に見付かっていない。それだけでも只者ではないのに、あまつさえ、エルメの組織よりも速く正確に情報を掴んでくる。
キーノとは住む世界が違うものの、キーノは情報屋が自分より上にいるという感覚を持たずにはいられなかった。
「じゃあエルメ様は単純に紫のカードの噂を聞きつけて来ただけって事だね?」
「恐らく。そしてこの情報は使える」
「え?」
「なあ。後でいいから回答看破のカード俺に貸してくれ」
「いいけど……。この状況でこれが役に立つんだね?」
「ああ。多分な」
「実際、エルメ様をどうするのか考えないといけないと思ってたんだけど、何か手がありそうだね」
「いや、そんな大層なものじゃない。多分だが、エルメは赤のカードが紫化するまでは手を出してこない。下手に手を出せば自分が大量虐殺による紫化を実施したって思われかねないからな。だから奴が動くなら紫化が終わった後だ。とは言っても万が一何かの理由でエルメが突っ込んできたら作戦も何もなくなってしまう。だから一応保険は掛けとこうかと思ってる」
「保険?」
「ああ。俺のストーカーの神にでも働いてもらおうかってな」
「何?」
神が軽く驚愕の表情を浮かべる。
「小僧。ワシを使うつもりか?」
「別に助けてくれって言ってるわけじゃない。ただマンションの下で突っ立ってくれてれば十分だ。エルメの性格なら神を見て何もしないって事は無いはず。それにてめぇもエルメと話したがってたろ? 願いを叶えてやるって言ってるんだぞ?」
神はふっと笑う。
「全く。神を使うとは。バチあたりにも程があるぞ」
「エルメ様と神様の戦い。こんな状況じゃなかったら見てみたかったな……」
キーノがぼそっと呟く。
「さて、作戦はこんなもんだ。俺とシロとキーノは基本的に一緒に行動せざるを得ない。キーノは出来るだけ力を温存する必要があるし、絶対にやられるわけにいかない。キーノがやられた瞬間、俺達は終了だからな。そして誰が出てきてもキーノを護衛できるのはシロだけだ。俺はサーチで相手の出方を見て、出来るだけ戦闘を避けるように、二人を導く必要がある」
全員が頷く。
「ちなみに、今言ったことは相手も読んでる可能性がある。だから親衛隊。アンタらは出来るだけ三人まとまって行動してくれ」
「どういう事だ?」
「俺とシロとキーノと、あとキーノのカードの運搬役でケイが一緒に行動するわけだが、シロだけはサーチに絶対に引っ掛からない。カード使いじゃないからな。よって相手は三人一組の行動グループを探そうとする。そんな時にアンタらがバラバラに動いてたら本命がどっちかバレバレだろ?」
「なるほどな」
「それともう一つ。今回、回復のカードはある程度持ち込むが、回復の優先順位は上から順番に、キーノ、シロ、そして俺だ。悪いが親衛隊。アンタらに使う回復のカードは無い!」
「ふざけんな! 上二人はともかく何で次がてめぇなんだ!」
再びキーノとシロ以外の全員から野次が飛ぶ。
「俺がいなくなったら回復も誘導も出来なくなるだろ!」
実際それは死活問題だった。
単純な数だけ見れば二十対七だが、カード使いの数で比較すれば二十対三だ。しかも、ケイは戦力には数えられないし、キーノも満足にカードを使えないので実質的に二人以下と言っても過言ではない。
カードの力でしか対抗出来ないようなシーンがあれば、殆ど詰みだ。
「キーノ。箱はどうなってる?」
「ちょっと待って。確認してみる」
キーノはその場で所長に電話を掛ける。
『おう。キーちゃん! すまねぇ! あと一時間だけくれ!』
所長はサラッと言ってのけたが、キーノは万感の思いだった。
絶望的な状況だったのに、とうとう本当に箱が出来上がってきた。
『あと、出来たらどこに持ってけばいい?』
「あ、それでしたら……」
キーノは今いるカラオケボックスの近くを指定する。
『おう。分かったぜ。一時間もあれば着くな』
「所長さん。本当にありがとうございます。それでは後ほど」
キーノは電話を切る。
「今から二時間後にここに来るみたい」
「相手が直接来るって事か?」
「そう。私が取りに行っても出来るまでは邪魔になるだけだし、ここは甘えさせてもらおうと思う」
それを聞いたワイトは少し考えるような仕草をし、呟いた。
「……念のため確認しとくか」
「どういう事?」
「いや、無いとは思うんだが、毒島達が気付いてたら強行手段に出てくる可能性もあるか、ってな」
「そうか。確かにそうだね」
「普通は業者を襲うなんて論外だが、こいつらには今更だ。念のため、な」
ワイトは情報屋に連絡を取る。電話ではなく文字のやり取りだ。
『今、毒島達は全員集まってるのか?』
すぐに返答が来る。
『毒島はいないが、他は全員集まってるな。どうやら持ち主が出かけていて帰って来ないと分かっている部屋に勝手に入り込んでいるようだ。謎の男と他、二~三人が常に赤のカードの護衛に着いている。それとマンション入り口付近にもう一人。マンションに入ってくる者がカード使いかどうか、サーチで確認する役だろう』
ワイトは小考する。
――問題無いか。
「大丈夫そうだ」
「オッケー。ありがとう」
「よしそれじゃ全員、九時半にここの門の前に集まってくれ」
ワイトは地図を見せながら場所を指定する。
マンションから少し離れた場所にある警察署だった。警察署の目の前なら襲われるような状況も少しは減るだろう、という計算が入っている。
「そこまで待つのか?」
親衛隊が問いかける。
「深夜帯になればマンション内で部屋の外に出る人が少なくなるからこっちとしても動きやすくなる。それに俺が最後の下準備でちょっとやることもあるんでな」
「そうか」
「他に何か聞いときたい事はあるか? 無ければ一旦解散しよう。後で指定の場所で合流だ。相手はもうマンションで待機してるっぽいから無いとは思うんが、一応誰かに襲われたりしないよう警戒だけはしておいてくれ」
全員が頷き、カラオケボックスを後にした。




