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世界を超える紫  作者: 素人
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最後の夜

 その日の二十時、ワイトは街の中心から電車で三十分ほど移動した所にある民宿に到着した。小さいが、比較的綺麗な和風の雰囲気で、土曜のせいか、なかなか繁盛しているようだった。

 受付に話を通し、キーノが予約してくれていた自分の部屋に向かい、扉を開けると、そこには三人の姿があった。三人は浴衣姿で窓側の椅子に座っている。

 キーノ、シロ、そして

「ドチビ……、てめぇもいるのか……」

 ケイも混ざっていた。

「ああん!? いたら悪いんか?」

「遅いよワイト君。どこほっつき歩いてたの?」

「まぁ、ちょっと色々とな」

「ワイト君。夕ご飯食べたの?」

「いや、まだだ」

「ワイト。ご飯にする? それとも、わ……」

「黙ってろ」

「まだ何も言ってないのに~」

「とりあえず下に行って何か食ってくる」

「ねぇワイト君」

「ん?」

「私達三人の浴衣姿を見て何も言うことは無いの?」

「おばさんにガキにバケモノ。一体何を言えばいいんだよ」

 なんて事を言ったら、数秒後に就寝することになるんだろうなぁ、と思ったワイトは慎重に言葉を選ぶ。

「トッテモキレイデスヨ~」

「何だよ~。その片言の日本語は~」

「んじゃ俺行ってくるから!」


 一時間後、ワイトが部屋に戻ると、三人の姿は無かった。

 全員自分の部屋に戻ったようだ。

 キーノとケイで一部屋、シロとワイトで一部屋ずつで、計三部屋取られている。

 ワイトは机にノートパソコンとスマホを置くとすぐに立ち上げる。

 しばらくすると、扉をノックする音がした。

「どうぞ」

 するとシロが入ってきた。

「ワイト。まだ情報集めしてるの?」

「ああ。情報屋から情報が来るかもしれないし、エルメや謎の男、毒島の動きも把握しとかないとな。ああそうだシロちょっと来てくれ」

 隣に座ったシロにワイトはパソコンのモニターを見せる。

「やっぱり確定だ」

 そこには情報屋からの報告があった。

『以前言った通りだが、やはり毒島は独自に紫のカードを用意している。取締局にあるカードを上手く持ち出したようだ。謎の男も今回の件ではかなりのリスクを背負う事になる。このくらいの見返りがないと動いてはくれなかったのだろうな』

 ワイトはにやりと笑う。

「前にも言った通りだ。この毒島が持ってくる紫のカードは全力で奪いに行く。俺だけじゃ毒島の相手は厳しい。お前の力が必要不可欠だ。頼むぜ」

 シロはコクリと頷く。

「分かった。全力を尽くす。だけどワイトそんなに紫のカードが欲しいの? 何もこんな危ない事件の時に追いかけなくても……」

「紫のカードだけはどんな危険を犯そうと絶対に欲しい。死ぬ一歩手前くらいのリスクは十分すぎるほど犯す価値がある」

「やっぱり高く売れるから?」

「それもあるにはあるが……。俺個人としては何と言ってもカードの効果が魅力的なんだよ」

「物理法則を無視、だっけ? それがそんなに?」

「ああ。俺達人間は色んなものに縛られて生きてる。だけどな、俺達を縛っているものは決定的に二種類あるんだ」

「二種類?」

「そうだ。神による縛りと人間による縛り」

「どういう事?」

「例えば、だ。一番当たり前の事を言うと、俺達は人を殺しちゃいけません。これは常識で俺達はそういう憲法、法律、条例に縛られて生きてるよな?」

「うん」

「だけどな、それはあくまでも人間が決めた人間同士の縛りでしか無い。俺達は憲法や法律で縛られているけどそれは破ろうと思えば容易に破ることが出来る。いかに社会的に抹殺されるって言っても俺達は人を殺そうと思えば殺せるだろ?」

「そうだね」

「だけど、だ。俺達は神が決めた縛りには絶対に逆らえない。重力に逆らってはいけません。瞬間移動してはいけません。不老不死であってはいけません。これらは破ろうと思ってはい破りましたってわけにはいかない。人間には逆らえない絶対の法則。それが神の定めた法則。そしてそれを破ることが出来るのが紫のカードだ。どうだ? そんなカード絶対に欲しいって思うだろ?」

「う~ん。よく分かんない」

「そうか。お前はこういうのはあんまり興味ないか」

「よく分かんないけど、今の話をしてたワイトの目はすっごく輝いてた」

「そ……そうか?」

「うん。こんなワイトは初めて見たかも」

 シロは何やら嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

「ワイト。明日絶対に、事件を解決して、紫のカードも頂こうね!」

「あ……ああ。頼むぜ」

「この事件が終わったら私達、結婚しようね!」

「おいぃ! 止めろ! 典型的な死亡フラグ立てんな! ってか誰が結婚する、だ!」

 シロは部屋を出ていった。

「いい娘よな。お前には勿体無い。まぁもっともつり合った所で……」

 神様がワイトの隣でクスクスと笑っている。

「てめぇに言われると余計に腹が立つんだよ!」

「いだだだだ! 髪を引っ張るな!」

「だったら黙ってろ」

「ふん。それにしても小僧よ。今のは例えが少し悪かったな」

「どういう事だ?」

「重力を無視してはいけません、と瞬間移動してはいけません、までは良かったが、不老不死であってはいけません、を前者二つと同列に扱うのはおかしいな。願う相手が違う」

「……人間の創造主と宇宙の創造主は別だって言いたいのか?」

「まぁそういう事になるな」

「だったらその違いを教えろよ」

「教えられるわけなかろう。ワシは神なんじゃぞ」

「そういう所がムカつくんだよ! だったら最初から言うな!」

「いだいいだい! 髪を引っ張るなと何度言えば分かる! 貴様、不敬罪でしょっぴくぞ!」

「やれるもんならやってみろや!」

 二人が獣のように睨み合っていると、

「おっと、また客人か。全く、貴様は意味もなくモテるな」

「一言多いんだよ」

「あれ?」

 今度はキーノが入って来た。

「シロちゃん来てたの? 今すれ違ったんだけど」

「ああ。ちょっとな」

 ワイトはモニターに向かったまま返事をする。

「なになに~? 二人で逢い引きなんてただ事じゃないよね~?」

「そういう用事じゃねぇから」

「君さぁ。さっさとシロちゃん落としなよ。男でしょ? 君が一声掛けるだけでほぼ確定じゃん」

「いつも言ってるだろ。あいつは俺の事を命の恩人と勘違いしてるんだ。赤のカードの呪いに巻き込まれて死にかけたのを助けたのが俺だってな」

「いや、それ君なんでしょ?」

「違うって。だから俺はあいつの想いに応える資格なんて無い。一方的に言い寄られて迷惑してるんだ」

「この際勘違いでもいいじゃん。さっさと落としちゃいなよ。このままじゃシロちゃんが可愛そうじゃない。あの子、ずっと君に付いていくよ」

 キーノがそう言うと、ワイトはモニターから目を離し、天井を仰いだ。

「駄目なんだって。あぁ、くっそ~…………。何で俺はこんなについてないんだ…………」

「なに~? 君まさか、あいつ俺にくっついてきてうぜぇ、みたいな事思ってるんじゃないだろうねぇ? 君さぁ、そんな事言ってると十年後に死ぬほど後悔するよ」

「んなわけねぇだろ」

「え?」

「あんな可愛い女の子に言い寄られて何も感じないなんて、俺に言わせてみればそいつはオカマか去勢してるか脳や生殖器に異常があるか、それくらいしか考えられない」

「もうちょっと他に言い方無いの……? でもそれなら君もそのどれかって事?」

「違うわ! あいつに近寄られたり、抱きつかれたりすると、心臓が跳ね上がる。冷静な思考が出来なくなる……。何も感じないなんて騒ぎじゃない」

「だったら……」

「無理なんだよ……。無理なんだ……。俺はあいつの気持ちに絶対に応えてやることが出来ない……。絶対にな……。だからついてないって言ってるだろ」

「……よく分かんないんだけど」

「ってかアンタ、そんな事言いにわざわざ来たのか?」

「ああいや、明日の事を詰めときたいなぁってね……」

「それだったら明日の夕方くらいにいつものカラオケボックスで話すつもりだ。シロの仲間も含めてな」

「そう。じゃあ私戻ろうかな」

 キーノはワイトの部屋から退散する。

 部屋の前でキーノは小考していた。

 なぜワイトはシロの想いに応えられないのか。

 ワイトが自分で言った極端な例、オカマがどうという話以外でその答えになりそうな事象といえば。

 ワイトには別にフィアンセがいる?

 いやいや有り得ない。今までそんな素振りなど見せたことも無い。

 近々外国にでも引っ越してしまう予定でもあるとか?

 いや、シロならそれでも付いて行ってしまいそうだ。それも答えにはならない。

 ならばなぜ…………。

 ワイトには謎が多い。本名然り、だ。

 その辺りの謎が何か関係しているのか?

 キーノは少し考えていたが、やがて、軽くため息をついた。

(止めた。今詮索するような事でもないし。事件が終わって余裕があったら聞いてみよう)

 キーノは自分の部屋へと戻った。

 部屋に戻ると、ケイがボーッと外を見つめていた。

「ねぇキー姉。今更なんだけどさ」

「うん?」

「もっと上の人に相談してたらこんな事になってなかったのかな?」

「う~ん。そうだねぇ。もっと早い段階で上手く相談出来てたら結果は違ったかもだねぇ」

「今からでも相談出来ないのかなぁ……。いっそ一番上の人に話しちゃうとか」

「一番上って代表執行官?! 無理無理! 私が執行官だったとしても相手にしてもらえたかどうか」

「キー姉が関わってるの凄い大きな事件なんでしょ? それなのに?」

「代表執行官は毎日大きな事件を相手にしてるからね。今はともかく、推測でしかなかった状況じゃ動いてくれるかどうか……」

「今だったら……」

「そうだねぇ。今だったら動いてくれたかもしれないけど今は私がもう執行官じゃないし。って言うか、ダメダメ! 今代表執行官に見つかったら私お終いなんだよ」

「そうなの?」

「代表執行官の権限は桁違いなの。国内で唯一Sランカーを動かす権限を持ってるし、必要があれば自衛隊をも動かす。そして何よりも執行官に対する裁判権も持ってるの。代表執行官が有罪って言った瞬間お終い。今、私はもう有罪が確定しちゃってるから代表執行官に見つかったらジ・エンドだよ」

「そうだったんだ! 危ない!」

「ここまで来たらもう誰にも頼らずにやるしかないよ。さっ、ケイちゃん。もう寝よ」

「うん。キー姉。おやすみなさい。明後日の朝はキー姉の表彰式だね! 事件を解決してさ!」

「……うん。そうだね。おやすみ」

 キーノは布団に入る。

 ケイは知らないようだ。

 たとえ、明日、事件を解決出来たとしてもキーノの有罪は動かない。

 多少罪が軽くなることはあるかもしれないが、無罪になることは絶対に無い。

 事件さえ解決してしまえば無罪になるようでは、誰もが自分の正義で動くようになる。それはまずい。だから命令は絶対なのだ。

 キーノはその事を一切ケイには告げず、目を閉じた。


 それから数時間後の夜遅く、シロがふと目を覚ました。

「むにゃ……。何で目が覚めたんだろう……」

 寝ぼけ眼で何の気無しに廊下に出ると、ワイトの部屋にまだ明かりが付いている事に気付く。時刻は午前三時だ。

 ワイトは情報屋からのある情報を見て、自虐的な笑みを浮かべていた。

『毒島が持ち出した紫のカードの効果だが、恐らく…………』

「そう来るか。まぁ、そうだよな……」

 ワイトが呟いていると、突然ドアが開く。

 ここは古い民宿で、オートロックのようなものは無い。

 ワイトが思わず構えると、シロがひょっこりと姿を見せる。

「むにゃ……。ワイト、まだいきてたの?」

「なんですって!?」

「あ、ごめん間違えた。まだおきてたの?」

「おまえ、わざと言ってないか……?」

「むにゃむにゃ。何の事?」

「何でもねぇよ。さっさと寝ろ」

「うん。おやすみ~」

 シロは何をするわけでもなく、そのまま帰っていった。

「シロ。こんなタイミングで起きてくるなんて……。お前の天性の勘が働いたのか……?」

 ワイトは、この上なく寂しそうな表情で呟いた。

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