本当にしたい事
キーノは一人、街中をさまよい歩いていた。
先程までとは違って、足取りはしっかりしているが、表情はやはり暗い。
何の気なしに周りを見上げる。
立ち並ぶビル群、大勢の人。
自分は今までこの風景、この人達を守ってきたつもりだった。
しかし、今、それが終わるかもしれない。
何もしなければ。このまま二千人を見殺しにすれば、三ヶ月後には問題なく公務に復帰できる。しかし、それで今まで通りの気持ちで職務を遂行できるのか?
もし、見殺しにすれば、この先、どれだけ人助けをしようと、街を犯罪者の手から守ろうと、必ず見も知らぬ二千人の顔が浮かぶだろう。
よくも私達を見殺しにしたな、と。
しかし、今の状況で執行官の権限無しで二千人を救うのは確実に不可能だ。
そして、今執行官の権限を行使する=自分の人生の終わりだ。
――どうすればいい……。
目的もなく歩いていると、キーノは一軒の古民家の前で足を止めた。
なぜか大都会でもこのような古民家が存在する。
キーノはその様子を見て、昔の自分を思い出さずにはいられなかった。
キーノも昔、カードの事件に巻き込まれたのだ。
それはキーノが執行官になるよりも前、取締局に入るよりも前の事だった。
当時中学生だったキーノは誘拐事件に巻き込まれた。
そして、誰も住んでいない古民家に監禁されてしまった。
ここまでは単なる誘拐事件だったが、ここからが通常の事件と違った。
まず、キーノは犯人の事を全く覚えていない。
そして、事件の日を境に、キーノは母親の事を完全に忘れてしまった。
後に取締局の人間が突入~事件を解決したことからカード絡みの犯罪であったことが分かった。
キーノはカード使いの手によって、犯人の顔、更には母親の記憶までも消去されてしまったと考えられている。考えられていると言うのは、この事件の犯人が捕まらなかったため、推測しか出来ないためだ。そして、不可解な事に、事件後、両親ともに行方不明となった。兄弟もいなかったキーノはこれにより天涯孤独になってしまったのだが、キーノには類稀なるカード使いの能力があることが発見された。この事もあり、キーノはケイと同じく、取締局に引き取られ、今日に至る。
キーノがこの事件で何より悔しかったのは母親の記憶を奪われてしまった事だった。
誰もが持っている温かい母の記憶。
それがキーノには無いのだ。
どれだけ写真を見ても、どれだけ日記を見ても母親の事は思い出せない。
キーノはこの事でたまに涙を流す事がある。
そしてその度に誓う。
こんな想いは絶対に他の人にはさせない。
そのために今までかなり無茶もしてきた。
場合によっては、執行官でもアウトではないのかという事も。
そんな事を思い出してキーノは、はっ、とした。
――何も絶対に執行官の立場に拘る必要は無い。
――今までだって私は執行官としてはかなり不良だった。
――私が本当にしたい事は……。
キーノは大きく深呼吸して決意を固めた。




