表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を超える紫  作者: 素人
2/49

プロローグ

 夜の大都会。

 その中心に位置するメインターミナル駅。

 そこから少し離れた人通りの少ない路地裏を一組の男女が猛スピードで走っていた。

「はぁっ! はぁっ! ワイト! もうカードの残り回数やばいんじゃない!?」

「はっ! はっ! シロちゃんよぉ! お前こそ、そろそろ体力限界じゃないのか!?」

「なんのっ! まだまだ! 今日は絶対に私がカードを取る!」

 先を走る男、ワイトの後を銀髪の女、シロは必死で追いかける。

 六月の蒸し暑い中、全身真っ黒な正装のような服装のワイト。

 対照的にセーラー服姿のシロ。

 異色とも言える取り合わせの二人は汗だくになりながら走っていた。

 ワイトとシロの差は少しずつ開いていく。

(速い! 追いつけない!)

 全速力で駆けながら、ワイトは背広の内ポケットから一枚のカードを取り出した。

 綺麗な装丁が施された白色のカード。

 ワイトはそのカードを持ち、ほんの一瞬念じるように心の中で叫ぶ。

 ――サーチ!

 自分を中心にソナーのように異能のカードを探知するカード。

 その範囲内に異能のカードがあれば、術者にはその位置が分かる。

(あった! やっぱりあのビルの屋上か!)

 ワイトはちらりと先にある五階建てのビルに目をやる。

 その様子を目の当たりにしたシロは焦っていた。

(やっぱりあのビルの屋上にあるんだ! このままじゃ先を越される!)

 少しずつ開いていく距離。このままでは結果は見えている。

(カードの力を残したワイト相手じゃ絶対に勝てない! カードの力を使い切らせるしかない!)

 シロは前を走るワイトをきっと睨むと、近くに落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。

 缶は正確にワイトの足元をめがけ飛んでいく。

「ちぃっ!」

 転倒を恐れ、ワイトは軽く跳躍し、缶を避ける。

 しかし、間髪入れず次の缶が今度はワイトの後頭部めがけ飛んできた。

 ワイトはそれを手刀で弾き飛ばすが、これだけの動作をしている間、全速力で走り続けられるわけがない。一瞬の減速を逃さず、シロが一気に距離を詰めてきた。

「ワイト、覚悟!」

 シロは手刀でワイトに斬りかかる。

「うおっと!」

 ワイトはすれすれの所でそれを躱した。

 同時に、加速の勢いを地面で殺し、シロに向き直る。

「てんめっ! 今、殺るつもりで来たろ!」

「当たり前じゃない! 何言ってるの?!」

「おいぃ! お前こそ何言ってるの? 何が当たり前だこるぁっ!」 

「問答無用!」

 シロは怒涛の勢いで手刀や突きを繰り出してくる。

(こいつの攻撃は当たったらお終いだ!)

 シロが使う古流武術は相手の急所を見抜く。ガードすればそのガードの急所を突いてくるのであまり意味をなさない。

 ワイトはかろうじてそれらの攻撃を躱していたが、徐々に追い詰められていく。

(躱しきれねぇ!)

 ジリ貧を悟ったワイトは一枚のカードを取り出し、心の中で叫ぶ。

 ――超反応!

 次の瞬間、世界が停止する。

 正確には、世界が停止して見えるほどの超動体視力。

 一瞬だけ限界を超えた反応速度を得られる異能のカード。

 今、ワイトの目には全てがスローモーションのように映っていた。

 ワイトはシロの攻撃の全てを見切り、逆にシロを黙らせるべく腹に拳を繰り出した。

 しかし、シロは素の反応でそれをガードする。

「まじかよ!」

 体重の軽いシロは後ろに吹っ飛ばされたが難なく着地した。

「今、カード使ったね!」

 シロはにやりと笑い、間髪入れず再び突進してくる。

「しまっ……」

 シロを吹っ飛ばした時にさっさと逃げておくべきだった。

 ワイトはあっという間に壁際に追い込まれる。

 いつの間にか、二人は目指していたビルの壁まで辿り着いていた。

(多分、さっきほどのカードはもう一回くらいしか使えないはず。それさえ使い切らせれば!)

 壁際に追い詰められたワイト。ジリジリと距離を詰めていくシロ。

 ワイトはちらりと屋上に目をやる。

 その様子を目の当たりにしたシロはワイトから目を離さないようにしつつも考えていた。

(今警戒すべきなのは跳躍のカード。私の行動を制限するようなカードを使って跳躍されたらお終いだけど、今のワイトにそんな二つのカードを同時に使うだけの力は残っていないはず。であれば、私の行動を制限する類のカードは使ってこない。という事はやっぱり今警戒すべきなのは跳躍のカードただ一つ。跳躍で一気に屋上に飛ばれたらお終い。それだけは絶対に阻止しないと……)

 シロが深く集中しているその瞬間だった。

 ピピーッ!

 突如、静寂を破る警笛の音が鳴り響く。

「こらー! 君たちぃぃ! また暴れまわってー!」

「やばっ! キーノだ!」

 シロが一瞬目を外した瞬間、ワイトは警笛の音とは逆方向に向かって猛ダッシュした。

 しかし、シロは反応する。

 持久走ならともかく、瞬間的な加速はシロの方が上だ。

「やらせない!」

 シロが加速した瞬間、ワイトはシロに向かって砂を投げつけた。

「やばっ!」

 シンプルだが、加速が乗っている事もあり、避ける事も弾き飛ばす事も出来ない。

 シロは、砂が当たるのは覚悟の上で、目をつぶり加速を止めず突進する。

 ワイトはシロの視界を奪ったことを確認すると、すぐにシロの加速の軌道から身をかわす。そして、

 ――最後の一回だ!

 カードを取り出し、念じる

 ――跳躍!

 ワイトは屋上に向かって一気に跳ぼうとした。

 しかし、

「ダメェッ!」

 シロは目をつぶったまま音だけを頼りに、ワイトに向かって手を伸ばす。

 その手は、ワイトのつま先をほんの少し絡めた。

(まじかよ! あのタイミングでまだ追いついてくるのか!)

 ほんの少しの接触によってワイトの跳躍は僅かに勢いを失う。

 目を開けたシロはその様子を目の当たりにし、心が沸き立った。

(やった! これなら屋上に届かない! 空中に放り出されたらもうカードの力でもどうにもならない! 勝った!)

 あとは落ちてくるワイトを迎撃するだけだ。

 シロは落下点に向かって走る。

 しかし、その瞬間だった。

「へ?」

 シロは思わず間抜けな声を上げてしまう。

 暗くてよく見えていなかったが、ビルの屋上から黒いヒモがぶら下がっている。

 そして、ワイトが口元に笑みを浮かべている。

「そんな……」

 シロの心の底からじわじわと、本当にじわじわと、嫌な予感がこみ上げてくる。

 勢いを失ったワイトだったが、まだ上空に向かって進んでいた。

「おかしいよ……」

 カードがどこにあるかは誰にも分かっていなかった。

 いや、仮に分かっていたとしても丁度この場所で競り合う事態になる事は予想できるはずが無い。

 しかし、現実にそこにヒモは用意されていた。

「なんで……」

 上空への飛行が止まり、まさに自由落下が始まろうかというその瞬間、ワイトは手を伸ばし、ヒモの下端ぎりぎりを掴んだ。

「なんでそんな所に!」

 ヒモがもう五センチ短かったら……。

 風向きが逆だったら……。

 シロの妨害がもう少し強かったら……。

 何かもう一つでも阻害要因があれば確実にヒモには届いていなかった。

 まるで宝くじの一等を連続で引き当てるかのような奇跡。

 しかし、ワイトはその奇跡とも言えるヒモを掴んでいる。今はそれが全てだった。

 ワイトはビルの四階ほどの高さからヒモを伝い、あっという間に屋上に辿り着いた。

「じゃあなぁ! シロぉ!」

 そう言うと屋上に姿を消した。

 シロはへたりとその場に座り込み、消えたワイトを見上げるようにして、叫んだ。

「また負けたぁ~~!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ