漂流
外は土砂降りの雨だった。
最近の梅雨は、しとしと降るのではなく、熱帯のスコールのように降る時は滝のように降る。
カード取締局の中は完全防音であり、例え雨が降っていなくても内部の音は一切聞こえてこない。
そんな中でキーノは叫んでいた。
『執行官解任通知書』
今宮がキーノに見せた書類だ。
毒島が申請者となり、今宮の承認印が押されている。
既に確定してしまっている内容だ。
「お待ち下さい! 今宮執行官! 今! 今執行官の権限を失うわけにはいかないんです!」
「それはなぜかね」
「それは!…………」
キーノは思わず全てを今宮に話してしまった。
「ふむ。それは本当か? もし本当ならただちに手を打たなければならない」
「では! 私の執行官の権限を!…………」
「頭を冷やしたまえ。夢町君。君が今職務を続けた所で事件を解決できるのか? 君は今、確実に冷静さを失っている。今回、君はどれだけの被害を出してしまったと思っている? 今のままではまた確実に同じ事が起きるぞ」
「しかし! しかし!…………」
「何度も言う。頭を冷やしたまえ。毒島君の件は承知した。ここは冷静に対応できる我々に任せなさい」
「私は冷静です!」
「夢町君!」
怒鳴り、睨みつけられ、キーノは言葉を失った。
ギリリッと歯ぎしりをし、最後の気力で敬礼した
「…………失礼いたしました」
キーノは部屋を後にする。
土砂降りの雨の中、キーノは傘もささずに歩いていた。
服装はいつもの執行官の服装のままだ。
全身余すことなくずぶ濡れになっており、街行く人たちの視線が集まる。
涙が流れているのかもしれないが、雨のせいで全く分からない。
「どうしよう…………。どうしよう…………」
キーノはそれだけ呟き、あてもなく街をさまよい歩いていた。
しばらく歩いていると、キーノのスマホが鳴った。
執行官のスマホは特注であり、耐水性、耐衝撃性に非常に優れている。
見ると、ワイトからだった。
『とうとう分かったぞ。今すぐいつものカラオケボックスに来てくれ』
それを見たキーノはまるでゾンビのようにふらふらしながらカラオケボックスに向けて歩き始めた。
ワイトとシロは既にカラオケボックスに到着して、内容を確認していた。
『遅くなって本当に申し訳ない。ようやく分かった。『いつ』『どこで』『どうやって』、そして謎の男の正体について報告する。但し、謎の男の正体は現時点で確率としては七十パーセント程度で確定ではないため、引き続き、謎の男という表現を使う。では報告だ。『いつ』明後日日曜の深夜だ。『どこで』都内某所の大型のタワーマンション。『どうやって』そのマンションには間の十五階に住人だけが利用できるフリースペースがある。そこに赤のカードを仕掛けるつもりだ。赤のカードは既に発動されているようだ。後は臨界を待つだけだ』
「なるほどな」
ワイトは報告を睨むようにして呟いた。
「どういう事なの?」
「確かにタワーマンションの日曜深夜なら明日から仕事、学校の人達で埋まっている。これだけ強力な赤のカードなら一般人でも危険を感じると思うんだが、寝ている最中だからカードの危険も感じない。真ん中の階にカードを置けば効率よく多くの人を巻き込める。深夜時間帯に一斉に人がひっそりと死ぬからたちまち大きな騒ぎにはならない。だからカードの回収もしやすい。下手すると情報統制のために取締局が『大規模なガス漏れ』とかでお茶を濁すかも。それに敵から攻められても空間が限られているから対処もしやすい。何もかも都合良く出来ている。人の多いコンサート会場とかも考えてたんだが、どう考えてもこっちの方がいい」
「だったら、このマンションの人達全員を避難させればいいんじゃない!?」
「いや、それは逆効果だ。事前に避難されてると分かれば当然標的のマンションを変えるつもりなんだろう。だからこんな都内のマンション密集地帯を選んだんだ。その地域全部のマンションの住人が逃げるなら下手すると地域も変えてくるのかもしれない。見てみろ」
ワイトは報告書の続きを見せる。
『『いつ』については、カードの臨界時間から考えて確定だ。しかし、『どこで』については、最後の最後まで確定はしないと考える。よってここからは直前まで私が奴らを尾行する。赤のカードの設置を確認出来たら即座に報告する』
「そっか…………。まだ確定じゃないんだね」
「ああ。だけど思った通りお前の力は必要不可欠になりそうだ。この赤のカードは結界タイプで人を巻き込む。そして場所が狭い。よって大人数で攻めることが出来ない。大勢いると逃げるのに時間がかかるからな。どうしても少数精鋭になる。それは向こうも同じはずだ」
「そっか。前言ってた大人数がまずいって言ってたのはこれだったんだね」
「ああ。本来、俺達カード使いを相手にするのに一番いい方法は何と言っても物量攻めなんだ。どれだけ優秀なカード使いでも永遠と攻められ続けたらいつかは力が尽きる。カードが使えなくなったカード使いなんか、ただの人だからな。だけど今回だけはその原則が通じない」
「キーノでも力尽きちゃう?」
「雑魚だけならなんとかなるかもしれんが、謎の男もいる。それにあいつには大役がある。赤のカードを箱に移してもらうって役がな。俺なんかじゃカードに触れることすら出来ないが、あいつはそのための手段を持っている」
「へー」
「ってかあいつ遅いな! どこで道草食ってんだ」
ちょうどワイトがそう言った時だった。
部屋のドアが開く。
ノックも無かったので、ワイトとシロは一瞬構えるが、すぐにキーノだと分かった。
しかし、その様子を見て二人は言葉を失った。
「キーノ! どうしたの?!」
珍しくシロが叫んだ。
「…………ワイト君。シロちゃん。私…………私…………どうしよう」
「落ち着け。ゆっくり話せ。何があった?」
「…………執行官を…………解任されちゃった」