急転
それから少しして、キーノは車で現場に向かって移動する。
三人の執行官は男、男、女の構成で全員二十代前半だ。キーノがランク的には一つ抜きん出ているが、現場の指揮官はキーノというわけではなかった。
移動中の車内、三人は気軽に話していた。車は男の執行官が運転している。
「なぁ知ってるか。今、エルメ=レッドホークが日本に来てるんだぜ」
キーノはそれを聞いて、少しドキッとした。
「ああ。紅の爪のな。何しに来たんだろうな」
「どっかに紫のカードでも落ちてるんじゃねぇの? それよりエルメさん。まじぱねぇよなぁ。あの美貌でBランカー。俺、対戦してみてぇわー」
「何バカ言ってるのよ。視認する前に消されちゃうわよ」
「まじかー。せめてひと目拝んでからにしてほしいわー」
「だなー」
「ったく。バカか」
そんな他愛のない話をしているとすぐに現場に着いた。
そこは、区で使われている公会堂だった。
地方の物とは異なり、公会堂と言ってもちょっとしたビル、といった雰囲気だ。
「こんな所にいるのか……」
四人は、建物の入口で警備員に手帳を見せる。
「警察です。この中にちょっとした事件の参考人がいる可能性があります。少し中を調査させて下さい」
男の執行官がそう言い中に進んだ。執行官は全員警察権を持っている。手帳も執行官用の物とは異なるが、偽物ではない。
ある程度進んだ所でキーノはちらりと時計を気にする。
――もう時間だ……。
キーノは、はやる心を抑え、気持ちを固めた。
「あ、あの。すみません。私、ちょっと別任務の下準備をしたいので、外します」
「え? ちょっと夢町執行官!」
キーノは大急ぎで走る。
今の現場には、Dランカークラスがいるかもしれないが、執行官が三人もいれば問題は無いだろう。第一、相手がそんなに凶暴である可能性はかなり低い。後で怒られるかもしれないが、キーノが追っている事件の重大さを考えればそんな事は言っていられない。
キーノが向かっているのは、公会堂から徒歩でも行ける距離にあるホテルだった。そこにある貸し会議室で謎の男と毒島が会う事になっている。
あまりに加速しすぎると目立ってしまうため、ほどほどに加速してホテルへと急ぐ。
ホテルに着いたキーノはフロントで警察手帳を見せ、貸し会議室の予約リストを見せてもらう。しかし、今日の日付に毒島の名前は無かった。
――偽名を使っている? 或いは相手の名前を使っている?
キーノは従業員に毒島の特徴を話し、そのような人物が既に来ていないかどうか確認するが、従業員は他の従業員にも確認し、そのような客はまだ来ていない、と答える。
――もう時間は来ているはず。遅れているのか? 或いは既に来ている?
念のため、全ての貸し会議室を直接確認するが、やはり毒島の姿はなかった。
キーノは従業員に事情を説明し、監視カメラがある部屋で待機させてもらった。
全ての監視カメラのモニターから一切目を離さず、入念にチェックする。
しかし、五分、十分、と時間は過ぎていくが、一向に毒島が来る気配はない。
――おかしい。どうなっているの?
やがて、十五分が過ぎた頃、キーノは立ち上がった。
これ以上、向こうの現場を放置するわけにもいかない。
従業員には毒島の特徴を伝えてあるので、毒島が来たら極秘に連絡してくれ、と伝言を残し、大慌てで元の現場に戻る。
しかし、そこでおかしな事が起こった。
三人の執行官の姿がない。
電話してみるが、なぜか誰も出ない。
もう帰ってしまったのか? それならなぜ電話に出ない?
キーノは首を傾げながら、公会堂の中を歩き回っていた。
もう一度、電話をかけてみると、気のせいか、ごく小さく着信音が聞こえた気がした。
キーノは聴力強化を使い、もう一度電話をかける。
間違いなく鳴っている。
電話をかけたまま、音の鳴る方へ歩を進める。
そこは、百人規模の観客席があるホールだった。
キーノはゆっくりと扉を開く。中は真っ暗だった。
電気をつけ、着信音の方向に向かう。
「え……?」
キーノは状況が飲み込めなかった。
音が鳴っている辺りの客席の一部が赤く染まっている。
ゆっくりとその客席の方に進む。
「うそ…………」
やがて、客席と客席の間の通路に音源を発見した。
「あああ…………」
そこには、血まみれになり倒れている三人の姿があった。
生ぬるい出血量ではない。全員、重傷だ。
全てではないが、手足もあらぬ方向に曲がっている
「ああああああああ!!!」
静かなホールにキーノの叫び声と着信音だけが鳴り響いた。