束の間の日常
外に出ると辺りは既に薄暗くなっていた。
三人はそれぞれの帰路につく。
「遅くなっちゃった。早く帰らないと」
キーノは近くのスーパーで食材を買い込んで大急ぎで自宅へと戻った。キーノが住んでいるのは、ごく普通の賃貸アパートだ。二階建ての二階の一室へキーノは急ぐ。
「ただいま~」
「あ! キー姉! おかえり!」
出迎えたのはケイだった。ケイはキーノと一緒に住んでいる。
ケイには身寄りが無い。
元々カードが絡む裏世界で一人生きるためにやんちゃしていた所を、捕まってしまった。本来ならカード使いは捕まれば超法規的措置により、年齢に関係なく厳罰で、ケイも覚悟を決めていた。しかし、それを助けたのが、執行官になりたてのキーノだった。執行官の権限があれば、この場合、ケイの後見人になれる。キーノは、この子の面倒は私が見る、と言い張り、以来キーノとケイは同じ部屋で過ごしている。
最初のうちは、ケイの心が荒んでおり、なかなかキーノに懐いてくれなかった。
しかし、めげずに接した結果、徐々にケイの心は解けていき、いつしかキーノの事を唯一無二の存在として認めるようになっていた。
「キー姉。今日はアタシがご飯と味噌汁作ったよ!」
「へー。ほんとだいい匂い。豆腐の味噌汁だね」
「ちゃんとだしじゃこから出汁取ってるからね! ネギも自分で切ったんだよ!」
「へー凄い凄い。もうご飯と味噌汁係は皆伝だねぇ」
キーノがケイの頭を撫でると、ケイは顔を赤くして、えへへ、と素直に喜ぶ。
「じゃあ主菜もささっと作っちゃおうか。ケイちゃん、手伝ってくれる?」
「うん!」
そう言うとキーノはエプロンを付け、台所に立つ。
「「ごちそうさまでした」」
二人は食卓に向かって合掌し、椅子をしまい、食器を片付ける。今日の食器洗い当番はキーノだった。
「アタシ、お風呂入れてくる」
「うん。お願いね~」
食器を洗い終えたキーノとケイは一緒に風呂に入る。本来はキーノ一人で住んでいたアパートだったため、二人で入るには少し手狭だったが、キーノも一般女性程度に小柄だし、ケイは子供と何ら変わりないため、特に問題は無かった。
キーノが浴槽の外で髪を洗っていると、湯船の中からそれをじっと見つめていたケイが口を開いた。
「あのさ、キー姉……」
「ん~?」
「もし……。もし、だけど何かあったらアタシ、全力でキー姉の事助けるから! 何でもするから言ってよ」
それを聞いたキーノは一切表情に出さないまま思考を巡らせた。
――この子は気付いている。
今回の事は誰にも話していない。何かあったと思われる事すら良くないため、極めて自然に、普段どおり振る舞っていたつもりだったが、ケイには見抜かれていたようだ。勿論ケイも具体的に何があったかは把握していないだろう。
キーノはそんなケイの洞察力に驚きを感じたが、それ以上に、嬉しい気持ちでいっぱいだった。昔の荒んでいたケイが今やここまで自分の事を心配してくれるようになったのだ。温かい風呂の中で更に、キーノの胸は温かい物で満たされていた。
キーノはにっこりと微笑んで言った。
「ありがとうね~。ケイちゃん」
風呂から上がった二人はドライヤーで髪を乾かし、歯を磨き、一緒の布団に入った。
ケイはキーノに聞こえていることを承知の上で、独り言のように呟く。
「大体、キー姉は運が悪すぎるんだよ。上司はあのゴリラ、周りはキー姉の能力を認めないバカばっか。挙句の果てに、外にはキー姉を困らせる事しか能がないカス」
「そんな事言っちゃ駄目でしょ~。まぁ周りの人たちは仕方ないよ。いきなり年下の人が来て今日からあなた達の上司です、って言われても納得できるわけがないしね~」
実際、キーノは周りとあまり上手く行ってなかった。衝突する、というレベルではないが、よそよそしい、というかギスギスしている、と言った所だろうか。キーノがいつもワイトとシロを無理やり連れ出すのは単に二人の能力が高いのもあるが、二人には一番頼みやすいというのが実のところだった。
「キー姉の力になれるのはアタシだけなんだから!」
「ありがとね~。じゃ、もう寝よ。おやすみ~」
「うん。おやすみなさい」
キーノは灯りを消し、部屋は暗闇に包まれた。