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アーシェラの姿が完全に消えると、女神ライラは呟いた。
「あれは礼儀がなっておらぬな、そなたに挨拶もせず帰っていきおって」
「それは構わないが……」
いったい何を賭けたのか?
「なに、さ迷う魂の面倒をどちらがするか……決めておらなんだゆえ」
「さ迷う魂だと?」
「左様、この身は命の書に書かれた寿命を全うした者を冥界に誘う。アーシェラは戦で散った者を……となるとこぼれる魂が出てくるでな」
どちらにしても職分から外れた魂だ、押し付け合いになっていたらしい。
「で、彼女がやる事になった訳か……適当な話だ」
「済まぬの。だがこれでラルヴァの害は減るであろう、あれはさ迷う魂が変化したもの」
「そうか……」
奴等が減るのなら賭けの道具になったのも悪い話じゃない。
そう言ってやるとライラは少し喜んだ様に見えた。
「ところで女神よ、前から気になってたんだが、俺の前では髑髏顔じゃないんだな?」
「この顔は嫌いか?想い人の前に化粧もせず素顔を晒すのはちと…」
思わず吹きそうになったが、女心というやつか。
「さて、夜も明けた。この身が朝日の下を歩いておったらまたアーシェラがごねる」
黒い肢体からもやが立ち込め、女神の姿がぼやけていく。
「さらば……また夢での逢瀬を楽しもうぞ」
「なんだ帰るのか」
ほほ、と笑う声を残して俺の女神は消えていった。
俺は辺りに転がる死体から服を剥ぎ取り身仕度を済ませる。
倒れた石柱に腰掛け、死体が山となった寺院の中、足の枷を外して捨てながら俺は姿を顕さなかった末の女神モーナの事をふと思った。
時の女神、運命を司るモーナが姉達の賭けに首を突っ込んでいないはずが無い。
だとしたら、転がっているいくつもの亡骸────トマス爺さん、ヤザン、サーシャ御嬢様、メグ、デン……
……こいつらはモーナに選ばれて隊商に組み込まれたのか?
まるで賭けを面白くする為に雑多な集団を用意したみたいだ。
三姉妹の中で唯一モーナだけが魂の運び手では無い。本来ならこぼれた魂はモーナが管理すべき話じゃないのか?
もし姉達に賭けをもちかけたのがモーナだとしたら……
「……はめられたな、ライラ」
寺院を出ると馬に跨がり王都への道を進んだ。
ヤザン達の依頼主、俺の賞金をつり上げた奴と話をつけないといけない。
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王都屈指の豪商が邸宅のベッドで死んでいるのが家人によって発見された。
政治にも深く関与していた男の死は、その後しばらく街雀を賑わしていたが、いつの間にか次の話題に消えていった。
ただ、その男の死以来、不可解な死に際して白い女性を幻視する者が増えたという。
───────終




