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「……ラス様、お気を確かに。夜が明けたら街へ戻りましょう」
暗く沈み込んだ商人に年輩の使用人が声を掛けていた。
ふさぎこんだラスの足許には、先ほど女傭兵が淹れた珈琲が手付かずのまま置かれている。
「まだ再起の目はあります。この程度の損害、先代様も経験しておりますから」
「……」
ラスには苦過ぎる経験だった様だ。今ではぶつぶつ呟く力も残っていないらしい。
「ちょっと!引き返すおつもり!?」
老使用人の言葉を耳にした御嬢様が噛み付いた。
ここから王都までの道のりはまだ遠い。常識的に考えればあの使用人の案が妥当だと解るはずだが、権力者やその近辺の者達は往々にして常識を忘れる。
「貴方、王都まで安全に着くと請け負ったではありませんか!?」
サーシャはきつい口調でラスに問い質すが、あいにく若い商人の耳には届いていない。
「申し訳ありませんサーシャ様、ですが……」
老使用人は辺りを見渡して続けた。
「もはや護衛の方は四人しか残っておりませんし、積み荷も売り物になりません。一旦街へ戻り態勢を立て直す事が」
「黙りなさい!受け入れられませんわ、王都へ急がねばならないというのに!」
「御嬢様、サーシャ御嬢様、お気を鎮めて」
「メグ!口を挟まないで!」
「……またキレやがったぜあの御嬢様」
ヤザンがげんなりと呟いた。
見れば傭兵達も大なり小なり辟易しているのが判る。
あの使用人の爺さんも大変だな。
俺はヤザンに言った。
「よぉヤザン、隊商が引き返すとなると俺とお前の二人旅だぜ?」
「チッ……」
年輩の使用人と御嬢様の口論──一方的だが──は続いていた。
「護衛が足りないのであれば途中の村なり街なりで補充したらどうなの!?」
……まぁ、正論っぽいが、売り物が駄目になってる。そんな事をすれば損害額が増えるだけだろうに。
「……はぁ、せめて逃げ出した方達が戻らないものでしょうか。そうすれば」
逃げ出した?あぁ、冒険者どもの事か。確かに。
奴等が戻れば護衛の補充もしなくて済む。一度逃げたんだ、報酬も値切れるだろう。
奴等が逃げ出してから──つまりラルヴァに襲われてから──二時間ほどにはなるか。普通ならまず戻らない。戻る気があればとっくに戻ってきているだろう。
俺がそう考えていると、立て掛けてあった扉がガタガタと震え、バタリと内側に倒れ込んだ。
入口の向こうに複数の人影が立っていた。
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