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冥界の御座におわす女神ライラは夜の神。
漆黒のトーガを身に纏い、死に往く者の傍らに降り立つ。
死の床に就く者の生き様を記した『命の書』を左手に持ち、右手で亡者の手をとると冥界への路に誘う。
官能的な肢体は黒曜石の耀きを放つも、その首は恐ろしげな漆黒の髑髏。
故に女神ライラは恐れを和らげる為、赤い仮面で眼窩を隠して顕れる。
女神ライラは夜の神。月のしずくで足許を照らし、夜をそぞろ歩く者。
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「愛しき者よ、そなたとの逢瀬も久方ぶり……」
俺は暗黒のただ中に腰を下ろしている。
傍らには顔をベールで隠す匂い立つ様な女がしなだれかかる。
「女神よ……俺の事を愛しいと云う割りに、お前は俺の名を呼んだ事がないな?」
ベールの陰から、女神はほほと愉しげな声を洩らす。
ベールの下は伝承とは違い、髑髏では無い。漆黒の肌の美しい顔だ。
「恋多きこの身ゆえ、他の愛しき者との逢瀬でそなたの名を呼んでは興醒め。ならば名など覚えぬ方が良いというものよ」
「酷い理屈だ……それで?今宵は俺の魂を連れて行くつもりか?」
「そなたはまだまだ……おぉ、口が滑る。己れの余命を問うてはならぬ」
女神の黒く冷たい手が俺の胸元を撫でる。
「ではあるが心せよ。今宵そなたに」
ガタンッ!
馬車が大きく揺れ、俺は目を醒ました。
眠る以外他に何が出来るものでは無い、手足に枷をはめられ格子で囲まれた馬車に乗せられた状態では。
馬車の中には俺だけが乗せられている。
俺の乗る護送馬車は三台連なる隊商の後をゆっくりと走っていた。
囚人を乗せた馬車を隊商の列に加えるなんて危険だと、事情を知らない者は思うかもしれない。
馬車の周りを囲う様に馬を進める賞金稼ぎ達にしてみれば、護送というのは骨の折れる仕事だ。生け捕りにしなくてはならないし、道中逃げられない様に気を付けていなけりゃならない。
俺を殺して首級だけを運べるならどんなに楽だろうな、だがそれでは銭にならないのだからお疲れ様だ。
肉体的・精神的につらいところだろうが、加えて経費的にもつらいだろう。
奴等賞金稼ぎどもってのは偉ぶって強気に出たがる。が、それは臆病の裏返し。
護送には自分達だけでなく傭兵を何人か使いたいのが本音だ。しかしそれじゃあ稼ぎにならない。
そこで考えたのが道中を隊商と共に進むというやり方。
これなら隊商の護衛傭兵を当てに出来る。無駄に銭を使わずに済む……
……という思惑な訳だが、あいにく傭兵という連中は契約外の仕事をしないものだ。
つまり俺にとっては張り子の虎。居ないも同然だ。
……道中は長い。
賞金稼ぎどもが思ってもみない事が起こるかもしれない。
俺は伸びをして眠気を覚まし、機会を待つ事にした。
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