第76話:龍人族の秘密
トールさんのターンです。
☆
「いつまでも私のミレイさんの中に入っていないで出て来い」
ミレイと二人きりになったトールは凍った表情のまま眠るミレイに話しかけた。
だが、ミレイの様子は全く変わりがなく、シンと静まり返ったままだ。
「……そうか。出る気はないというわけか。ならば、今すぐ貴様の神殿に向かい建物の痕跡が無くなるまで破壊し尽くすぞ」
すると、ミレイの身体が輝き、ケセランパサランが姿を現した。
「酷いなぁ。悠久の時の中で少しは落ち着いたかと思ったけど相変わらずだ」
ケセランパサランはクルリと回ると目を細めた。
「やぁ。トール久し振りって、ちょ、何でいきなり踏みつけようと、え、いや、待って!何蹴ろうとしてるんだい!?」
唐突に振り上げられたトールの足を必死に回避し、ミレイの頭の上に飛び乗るのを見て、トールは氷の刃を宿した瞳で睨み付けた。
「ミレイさんから離れろ」
「君が踏みつけようとしたり、蹴ったりとかしないならね」
飄々とした口調に派手な舌打ちをすると、トールは睨み付けたまま頷いた。
それを見て溜息を吐きながらミレイのベッドの横にある椅子に乗ったケセランパサランはぼやきながらも面白そうに口を開いた。
「私が傍観者を決め込んでいたのが気に入らないのかもしれないけど、こっちの立場も解って欲しいね。
それにしても、珍しい事もあるもんだね。君が一人の人間に固執するなんてさ。
美麗はそんなに魅力的かい?」
「俗物な物言いは止めろ。ミレイさんに失礼だ。
彼女は龍神国になくてはならない存在だ。大事に思うのは当然だろう?」
ぶっきらぼうにそう答えると、ケセランパサランは笑い出した。
「よくそんな事が言えるよね。君個人にとって大切なくせして。ちゃんと見ていたよ。
あんなに生きる事に苦しんでいた君があっさり美麗の為に彼女と悠久の時を過ごす事を望んだくせに。それなのに当たり障りのない返答をするなんて、君、私を笑い死させたいのかい?
ちゃんと本当の事を言おうよ。なんで、美麗なのさ」
「今まで彼女の傍にいて気付かなかったとでも言うのか?君は」
馬鹿なのかと言った表情に対抗するかの様にケセランパサランもトールを馬鹿にしたように答えた。
「単なるお人好しなだけだよ。戦闘の様子は君の事だからとっくに魔王の配下の記憶でも覗いて知っているんだろう?自分が死にそうなのに他の人助けるとかって君だってあり得ないと思うでしょう?」
「お人好しなだけでやれる行動ではないという判断はないのか?
初めは私もお人好しだと思ったし、ならば龍神国の為に利用しようと思ったりしたさ。
だが、彼女は逃げようとすればいつでも逃げられる環境でも逃げようとはせず、赤龍の民を救うべく何度も魔力切れを起こしても挑み続けた。
今回だってそうだ。自分が死ぬと判っていただろうにそれでも他の命を救おうと動いた。
己の命の火が消えようとする時こそ人の本当の心が見える。
今まで私達が見てきた者達はどうだった?
ほんの一時だけ行動を共にした人間の命を自分の命と引き替えにしようと動いたか?
私は知らない。何の迷いもなく助けようと動く人間に出会った事はない。彼女ほど心が澄んだ者にも出会った事はない。
そんな彼女が少しでも傷付かないように傍で守りたいと思うのはオカシイ話か?」
そもそもトールがそう思う事がオカシイのだとケセランパサランは呟いたが、突き詰めればキリがない事を悟り、話を終了させた。
「まぁ、いいや。そんな事より君は私を美麗から追い出して何をしようとしているのかな?」
「判っているクセに言わせるな」
「その噂が流れたら大変だから君自身が禁忌にしたのを覚えてはいないのかい?」
「だから、全員追い出したんだ。禁忌という物は存在しているがそれが何なのか解らないように文献という文献は改竄してあるし、こうして追い出しさえすればバレやしない」
不機嫌にそう答えながらトールは徐に自分の手首に傷を作り、そこから流れ出る血液をミレイの口の中へと流し込んだ。
するとその瞬間、口の中で血液が光りを放ちそれが次々にミレイの体内へと吸い込まれていく。
「ウッワァ……相当だね。禁忌を自ら犯し、自分の命を分け与えるなんて君らしくない。龍神国で神子として長い間生きてきて何かが変わったのかな?」
そんな軽口を無視してトールは血を与え続ける。
顔色が悪くなって行くのを冷めた目で暫く観察していたケセランパサランだったが、呆れた吐息を漏らすと部屋を出て行った。
☆
奴が部屋を出て行ってからも私はミレイさんに血を分け与え続けた。
放っておいても時間は掛かるかもしれないが、ミレイさんは治るだろう。
だが、皮膚の状態が宜しくない。
彼女の体質なのかは判らないが、新しい皮膚が肥厚している。こうなると、自己回復系のスキルをいくら使っても瘢痕になる可能性があるし、上手く治せても長い時を要するだろう。
私にはそれが我慢ならなかった。
我々龍人族は龍神様の血を受け継いでいる。
龍の生き血は不老不死の力がある為、かつては欲にまみれた人間に乱獲されたという忌まわしき出来事があった。だから龍神様達は安住の地を求め、今の場所に落ち着いたというのが龍神国の建国の歴史だ。
その血を受け継いでいる我々にも多かれ少なかれその力がある。
龍神の神子になった時に、私はそれを禁忌として血を用いての治療を封印した。
そして、数千年経った今、それを知る者は龍神様と私しかいない。
赤龍の民が生き長らえたのは、龍人族が丈夫だったからではなく赤龍様の血肉を食したからなのだが、その事は誰にも知られていない。
まぁ、知っていたとしても今の龍人族は龍の血が薄まっているので、仲間の血肉を食したところで何も変わらないのだが。
だが、最初の龍人族である私の血は龍神様に近い。だからこそ、己で定めた禁忌を破り、こうしてミレイさんに血を与え続けている。
自分の外見の恐ろしさに引け目を感じている彼女の事だ。
痕が残ればみんなの前では気丈なフリをしていても、間違いなく深く傷付くに違いない。
この純粋な少女にそのような苦しみだけは背負わせたくない。
これから先の気の遠くなるような寿命だけで充分苦しむ事になるのに、これ以上苦しみを与えてたまるものか。




