第1夜「キング・オブ・深夜バス」
舞台は釜揚高校校長室。バタ臭い顔をした初老の男性が校長室の中に入った。
「オ久シブリデスネ、鈴井校長」
「お久しぶりです、ブシドー教授。三日月さんは元気にやってますか?」
「ハイ、モモハ元気ニガンバッテマスヨ」
「そうですか。ところでこれを三日月さんに渡してほしいのですが」
鈴井校長はブシドー教授に1枚のDVDを手渡す。
「コレハ?」
「三日月さんの友達が行った卒業旅行の映像なんですよ。ぜひ渡してほしいと頼まれまして。少し見てみますか?」
「面白ソウデスネ。見マショウ」
鈴井校長がDVDデッキにDVDを入れた。テレビから映像が流れる。
一方のブシドー教授はテーブルの上にあるかばんに目がついた。
「コレハ日本ノ伝統的ナカバン『ランドセル』ジャナイデスカ?」
「はい、そうですけど」
「ショッテモイイデスカ?」
「え、えっ、ブシドー教授?」
鈴井校長が制止する間もなく、ブシドー教授はランドセルをしょってしまった。
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3月20午後2時、成田空港。
オーストリアへ留学に行く恋人の三日月モモを見送った安永拳は友人の城ヶ崎しげる、玉木浩とともに東京へ卒業旅行に行く予定であった。
しかし一緒に見送りにきたしげるのおじ、ルギーから『優雅な旅』を提案された。
すると、ルギーはサイコロを安永に手渡した。
「ルギーさん、サイコロが何か?」
「ヤスケンくん、このサイコロを使って旅をするんだよ」
いまだ状況が読めない安永は首をかしげた。
ルギーは手に持ってた袋からホワイトボードを取り出す。
ホワイトボードに書かれていたのは以下の文字。
1.ドリームササニシキ号
2.金沢エクスプレス号
3.スサノオ
4.プレミアムドリーム号
5.オレンジライナーえひめ号
6.はかた号
「これは?」
「1から6まで選択肢がありますね」
しげると玉木もホワイトボードをまじまじと見る。
「そうだ、諸君。サイコロを振って出た目の場所に行くってこと」
自信ありげに答えるルギー。
「でも、この選択肢じゃ行き先がよくわからないんですが。なんか乗り物の名前っぽいですが」
「ふふふ、ヤスケンくん鋭いね。これは乗り物、行き先へ行くためのバスなんだよ」
「「「ええっ!」」」
驚く安永たち。
「ちょっと何でバスなんですか?」
「いや、バスが一番安いから」
「安いからって、俺たちを『優雅な旅』に連れてってくれるんじゃなかったんですか!?」
「いや… …へそくりがナンシーにばれちゃって… …」
怒るしげると玉木にたじろぐルギー。
「じゃ、気を取り直してサイコロを振りましょうか。ね、ヤスケンくん」
「お、俺ですか。そんな責任負えませんよ」
「いいから、いいから。振って振って」
安永に無理やりサイコロを振らせようとするルギー。
「じゃあ、わかりましたよ」
「ヤスケン、6は出すなよ。6は!」
「そうだな、リーダー。『はかた号』だもんな」
「何がでるかな、何が出るかな?それはサイコロにまかせよ!」
ルギーの掛け声に合わせて安永がサイコロを投げた。サイコロを追いかける一行。
そしてサイコロの出た目は… …。
「ろ、6… …」
「は、はかた号… …」
「なぜだ… …」
がっかりする一同。
「ち、ちなみにバスの行き先はこんな感じ」
ルギーが落胆した顔で、ホワイトボードにバスの行き先を書いた。
1.ドリームササニシキ号 仙台
2.金沢エクスプレス号 金沢
3.スサノオ 出雲
4.プレミアムドリーム号 大阪
5.オレンジライナーえひめ号 松山
6.はかた号 博多
「やっぱり博多か」
「ルギーさん、時間はどれくらいかかるのですか?」
「かなりかかるみたいよ」
「か、かなりいい加減な… …」
あきれる一同。
電車「成田エクスプレス」に乗り新宿に向かう一同。
全員沈んだ顔をした中、しげるが口を開いた。
「ルギーさん、明日は何時出発ですか?」
「明日って何さ?」
「いや、バスに乗るんでしょ。だから何時出発かなって」
「今日だよ」
「はい?」
「今晩出発だよ」
「いやいやいや、夜出発ってどういうことですか?」
「夜出るんだよ、バス。深夜バスってやつ」
「「「深夜バス!?」」」
開いた口がふさがらない安永、しげる、玉木の3人であった。
午後8時半、新宿駅。安永、しげる、玉木の3人は高速バス停に集まっていた。
ルギーが4人分の切符を買って、3人のところへ戻ってきた。
「さて、いよいよ始まりました釜揚サイコロの旅!あれが我々の旅の友『深夜バスはかた号』です」
ルギーが指さした先には大きなバスが停まっていた。
「旅の友ね… …。で、ルギーさん出発は?」
玉木が冷めた目で質問する。
「えっと、9時に出発して、博多に到着するのは11時半かな?」
「えっ、すごいな!2時間半で着くの?」
「何言ってんだよ、ヤスケン!」
「だって9時出発で11時半到着だから2時間半でしょ、玉木くん」
「違うよ、到着するのは次の日の昼の11時半だよ!2時間どころじゃないって!」
「次の日の昼11時半ってことは… …」
指を折って時間を数える安永。その姿を見かねてしげるが安永の肩を叩く。
「ヤスケン、14時間半だよ」
「14時間半!?半日以上じゃない!」
「ああ。タダものじゃないな『はかた号』… …」
うなだれる安永、しげる、玉木。
「そろそろ出発だよ。みんな荷物乗せて」
一人意気込んでいるルギーとは対照的に他の3人は渋々バスに荷物を入れた。
午後9時。4人を乗せた深夜バス『はかた号』は新宿駅を出発した。
14時間半の長い旅が始まった。
「とうとう出発したね。みんな気分はどう?」
「わかりませんって。14時間半もバスに乗るんですよね。もう未知の世界ですよ」
半ばあきらめた顔をするしげる。
「未知の世界だって?ちょっと面白そうだな」
「お、ヤスケンくんのってきたね。やっぱり旅は楽しくなきゃね」
「みんな、もう寝ようよ。先は長いし」
「ノリが悪いな、玉木くん。普通旅行の初日は興奮して眠れないものだよ」
「ルギーさん、それは時と場合によってです。このまま起きてたら、やられますから」
深夜バス『はかた号』は新宿から首都高を経由して中央道で西に向かった。
新宿を出発して2時間半後、諏訪湖サービスエリアで『はかた号』は休憩のため一時駐車した。
乗客たちはバスを降りて、トイレ等に向かった。安永たち4人はトイレに行った後、自動販売機で飲み物を買っていた。
しげる(以降、し)「ただいま11時半。出発してから2時間半経ちました」
玉木(以降、玉)「2時間半か… …『もう』というべきか、『まだ』というべきか」
し「あと12時間も乗るのか… …。ヤスケン計算だったらもう着いているのに。我々かなりやられています」
玉「ああ、最初元気だった小学生がオッサンの顔になってたからな」
安永(以降、安)「あれは衝撃映像だったね。恐るべし、深夜バス。恐るべし、はかた号」
し「小学生もすごかったけど、もっとすごいのはあの人だよ… …」
しげるが指差したのは一人黙ってお茶を飲んでいるルギーであった。
玉「一番テンション高かったのに… …くくく。一番やられてるよ… …」
安「言い出しっぺが一番やられているなんて… …」
し「ありゃ、カラ元気だったんだろうね。くくく… …『もう勘弁してくれよ』みたいな目でこっち見てるよ… …」
疲弊しきったルギーの姿に3人は苦笑するしかなかった。
ルギー(以降、ル)「みんな、出発の時間だ。バスに乗ろう」
背中を丸め、力なく手をあげるルギーの姿を見て、3人は声を押し殺して笑っていた。
諏訪湖サービスエリアを出発した『はかた号』は深夜の高速道路をひた走った。
そして夜が明け、3月21日午前8時半、下松サービスエリア(山口県)。
休憩でバスを降りる4人。
ル「みなさん、おはようございます。ただいま朝の8時半。山口県の下松サービスエリアに我々到着しました」
し「うーん、寝れませんでしたね~。やられまくりです」
玉「あのシートは本当に寝心地が悪いよ。睡眠した気が全くしない」
安「これ腰にくるね… …。腰が痛い… …」
ル「みんなやられているね… …」
玉「でも、4人の中で一番やられているのルギーさんですよ。うなされていましたから」
ル「え、そう?」
し「俺も聞きましたよ。『ナンシー姉さん、許してくださ~い』って」
ル「俺、そんなこと言ってたの?」
安「ちなみにビデオで撮ったんで、あとで見ましょう」
し「ナイス、ヤスケン」
ル「ちょっとちょっと、ヤスケンくん、何撮ってんの?」
安「いや、おいしい映像だったので」
玉「ちなみにヤスケンは放送禁止用語言ってたけどな」
安「な、何さ、それ?」
安永が真っ赤な顔をしている。
ル「じゃあ、あと3時間。がんばりましょう」
3人「オー」
3人の掛け声に力がこもっていなかった。
午前11時半、深夜バス『はかた号』は14時間半の長いドライブを経て、福岡県博多に到着した。
バスを降りる4人。その顔は疲弊しきって、生気が全く感じられなかった。
安「まさに『キング・オブ・深夜バス』… …」
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舞台は変わって、釜揚高校校長室。ブシドー教授がランドセルをしょって楽しんでいる。
鈴井校長がビデオを見ながら独り言を始めた。
「さて、始まりました『釜揚サイコロの旅』。サイコロで行き先が決まってしまうスリル満点のこの旅。
最初の目的地が博多になってしまった一行はキング・オブ・深夜バス『はかた号』にすっかりやられてしまった模様。
はたして、この先一行にどんな試練が待ち受けているのでしょう?次の行き先は札幌か、それとも沖縄か?次回もお楽しみに!」
「鈴井校長、コノランドセル、ウィーンニ持ッテ帰ッテモイイデスカ?」
「だめですって、それは姪の入学祝いで… …」
急いでブシドー先生がしょっているランドセルをひきはがそうとする鈴井校長。