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ロリタ怒る

 うら寂れた街並の一角にある屋敷で催されていたのは、金と情事の宴――裏賭博だ。


「……またわたしの勝ちですわ!」


 フルハウスの手札を並べ、場違いな少女の声を響かせているのはフランチェスカ以外にいない。


 フランチェスカの前へ、博打の面子の賭け金が集まってゆく。

 フランチェスカは硬貨が滑ってくる度にそれを手で取り、全て取り終えると自分の財布の口を開けて中に放る。

 テーブルからは、また子猫の勝ちかよ、と嘆き声があがった。


「今日はついているみたいですわ。怖いくらいにね」


 フランチェスカは楽しげに言い、一枚のカードを指先で弄ぶ。


「おい、次はやんねえのか?」


 カードを集めて整理している男が聞くと、


「もちろんやりますわ。あなたたちからは搾り取れるときに搾り取っておかなければね?」


 カードを男のほうへ指で弾き、フランチェスカがいった。

 男たちはけたたましく笑い声を上げる。

 フランチェスカも笑い、次のゲームに配られたカードを手にしたときだった。


 部屋の扉を開けて、わき目も振らず入ってくる一つの人影があった。


 騒がしかった室内も呆気に取られ、闖入者をただ目で追う。


 それは女だった。


 その女はフランチェスカのそばへ立つと、


「――フランチェスカ! 貴女は一体どういうつもりなんですか!」


 女は怒声をあげ、フランチェスカも流石に唖然として人物を見上げる。


 それは、ロリタだった。


「あなた、一体どうしたのですか? こんなところまで来て……」

「そんなことよりっ! まったくあなたって人は……!」


 ロリタがフランチェスカを問い詰める中、


「おい、この女はよっぽどこの子猫に惚れてると見えるぜ。また浮気でもしたのか?」


 ロリタの剣幕に、周囲の面子が笑い立てる。

 フランチェスカは不満げな顔を返し、深く溜息をつくと、


「もう。ここはあなたみたいな人がくるところじゃありませんわ。もう……せっかくの流れが台無しですわ」


 言いながら、フランチェスカは椅子の上で膝を抱えるようにして縮こまり、手帳を取り出して筆を走らせはじめる。


「話を聞いてください!」


 ロリタはフランチェスカの手元から手帳をひったくり、声を荒げる。


「……そんなに怒ったりして、一体なんなのですか?」


 フランチェスカが目を細めて訊くと、ロリタは一旦声を張り上げようするが、周囲をはばかってぐっと我慢し、フランチェスカに顔を寄せる。


「……いったいどういうつもりなんですか」

「さっきからそれしか言っていない気がしますわ。ひょっとして、わたしがここで博打を打つのを咎めているのかしら?」

「そんなことはどうでもいいんです!」

「ぐう……」


 耳元で叫ばれ、フランチェスカは迷惑そうに耳を塞ぐ。

 そして辟易した様子でげっそりと、


「ロリタ。お願いだからもっと具体的に言って頂戴。これじゃ、どうして怒鳴られているのかわかりませんわ。わたしには心当たりがありすぎるから……」


 ロリタは一度嘆息し、いっそう周囲を注意しながら、


「――貴女、昨日もあたしの邪魔をしてくれたじゃないですか」

「ああ、おかげさまで今はふところが温かいの。もっとも、それはわたしがここで増やしたからで――」

「……あなたが毎晩のごとく女性の部屋に忍び込んでいることについても、あたしが何かを言えるものじゃありません……だけどっ!」

「もう、うるさいなあ。ちょっとくらいかすめたって良いじゃない。なんだったら奪った分を倍にして貴女にお還ししますわ」

「そういう問題じゃありません! 貴女まで総督に目をつけられたら、一体どうするんですか!」

「あら、わたしを心配してくれてたなんて、ロリタはなんて可愛いんでしょう」


 フランチェスカはいじらしい瞳を見せ、


「だけれど、わたしはわたしのやりたいようにやるだけです。危なくなったら、この国から出て行っちゃえばいいのだし?」

「まったく……あなたって人は!」


 と、周囲を忘れて声を荒げ続けるロリタに、


「おいお嬢さん、ここであまり無茶をなさんな」


 一人の男がなだめにかかる。

 その男に気を取られたロリタの手から、フランチェスカは自分の手帳を(かす)め取る。


「いい加減にして欲しいものですわ。わたしにだってプライベートなことはあるのですよ。全く、何を考えているんだか……」


 フランチェスカは手帳を持ってぶつぶつと文句を言う。

 ふと、ロリタはフランチェスカの手帳の表紙に目が留まった。


「……我が人生の物語?」


 題を読んで片眉を上げるロリタに、


「さあ、あんたはもう帰りな。ここはあんたみたいなのがいるところじゃないぜ」


 もう退場させようと一人の男がロリタの腕を引くが、ロリタはその腕を引き離し、


「もしかして、その小さな本を書くことがあなたの生きる意味なの? ふん、だとしたら最低ね!」


 怒鳴り声をあげるロリタに対し、男は眉をひそめて、


「お前そりゃ言い過ぎじゃないのか? どうしたんだ? ……子猫、こいつは一体何者なんだ?」


 ロリタは自分の正体について話題があがったのをうけ、ぎくりとしてフランチェスカを見やる。


「――別に誰でもありませんわ。単なるヒステリー女でしょう」


 フランチェスカの言葉に文句を言おうと思ったロリタだったが、


「……生きる意味、ですって?」


 フランチェスカは続けて、


「ロリタ。そんなものを語ってなんになるというのですか? あなたは自分が女に生まれたことに意味を見出すとでも? 馬鹿げた話ね。この世界、女が生まれることに意味はあるけれど、あなたが女であるということにはどこにも意味なんてないのよ。それでもあなたは意味などと言うものを語るつもりなの? 一体どこにそんなものがあるというの?」


 まくしたてるフランチェスカに食われ、ロリタは反論の機会をなくす。


「……じゃあ、人が生きるのは無意味だなんてあなたは言うんですか?」


 やっと搾り出したロリタの言葉に、フランチェスカは普段の様子で飄々と、


「……そんなことありませんわ。ただわたしは生き方に意味などではなく、価値をみることによって楽しく生きるようにしているだけなの。自分にとってなにが一番大事なのかを考えて物事に順序をつけることをしなければ、誰だってなにも成し遂げることはできないって思いますから」

「それなら……あたしにだってあります」

「だったらまずは自分の身の重さをもう一度考えてみるべきね。それとも、その怒りっぽい性格をまずはなんとかするべきかしら?」


 ロリタは痛いところをつかれる。

 すっかり部屋中の注目を集めてしまっているのも知り、ロリタはやっと落ち着きを取り戻して、


「……もう帰ります」


 静まりかえった部屋の中で、ロリタが踵を返したときだった。


「待ちなさい。勝負がまだですわ」


 フランチェスカに呼び止められ、ロリタは再度振り向く。


「……悪いけれど、あたしはギャンブルはしません」

「いいえ、あなたはわたしとの賭けに乗っているはずです。そのケリを今ここでつけようじゃない?」

「まさか――」


 ここで剣を振るうのか、と思ったロリタだったが、


「勝負はブラック・レディ。不幸のカードを数多く引いたほうが負けになるゲームですわ。あなたがここに迷惑を掛けたということを理解していたら、あなたに断る権利がないことは承知出来ますわね」


 手に持ったトランプの束を振るフランチェスカを見て、ロリタは観念して対面の席に座る。

 そこに元々座っていた男が溜息を吐いて、のっそりと部屋を出て行ったのが気になったが、


「賭けるのはお金じゃないんですよね」

「ええ、その通り」


 この会話をしている間に、部屋から二人気だるそうに出て行く。


「……わかりました。それでは勝負をお受けします」

「――みんな聞きましたわね?」


 フランチェスカの言葉に、一人の屈強な男が唯一の扉の鍵を閉める。

 フランチェスカの背後には両開きの窓があったが、そこにも二人の男がのっそりと立つ。

 今から子猫が面白いことをするらしい、と、フランチェスカとロリタが着いたテーブルを賭場の人間がぐるりと囲む。


「わたしがここにいる以上、ここを普通の賭場だとは思わないことね」


 フランチェスカが言うが、ロリタは辟易したように、


「あたしは逃げたりなんかしませんよ。今からなにをしようって言うんですか?」

「決まっていますわ。あの夜の勝負の続きです。あなたが勝てばわたしはギャンブルからも夜遊びからも足を洗う。そしてわたしが勝ったら、あなたはおとなしく……」


 ばん! と大きな音を立ててカードをテーブルに置き、


「――ここで裸になって、わたしたちと楽しい夜の始まりですわ」


 フランチェスカの宣言に部屋中が揺れるほど観衆が沸き、流石にロリタも目を見張る。


「そ……そんなこときいてません!」

「あら。往生際が悪いわよあなた? ほら……みんなもこのショーに大きな歓声をあげてくれていますわ。気に入って貰えたみたいだし、後はしっかり腹をくくって頂戴」

「うう……」


 ロリタはフランチェスカが本気で言っていることを知り、思わず怯んでしまう。


「……勝てばいいのですよ。あなたが勝てばね?」


 フランチェスカの笑顔は、まったく笑っていなかった。

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