第2話 女神との共同生活
翌朝、目覚まし時計のベルで目が覚めた。学校へ行かなきゃならん。
オレは寝袋から這い出し一階に降りる。朝のお勤めを始める。
朝飯はコーヒーとトースト。三十秒で腹に収めた。顔を洗い、歯を磨き、学生服を着る。
出撃準備完了。この間二十分。朝の時間は貴重だ。
一階の寝室の方からガチャリとドアの開く音が聞こえた。ミネルバさんも起きたようだ。
眠そうに目を擦りながら登場。髪はボサボサ。服装は昨晩のままだ。
よかった。ミネルバはまだこの家に居てくれた。
「ああ。そのまま寝たのですね。服が皺だらけじゃないですか。」
「おふわあああよう」と朝の挨拶を賜った。
「え?」
オレははっとした。なんで皺だらけ?たしか器となったフィギュアは合成樹脂で出来ていて、皺にならない硬い物だったハズ。
オレは興味本位で彼女のお腹に触れてみた。
「や、やわらかい」
というか殆ど人間の感触。しかもほんのり暖かい。感覚的には三十六度くらい。
服だって布の感触。
「生きている・・・・・・」
顔に触れている。
ミネルバの頬に触れてみた。
「や、やわらかい」
女の子ってやわらかいな。と思っているとミネルバの顔がみるみる赤くなって行く。
「生きていますよ。血も通っています。くすぐったいから、あまり触らないで欲しいのですが」
「うわあ!」あわてて手を引っ込める。
「まあ、いいです」
「済みません」
オレは素直に謝った。
こうして見ていてもなんて言うか近寄り難い雰囲気とかオーラを微妙に発していらっしゃる。その辺は やはり女神である証拠か。
「シャワーを貸して下さい」
ミネルバの一言にドッキとした。ここで覗く、覗かないとフツーは考えるのだが、覗くと本当に天罰が下りそうだ。相手は女神様だから。
ミネルバのシャワーの間、オレは彼女の朝食を用意する。朝食と言うよりもお供えもの?
牛乳とトーストでいいかなあ?女の人ってコーヒー嫌いな人結構いるんだよな。
そうか、女性だからトーストには甘いジャムを塗った方が・・・・・・。
いつになく気を使う俺・・・・・・なんでか。それは神のオーラを感じているからと無理やり納得させた。相手が女の子だから・・・・・・とは考えないようにする。
そうこうしていると、ミネルバが浴室から出てきた。髪はまだ濡れているようだが、服は同じものを着用している。あれさっき皴だらけだったのに、アイロンを掛けたようにバリッとしている。
「着替えあったの?」
と言う、オレの問いに。彼女は・・・・・・・。
「魔法を使って新調しました。女神は何でも出来ます」
やっぱりフツーの人ではなかった。
時計を見ると学校に行かなくてはならない時間となっている。オレ実は勉強好きなんだよ。
「ごめん。オレ学校へ行かなきゃ。朝食食べてください。あと、昼食は冷蔵庫にスパゲッティカツカレーがあるので、チンして下さい」
「有難う。いってらっしゃい」
「留守番頼みます」
オレは玄関へ出た。
「早く帰って来て下さいね」
背中にうれしい言葉を感じながら家を出た。歩きながら考えていた。昨晩の出来事は尋常ならざる事だったのに。オレは不思議と冷静で、しかもミネルバの事を素直に受け入れているのは何故か。確実に言えるのは
「初めて会った気がしない」
それだけは言えた。オレを護ってくれていたのは本当かな。
そう考えを巡らせているうちに学校へ到着した。徒歩通学って楽だ。
教室に入って席に着く。
「うす!御影」
「おう、天地」
いつもと変わらない、朝の挨拶。コイツがオレの親友で、フィギュアの造形士。天地雄吾。
オレはどうしても、天地に聞きたい事があった。
「天地、先週オレの家に置いて行った、あの女の子フィギュア、魔法使い、誰だっけ?」
天地は顔色一つ変えず、その細い目でオレを見た。まるで「この前、説明しただろ!」と言わんばかりにオレを見た。
「あのフィギュアは、今、テレビでやっている「魔法学園」のヒロイン《舞香》だよ、忘れんなよ」
「ああ、そうだったな、済まねえ」
そうだったんだ、だけど、オレはそんな事に全く関心が無いせいか、フィギュアの名前を聞いても、全然ピンとこなかった。だいたい、舞香って言っても、フィギュアの髪の毛の色は金髪じゃねえかよ。日本人だったとはね。ミネルバさんは外人みたいな名前だったから、金髪でも違和感なかったけど。
そんなこんなで授業が始まった。
だが、今日一日、学校でのオレは、留守番しているミネルバさんが気になって、気になって、そわそわしっぱなしだった。こんなことが毎日続いたら、オレは神経衰弱になってしまうのではないだろうか?
放課後は部活。部活終了後、一目散に家に帰る。俺は表向き『帰宅部』。
正体は『学校非公認サバイバルゲーム部』に所属している。部活は不定期に実施される。今日はブリーフィングのみ。
来月開催される、春の高校選抜地区大会の作戦会議。サバイバルゲームにそんな大会があるのかって?
もちろん、高体連非公認。二時間ほどで終了。
真っ直ぐ家に帰ろうと思っていていたけど、ふと、思いつく。
「晩飯どうしよう?」
今までは、一人だったけど、女神様がいる。まだ、居るのかな?
昨晩と朝の出来事はオレの妄想だったりして。
でも、居なかったらがっかりと言うか、寂しい気がする。
「取り敢えず、晩飯の買い物をして帰るか」
女神が居なくなっても、明日、オレが食えばいいから。
晩飯はコロッケにしようか。女神はコロッケ好きかな。
ん?オレは不意に、女神のことばかり考えていることに気付いた。常に考えてる。オレらしくないな、こんな得体の知れない事に首を突っ込んでと思いつつ、ずっと一人だったから、誰かが家に居るのが嬉しいのだろうと素直に考える。
スーパーで食材を買い込み家に帰る。
玄関のドアを開ける。なんか、ドキドキしてきた。
「ただいま・・・・・・」
と言ってみる。
『お帰りなさい』
と返事が来た。
良かった。居てくれた。なぜか、彼女のことがすごく心配だ。突然居なくならないかって。
なんと、女神様が玄関まで来て出迎えてくれた。
「日中、時間がいっぱいあったから、家の掃除をしていました。私、掃除得意なの」
「あ、有難うございます」
いまどき、掃除が得意な女性って、絶滅危惧種じゃないのか?
家の中は、ピカピカだった。
お礼にと言わんばかりに、オレは夕食を作る。料理ってたまにすると、結構楽しい。
当然二人分作った。
「いただきます。」
彼女が食べ始める。オレは恐る恐る、彼女の顔を覗き込む。スーパーで買ったお惣菜を温めただけだから、失敗はありえないが、気になる。
「おいしいです」
その一言で十分です。買ってきた甲斐が有ります。
後は風呂。そして二人でテレビを見た。四七人の技術者が困難に打ち勝って、新製品を作り上げる話だった。
夜はふけ、寝ることにした。彼女は二階のベッド。オレは寝袋。寝袋はサバイバルゲームで使っているヤツ。緊張の一日が終わった。明日も楽しい一日である事を祈る。
悪魔の夜襲から三日がたっていた。
この三日間、金縛りに遭うこともなく、平和だった。
オレは今学校に来ている。昼休み中。ミネルバは家で一人留守番。
「ずっと家にいて、退屈しないかい?」
オレの問い掛けに対してミネルバは。
「浩太郎君の文庫本やDVD、漫画がいっぱいあるから退屈しないわ」と。以外に順応性高いな。
昼休み、オレは昼飯を食べていた。コッペパン。自分の机を挟んで向えで日の丸弁当を食べているのが天地だ。
この者こそ希代のフィギュアマイスターである。
今ミネルバの器となっているフィギュアも天地が作りだした物で、市販品ではないのだ。
天地のすばらしいのはその工作能力だけではなく、小説を読んでそのイメージ通りの人形を作り上げることだ。好きなんだな。フィギュアが。
「なあ、天地。プロの原型師にはならないのか?」
この質問をオレはよく天地にぶつけるが、彼の答えは決まっている。
「俺は好きな事を職業にできない。仕事にすると責任が発生する。その責任に押しつぶされ、好きなフィギュアも嫌いになってしまいそうだ。趣味の範囲にしとくよ」
作品は趣味を超えているような気がするが。
今俺の家で、お前の作った人形が生きていたらどうする?と聞きたいが我慢する。
ミネルバの事は、最重要機密事項です。
「ところで天地に作って欲しい人形があるのだが・・・・・・」
俺はここ数日、頭に思い描いて居た事を口にした。
「人形じゃねえ!フィギュアだ。お前から作ってくれとは珍しいな。先週、新しいのをやったばかりじゃないか」
それはお前がオレの家に無理やり置いて行ったんだろうが。オレは別に欲しくないし、スケールモデル派だ。キャラクターはやらねぇ。
それに人形って捨てられないんだよ。なんか捨てると、戻ってきそうで怖い。それに捨てようとすると、その人形と目が合うんだよ。人形が何か語っているようで怖いんだ。だから人形は捨てられない。たまる一方だよ。
「オリジナルのキャラクターだよ。どこにもないやつ」
正直ミネルバがいつまでも、そのなんだかさんの姿となっているのも良くない気がした。彼女が何処かのマニアなヤツのストーカ被害に遭ったら堪らんから。
「ついに究極のフィギュアに手を出すのか御影。・・・・オリジナルか・・・・」
天地は机の中からノートを取り出した。
「フィギュアを作るには設定が必要だ。その娘の性格、容姿、家庭環境、友人関係、
国籍、趣味、特技、それから弱点、などなど色々あるぞ」
天地お前・・・・・・人形つくる時そんなこと考えながら作っていたのかよ。すごいな。
天地はノートに女の子の絵を描きだした。こいつは絵も上手い。
こいつの前世はダビンチじゃねえのか?
「特に容姿は細かい設定が必要だ。髪の長さ、そして色、瞳は?そして大事なのは乳の大きさ、巨乳か、貧乳か?服装は?制服、軍服?ドレス?」
天地は真剣そのもの、オレは真面目に答えなくては失礼と思い、全ての質問にオレの思いをぶつけた。この一週間彼女の言動を見たイメージで・・・・・・。
端的に言うと普通の女の子だった。
一方当のミネルバは、家でおとなしく読書をしていた。
「この本はすごく面白いわ・・・・・・」
私は警戒を解いていた。悪魔の襲撃は夜間だけ。日中は浩太郎を警護する必要はないと思っていた。この時間を利用して、人間界の文化について学ぶつもり。
「人間界にはこんな面白いものがあるなんて」
異文化に触れるのが凄く楽しいわ。浩太郎君の世界って平和なのね・・・・・・・平和だからこそ、こんな文化が発展するんだわ。それは素晴らしい事だと思う。争いに明け暮れる世界は文化が衰退するもの。
でも、正直、神界に戻れないとわかった時は不安で不安で、押しつぶされそうだったけど、今は楽しい。一緒に居る浩太郎君が以外にも優しく接してくれたのが嬉しい。
今は浩太郎君と色んな話をしたい。彼をずっと護ってきたのだから。
「私の役目はあなたを厄災から護る事。あなたが幸せを摑む事が私の望み。私には
それだけだしかない・・・・・・守護女神の宿命だから」
これを考えるといつも気が重たくなる。
せめて今は、この瞬間だけは、楽しんでもいいよね。
でも、いつかは神界戻らなきゃ。彼には私の存在も全て忘れて貰もらって。
寂しいけど、仕方が無い。住む世界が違うから。
私は彼がピンチの時に、彼に気付かれないように影から護る守護天使。
自分にそう言い聞かせ手見る。自分の本来の役目を忘れないように。
ほかにも私が内容を全く理解できない本が沢山あった。飛行機、車関係の本だった。
「何この本。世界の傑作戦闘機・・・・・・そういえば浩太郎君は乗り物が好きだったわね。」
そう独り言を言い終わる瞬間、私は背中に悪寒が走った。只ならぬ気配を感じて。
「どういうこと!悪魔?まだ、明るいのに!」
私は玄関から飛び出した。何か武器はと思い、この私が宿っているフィギュアが元々持っていた、マジックステッキを持って。
住宅街の路地。ミネルバと対峙するのは黒い塊、見た目は刺がいっぱい生えた真っ黒い『ウニ』みたいな物体。その物体をミネルバは睨つける。
「悪魔は夜しか活動できないんじゃないの!それとも、手段は選ばないって訳?」
私は悪魔の使い魔に向かって叫んでいた。この家は浩太郎君の心の拠り所。白昼堂々とこの家に現れた悪魔が許せなかった。
「残念だけど彼はここに居ないわ!覚悟なさい!ファランクス!」
その瞬間ビリビリビリと布破くような音が周りに響き渡る。『ファランクス』から針のようなものが猛烈な勢いで、飛び出してきた。
私は地を蹴り、うしろへ回転しながら飛び退いた。後方宙返り。さっきまで私がいた所へ何十本の針が地面に突き刺さった。あんな長くて太い針が刺さったら、命が無いわ。
『ファランクス』は針の連射を続けながら、私を狙っている。移動し射線をかわす。ファランクスの攻撃は単調だから。絶えず移動していれば、針が命中する事は無い。そして・・・・・・。
「七・八・九・・・・・・」
私は頭の中でカウントする。ファランクスが攻撃を始めた瞬間からの時間をカウントする。その間も後ろ、前、横へ側転、宙返り、しながら攻撃をかわす。いまだ被弾はしていてないわ。この調子よ!
「十二・十三・十四・十五・十六・十七!」
十七と叫んだ瞬間。針の攻撃がピッタリ止まった。私のカウントが正確だって証明ね。
「今だ!」
私は傍に立っていた電柱を蹴り、宙へ舞う。右手人差し指を振りかざす。その先には『ファランクス』がいる。
「光の矢!」
私は手にしていたマジックステッキをファランクスに向ける。私の得意魔法。掛け声と共にステッキの先から光の矢が標的に向って突き進む。目にも止まらぬ速さで。
矢は『ファランクス』の丸い本体のドン真ん中にヒット!
大爆発を起こした。
ドドドド!
凄まじい大音響と共に大きな火球が出現!
火球は徐々に小さくなり消えてなくなった。『ファランクス』と共に。
辺りに静寂が訪れた。
閑静な住宅街で発生したその大きな大音響に、周りの住人は無関心の様子。
それどころか、今ここで戦闘が行われていた事に全く気付いた様子はない。
あれだけ大きな爆発が起きたのに、周辺の被害は皆無。女神の戦闘は人間には感知出来ないのであった。
「ファランクスの針の装弾数は千五百五十発。十七秒耐えればこちらの勝ち」
私は過去何度も『ファランクス』と対峙したのよ。弱点は知り尽くしているわ。それに、悪魔の使い魔風情に、この女神が負けるわけ無いでしょうよ!・・・・・・でも・・・・・・・。
「ファランクスのような強力な使い魔を送り込むなんて。そんなに浩太郎君を殺したいの?」
私は改めて考えてみて、ぞっとした。金縛りで首絞めるなんてもんじゃない。敵は白昼堂々と強力な刺客を派遣している。対処の方法を考え直さなければならなくなった。抜本的に。
「学校も安心できない・・・・・・」
と同時に私は不思議な感覚を覚えた。
「器に入って魔法を使うと威力が増大する。思ったより遥かに・・・・・・」
私は自分自身の魔法の威力に驚いていた。
さっき、ファランクスに向けた攻撃はあのような強大な火球を発生さる意図は全くなかった。せいぜいポンと破裂させる程度でだした魔法だった。
だが実際には大爆発となってしまった。
「使いかたを間違えると大変な事になる・・・・コントロールしきれるかな・・・・・・」
周辺に気付かれず被害が出ないような戦い方は心得ている。だが、周りを巻き込むこともまた可能であった。
ミネルバは考えながら家に戻り始めた。
「そういえば、まだ幾つか器があったわね・・・・・・」
今、私が入っている器・・・・・・・フィギュアは『魔法少女なんとかちゃん?』だったけ?魔法使いの器だから、魔法の力が増大下のかしら?
浩太郎君のシステムラックにはまだ何体かのフィギュアが並んでいたわ。
「よし!試してみよう!器の差を」
私はいいことを思いついた。
下校を促すチャイムがなっている。日はとっくに傾いていた。
天地は教室で木を掘っていた。
カンカンとノミで木を削る小気味良い音を立てている。
「天地、もうすぐ完成か」
「ああ」
天地は木彫りの不死鳥を作っていた。
「今度の美術展に出すやつだろう」
「そうだ。市の一般参加の美術展さ」
天地が三年連続金賞を受賞している美術展だ。
「今年も金賞狙うのか」
「まあな」
昨年は神社から貰った御神木で金剛仁王像を彫った。
こいつは、将来高名な芸術家になるんじゃないか。
「そろそろ帰るか?」
天地は帰り支度を始めた。
「例のオリジナルフィギュアは二週間あれば完成できる」
おう。楽しみにしているぜ。
オレたちは学校帰りに模型店へ寄った。天地のフィギュア製作用の材料を買いに。
オレは限定販売の『三十五分の一スケール ダグラス A―4F スカイホーク』を購入。久々の超大作プラモデルだ。
目的を果たしたオレたちは、模型店で別れた。
家に帰る。待っている人が居ると思うと嬉しいやら恥ずかしいやら・・・・・・オレはたぶんにやけ顔になっていると思う。
「ただいま!」
元気良く玄関に入る。ここ数年ただいまと言える相手が居なかった反動か?
「お帰りなさい!」
これまた元気良く返事が返ってきた。なんか嬉しい。
「ご飯にします?お風呂にします?」
伝説の台詞で女の子が出迎えてくれた。この台詞が聞けるなんて思っていなかった。くっそう!録音しとけばよかった。天地に自慢できたのに!・・・・・・・ところで、オレは我に返って、ふと思う。
「だ・だれ?」
おれは目を丸くした。だって知らない女の子が目の前にいるから。いや、知っているけど。泥棒?でもそんな外見では無い事は間違いない。見た事ある人だから。この人はオレのシステムラックに入っていた フィギュアそっくりだ・・・・・・・ま、まさか?
「浩太郎君、びっくりした?器を変えてみたの。似合う?」
うふふと笑いながら。声は間違いなくミネルバだった。彼女は剣道着に袴姿。腰には日本刀と脇差を差している。漆黒の長い黒髪が艶々と輝いていた。
オレは自分の部屋にあるシステムラックを見に行った。後ろからミネルバがついて来た。
ラックの中から一体のフィギュアがなくなっていた。代わりに魔法少女戻っている。
「気分転換に器を変えてみたのよ」
ミネルバは楽しそうに話す。
「いただきます」
オレとミネルバは夕食を採る。美味い。今日はミネルバが夕食を作ってくれた。魔法でも使って夕食を出すのかと思っていた。なんとミネルバは自分の手で作ってくれた。
「料理に一番必要なスパイスは愛情です」
なんて言いながら、楽しそうに作ってくれた。料理をしている彼女の服装がまたなんと言うか。剣道着にエプロンなんて、マニアックな格好になっていた。それは天地が作ったフィギュアが剣道着に日本刀を携えていたから。この家に、女物の服は無いからしょうがないか。
まあ、夕食を作ってくれた事は単純に嬉しい。最近嬉しい事が沢山あった。急に。
キッカケはミネルバが現れてからだ。こんな時間が続くといいなと思ってしまう。と同時に彼女になにかしてあげられること無いかな。なんて考える。これって贅沢な悩みなんだろうな。
夕食の後は風呂。そして今二人はリビングでテレビを見ている。番組の内容は洞窟を探検する内容で、ジャングルの奥地に新人類を探しに行くやつだ。
ソファに二人で座って見ている。驚いたのはミネルバがオレのすぐ左隣に座っている。
寄り添うように座っている。今までこんな事無かったのに。オレは柄にも無くドキドキしていた。
突然テレビから『ガアーン』と音がなった。
『探検隊隊長がピラニアに噛まれた!』と仰々しいナレーションが入った。
ミネルバはびっくりしておれの左腕にしがみついた。うわ、うわ。彼女の体からいい匂いがする。意識しすぎだろ!と自分を戒める。
結局テレビが見終わるまでしがみついたままだった。意識しちゃうだろ。オレだって男だからな。この後もっとびっくりする事態が起きた。
「浩太郎君と一緒に寝る」
と彼女は言い出した。な、なんだって?オレの心臓はとんでもない脈拍となっているぞ。
まずいだろ。いくらなんでも。
オレの頭の中で考え巡らす。
『一緒に寝る』・・・・・・『オレが我慢出来ず彼女に手を出す』・・・・・・『女神の天罰を食らう』
そうなるに決まっている。この方程式は正しい。この危険な橋は渡らない方が良いとオレのカンがささやく。それとも、これは女神からのオレに対する試練なのか。
これを乗り越えなければ真の幸福を得る事ができないのか?
そして消灯時間となった。
オレの勘違いだった。一緒にとは同じ部屋で寝ることだった。彼女はベッド。オレは床で寝袋。
こいつ、わかっていてオレをからかったな。
就寝直前に
「寝ている私にチョットでも触れたら女神の天罰を与えます」
と言いやがった。
例の目に見える女神オーラを出しながら。そんな事はしませんよ。
そんなしょぼくれるオレを見ながらミネルバは
「私と結婚して夫婦になったら幾らでも触っていいですよ」
オレに気を使っているのか、からかっているのか。たぶん後者だろう。だいたい、神様と人間は結婚できねだろう。
オレは蛍光灯を消し、寝袋に潜って寝た。コールマンの寝袋は寝心地最高だちくしょめ!
私は寝むれなかった。なぜなら不穏な空気を感じていたから。
「今夜は満月。間違いなく奴らは来る」
この不穏な空気はテレビを見ている時から感じていた。一緒に寝ようと浩太郎に言ったのも、近くに彼が居た方が護りやすいから。
不穏な空気はどんどん大きく、強くなって行く。
「!!」
私は掛け布団を跳ね除け、ベッドの上に片膝立ちとなった。
目の前には真っ赤で丸い塊が浮いている。月明かりのおかげではっきり見える。
「ゴリアテか!」
私が叫ぶと同時にその赤い塊に変化が現れた。表面に無数の瘤が現れた。
「させるか!」
日本刀を居合い一閃引き抜いた。
音もせず赤い塊が真っ二つになった。そして消えた。
オレは起きて寝袋から出ていた。物音に目が覚め、今の出来事の一部始終を見ていた。
ミネルバは刀をパチンと鞘に納めた。
「また、また、つまらん物を斬ってしまった・・・・・・」
ミネルバは目を瞑り、余韻に浸っている。でも、顔は真っ赤だ。恥ずかしいと思うなら、そんな台詞言わなきゃいいのに。
「こいつはゴリアテ。悪魔の使い魔です。爆発すると二百五十六発の散弾が飛び出し、周りの人間を殺傷する。恐ろしい使い魔です。」
彼女は爆発する直前に使い魔を切り捨てたのだ。
突然ミネルバの背後で、ビリビリと布が破れる音がした。黒くてデカイ、ウニ見たいな奴がぷかぷか浮いている。
「ミネルバ!後ろに黒いヤツが!伏せろ!」
オレは叫んだ。ミネルバは「しまった!」と言いながらその場に伏せた。だが、目の前に黒い物体が現れた。ゴリアテは囮だったのだ。
ファランクスが居た。針が発射寸前。刀は・・・・・・・間に合わない!
「やられる!」
私は目を瞑った。
パスン!パスン!パスン!パスン!
四回の破裂音。
私の目と鼻の先でファランクスがバラバラに砕けた。
見上げると浩太郎君がベレッタM92Fのエアーガンを握っていた。
「六ミリBB弾って悪魔に効果あるんだな」
オレが撃ったBB弾4発全断が命中した。そして黒い物体はバラバラとなった。こいつにはBB弾攻撃が効くようだ。
「ありがとう。助かりました。本当にありがとう。」
ミネルバが丁寧に礼を言ってきた。俺は照れ隠しに答えた。
「悪魔は撃ってはいけないと説明書には書いてなかったぜ」
オレはカッコつけて銃口をフッと吹いて見せた。煙は出ていないのに。なんか、女の子の前でカッコつけたかったんだ。
「ミネルバはこの襲撃がわかっていたからそんな格好で寝ていたのか?」
今の彼女は剣道着に袴姿で、手には日本刀。
「そうです。だから一緒に寝ようと言いました」
「ところで・・・・・・」
オレは一番聞きたい事を聞こうとした。そのとき彼女は物憂げな目でオレを見た。
聞かないでと言っているようで・・・・・・。でも、オレは知りたい。なんで悪魔に狙われるのか?
「もう少しだけ待って下さい。浩太郎君は私が必ず護ります。」
「わかった・・・・・・待つよ」
なぜかオレはミネルバの言葉を素直に信じてしまう。
それも不思議だが、いずれ話してくれると思っている。
「空気が澄んでいます。今日はもう襲撃はありません。眠りましょう」
そう言うとミネルバは剣道着を脱ぎだした。オレはあわてて後ろ向く。
見てはならん。と思いつつ、彼女が剣道着を脱いだのはもう襲撃がない証明だろう。
オレはここで初めて安堵した。
「じゃあお休み」
ミネルバに一声掛けた。彼女はもう布団の中だった。オレも寝袋に入る。
ふと声がした。
「私の布団に入ってもいいですよ」
空耳か?またオレをからかっているのか。
「今、私がからかっていると思っているでしょう。」
何でわかる?エスパーかこの娘は。ああ。そういや女神だった。
「私を助けてくれました」
オレは答える。
「それは言いっこなしだ。オレだって護られているだけじゃねえ。出来る事はやらないと悔いを残すからな」
月明かりの中お互いの顔を見ないで会話している。面と向かって話しすると恥ずかしい内容だ。
「お願いです。怖いのです」
うわ!そこまで言われると断れないだろ。オレの心臓DOHC単気筒はもうすでにレッドゾーンだ。おそるおそる彼女の布団に入る。
「ありがとう」
と、聞こえた気がした。布団に入った瞬間なんとも言えない、いい匂いがした。やっぱり彼女の体は柔らかい。暖かい。安堵感がある。基がフィギュアとは思えない。
「震えているのか」
ミネルバは震えていた。
「ごめんなさい。今になって怖くなりました。浩太郎君を失うところでした」
「安心して。オレは無事だ」
「でも・・・」
「ミネルバとオレ二人いる。二人で力を合わせれば、どんな敵も退治できる」
ミネルバが頷いた。
オレは心臓の音が彼女に聞こえるのが恥ずかしいと思い、布団の中で彼女に背を向けていた。当然眠れる訳ない。
だが今晩の悪魔の襲撃より厄介な出来事がこれから発生することはオレが気付いているはずも無かった。
浩太郎の家から少し離れた深夜の住宅街の公園。ブランコの上を小さな光の玉が飛んでいる。
そこ数五個。
「俺の使い魔を尽く打ち破るとは・・・・・・」
そう。この光の玉は浩太郎たちに刺客を放った張本人たち。
「片割れの男を護っている女が居た・・・・・・除霊師でも雇ったか・・・・・・」
光の玉は考える。府に落ちない事が有りすぎる。
「人間の除霊師にあんな魔法が使えるわけが無い。守護女神さえ倒す威力を持つ使い魔だぜ」
光の玉は決意した。
「あの強さの源を調べる必要がある」
「早くしないと!俺たちは、あの小僧をやらないと神界には帰れないんだぜ!」
「まるで、ノルマの果たせないサラリーマンが会社に帰れなく、公園でしょぼくれているようだな。俺たちは」
「てめえ!そのセリフは洒落にならないぞ!」
ブランコの上にあった光の玉は一斉に、漆黒の闇夜へ飛び上がって行った。