第1話 金縛り体験!
「またか!」
今、オレは安眠を妨げる《金縛り》に遭っている。
草木も眠る丑三つ時、その金縛りはオレを苦しめている最中である。
幼い時から度々なっていた金縛り。数ヶ月前から発生頻度が高くなっている。
「・・・・・・・」
もがく、声を出そうにも出ない。
仰向けで寝ているオレの上に明らかに人間の存在を感じる。
なんと、そいつはオレの首を絞めている。その人の感じがする得体の知れないものが両手でオレの首を絞めている。
(やばい・・本当に苦しい・・・・・・このままでは死ぬ!) おれは何とか右手を動かそうともがいた。右手は痺れた感覚だ。自分の意思で自由に動かない。だけど頑張って動かしてみた・・・・・・チョット動いた。
(何とか枕の下にある・・・・・・)
刃物には魔除けの効果があると、どこかで聞いた。一ヶ月ぐらい前から枕の下にカッターナイフを忍ばせていた。
カッターナイフを忍ばせた当初は、金縛りが無くなった。だが、しばらくするとまた金縛りに遭うようになった。
「刃物では効かないのか?」
と思い、今度は最終兵器『ベレッタM92F』のエアーガンを枕の下へ忍ばせている。
ベレッタを入れてから、しばらくは金縛りが無かった。しかし、最近金縛りが復活を果たした。こうなることは予想していた。
だが、ベレッタを枕の下に忍ばせていたのは、魔除けの効果だけを望んでいた訳じゃない。
そうだ、オレを金縛りで苦しめる悪霊に対して反撃するためだ。
オレの右手がずりずりと枕の下へ・・・・・・「しめた!」ベレッタを掴んだ。
オレは全身の力を振り絞り、金縛りを打ち破ろうと思いっきり叫んだ。
「この野郎!!いいかんげんにしやがれ!!」
叫ぶのと同時に布団を跳ね除け、ベレッタのトリガーを引いた。
パスン! パスン! パスン!
「はっ・・・・・・」
金縛りが解けた・・・・・・。
急に身体が楽になった。重く、苦しい感覚が突然無くなった。
オレはゼイゼイと肩で息をしながらベッドの上から降りた。
オレの部屋の中は真っ暗・・・・・・。
目の前の暗闇から声が聞こえたような気がした。
「危ないじゃないですか・・・・・・それは人に向けて撃ってはいけないと説明書に書いてありませんでしたか?」
空耳か?・・・・・・なんか聞こえる。
オレは聞こえる言葉に言い返してやりたくなった。。
「確かにそう書いてあった・・・・・・だがお前は人ではない! 幽霊だろうが!」
とりあえず言い返した・・・・・・こう何度も金縛りに遭うと言い返したくもなる。
傍から見ると部屋でエアーガン乱射しているただの危ないヤツだな、オレは。
そのとき・・・・・・。
目の前に小さな光の玉が・・・・・・。
大きさはだいたいピンポン玉くらいの光の玉が・・・・・・。
「幽霊の本体が現れたか!」
おれはベレッタを光の玉に向け、9ミリBB弾を打ち込もうとした。幽霊に対する恐怖よりも、怒りのほうが勝っていた。
「待って!」
「!?」
光の玉が喋った!
「幽霊ではありません。・・・・・・私は神です。神に向けてエアーガンを撃ってはいけないと説明書に書いてあったはずです」
しかも女性の声で・・・・・・。
何が起きている?・・・・・・自分を見失わないように冷静に考える。
オレの名は御影浩太郎。高校二年生。これと言った特技も特徴も無い普通の高校生と自負している。学校の部活は、学校非公認サバイバルゲーム部所属。そのサバイバルゲームで愛用しているサイドアームがベレッタM92Fだ。
自分自身、霊感が強いと言う意識は持っている。地縛霊とかよく見るし、今のような金縛りによく遭う。だがそれだけだった。テレビの霊能者のような“霊視”なんて出来ないし。ましてや除霊みたいな事も出来ない。ただ見えるだけ。しかも稀に。
霊能力がパワーアップしたか?霊と会話出来るまでに。
正直びっくりしている。なにがなんだか・・・・・・夢にしてはやけにリアルな感触だ。
そうこう考えていると光の玉がまた喋った。
「困ったことになりました。その武器のせいで」
「確かに・・・・・・聞こえる」
オレは遂に、霊能力者となったのか?
「目線が合わないと話しづらいですね。あなたには色々説明しなくてはなりませんから・・」
光の玉はそういうとふよふよと動き出した。オレの部屋を飛びまわっている。そして
部屋の壁際にある大きなシステムラックに向かった。
七段のシステムラックにはオレの趣味である“プラモデル”が展示されている。殆どがスケールモデルのプラモデルである。軍艦、戦車、戦闘機。その数総勢二百。
そのシステムラックの一番下に趣が異なる模型・・・・・・人形・・・・・・もといフィギュアがある。
オレの友人が作ったキャラクターフィギュア。
その友人はとても器用で、素晴らしい出来栄えのフィギュアを作り出す。
自分の部屋に飾りきる事が出来ず、オレの部屋に飾りだした物だった。
光の玉はその人形のひとつへ近づいていった。その瞬間。
パン!と爆ぜた。
もくもくと煙が立ち込めた。暗いのと相まって、よく見えない。オレは立ち上がり蛍光灯のスイッチを入れた。明るくなり、視界が開ける。煙が消えてきた。
人が、女の子が立っていた。良く見た事がある女の子。
「これで同じ目線となりました」
その女の子はキャラクターフィギュアそのものの姿をしていた。黄緑色のショートヘアーは快活な感じがして、ひらひらが付いた見にスカートにロングブーツ。全体的にポップな色使いの服。おまけに、右手には魔法ステッキを持っている。
「に、人形がでっかくなった!?」
驚いたってもんじゃない。
そこに佇む女の子は友人が作ったフィギュアその物だった。悲しいかな、そのキャラクターの事は良く知らない。アイツがこのキャラについて色々説明したくれたけど、全然覚えていない。とにかく、巷で良く見る女の子なのはわかっているけど。
「私は神です。女神です。したがって人間には見えません。話しづらいので、この人形・・・・・・器を借りて人間に実体化しました」
つまり一分の一スケールのフィギュア。だけど、作りものには全然見えなし、そのキャラクターの雰囲気を醸し出して、人間の女の子に見える。
オレは言葉を失った。驚いたし、ビックリしたし。もう幽霊とか怖いとかは何処かへ吹っ飛んだ。
たった数十分の間にいろんな事が起きている。オレの頭はそんなに回転が速くないんだ。そんな色んな事が起きてもついて行けない。
まあいい、と無理やり思う。オレは幽霊みたいな物をよく見るせいかこういうことにはある程度慣れているハズ。意を決して、こちらから尋ねてみる。聞きたいことは色々ある。
「どうしてオレの首を絞めた!どうしてオレを殺そうとした!毎度毎度金縛りなんか掛けやがって!」
後半は怒鳴っていた。いつも金縛りに悩まされるから、オレはいい加減腹が立っていた。
「あなたの首を絞めていたのは私ではありません。あれは悪魔の仕業です。私がその悪魔を退けました」
「お前がオレを助けたとでもいうのか?」
「そうです。今回だけではありません。いつもそうです。今まであなたは苦しくなっても必ず金縛りが解けていましたよね。御影浩太郎さん」
「どうしてオレの名を・・・・・・」
「私は女神ですから・・・・・・なんでも知っています。あなたは七月七日生まれの蟹座。小学校一年生のとき、車の解体工場に忍び込み、ガラスの破片で左手を怪我しましたね」
そう言われるとそうだ。不思議だ。人間は自分しか知らない事をズバリ言われると、その人の事を信じてしまう。
「あなたが幼き頃よりずっと、です。あなたに近寄る魑魅魍魎の類はすべてわたしが退けていました」
彼女はそう話してくれた。この場合礼を言うべきなのだろうか。おれは更なる疑問をぶつけた。
「なぜおれは金縛りに遭う?なぜ君はオレを助ける」
「金縛りに遭うのはあなたが悪魔に懐かれやすい人だからです。よく犬やねこに好かれる人がいるでしょ?それの悪魔版と考えて下さい」
正直よくわからん。大体悪魔なんているのか?
「顔に信じられないと書いてありますよ。まあ、あなた方人間の考えが及ばない世界の出来事ですので」
競馬で馬が何の為に走っているのか解っていないと同じと考えれば良いかと、自分を無理やり納得させた。
「あなたを助けたのは・・・・・・それが私の仕事です。悪魔を退治するのは守護女神の役目です。私はあなたの担当です」
この娘はオレを護っていてくれたのか?ずっと昔から。
「納得感はイマイチないけど、お礼だけは・・・・・・有り難う御座います」
オレはペコリと頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして。と言いたいけど・・・・・」
突然彼女は悲しい顔をした。
「困った事が起きました・・・・・」
そういえばそんなこと言っていたな。
彼女は豊かとは言い難い胸元から手のひらサイズのペンダントを出した。
「これは魔動具です。この魔動具により人間界と、神界の往来を可能にします。浩太郎君の身に何かあった時に神界から来る為の道具です」
彼女はオレに近づき、ペンダントを目の前に差し出した。なんと、ペンダントのど真ん中に六ミリBB弾がめり込んでいた。
オレはサバイバルゲーム部で鍛えた射撃能力を存分に発揮したらしい。本番のゲームじゃめったに当たらないのに。こんな時に限って・・・・・・。
「壊れしまいました。神界に戻る事が出来ません」
彼女が困った顔をしている。突然、何か非常に胸を締め付けられる。
悪い事したかな・・・・・・。
「ごめん・・・・・・」
自然と口からでた。彼女はうつむいたまま・・・・・・。
「救難信号は出しました。近くに仲間が来たら発見されるかも知れません。そうなれば神界へ戻ることも出来ましょう。それまでここに私をおいて下さい。お願いします」
彼女は懇願する様子で。オレに顔を近づけた。
そうか、事務的に言うと誤射だ、申し訳ない。・・・・・・ちょっと待って。
「あ、あの顔が・・・・・・近いです」
「人間の目線で見るのは結構新鮮ですね」
彼女はさらに顔をオレに近づけて来た。鼻と鼻がぶつかりそう。ドキッとしました。顔が熱くなる。
「悪魔がまた、あなたに悪さするようであれば、私が対処します。幸い女神としての能力はフルスペックで使用可能です。だからお願い」
オレを護るというのか?女の子に護られるのは不本意だが・・・・・・まあ、今オレは訳けありで一人暮しだ。つまり誰にも気を使う必要なし。悲しいかな、美少女のお願いを断ることができないオレだった。
「わかりました。救難隊が来るまで、ここに居てください」
「ありがとう」
彼女はにっこりして、礼を言った。
「ところで能力フルスペックって何ができるの?」
そこに関してはとても興味がある。
「何でも出来ますよ」
彼女は簡潔に答えた。なんでもか・・・・・?
彼女は少しほっとしたような顔になった。オレが思っているより深刻な事態かも知れないが・・・・・・。
人の痛みってなかなか解らないものだ。歯痒いな・・・・・・。
オレは椅子を出した。とりあえず座ってもらおう。神様に立たせたままは失礼かな。
「神様。まあ座ってください。お茶でも。ああ、お神酒かな?」
「ミネルバです。私の名前・・・・・・神様って呼ばれるのはちょっと・・・・・・」
ミネルバ?ローマ神話の神様だね。咄嗟に閃いた。
「音楽と工芸の女神様ですね。日本の神様ではないのですか?」
オレは日本人だから、当然日本の神様だと思っていた。しかも有名所の女神様だ。しかも神話の女神様が本当に存在していたなんて、またまたびっくりだよ。彼女は「うふふ」と笑いながら答えてくれた。
その笑顔が何とも可愛らしい。オレの頭に湧いた疑問がその笑顔で消滅してしまいそうだ。
「神界に国境はありません。国籍もありませんよ。それは人間の世界の尺度です」
そうですか。
「あと、これを見てください。」
ミネルバさんは呪文みたいな言葉を口にした。何語?日本語じゃないな。何を言っているかは不明だった。
呪文を唱え終えると、赤い糸のようなものが現れた。オレの左手小指から、彼女の左手小指に繋がっている。これはもしかして。運命の・・・・・・?
「これは、魂のワイヤーです。私は浩太郎君を魑魅魍魎、悪霊、悪魔から護る事を義務付けられている証です」
魂のワイヤー。よく見ると、赤い糸と言うより、赤いワイヤーだ、結構太い。
「このワイヤーが繋がっている限り、魂を共有します。つまり、あなたが死ねば、私も死にます。これは守護女神が命に代えて護り抜くと言う誓いなのです。これで私の事を信じてくれますか?」
そうですか?そうは言っても、何の事だか理解できない。今、ここで、女神様とお話ししている事が、不思議な出来事だ。「信じて下さい」と言われてもねぇ・・・・・・。
それに凄く気になることが出てきました。
「その反対もあるのですか?ミネルバさんが死ねば、オレも死ぬ?」
「そうです。私と貴方は一蓮托生です。」
「それは理不尽なような・・・・・・・・・」
「私より魔力が強く、格が上の神様であれば、この魂のワイヤーを切る事ができます。それは浩太郎さんが護るに値しない人と判断されたときですけど」
オレは釈然としなかった。
「安心してください。過去にそのようなことはありませんでしたから・・・・・・多分」
ミネルバさんは「多分」の所を小声で言ったけど、オレの耳にはバッチリ聞こえた。多分かい・・・・・・この女神様を信じてもいいのかな?
それから数時間色々話した。ミネルバさんはオレの事、幼いころからずっと見ていたようだ。幼稚園でブランコから落ちて右肩を脱臼した事とか、小学校の頃、自転車で転んで右手を骨折した事、中学の工作実習で右手に彫刻刀が刺さって大出血した事とか知っていた。
なんか恥ずかしいぞ。それ以外にも色々見られているのではないだろうか。
あれから数時間語り合った。何故かわかんないけど、彼女とは話が合う。話して楽しいと思った。
そして、いい加減眠くなって来たので、寝ることにした。朝まで二時間くらいは眠れるはず。今日はベッドをミネルバさんへ明け渡し、俺は一階の居間に寝袋で寝る。部活の『演習』で使う寝袋さ。オレは演習の時は部活の仲間と一緒に草むらで寝る事が出来る。
悪夢なら覚めてくれ・・・・・・と思う反面。ミネルバさんが明日の朝、起きたら、居なくなっていたら、寂しいなと正直思う。
ずっとオレの傍に居てくれないかな・・・・・・。