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ボクラノセカイ

作者: 午後一時

 草原に走る栗色の一本道を、土煙を上げながら一台のジープが駆ける。まわりには鬱蒼とした緑が広がるばかりである。他には何もない。それほど変わらない背丈を互いに競うかのように、草は右へ左へゆらゆらと揺られている。

 季節はもうすぐ秋である。

 秋になると、この草たちも太陽へと背を伸ばすのをやめて、寒さに耐える準備を始めるのだろう。その時が来るまで目一杯揺れるといい。しばらくはそれもできないのだろうから。

 また一陣の風が緑の海原をゆっくりと優しく撫でる。それはまるで我が子の成長をその手で確かめるような。そんな暖かさが含まれていた。そしてそれに応えるように草たちは一層その身をくねらせる。

 そんな晩夏の風景。

 僕はそれをジープから眼下に見つめていた。

「草ばかり見つめて楽しいのか?」

 横の運転席からしがれた声が飛んでくる。

「楽しいって感情とはちょっと違うかな。ただそんなに飽きもしないものだよ」

「俺にはわかんねえな」

 そう言う男の図体はでかい。でっぷりと膨らんだ腹。大きな尻は小さなジープの小さな運転席に収まりきっていない。時々ずり落ちるようなこともあり、その度に鬱陶しそうに座りなおしている。口の周りにはモシャモシャした髭をたくさん蓄えていて、頭にはトレードマークの真っ赤なバンダナとゴーグル。手には真っ黒な革製のグローブをはめている。

 彼の名はドールという。

「ここ最近目に映るのは緑、緑ばかりで視界がおかしくなりそうだぜ」

 ドールはゴーグルをこすりながら愚痴をこぼす。

確かにドールの言うとおり、僕らは一様に広がっている草原の中をかれこれ一週間は走り続けている。途中に出会うのは草を食む草食動物たちだけである。

「気候のせいだね。この辺は一年を通して気温も上がらないし、雨もほとんど降らないから植物は生長しないんだよ。だから樹木は無くて、背丈の低い草が生えているだけなのさ」

 僕はもう一度よく草たちを見つめる。大きくなれないと知りながら、それでも生きていくってどんな気持ちなのだろう。いや、彼らにとっては今この時こそ最大限の成長の瞬間なのだ。彼らにとって、その上の世界はただ首を傾けて見上げるだけのものなのだ。彼らに対して僕の心には憐みではなく、親愛の情が芽生えた。

「たどり着けない世界って、とっても美しい世界だね」

「ああ?」

「だって、いつまでも憧れた夢をみてられるんだよ。」

 それは誰もが憧れる世界。そのことを想うだけで頭の中が甘くとろけるような、そんないつまでも味わっていたい世界。たどり着けないのだけれど、だからこそ目指したくなる世界。

「――そんなのはいらねえな。手に入らないと分かっているものを追いかけたところで、そんなのは無駄足に過ぎねえ。俺は今あるものに夢を見るさ」

「ドールは旅人に無くてはならないものが欠けているね」

 僕は顔をジープから出して、シーツのような柔らかいそよ風を浴びながら話す。

「ほう、ご教授願えますかね、おぼっちゃま? その欠けてるものとやらを」

「簡単なことさ」

 そういって僕は空を指さしながらはるか真上を見上げる。

「空の果て、海の果てを思う心」

「はっ! 結局いつものじゃねえかよ」

 ドールはフンと顔をしかめ、また二回ほど鼻を鳴らす。

「大体いつもその台詞は真上を指して言ってるが、上にあるのはお空だけで海はねえんだぜ、おぼっちゃま」

「だからドールは駄目なのさ。この世界のどこかの国で、海の果てが空には無いってことが証明されたことあるのかい?」

「そもそも、そんな馬鹿げた考えをもつやつがいねえんだよ!」

 ドールはさらに不満そうに歯をカチカチと鳴らす。すごい不機嫌そうだ。そういえば、心なしかさっきからジープの速度が上がっている気がする。いや、気のせいではない。視界の端に移る緑がさっきよりも早く後ろに流れていく。それに道が荒れたわけでもないのにジープはガタガタと大きく揺れるようになった。

「ドールは感情が表に出やすいよね」

 僕は真上を見ながら言う。

「はっ! どうせ俺は『馬と象、どっちに乗りますか』って聞かれて『どっちも食う』って答える男ですよ、悪かったな。」

「――ドールってひねくれかたが馬鹿っぽいよね」

「そうです、ね!」

 そう返事を返すと、ドールはハンドルを大きく右に切った。それに合わせて車体も大きく右に揺れる。僕は座席からあやうく外へと飛び出そうになり、慌ててドアにしがみつく。

「危ないなあ、草原にむかってダイブするところだったよ。もしかして、わざと?」

「なわけあるか。道にあった石を避けたんだよ。」

言われて僕は後ろを振り返ると、確かにジープのタイヤの半分くらいはありそうな石が道から突き出ていた。

「あんなに大きいのに気付かなかったの?」

 無視するドール。やっぱりわざとだ。ドールはいつもそうやって僕のことをいじめるんだ。このあいだも暇だったからドールの髭をちょっとむしってやったら、急ブレーキかけられて僕はフロントウインドウに顔から突っ込んだ。しかもそのまま勢い余ってボンネットまで飛んでったから、それはそれは散々な目にあった。ドールはちょっぴり怒りっぽいのだ。特に僕に対しては。

「そういうお前こそ、気付かなかったのか?」

「僕はほら、空を見てたから。」

 はいはいそうでしたね、と言いいながら前方を睨みつけてさっきよりは落ち着いたペースでジープを走らせるドール。僕はそれを確認するとまた真上に延々と広がっている空へと視線を移す。そしてゆっくりと目を閉じて、『それ』を想った。

 空の果て、海の果て。

 旅人が目指すもの。僕等が向かう場所。

 どこにあるのだろう。いつそこに着けるのだろう。そこには何が待っているんだろう。

 でも、それはただ一つのものであってほしくない。僕は決まっているゴール地点を望んではいない。そこにあるのがわかっているものを、僕は望んでいない。

 これから長く長く続いていく道のどこかにたまたま落っこちていたもの。誰かが忘れてしまったかのように、ただぽつんとそこにあったもの。

 そんな結末がいい。それでこそ旅は続いていけるものだ。


「何を一人でにやにやしていやがる」

 ドールの声で、急に現実が戻ってくる。

「見えたぞ」

 僕はそれを聞くと、ぱちっと目を開けて正面へと顔を向ける。

 見えたのは、灰色の塊。

 それは僕等が目的を持って目指していたものではない。ただ、そこにあったもの。

 あれが望んでいたものだろうか。いや別にそうでなくても構わない。何かがなくても、何かがあっても、新しい国へ行くというのはそれだけで胸が躍る。僕はくたびれたポンチョを一度脱いでから、また整えて着直す。

「あれはどんな国かなー。美味しいもの、面白いものがあるといいね」

「どうでもいいけどまともな国であってほしいぜ、俺は。最近は連続でろくでもない国にあたってるからな」

 あとは飯が食えればそれでいい、とドールはつけ足す。

「念のため聞くけど、寄るってことでいいんだよな?」

「もちろん!」

 僕はすぐさま応える。今から知らないお店、人々、文化に思いを馳せる。それらは頭の中で楽しそうに踊っている。

「何かあったらよろしくね、相棒ドール」

「それはお互い様だ」

 ジープは静かに灰色へと吸い込まれていく。



 第一世界   子どもたちの世界


 

 ジープは大きな鉄の門の前で止まった。門は沈黙を保ったまま堅く閉じている。城壁の上を見てみると、槍が城壁の上に捨てられたように置いてあった。ただし見張りの人の姿はない。サボっているのだろうか。

「どうする?」

 ドールはパイプに草を詰めながら僕に聞いてきた。

「うーん、もうちょっと待ってみようか。ちょっと休憩しているだけかもしれないし」

 僕はそう言って大きくのびをし、座席に浅く腰掛ける。そうして眼前にそびえる大きな城を改めてその目に確認する。僕は数々の国の城門を見てきたが、これはその中でもなかなかに大きな城門である。国の大きさが伺えるというものだ。ところどころ欠けている部分があることから、なかなか歴史ある国だとお見受けする。

 そんは風に僕らはしばらくお互い一言も話さずに、一向にその口を開かない城門を見続けていると、やがて見張りの兵が城壁の上に上がってきた。

「やや? これはこれは珍しい! ひょっとして旅のお方かな?」

 見張りの兵は僕らに気づき、興奮した様子で城壁の上から話しかける。

「ええ、そうです。 何日か滞在したいのですが、よろしいでしょうか?」

「少々お待ちを」

 声高にそう言うと、その人は城壁から降りて行く。姿が見えなくなってから暫く待っていると、やがてギギギと大きな鈍い音を響かせながら城門が開き始めた。

「歓迎はしてくれるみたいだな」

 ドールが独り言のように呟く。最近の旅の傾向を鑑みて、ずっと油断せずに何かを警戒していたみたいだ。実に頼りになる相棒である。

 城門が最後まできちっと開くと、さきほどの兵士が槍を持ったままこちらに走ってきた。

「お待たせいたしました」

 そんなに興奮したのであろうか、全速力で来ましたと言わんばかりに息を切らしている。彼の年齢は…ぱっと見三十歳になるかならないかくらいだろう。

「ささ、どうぞお入りください。我々の国に」

 若干うるさい声量で一気にまくしたてる。よほど旅人が珍しいのだろうか。

「何か入国するのに審査とかはないのか?」

「と、言いますと?」

「僕たちは護身のためにちょっとした道具を持っていたりしますが、これはそのまま持ち込んでもいいのでしょうか」

 そう言って僕は腰のホルスターからハンドガンを出し、ドールは後部座席に積んであるライフルやらランチャーやらを指し示す。

「は、はあ。」

 見慣れないのであろうか、彼は黒く光るそいつらをまじまじと観察する。

「何せ旅人さんなどめったに来ないものでして…決まりとか約束事とか別にないんですよね」

 困惑したように頭をポリポリと掻く。

 それにしてもえらくぞんざいな警備態勢である。僕たちみたいな旅人はいいにしても、商人とかは日常的に出入りするのではないだろうか。見張りがいなくても平気な様子であったが、外からやってくるものに対してちょっと無関心すぎやしないだろうか。僕らが行った国の中の一つには、いくつも「必記事項」がある書類を書かされたあげく、下着一枚にならなければいけない身体検査を受けさせられた国もあった。銃火器を預けなければ入国できない国など当たり前のようにたくさんあった。一つの国の安全を守るためには、それほど外から持ち込まれるものに対しては敏感なのである。ましてや他国と交戦状態にある国にとっては。

 しかしこの国ではそういったお決まりの約束は持ち合わせていないらしい。この兵士も合わせてどこか呑気である。僕のハンドガンはともかく、後ろにある武器はちょっとしたものである。自慢じゃないが町の一部を跡形もなく破壊し尽くすことはできる。しかも、僕らなら特に。

「私では判断しかねます…旅人さん、お手数ですがまずは我が国を束ねています王に会ってはくれませんか? そこでこの国についての紹介も行いたいと思いますので」

「ええ、構いませんよ。僕たちも可能ならば国王にご挨拶したいと思っていましたから」

「ありがとうございます。では、私が車で誘導しますので後からついてきてください」

 そういうと兵士はまた走って城門の奥へと消えていった。

「随分と忙しい人だね」

 ドールは答えずに紫煙をゆっくりとくゆらせる。そして一息ついて独り言のようにこう漏らした。

「車があるんだな……」

「えっ?」

「いや。どうやらここはそれなりに文明が発達しているらしいぜ」

 その時、城門の奥に見たことのない形の車が現れる。どうやらあれがあの兵士の「車」らしい。

「なかなか独創的なデザインだね」

「そうでもねえよ」

 車の窓から兵士が顔を出し、こちらに向かって大きく手を振る。そして顔を中に引っ込めるとゆっくりと車を発進させる。ドールはそれを見るとサイドレバーを引き、同じくジープを発進させる。

「車ってのはな」

 運転しながらドールは語り始める。

「俺たちは当たり前のように乗っちゃいるが、そう簡単に開発できるもんじゃねえ。少なくとも一年かそこらではな。長い研究と豊富な資金が必要なんだよ」

 ジープは城門から伸びる大きな通りを進む。道の脇にはたくさんの色とりどりなお店が並んでいた。どれも昔から構えていそうなお店である。どうやらここは一種の商店街のような通りらしい。

「パーツ一つ完成させるのに研究者と技術者の頭をいくつも使って、それがいくつも繋がってようやっとエンジンやらステアリングになる。そしてそれをまた知恵を振り絞って組み立てていく」

 ドールは澱みなく語り続ける。通り過ぎていく人はみんな僕らのジープを不思議そうに見ている。やっぱり旅人はこの国にとって大変珍しいものらしい。何人かの子どもたちが先ほどの兵士みたいに興奮でまくしあげながらジープを指さして何やら叫んでいる。

「最初は粗雑なパーツと粗雑な構造でできたボンクラが出来上がる。そっからまたお金と時間をかけて改良に改良を重ねていく。そしてやっとひとつの発明品、『車』ってのができあがんだよ。」

 僕は道行く人に笑顔で手を振る。美男美女カップルが笑って手を振り返してくれる。この国に滞在することになるなら交流があるかもしれない。今から顔なじみになっていたほうがいいよね。

「それが――『モノ』ってもんだ」

「ドールは、相変わらずなんでも知ってるね」

「なんでもは知らねえ。俺が知ってるのは、『モノ』だけだ」

 前を走る車がゆっくりと右折をする。ドールも合わせて右にハンドルを切る。すると今度はお店ではなく家々が見えるようになった。久しぶりの暖かい日を狙ってだろうか、洗濯物を干している家が多い。すっかり真っ白になって、風に身を任せ揺れるそれらを見ていると、僕は自然とあの草原の草たちを思い出した。

「あの車、他では見ねえ車だ」

 ドールはあごで僕らの前を走る車を指し示す。

「確かに、そうだね」

「つまりは、この国オリジナルの車だ」

 先ほどと同じように、通りを歩く人たちがこちらに好奇心というか、不思議なものを見るときの目を向ける。若い女性や男性、たくさんの子ども達。僕は手を振るが、みんなきょとんとした顔のままだ。うん、まあ、それが普通だと思うけども。

「パーツはどっかから持ってきたかもしれんが、ほとんどは自分たちで開発したんじゃねえか。あれは外装だけじゃなくて構造自体も他とは違っているはずだぜ。」

「つまり、ドールはこう言いたいわけだ」

 僕は沿道の人からドールへと視線を移す。

「『車』を作り出すほどの文明がこの国にはある、と」

「そういうことだ」

 そんなような話をしていると、やがて前方の視界に大きな建造物が見えてきた。

「どうやらあれに向かっているみたいだね」

「落ち着かねえ建物だな あんなとこに王様がいんのか?」

 その建物はなかなかに凝った形をしていて、塔のように上へ上へと伸びているのだが、下から上へ背の低い円柱が段々に小さくなって重なっている。まるで大きなバームクーヘンの上に小さなバームクーヘンを順々に乗せていったような形である。真ん中に一本、左右斜め前に一本ずつその塔は建っていた。

「僕からもドールに一つ教えてあげるよ」

「ああ?」

「文明を栄えさせることができた国ってね、その栄光を証明できるものがほしいのさ」

 僕は段々近づいてくるそれにむかって人差し指を伸ばす。

「この場合はあれが、それ」

 ドールは気に入らなそうに鼻を鳴らし、そいつにむかって速度を上げた。


 摩天楼のようなその建物の内部は、真ん中が一番上まで吹き抜けになっていて、円の外側にいくつも部屋が並んでいる構造であった。まさに真ん中に穴の空いたあのバームクーヘンのうような形である。中は高級ホテルのような清潔感で、下には淡い赤の絨毯が敷かれていた。とりあえず僕らの旅衣は完全にこの建物の雰囲気に合っていなかった。

 兵士は僕らの前を先導するように歩く。階段の前まで着くと、兵士は横の壁に付いていたこの建物の地図と向かい合う。そして何かを探すように、三階の部屋の名前の文字を一つ一つ指でなぞっていく。地図には部屋の数の多さのせいか、細々とした文字がびっしりと書かれていて、近くまで目を寄せないとよく見えない。やがて兵士はお目当ての部屋を見つけると、また僕らの前に立って案内を始める。

 五分くらい階段を昇り続け、僕らはようやく王のいる部屋へと辿り着いた。ドールは軽く息が上がっていた。最近は一日中ジープの運転ばかりで運動不足だったからなあ。僕はちょっとドールに同情した。

 その部屋は決して広いとは言えないが、かなり整えられている空間だった。ソファが向い合せに置かれており、奥のソファには一人の男性が座っている。男性は僕らを見ると、すぐに立ち上がり溌剌とした声で呼びかける。

「ようこそ! よくぞ我が国へおいで下さいました!」

 この上なくご丁寧に整えられた黒い燕尾服。髪はオールバックで、黒くてかてかと光っている。淡い赤のネクタイについている金色のネクタイピンが、こちらに輝く視線を送っている。これがこの国の王様か。これほど栄えた文明社会を束ねている王様。しかし、

「旅人が来られるなど、どれほど時を遡ればいいのでしょうか! いやいや、大げさではなくこれはれっきとした事実なのですよ」

 ――若い。さっきの兵士よりも若いのではないだろうか。顔からは若木のような伸び伸びとした生気が感じられ、女性のような整った顔立ちをしている。威厳を感じられる、と言われるとはっきりは答えられないが、しかし本人は一国の王としての自覚をしっかりと持っているらしく、背筋を伸ばし、とても堂々としている。

「私としてもどう歓迎してよいのやら、いやはや迷っているとこであります。申し訳ないですが、至らぬ点がありましたらどうかおっしゃってください」

「あっ、いえお構いなく。僕たちのほうこそ突然やって来て申し訳ないです」

「そんなとんでもない……おい、早くお茶を出しなさい」 

 これもまた若くていらっしゃる女性が、はい、と返事して別の部屋へと消えていった。部屋の隅にはいつのまにか案内してくれた門番の兵士が直立不動で待機している。

 すごく丁寧な応対だ、と僕は感心しながら王様と僕たちの旅について会話を交わす。とりあえず歓迎ムードだから僕もドールも一安心というところだ。少し前に訪れた国では、開口一番あいさつの代わりに銃弾が飛んできたからね。因果応報とばかりにドールが重火器でお返事してたけど。一つの国を守るものとして理由があっての行動だったらしいのだけれど、僕らも僕らの命を守るための理由があるから仕方ない。それにしたってドールは喧嘩っ早いのだが。

 そのドールはというと、周りの堅苦しい空気に慣れていないのかしきりにそわそわしている。パイプを吹かしたそうにしているけれど、吸っていいもんかどう周りをちらちらと気にしている。ところ構わず紫煙をくゆらすドールでも、この雰囲気の中では吸えないらしい。

 しばらくの間、僕らの旅についての質問に答えると、今度は僕から王様に尋ねた。

「この国の歴史はどれくらいなのでしょうか」

「詳しくは記録が無いのですが……おそらく二百年くらいだと思います」

 ドールの肩がぴくっと動く。

「へえー。意外と長くは無いんですね……お聞きにくいですが、革命とかでしょうか?」

「はい? ああ、いえいえ! 一からの建国ですよ」

「そうなんですね。失礼な発言でした」

 とんでもない、と王様が笑いながら答える。


 その後、この国について紹介してほしいと尋ねると、それならば実際に観光しながらのほうがわかりやすいでしょうと、僕たちを車に乗せ王自身が案内してくれることになった。先ほどの兵士も同伴である。

 兵士の車より一回りも大きく、それでいてこれまた見たことも無い斬新なデザインの車に乗って僕らは街を回る。

「私たちの祖先は以前は全く別な土地に住んでいました。ここよりも厳しい寒さに晒される、それはそれは快適とは言えない土地だったようです」

 王様は語り始める。僕とドールはそれに耳を傾ける。この車の後部座席は二列になっていて、運転席側の座席は後ろを向いている。そこに王様が座っているので、自然と僕らと向きあう形になる。

「どうしてそこに国を建てたのかはわかりません。一説では遠くの戦争から逃れてたどり着いた土地であった、という話もあります。疫病が流行ったので昔の国を捨てて旅をしてたどり着いた、という説もあります。とにかく別な土地から移ってその土地に国を建てたようです」

 僕は頷きながらある一つの国を思い浮かべる。

「しかし、そこは樹木はおろか草すら生えることが難しい土地でした。」

「なんたってそんなところに国を建てたんだ?」

 それまで口を閉ざしていたドールが唐突に質問をする。

「わかりません。ですが、夏ならばまだ過ごせるような場所のようで、その季節に建国を始めたのではという見解はあります。それと……」

 そこで王様はいったん話を止める。

「実はこの文明はその祖先から受け継いできたものなのです」

「やっぱりな」

 ドールが納得したという様子で肩を揺らす。

「えっ? どういうこと?」

「おかしいと思わなかったのか? たった二百年でここまでの文明社会をつくりあげたことを」

 そういえば。ついさっきドールは言った。この車を作るのに必要なものはお金と『時間』だと。

「これほどの文明を一から作るには二百年じゃ足りねえ。何百年、いやひょっとしたら千年とかかるかもしれねえ。だが国王様は一から建国したと言った。だったら他からこの文明を持ってきたと考えるのが筋だ。といってもこの辺は快適に住むにはちったあ適していない。旅してきて分かっただろうが見た感じ周りには国が無い。しかも文明栄える大国はな。だったらこれらの文明は他国から学んだというより、元々この文明を保持していたと考えるのが筋だろうよ。」

 なるほど。 確かにこれほどの大国がこんな辺鄙な土地に国を構えているのは不思議な話だ。

「あなたのおっしゃる通りです。このような土地で、これほどまでに栄えることができたのは我々の先祖が歴々と積み上げてきた産物のおかげです。ただ以前の土地では住むので精一杯で、努力はしましたが、この文明をもう一度花開かせる程の余裕がなかったのです。しかも国民たちは永らく文明に頼り切っていたので、元の生活に戻れないことに対して大層不満を持ってしまいました。そこでその土地に着いてから数年と経たず、もう一度土地を変えることにしたのです。そして辿り着いたのがここだったというわけです」

 僕はすっかり感心して王様の話しを聞いていた。ドールも興味があるらしく、憮然とした態度ではあるが王様の方を向いて耳を傾けている。

「これらの文明の大半はもとから受け継がれたたものですが、もちろんここに来てから発展した産業や学術などもあります。特にこの土地と気候への順応という点に関しては、多くの人物が知恵を振り絞り、血の滲む努力のもと研究を続けました」

 王は目を細くして、あたりを行き交う人々を見ながら何かを思い出すように語る。国民にとってこの国王専用車両はなじみのあるものだろう。子どもたちは無邪気に車に向かって手を振り、大人たちは静かに頭を下げる。街中には若々しい活気が満ち溢れていた。

「よくここまで発展出来ましたね」

「ええ、実はそれにはもう一つわけがあるのです」

「わけ?」

「着いてから説明しましょう」

 そう言うと王様は再び窓の外の人々を見てやわらかくほほ笑んだ。そのまま絵画になりそうな綺麗な笑みだ。整った顔立ちが夏の力強い日差しを受けてより一層映えるものになっている。とりあえず女性の評価は高そうだなと僕は密かに思った。

 僕も合わせて窓の外を見る。子どもたちは楽しそうに駆け回り、中にはボールを蹴って遊んでいる子もいる。ある通りでは若い男女が楽しそうに会話をしながら歩いている。反対の通りのお店では十代くらいの女の子たちが何やら真剣な様子で話しあっている。

 ふと僕はそこでふとした違和感を覚えた。なんだろうと思って考えてみると、ある一つのことに気がついた。そういえばこの国に入ってからずっとそうだ。なんで今まで気付かなかったのだろうとすら思う。僕はその事実を誰にも言わず窓の外をゆっくりと見渡した。

「着きました」

 僕はその声に反応して前方へと目を移す。そこには大きな白い石碑がそびえたっていた。水色の空を突き刺さんとばかりに空へと伸びるそれは辺りの背の低い家々と対称的で、一際目を引くものだった。その石碑を中心にここ一帯は公園のようになっているらしく、車はその中の決められた場所に駐車した。

 車から降りて僕らはその石碑に向かって歩く。近くで見るとそれは十メートルくらいの高さで、横幅も一メートルはあるのでまるで行く手を阻む滑らかな崖のように見えた。中央には何やら文字が書かれているが、石碑が光を反射していてよく見えない。一番上には一際大きな文字で何やら名前のようなものが書かれている。

「宗教家、ドッチルレーン」

 横に立つ王様が言う。

「『過ちは大人たちの大いなる心にあれり。汝の子どもたちを愛せ。小さき心を育め。さすれば省みて光射さん』」

 暗記しているのだろうか、特に石碑を見るでもなくすらすらと言葉を紡いでいく。

「その宗教家の言葉ですか?」

「ええ、その通りです」

 王はそう言うと石碑に向かって深々と一礼し、静かに語り始める。

「祖先たちがいた国――この場合は一番最初に国を構えていた頃ですね――では産業も発展し、他国との交流もうまくいっていて、経済的にも軌道にのっていた時期が長く続いていた時代があったそうです。しかしその後何かしらの理由により国は衰退を始めました。それは決して自然発生的なものではなく、国を動かす大人たちのどうしようもな黒い心が原因としてあったそうです。国民達は上流階級にいいように扱われ、重税や強制的な重労働を課せられました。何度か革命を起こそうとした者はいたようですが、それも事前に発覚したり内部からの裏切りにあったりして全て水泡に帰したようです。その度に関係の無い大人たちはおろか、何の罪もない子どもたちも見せしめのように殺されました。下水道は真っ赤に染まり、大小様々な頭がころころと道の上を転がる様子はまさに地獄絵図だったようです」

 そこで王はい一旦言葉を止め、大きくため息をつくと、石碑にぴたっと手を当てた

「そこに彼、ドッチルレーンは現れました」

 王様は感謝するかのように目を閉じて石碑をゆっくりと撫でる。

「彼は汚れた大人たちの心に全ての元凶があるとし、子供たちの無邪気で清廉な心を見習うよう国民一人一人に説いて回りました。国は、そんな彼の活動に対して、別に民を集結させているわけでもなかったので静観していたようです。他に目を向けなければいけない状況だったいう可能性も示唆されています。とにかく彼の思想は人づてに伝えられ、爆発的に国中へと広まっていきました。そこで彼は言いました」

 王は石碑を見上げる。僕もつられてその雪のように白い大きな壁を見上げる。

「『ここにはすでに大人たちの邪気にまみれてしまっている。これをやり直すには一度国を壊さなければならない。しかしそれは困難を極める。しからば新天地を求めるが易し』と。これを聞いた民たちは一斉に立ちあがり、すぐに国を出る準備を始めました」

 なんだかとってもスケールの大きな話しだ。ドールはいつのまにやらパイプを出して一服している。そう言えばドールは『モノ』の話ならいつでもどこでも興味津々だけど、その他一切の難しい話は苦手だった。

「慌てたのは王や臣下達です。本来ならいつもの強硬的な姿勢で民を阻止するはずなのですが、国民ほぼ全てが対象ですし、国自体ももうどうにもならなくなっていた時期でもありました。彼らはあっさりと国を捨て、他国へと逃げたようです。その後の国民達はというと、ドッチルレーンに導かれここより前の土地で国を建て、そしてまた国を捨てここに移りこの国ができたというわけです。この石碑に彫られた言葉はこの地で彼が語ったものだそうです」

 王は今度はこちらの方を向いて話しはじめる。

「私の祖先である初代の王はドッチルレーンの推薦によって決まりました。当のドッチルレーンはというと、この国が建設されるのを見届けてから再び旅に戻ったようです。そして彼のことを、彼の言葉を、忘れないようにという思いからこの石碑を建てたというわけです。この国では彼のこの言葉を知らないものは一人もいませんよ」

 王は話し終えると満足そうに僕らに笑いかける。僕は軽くお辞儀をする。

「大変面白いお話ありがとうございます。澱みなくお話してくださったので理解に苦しむこともありませんでした」

「いやはやそうお褒めに預かれるとは光栄ですな」

「一つ質問があるのですが」

「ええ、どうぞ」

 王はほほ笑みを絶やすことなく僕の目を見る。


「この国に大人がほとんどいないのはどうしてですか」


 王は決してほほえみを崩さなかった。代わりにドールが目を丸くし、慌てたようにあたりをきょろきょろと見回す。

「そういや、そうだ。この国は大人つっても二十代くらいのやつしかいねえ……じじいやばばあなんて一人も見なかった。代わりかなんか知んねえけどやたら子どもばっかいやがる。なあ、これって――」

「ドッチルレーンの言葉のままに」

 王はドールを遮るように言葉を発する。

「何よりも子どものために、この思想はそのまま国の政治にも組み込まれています。」

 王は説明する。堂々と、この国のあるがままを。

 なんでもこの国では子どもを中心とした社会が形成されているらしい。子どもは「国の象徴」として最上位の法律でその社会的地位の高さが保証されている。まず何よりも子どもたちはとにかく自由。何をやっても罪に問われない。子どもが法律を犯した場合、裁判にかけれるのはその教育係となる。

 そう、『教育係』。

 この国では子どもの父親と母親は『教育係』としてその子供に対して全責任を負わなければならない。子どもが人を殺めてしまった場合、それは父親と母親のどちらかがやったものとして裁かれる。そのため教育機関を設けなくても、教養は親からしっかり学ばされるらしいし、しかもそれは親の義務として法律に明記されているとか。

 そしてこの国ならではの政策が「新成人投票制度」である。

「毎年決められた日に新成人、つまりその年度に二十歳を迎えるものは全員投票にかけられます」

 王は素晴らしいものを披露するかのように胸を大きく反らして僕らに説明する。

「投票権があるのは成人前の子ども達全員です。新成人の情報は顔写真のみ。それで投票させます。」

「顔写真だけ? 一体何を決める投票なんですか?」

「『教育係』になれるものとなれないもの」

「それって……」

 僕ははっとして思わず息を飲む。

「つまりは親になれるかどうかです」


 その後、僕たちは国の中でも三本の指に入ると噂の宿に泊まることになった。王様のご厚意で宿泊代はロハである。

「いたれりつくせりだな」

 ドールはふかふかのソファに座りながら、街で買ってきた果物をむしゃむしゃと――いや、ばくばくと口に放り込んでいる。商店街には多種多様な食糧がたくさんあったので、僕らは先の旅を見据えて大量に買い込んだ。

「それだけ旅人が珍しいんだろうね」

 僕はシャワーを浴びて濡れた髪をタオルでごしごしやりながらドールに話しかける。

 買い物がてら国中を一通り回ってきたが、確かに大人の倍以上に子どもたちが溢れていた。後で聞いた話だが、どうやら子育ては大いに奨励されている上に『仕事』なので、産んだ子どもの人数に応じてかなりの報奨金がもらえるらしい。

 街はいくつかの商店街と住宅街によって構成されていて、どの地域も賑やかだった。王自身も自慢するように言っていたことなのだが、なかなか裕福な国のようだ。

「しかし、『新成人投票制度』だっけか? ありゃ無茶苦茶で理不尽な政策だな」

「そうだね。でもここではそれが普通なんだろうね。何しろ二百年も続いているんだもの」

 ドールは今度は眩しいくらいの黄色い果物を手にする。皮が手で剥けないほど硬かったらしく、腰に差していたナイフを取り出し果物に突き刺す。僕は頭を拭き終わると、そのままタオルを頭に乗せたままドールの反対側のソファに勢いよく腰掛ける。

「それにしたって、はいそうですかと受け入れられる制度じゃねえと思うがな。立候補もしてねえのに勝手に投票されて区別されるのなんか俺はくそくらえだぜ。ここの国民はなんで不満をもたねえんだ」

「宗教家、ドッチルレーン」

 僕は王が言葉にした「彼」の名を思い返すように口にする。

「彼の言葉、思想は国民全員が知っている。というより知らされるんだろうね」

「……言葉に縛られてやがるってわけか」

 ドールは不快そうに眉をしかめる。僕はテーブルに置いてあった真っ赤な果物を取り、それを手の中で弄ぶ。そしてそのままソファの背もたれに頭を乗せ、天井を見ながら王との会話を思い出していた。


「投票で新成人は男性も女性も約半数に分けられます。投票で『当選』した半数は、そのままこの国で暮らすことになりますが、子どもを作ることが義務として課せられます。そして『当選』しなかった半数は他国へと出稼ぎに行くことになります。」

「他国?」

「ええ。とはいってもこの近くにはありませんからかなり遠出することになりますが。さて、『当選』した者達ですがもし子どもを五年以内に宿せなかった場合、こちらも出稼ぎになります。ただ男女比は等しくなるように当選するのでそのような者はめったにいませんが。何しろ子どもを作り、育てるというのは大人たちの立派な『仕事』なのですから。さてそして『当選』した者達も三十歳になると全員が出稼ぎに行くことになります。その際、今まで『教育係』として育てていた子どもは別な『教育係』に引き継がれることになります」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってください」

「はい、なんでしょう」

「途中で親が変わるということですか?」

「いえ、親は変わりません。『教育係』が変わるだけです」

 この時の毫も動じない王の表情はひどく印象的だった。ドールはこの時ずっと口が開きっぱなしだったし、僕も理解するのに大分苦労した。

「結局は無理に出稼ぎさせられるということになるようですが……しかも、子どもと引き離されるように……それで国民から不満はでないのですか?」

「はい? 何を言っているのですか?」

 王は、本当にわけがわからないという様子で首をかしげる。そして諭すように僕らにこう応えた。

「『大人』になって、『子ども』のために働くのは当然ではないですか?」


 僕らはあまりの堂々とした王の発言に何も言葉を返せなかった。この国では王の説明したこと全てが当り前のことなのだ。そこには微塵も疑う要素はない。それは一つの言葉で集約できてしまう。

 『汝の子どもたちを愛せ』

 それが最上位であり、帰結すべき到達点。春夏秋冬が巡るように二百年もの年月をかけて続けてきた歴史の途上点。特に宗教とは強力なものだ。しかもそれが苦悩の中に現れたものならば、人は容易にそれに助けを求める。

「ドッチルレーンって人はさ」

 僕は果物を手の中で転がし続ける。

「こんな国を理想として、あの言葉を残したのかな」

 ドールは考えるように腕を組む。

「仮にそうだったら俺は軽蔑するがね」

 ドールは先ほど食べた真っ黄色な果物がお気に召さなかったのか、途中で食うのを止めてテーブルの上にその食いかけを置いた。

「汚いなあ。僕はドールを軽蔑するよ」

「言ってろ」

 そう言うとドールは腰にさしたナイフを砥石で磨き始める。

「大体だ。そもそもこんな国がうまくやってけるの世の中も末だぜ。」

「うん、そうだね。そうなんだよ。うまくいくはずがないんだ。それどころか、うまくいってない点がたくさんありすぎるんだよ」

「――どういうことだ」

「ねえ、おかしいとは思わなかった? ここは草原地帯の中に忘れられたようにぽつんと置かれたとっても大きな国。一年中気温は低い上に土壌はやせているから農作物は育てづらい。なのに商店街にはやまほど食料がある。」

 ドールは気づいたようにテーブルの上に置かれた果物をじっと見る。

「周りには森林が無いのに、この寒さを乗り切るための燃料には困っていない。文明は栄えているのに、開発機関は街中に見当たらない。」

「そう言われれば、そうだ……なら、どうして――」

「他にもたくさんある。特に王の発言は、ね」

「なに? どういうことだ」

「まだ推測に過ぎないから言いたくない」

 ドールは包み隠すことなく不満を顔に表すが、僕は無視するように手の上で転がる果物を見続ける。

 ナイフを研ぎ終わったドールは、その切れ味を確認するかのように刃を指でなぞる。

「で、どうする? 待遇はいいがこんな不気味な国、俺は一刻も早く出てえよ。買うもんかったし明日にも出国できるけどよ」

「いや。もうちょっとこの国を探りたい。特に王が何を隠しているのか……それだけは追求したいかな」

「かー。ご苦労なこって。探るのはいいけど、それで国から目をつけられるのは勘弁だぜ」

 手で拳銃をかたどり、それをこめかみにあてがうドール。

「そしたらドールの出番だね」

「だからそれが嫌だっつってんだろ! 大体行く先々でいつも揉め事を起こすのはお前で、毎度毎度その後始末するのは俺なんだぞ! たまにはてめえで尻拭いしろや!」

「まあまあ、とりあえずそのナイフは下ろしてほしいかな」

 興奮したドールが僕に突き付けているナイフを指さして言う。やっぱりドールは怒りっぽいのが玉に傷だなあ。


 次の日、僕らは早めに起きて優雅で豪勢な朝食を取り(ドールにとっては野蛮で豪快な朝食だったけど)、街の中をぶらぶらと観光することにした。朝早くから商店街は軽い賑わいを見せていた。どのお店も店の看板には取り扱っている商品がわかるようなもの――例えば八百屋さんだったら大根や茄子――の絵が描かれていた。まるでおままごとの世界に迷い込んだようだった。

 やはり周りは子どもと若い人たちだけである。ドールはそれが見慣れないのか、眉間にしわをよせながら街行く人たちを観察している。いや、その顔すごい怖いからねドール。

 外から来たお客様である僕たちの噂は一日で国中に広まったらしく、道行く人々は珍しいものを見るときの目つきで僕らを見る。明らかに僕たちのことでひそひそ話をしている若い女性たちもいれば、積極的に話かけてくる人もいる。僕は愛想よく笑顔を振りまくのだが、ドールは睨みつけるような視線を飛ばしている。

「もっと優しい顔ができないかなあ、ドールは」

「なんだ、嫌味ですか、おぼっちゃま。どうせ俺は『好きな動物は』って聞かれたら『牛肉』って答える男ですよ、悪かったな」

 ……相変わらずひねくれかたが個性的すぎるなあ、ドールは。

 商店街のある大きな通りのはるか先には王様の住むあのバームクーヘンの塔が見えた。僕らが昨日訪れたのは王様がいた真ん中の塔だけだった。左右の塔には何があるんだろう。

 ドールは僕が見ているものに気付いたらしく、そちらに目を向けると軽く鼻を鳴らす。

「いつ見てもご立派な建物だこって。なんのためにあんなものおっ建てやがったんだ」

「国の中心で、無くてはならないもの――」

「……お前、なんか知ってんのか?」

「知ってはいない。ただ推測はしている」

「お前の推測は当たるからなあ。で、いつものように教えてくれないんだろ」

「うん、今はね。でもいづれちゃんと教えてあげるよ。この国を出るまでにはね」

 ドールは若干不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。というより僕の「推測」はいつもこんな感じだからある程度慣れているんだろう。最初の頃はしつこく聞いてきて、いつも無視していたからカンカンに怒っていたけれど。

 そうこうしながら歩き続けていたら、僕らはいつの間にか商店街を抜けてしまっていた。今度は反対側までいってみようかと考えていると。

「やあ、おはようございます、旅人さん」

 僕らの後ろから声がした。「旅人」は僕ら以外にあり得ないので後ろを振り返って、声の主を確認する。

「この国はどうですか?」

 にこにこと楽しそうな笑みを浮かべる二十代くらいの男性。手を繋いでいるのはどんぐりのような丸い目で僕らを(いやドールを)じっと見つめている小さな女の子。

「おはようございます。ええ、とっても賑やかな国だと思いますよ」

 僕もにこやかに笑いかける。ドールはというと手をポケットにつっこんだまま女の子の視線に真っ向から迎え撃っている。この高圧的な態度で睨みつけられて泣かないのが不思議だ。というよりドールは子ども相手になんで睨みつけているんだ。僕は男性にわからないようにドールのお尻を強めにはたく。

「それは嬉しいですね! もうある程度観光はしたんですか?」

「はい、おいしいものも頂きましたし、旅に必要な買い物もさせてもらいました。この国は必要なものがたくさんあるのでとっても嬉しいです」

「そうでしょう、そうでしょう。むしろたくさんありすぎて妻は買い物の度に何を買ったらいいかいつも悩んでしまうんですよ」

「確かにその気持ち、分かる気がしますね」

 気さくに話しかけてくれる人だ。輝くように光る太陽を背景に笑っている姿はとても凛々しく女性受けがよさそうだ。買い物帰りなのか、手さげには色とりどりな野菜が顔をのぞかせている。

「この国にはどのくらい滞在するおつもりなんですか」

「そうですね、いつでも次の旅に出れるような準備はしてあるので、あと二、三日ほど観光を楽しんだら出国するつもりです。」

「なるほど……あのー、良ければでいいんですが、私の家はここの近くにありまして、招待するのでゆっくり旅のお話なんか聞かせてもらたりしないでしょうか? ご存知かもしれませんが、この国に立ち寄る旅人なんてめったにいないので。外の世界がどうなっているのかというのは特に気になるのですよ。何しろここの国民は本でしか外の情報は得られないので」

「ええ、構いませんよ。僕もこの国についてぜひ現地の人にお話をうかがいたいと思っていたので。ねえ、ドールいいでしょ?」

「俺も別に構わないぜ」

「おお! ありがとうございます! 外の話が聞けるぞ、よかったな、リリィ」

 男性は自分の娘に話しかけるが、女の子はわからないという風に男性の顔をじっと見て小首をかしげている。それを見て男性が女の子の頭を優しく撫でると、女の子は咲いたようにぱあっと口を大きく広げて笑う。僕はそれを見てにこにこと笑っていたが、ドールだけはこの幸せそうな家族を見て憐みの表情を作っていた。


 男性は名前をオウレンと言った。彼の家は商店街から五分ほど歩いたところにあり、綺麗なお庭がある大きなお家だった。家の前の塀には表札は無く、代わりに何かの花をかたどった模様が刻まれていた。

 僕らは暖かい暖炉のある部屋に通され、そこでお昼ご飯としてオウレンさんの奥さんの手料理を頂いた。僕もドールもこの国ならではの家庭料理に大いに舌鼓を打った。リリィという女の子はいつもより賑やかな食事に興奮した様子で、楽しそうにフォークを振り回したり机を叩いたりしていた。その度にお母さんに怒られる光景が、典型的な幸せな家族風景という感じで、とても微笑ましい気持ちになった。ドールはもちろんそんなことは意に介せず、ただ目の前の料理を胃袋に収めることに奔走していた。

「お味のほどはいかかがだったでしょうか」

 一通り食事が終わると、オウレンさんが僕らに尋ねる。

「とってもおいしかったです」

 その通り、と言うように髭を揺らして大きく首を縦に振るドール。どの料理も濃いめの味付けで、普段の旅の料理を調味料でごまかしている僕らにとっては馴染みのある味だった。奥さんも暴れ馬のような勢いで料理をかき込む僕らを見て嬉しそうに微笑んでいた。

 その奥さんがキッチンから出てくると、お茶をどうぞ、と黄色みがかった飲み物を入れたカップを僕らの前に置いてくれた。酸味のある果物のいい匂いが僕らの鼻孔を突く。

「これはこの国ではどの家庭でもよく飲まれているお茶なんですよ」

「へぇー。とってもいい香りですね」

「はい。あの果物を使っています」

 オウレンさんの指さした方向には、窓際で太陽の光を一身に浴びてより一層明るい色を輝かせる黄色い果物が置いてあった。というより、あれって昨日ドールが食べ半端で残したやつだ。

「あの果物の酸味と香りがお茶にすごく合うんですよ。料理の調味料としてもよく使いますね。あとは目が覚めるような色を好んで観賞用としても用いられます。ただ酸味が強すぎるので直接いただく人はめったにいないんですが」

 僕は素早くドールを見つめる。ドールは誤魔化すようにカップに口をつけお茶をすすっている。

 僕らはしばらくの間、お茶を堪能しつつ旅の話をオウレンさんに聞かせてあげた。

それは僕らが辿ってきた旅の物語。緑豊かな自然と静かに共生する部族との邂逅。忘れさられたように廃れてしまった国の残骸で出会った一人の老人の話。ささいな勘違いから長い間冷戦状態が続いている二つの国。国民を減らすために殺し合いをさせる国でそれに巻き込まれてしまった時のドールの活躍。国民全員で途方もない一つの夢に向かって研鑽を重ねている国。星降る夜に出会った重い過去を背負った旅人の話。悲しみにまみれた一人の少女を殺めた時の話。

 胸躍るような美しい光景が自然と思い浮かぶような話もあれば、暗く重い塊を飲み込んだような気分になる話もあった。それは紛れもなく僕とドールが歩んだ旅路の軌跡であり、一つとして忘れることのできない思い出の欠片だった。

 オウレンさんとその奥さんは、僕らの話を聞きながらめまぐるしく表情を変化させていた。僕が話を終えると、二人とも肩の力が抜けたように大きく息を吐く。ほとんど休みなく一気に話をしたので、テーブルの上の少しだけ残ったお茶はすっかり冷めてしまっていた。

「なんというか……本当にありのままの世界を知れたような気がします」

 オウレンさんは一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

「どのくらい前からこのような旅をしているのですか?」

「さあ……もう旅を始めてから何年も経っていますし、いろんな場所を回っているので時間の感覚がずれてしまってるんですよ。おそらく五年以上は経っていると思うんですが」

「なるほど……失礼ですが若く見えますが年齢はおいくつですか」

「さあ、それこそ忘れました」

 僕はにっこりとほほ笑むと冷たくなったお茶を口につける。すると奥さんが突然気づいたようにキッチンの奥へと消えていき、しばらく経ってティーポットを片手に戻ってきた。そして僕らのカップに新しいお茶を注いでくれる。僕はお礼を言うと、温かいその黄色い飲み物を口へと運ぶ。口の中に酸味と独特の香りがいっぱいに広がっていく。おいしいだけじゃなくて心地よい気分になる飲み物だ。僕はカップをテーブルに置き、

「僕からも少しお話を伺ってもいいでしょうか」

 オウレンさんの方を向いて尋ねる。

「ええ、もちろん」

 オウレンさんは笑顔で答える。

「実は旅先でこんな本を手に入れたんですが、この国の教えを導いたドッチルレーンさんの思想ととてもよく似ているんですよ。もしかしたら本人ではないかと思うんですが、ちょっと見てもらえませんか」

 僕は懐から表紙がボロボロの本を取りだすと、オウレンさんの方へ差し出す。オウレンさんは慎重にその本を手に取り中身を無言でパラパラと確認すると、

「……うーん、正直、私にはなんとも。確かに子どもたちを尊重するような姿勢の言葉が多く見られますが……これがドッチルレーン本人かどうかは量りかねますね」

 眉間にしわを寄せて困ったような表情を浮かべる。

「ドッチルレーンの言葉が書かれた石碑はご覧になられましたか」

 本を確認しながら不意に僕らに問いかける。

「ええ、見ました」

「確かにこの国の国民はドッチルレーンの思想に従い、子どもたちを尊重する姿勢をまず最初に教え込まれます」

 そう言いながら彼の膝の上で寝てしまった女の子の頭をそっと撫でる。

「しかし誰もが本人に会ったことはありませんし、今現在残っている彼の言葉はあの石碑に刻まれているものだけなんですよ」

「えっ、そうなんですか」

 オウレンさんは頷くと本をこちらに返す。僕はそれを懐に戻すと再び問いかける。

「おかしいとは思わないんですか」

「何がでしょうか?」

「この国の制度……そうですね、例えば『新成人投票制度』とか」

「さあ、おかしいのでしょうか。何しろ僕らにとってはこの国しか知りませんからね。確かにあなた達から見ればとても珍しい政策かもしれませんが、僕らにとっては先祖代々受け継がれている当たり前の『儀式』なんですよ」

 沈黙がこの空間を支配する。先ほどまでの輝くような雰囲気が嘘のようだ。鼻を突く刺激的な匂いがやたらと気になる。外からはもう赤みがかった光が室内になだれ込んできている。

「子どもと離れるのは嫌じゃねえのか」

 意外にも、この沈黙の殻を破ったのはドールだった。ゴーグル越しではっきりとは分からないが、厳しい視線をオウレンさんに送っている。

「――子どもためと考えれば耐えられのではないでしょうか」

 赤と黄色が交ざった光を受けながら、オウレンさんは、はっきりと微笑んだ。


「頭がイっちまってやがる」

 ドールは大きく肩を揺らしながら僕の少し前を歩く。

 あの後、僕は旅の記念に、ということでオウレンさんの家族と一緒に一枚の写真を撮った。そこには確かに幸せそうな家族が写っていた。その後に僕らはオウレンさんの家を出た。お見送りの時に小さな手で僕らに手を振る女の子の幸せそうな笑顔が夕陽に映えていてとても印象的だった。

「ドールはさ」

 僕は前を行くドールの背中に向けて問いかける。

「一体、誰のために怒っているのかな」

「知るか。それに誰のためとかじゃねえ。俺はただこの国自体が気に入らねえんだよ」

 認められねえんだよ、と小さく付け加える。

 ずんずんと、ひたすらに足を前へと運んでいく。


「嘘でしょ」

 

 僕はそんなドールの背中に渇いた声をぶつける。

 ドールはピタリと歩くのを止めた。そして僕のほうに静かな冷たさを湛えながら振り返る。その表情は鉄のように固く、この国に来てから一番の険しさを見せていた。

「本当は、ただ子どものためだけに怒っているんだ。ねえ、そうでしょう?」

 ドールが言葉も無く僕に一歩詰めよる。僕を見下ろす表情はとても暗い。でも僕は止めない。止めずに言葉を雨のように浴びせ続ける。

「理不尽を強いなければいけない大人のために怒ってるんじゃない。理不尽に強いられる子どものために怒ってるんだ。対抗する思想を持てない大人のために怒ってるんじゃない。対抗する権利のない子どものために怒ってるんだ。おもちゃと甘いお菓子だけ与えられて、人間として得られるべき全ての権利を剥奪された子どものために怒ってるんだ。」

 僕は一字一句震えることなくはっきりと口にする。

「そうだろ? 『|子どものためだけの英雄ドッチルレーン』」

 胸倉を一気に掴まれる。そのまま引き上げられるように僕の顔がドールの顔の前まで持っていかれる。そこには僕を殺すことも辞さないような突き刺す視線があった。怖いくらいに強い、激情を抑えようともしない視線。

「その名前は二度と口にす――」

「いい加減自分の優しさと向き合えよ」

 ドールは僕の一言で固まる。

「『過去の過ち』を言い訳にするかい? 傷つけて、傷ついたから。だからできない。だからしない。それはきっと楽だろうね。これから先どんなに傷ついた子どもを見ても、それだけを頼りに見て見ぬ振りができるんだ。」

「お前に何が分かる!」

 霹靂のような怒号が辺りを一斉に震わせる。そしてまた沈黙が訪れる。

 僕は決して視線を外すまいと、ドールと真っ向から対立する。二人の間を縫うように一陣の渇いた風が吹き抜ける。ドールも僕も、決して力を抜くことはない。周りの景色はすでに僕らの視界の端で一色に溶け込んでいる。相手だけが形を持って存在している。それほどまでに張りつめた空気。

 そうやってしばらく睨みあっていると、やがてドールは乱暴に僕を突き飛ばした。僕はなんとか転ばずに体勢を維持し、乱れた服装を整える。

「お前はどうなんだ」

 ドールが僕の方へと背を向けたまま問いかける。

「お前は何も感じないのか」

 吐き捨てるように言葉をぶつけてくる。

「感じないね」

 ――僕は今どんな表情をしているのだろう。この国を通り過ぎる風と同じように無気力に渇いた顔をしているのだろうか。

「感じないさ」

 現に僕の心はきっとすでに錆びついているのだ。動かそうにも、もう動かし方なんて忘れてしまっている。でも僕だって理解しているんだ。錆びつかせたのは他でもない、この僕自身だということを。

「お前こそ向き合ってねえだろ」

 その通りだ。

「お前はいつも考えない振りをする」

 その通りだ。

「そしてそれを必ず肯定する」

 その通りだ。

「世界を語る癖に、世界から取り残されていると思い込んでいる」

 その通りだ。

「夢を語る癖に、夢を追おうともしない」

 その通りだ。その通りなんだ――でも、

「それが今の僕だ」

 悪びれることなく。遠慮することなく。臆することなく。恥じるでもなく。悔むでもなく。嘲るでもなく。

 僕は正面から肯定した。

 ドールはこちらを振り返って僕をじっと見る。僕は柔らかな視線でそれに応えながら、ただ僕だけを語る。

「向き合わないし、考えないし、肯定するし、思い込むし、追おうともしない。それが今の僕にとっての完全なる模範解答だ。残念だけど今のこの『僕』は誰にも変えられない」

「それこそ思い込みだるう」

「その通りだ。ねえドール、僕にとってはね、何でもかんでも正解なんだ。悪いことも善いことも綺麗なことも汚いことも。僕は全部一緒くたにそれを正解だと断定するよ。それってとっても楽だけど、それってとっても悲しいことなんだ。だって不正解ならそれを正せるけど、正解なら正すことができない。変えることができない。僕にはそもそも変わる部分なんて最初から微塵も存在していないんだ。僕にとっては最初から全て完全で、それを認めることしかできない」

「……」

「でも本当は僕だってそのことがすでに完全なことではないと分かっているんだ。僕が究極的に不完全な完全体だということ。それはとうの昔に認めていることだ。でも僕はそれすらも正解だと肯定するしかないんだ。それが僕。かつて世界で一番完全であった国のおぼっちゃまさ」

 僕は微笑む。ああ、この笑みが自嘲であったらどんなに良かっただろう。


「でもお前は旅をした」

 

 今度は僕が固まる番だった。

「そうだろう? ずっと何もかもが正解の中にあったあの国で、死ぬまで王として君臨できたお前が、全てを捨ててこの旅を選んだ。それは最初にして最高のお前自身への抵抗だったんじゃないのか」

「――その通りだ」

 僕ははっきりと肯定する。

「僕は知りたい。僕がこの世界の中でこうなったのか。それともこの世界が僕をこうさせたのか。どっちでもどうせ僕は肯定するのだろうだけれど、でも僕はせめてそれだけは知りたかった」

「それだけで変わることをお前自身が望んでいるという証拠になりはしないのか。意固地になっているのは俺だけではなく、お前もだろう」

「さあ、どうだろう。ていうかドール、意固地になってたの認めるんだね」

「……」

 ドールは何も言わず僕から目を逸らす。

「まあ、どっちでもいいけど。ただ旅を始める時に言ったように、僕は他の世界に干渉するつもりはないし、僕と旅をする以上ドールにもそれを守ってもらうからね。どうしても何かしたいのなら正式に僕との旅を終わりにしてね」

「……分かってるよ。本当にお前は何もしようとしないんだな」

「そうだね。何かをしたくなることも無いしね。仮に僕が止まらない破壊衝動に駆られるという幸せなことが起こったとしたら、その国は壊滅してしまうよ。何しろ肯定しかない僕には殺人にも破壊にも何の背徳感も無いのだから。これはとっても恐ろしいことだよ。手加減も躊躇も無いっていうのは、それだけで想像し難い力を発揮することが出来るのだから」

 僕は一度止めた足をもう一度前へと進める。ドールは止まったまま僕から視線を外さない。

「それと、もっと残念なことに僕は国一つ壊せる程の技術は持ち合わせてしまっているんだ」

 ドールの脇を通り過ぎる瞬間に、僕は付け加えるように言う。

「家庭の事情でね」


 例えば人を殺した人。彼は彼自身が原因でその罪を犯したのだろうか。彼自身ではなく、世界がそうさせたのだとしたらどうだろう。人を殺すことが正義である国があるとしたらどうだろう。殺人をするのが正義の世界と、殺人をしないのが正義の世界。同じ殺人でもそこには背反する倫理観が存在している。そしてその正義を無類に信頼して人を殺すのだとしたら。世界を信じて人を殺すのだとしたら。それは彼自身のせいなのだろうか。世界に抗わなかった彼は悪として断罪すべきなのだろうか。

 例えば菜食主義者。自らの意思で肉食を捨て去った人と、法律や宗教によって肉食を禁じられている人。彼らにとって肉食とは共に忌むべきものであるが、そこには確かに個人の意思と世界の意思が存在している。ましてや後者にとって菜食主義を破ることはその世界からの離脱を示すことになる。世界によって縛られる主義や主張。

 この世界を一つと考えるならば、僕らはきっと世界の意思によって動かされていることになるだろう。だって僕らはこの世界から出ることができない。一生、いや死んだとしても僕らはこの世界の住民だ。そして住民はそこに住む以上規律を守らなければいけない。それが世界の意思。何者も決して抗えない。それは例えば「死」だったりするのだろう。もしも世界の意思――世俗的な言い方で言えば「運命」――に抗えるのだとしても、辿る道筋が違うだけで結局は同じ結末へと線路は続いているのだとしたら。僕らが世界から脱せない限り、僕らは世界の意思に縛られたままだ。僕らは一人で動けるパペット人形のようなものだ。普段は好き勝手動いてもいいけど、ある時、ある場所に辿り着いた瞬間、世界に紐を握られてしまう。

 だが、もしも僕らは僕らだけのただ一つの世界を持っているのだとしたら。他人の世界から干渉されることはあるが、あくまで独立した世界として一人一人に存在しているのならば。

 誰しもが一度は思ったことがあるだろうこと、自分以外のものは果たして自分のように意思があって動いているのだろうか。草木も動物も人間も、全部自分の世界という劇場で劇を演じる登場人物に思えてしまう感覚。僕の世界だけしか存在していない孤独感。もちろんそれは単なる自己本位な妄想に過ぎないのだけれど、でも不思議と現実のように思えてしまう。

 たったひとつの自分の世界。全てが自分の選択で世界が動くのならば。殺人も肉食も全て僕自身が起因だ。

 一体、世界はどっちなんだ。全体なのか個人なのか。

 僕が僕のようになってしまったのは、一体誰のせいだ。


 ハッとして目を覚ます。

 ここは――そうだ、昨日も泊まった宿だ。

 下着が汗で張りついていて気持ち悪い。温かい毛布ではあるけれども、ここまで汗を掻くとは。よほど悪い夢でも見たかのようだ。なんて、自分の話なのだけれど。僕は苦笑しながらベッドから出る。

 隣を見ると、ドールの姿は無かった。もう起きているのだろうかと思い辺りを見回すと、ドールは窓際で椅子に座りながら銃火器類の手入れをしていた。

「起きたか」

 ドールは手を動かしながら僕に聞いてくる。心なしかその声は少し固い。

「うん、おはよう。ドール。」

 僕は普段と変わらない挨拶をドールに贈る。

 ドールはふん、と軽く鼻を鳴らすと、

「うなされでもしたか」

 投げやりに言葉を発する。

「あれー? 僕何か寝言とか言ってた」

「そういうわけじゃあねえがな、なんとなく顔がきつそうだった」

「ちょっと昔の夢をね」

 僕は苦笑しながら大きく伸びをする。

 ドールは一度火器を床に置き、カーテンを勢いよく開けた。

「今日もいい天気だね。相変わらず冷えるけど」

 朝の陽光が、窓についた水滴に反射してきらきらと光る。室内でも吐く息は白い。僕は手を擦り合わせながら暖炉に火をつけるべく、大きなテーブルの下に置かれた薪を手に取る。

「火も着けずに作業してたのかい?」

「昨日こいつらの手入れがおっつかなかったんだよ。薪をくべる暇もねえ。」

 昨日ドールはあの後宿に着くや否や、ふてくされたようにベットに潜り込んで一言も発しなかった。そのまま夕食を忘れて寝続けていたのだから珍しいことである。ふとテーブルに目をやると昨日買った食料の一部が食い散らかされていた。よほどお腹が減っていたのだろう。あの食いかけの黄色い果物はそのままだったけど。

「準備は出来てる。朝飯食ったらすぐ出るぞ」

 そう言ってガコン! と最後の火器の手入れを終えると、象のような足音を響かせながら部屋から出ていく。

 声にはもう固さは残っていなかった。


 相変わらずのように街は静かな賑わいを見せていた。それはまるでゆったりとした音楽を聞いているかのようだった。

 そこに無機質な音をたてるジープが乱入する。二日も経ったので、彼らの中で僕らは珍しいものでは無くなったらしい。一瞥をくれることこそはすれ、もう指を指したり話題の種になることはほとんど無くなった。すっかりこの国に馴染んだ僕らはなんの気兼ねも無くジープを走らせる。

 走行中は二人とも終始無言だった。それは別に昨日のことが尾を引いているわけではない。ただ何となく、僕らは異国で過ごす最後の日はこんな感じになる。国にサヨナラを告げる名残惜しさかそれともこれからのことを想像しての緊張か。どちらにしろ僕らはきっと楽しそうな顔はしていない。まあ、僕に関してはそう自覚しているだけで、実際は笑いたくなくても笑っているのだろうけれど。

 しばらく走ってからジープがその足を止める。ドールは無言を貫いて席から降り、後部座席に置かれた一番大きい銃火器を取りだす。僕は両手を頭の後ろに回してくつろぐように座り直す。

「ねえ、ドール」

 ドールはすでに大きな鉄の塊を肩に乗せていた。そのままの姿勢で頭だけ僕のほうを向く。

「僕らは互いに異なる疑問を持っていて、互いに異なる答えを探している」

 僕はドールのほうは見ずに、ただ前だけを見て話す。

「でも、その答えを導く手順はきっと一緒だ」

 内容は違えども同じ「世界」という相手と向かい合う二人。目も眩むような大きさの相手に真っ向から敵対する二人。

「だから、壊そう。二人で壊し尽くそう」

 ドールはそれを聞くと再び前へと向き直り、そして構える。


「ああ」

 それが引き金だった。


 僕らは再びジープを走らせる。街中に流れていた静かな活気は、今や耳に障るほどのガヤガヤとした喧騒に変わっていた。僕らを見ていた好奇の眼はもうそこには無い。あるのは明確な怯えとはっきりと表に出ない隠れた怒り。僕らは知らぬ顔で走り続ける。

 やがて僕らは例の、お菓子をいくつも積み上げたような建物の前にやってきた。そしてジープをそこに停めると、あっというまに複数の兵士に取り囲まれた。その手にあるのは古代武器の槍なんかじゃない。その手の専門家だから分かる。あれは高い殺傷能力を待つ、ハンドガンだ。ただし着用している装備はあくまで灰色の鎧なので、時代があべこべでおかしな感じがする。ただ、どの兵士も眼だけは鋭い氷のようだった。

「なんだ、やっぱり持ってるじゃねえか」

 ドールが嘲笑うように言う。

そう、僕らは彼がハンドガンを持っていることを既に推測していた。入国するあの時城壁の上に無造作に置かれた槍。あれは邪魔だから置かれていたのではない。使わないから置かれていたのだ。車を作れるほどの文明が、槍などという廃れた武器にいつまでも頼るはずがない。

「さしずめ槍は門番としての象徴ってとこか、俺達にこの国の武器はこいつだという印象を植えつけるためか。なあ、お前さんよ」

 ドールがそう言って話しかけた兵士は、あの時僕らをここまで案内した門番だった。もちろん手には黒く冷たいハンドガン。

「お前が俺たちの武器を見たときの反応、あれは良くなかった。いくら平和ボケしてるとは言え一国の門番ともあろう兵士が未知の兵器を見てあそこまで冷静にいられるのはおかしい。どうして動揺しなかったか。ふん、簡単な話だ。見慣れているからだよ。そうだろう?」

 兵士は何も言わず灰色の視線をドールに浴びせ続けるだけである。

「僕らを王のもとまで案内してくれますね」

 僕はその門番の兵士に話しかける。兵士はハンドガンを下ろすと、

「ついてこい」

 以前の声とは全く違うトーンで僕らに言葉を投げかける。

 僕らは複数の兵士にハンドガンを突き付けられたまま門番の兵士の後をついていった。


「やってくれましたね」

 王はそう言って苦笑する。てっきり怒鳴り散らされるのかと思っていたから拍子抜けてしまった。

「派手に暴れてくれたおかげで街中にその轟音が伝わりましたよ。おかげで国中大混乱。まさか、まさか、」

 王はそこまで言うと笑いが収まらないという様子で片手で机に手をつき、片手で顔面を覆う。


「ドッチルレーンの石碑をぶっ壊してくれようとは!」


 はははははは! と大きな声を上げて笑う王。その様子を心配するような表情で見守る側近達。僕らは何も言わず、何も反応せず、ただその様子を観察する。

 乱れた呼吸を整えた王は、そのまま同じく乱れた服装を整え、そしてまた笑顔で僕らに向き直る。それは怒りに代わる笑みではない。純粋に、面白がっている。そしてそのことが僕を少し動揺させた。

「さて、国から逃げずにここに来たということは、説明してくれるのでしょうなあ、この事の顛末を」

「ええ、もちろん」

 僕は姿勢を少しも崩すことなく、しゃんと背を伸ばし王と向き合う。

「さて、まずは非礼を詫びなければいけませんね」

「非礼ですと!」

 王は大きな声でそう言うと、再び顔を上げて高らかに笑う。

「はははは! 国民の象徴であるあの石碑を、この国にとってどれほど重要であるかを知ってなお壊したというのに! 国の中心を破壊したというのに!」

 王は僕らのほうに勢いよく顔を向ける。

「それを非礼という言葉で片付けるか!」

 王の怒鳴り声が部屋中に反響する。王は初めて怒りを僕らに向けて剥き出しにした。その目は爛々と赤く燃えている。でも有り難い。怒りを向けられているほうが僕にとってはやりやすい。僕は一瞬乱れた心の電源を切る。

「ええ、そうです。僕らが謝るのはただ事前に破壊を告知しなかったという非礼だけです」

「ほう! 破壊という行動自体に非はないと申されるか」

「いえ、非はあります。ただそれを詫びるつもりは一切ありません」

 僕は感情の無い笑みを浮かべ、ポケットから一枚のお札のような小さな紙を取りだす。

「これは東の国の文化でしてね、自己紹介のときにはこういう風に自分の情報が書かれた紙を相手に渡すんですよ」

 王は僕が差し出したその紙を半ば乱暴に受け取り、

「『国崩し請負人』……?」

 怪訝そうにそこに書かれた文字を読む。

「ええ、それが僕とドールのお仕事なんですよ」

 王は睨むような顔で僕を見る。そこには怒りと一緒に困惑の色が見えた。

「なあに、簡単なお仕事ですよ。僕らは依頼人から国を壊してほしいという依頼を受け、そして莫大な報酬を貰いそれを実行する」

「国を壊す、だと」

「はい、といっても僕らは殺し屋でもなければ盗賊でも山賊でもない。僕らが壊すのはその国の象徴、ただそれだけです」

「……」

 王は信じられないものを見るかのように大きく眼を見開いて僕の話を聞いている。ちょうど、僕らが王からあの石碑の前で話を聞いた時みたいに。

「要は軽い八つ当たりみたいなもんだ」

 ドールが唐突に横から口を出す

「一個の国を壊しつくすとなると、これはとんだ大仕事だ。仮に破壊を無事終えたとしても、その後が面倒くせえ。枚挙に遑がない程の奴らから恨みを買うだろうし、下手すりゃ他国をも敵に回しかねん。いくら金を積まれても割りに合う仕事じゃあねえ。そんなにやりたきゃお前がやれよって話だ。だが一個の国を敵に回す力なんざ庶民が持ち合わせてる訳がねえわな。だがどうしても国が許せねえ。このまま何もできないことを嘆き続けることなんてできねえ。俺らはそんな奴らから依頼を受ける。そのやり場の無い気持ちを少しでも俺たちが晴らしてやろうか、ってな」

 王は今度は口が開く番だった。王だけでなく周りの側近、兵士までもがあっけにとられている。それは僕らの話が突拍子もないだけでなく、立ち振る舞いがあまりにも堂々としているからだろう。

「理不尽だ、あまりにも、そんなこと許されるわけが――」

「構いませんよ」

 僕は、肯定する。

「構いません、許さなくとも激高しようとも報復しようとも。僕らは僕らを貫くだけです。それに僕らは仕事を選ぶんですよ。それはもう暴力的に自分勝手な判断でね。好きか嫌いか、気に入るか気に入らないか、たったそれだけを材料に僕らは判断するんです。。大衆の常識など。穢れ無い倫理観など。僕らはことごとく無視します。依頼された対象が気に入らなければ破壊するし、気が乗らなければ破壊しない。仕事でありながらその有様は趣味そのものなんですよ。まあ、僕とドールの意見が食い違ったら実行には移さないという協定を結んではいますがね」

 予め用意された文章を読み上げるように。事実を事実のまま伝えるように。僕は流れるように言葉をたたきつける。

 僕とドール以外の人は驚きと困惑をとうに超えてしまっていて、恐怖すら感じ始めているようだった。僕らにとっては見慣れた光景の一つなのだけれど。みんな絶句し、対抗心すら失っているようだった。

 だが王だけは違った。

「気に入らない、ですと? あなた方は依頼に基づいて石碑の破壊を行った。つまりこの国が気に入らなかった、そういうことになるわけですよね?」

 それは王としての意地か。理不尽に対して脅えるでも無く、理解できないものに困惑するでもなく、真っ向から僕らと対峙する。冷静さを取り戻しつつあるのか、口調が元に戻っている。

「そうなりますね」

「ならばお聞かせ願いましょうか。お気に召さなかったこの国の有り様を、自己本位な判断を下したそのきっかけを」

 王は今日のことがよほど衝撃的だったのか、やつれたようにふらふらと自分の席に座る。

「ええ、ではお話しましょう。その前に座ってもいいでしょうか」

 王は勝手にしろと言わんばかりに手をひらひらと振る。僕とドールは遠慮することなく王の反対側にあるソファに座る。兵士たちは油断することなく僕らの周りに立って見張る。僕らは彼らをちらっと見てから話し始める。

「この国は二十歳になると選挙がかけられます。当人の意思に関わらず強制的に。それによって子を宿すという動物全てに課せられた本職を無残にも選別するのです。一方子ども達はろくな教育も受けずとことん甘やかされるだけの生活。ましてや国によって途中で親を変えられてしまう。自由なように見えて自由ではない。国が制度という縄で国民をがんじがらめに縛っている」

 僕は一旦言葉を切る。


「でもそんなことはどうだっていい」


 僕の言葉に、王が息を飲む。

「そんな制度を作るのは国の自由です。そのせいで国民が苦しんだとしても国の政策なんだから仕方ありません。僕はそう思います」

 ドールは違ったけれど。

「僕はね、嘘をついている部分が気に入らないんですよ、王様」

 ピシッとっした音が部屋に響いたような気がした。この瞬間、この空間は緊張に支配された。今にも割れそうな風船がこの部屋を覆う。

「嘘、とはどういうことでしょうか」

「王様、確かこの国の大人は選挙に受からずとも受かろうとも、いづれは出稼ぎにこの国を出るということでしたよね?」

「ええ、そうです」

「なぜ、出稼ぎでなければいけないんでしょうか?」

 王は視線を外さない。その顔からは動揺は読みとれない。王は言葉を選ぶように答える。

「あなた方も国を見て回ったのですから分かると思いますが、この辺は気候も厳しく水資源も乏しい土地です。それゆえに農作地や工場を設けることが難しい。だから大人たちには他国にて仕事に身をやつし、そして他国の物資をこの国に税として献上することが課せられます。この国はそれらの物資で全て賄っているのです。それはあなた方から見れば大層理不尽で辛い仕打ちかもしれませんが、みな全て子ども達のためと思い耐えているのです」

「それが一つ目の嘘」

 今度こそ、王はわずかに揺れる。

「それが正しければこの国から他国に毎年移民が流れていくことになります。この周辺に他の国はほとんど無いので、身を寄せる地は自然と限られるはずです。あなたの言葉通りに他国で出稼ぎしているのならば、その他国は毎年流れてくる移民を受け入れているということになるわけです。しかしこれは到底無理な話でしょう。移民を全て受けれているならば、数十年も経つと人口はあっという間に膨れ上がってしまいます。しかもその国の食料やその他の物資はこの国に横流しされる。とても他国が受け入れるとは思いません」

 みな一言も発せず僕の話を聞く。ドールはいつ何時何かが起こってもいいように全身に殺気を纏っている。

 僕は続ける。

「それに他国に移り住むということは自然とその国の税を払うということになるでしょう。二つの国の税を担うなどいくら子どものためと頑張ったとしても負いきれるものではありません」

「ですが」

 今度は王が反論する

「確かにあなたの言うように聞いただけではとても現実的ではないかもしれませんが、それでもこの国はこうして長い歴史を紡いでこれたのです。今のこの国の存在こそが、この制度で循環してきたことの証明にはなりませんか?」

「この先は仮想の話です」

 僕は一度呼吸を整える。

「もし、この国の物資を賄うためだけに作られた国があったとしたら。自己の利益などかなぐり捨てて、ただこの国のためだけに使役する国があったとしたら」

 一瞬にして空間が色を変える。王だけでない、僕とドール以外の人間の動揺が目に見えて分かった。王はいつもの口調を維持しながら答える。

「面白い話ですね……ただそれこそ現実的ではない気がします。移民を受け入れる国よりも都合のいい国が存在するはずは――」

「この国を建造する前に建てた国がありましたね?」

 王は顔の前で手を組んでおり、その表情は読みとれない。その代わり肩が少し揺れる。僕はそれを見てさらに続ける。

「もしその国が最初からこの国のために建てられた国だとしたら、そしてそこから物資を賄っているのだとしたら。しかもその労働力はこの国から毎年調達できる。それも子どものためという理想を掲げればどんな重労働にも従事する敬虔な労働力です。それならば、そんな国を建造していたのならば、僕もこの国が永らく繁栄できた理由も分かる気がするんですがね」

「……はは」

 王の肩は小刻みに揺れている。怒りのために力がこもっているのだと思ったが、違った。

「ははははははははははははは!」

 王は笑う。清々しく。咆哮を上げるように。

「なるほど! 面白い『仮想の話』です! それこそ現実のような!」

「……認めないんですね」

「あなたの言葉を借りましょう」

 王は心底面白いというような満面な笑みを僕らに向け、

「『そんなことはどうだっていい』」

 そう言い放ち、さっと片手を上げる。その瞬間、一斉に銃を構える鈍い音が聞こえた。訓練された素早い動きで僕らに照準を合わせる。

 だがその刹那に動いたのは兵士だけではなかった。

「……速いですね」

 僕の銃は、王の眉間をしっかりと狙っている。

「破壊とかの重労働はドール、それ以外は僕の役目なんですよ」

 僕はにっこりと笑う。

 本当に一触即発の状況になってしまった。いつ誰が引き金を引いてもおかしくない緊迫した状況。しかし王は動じることなく深く大きなため息をつく。

「ドッチルレーンの石碑を破壊したのは、あれがこの国のシンボルだからですか?」

「そうですね、もし私利私欲のために彼の言葉を利用してこの国が縛っているのだとしたら、真実を隠し『子ども』という存在で大人を操っているのだとしたら、それはとっても気に食わないんですよ」

「それは困りましたね。彼の理想の謳うままに国を作ったんですが」

「それが二つ目の嘘だ」

 そう言ったのはドールだった。無数の銃口を突き付けられても動じずにどっしりと腕を組んでソファに腰掛けている。

「ほう、嘘とはどういうことですかな?」

「ドッチルレーンはこんな国が子どもたちのためだと思うはずがねえ」

「どうしてそれが分かるのですか? 私たちは法に明記したうえできちんと子ども達を尊重している。聞いてみれば分かると思いますが、我が国の子どもは何の不満も持っていませんよ」

「それはこの国しか知らないからだ。教育を受けられないのも、親を変えられるのも、全てそれが当たり前だと思い込んでるから受け入れてんだ。ただそれだけしか知らないから。お前らに洗脳されているから。疑うことなく純粋に信頼しちまう。そんな幻想に取り憑かれた子どもなんか――」

 ドールは、強く真っ直ぐな表情で王と向き合う。

「あのじじいは理想に掲げたりなんかしねえ」

 王は眉をしかめる。

「……あのじじい、ですと。その口ぶり――」

「そもそもだ」

 ドールは語気を強めながら王の言葉を遮る。

「じじいがあんな言葉残したっていうのがそもそも嘘だろ」

「あなた、まさかドッチルレーンを知って……?」

 ドールははっきりと頷く。王は信じらられないものを見るようにドールを見る。驚きのあまり自分につきつけられた銃のことなど忘れてしまったかのようだ。

 ドールは困ったように頭を掻く。

「最初から嘘ついてたことは知ってたんだ。何せあのじじいが積極的に活動してたのは今から七十年前くらい前だしな。残念ながら二百年前じゃあねえ。それにこんな遠くの国まで行ったという話なんか聞いた時ねえしな」

「なんと、これは大きな誤算でした……まさかドッチルレーンを知っていようとは……」

 王は観念したかのように肩の力を抜いて天井を見つめる。ドールは更に問い詰める。

「ご先祖さんはドッチルレーンのことをどこで知ったんだ?」

「彼の文献だそうですよ。噂にも聞いていたらしいです。詳しくは知らないですが、正しくは宗教家ではなく哲学者だそうですね。しかも彼はある地域では大層有名な哲学者だと聞いています。それこそ国を傾かせるような……あなたは一体彼とどういった関係なんでしょうか」

「なんでもねえよ。ただ、じじいのたくさんいる子どもの内の一人に過ぎねえ」

「最も、受け継いだのはドールただ一人だけどね」

 僕が横から口を出すと、ドールにきつく睨まれた。王はそれを見てさらに大きくため息をつく。

「あなた方は一体どこまで知っているんですか?」

「残念ながら何も知ってはいませんよ。僕らはあくまで仮想の話をしているに過ぎません」

「その割には自信に満ち溢れている口調でしたがね」

 王は苦笑する。僕はそれに応えるように笑みを浮かべる。

「この際です、あなた方のその仮想の話を全てお聞かせ願えないでしょうか?」

 王はもはやこの状況を楽しむように目を細めている。

「わかりました」 

 僕はこの数日考え続けて出した推測を話し始める。

「最初の国、ドッチルレーンの導きにより脱した国の王と臣下は他国へと逃げたというお話でしたよね?」

 王は肯定しない。僕は構わず続ける。

「もしかして他国に逃げたのではなく、ドッチルレーンに導かれた民に紛れて一緒に国を脱したのではないですか?」

 王は笑みを浮かべたままである。心の底から、楽しそうに。

「政治は破綻してしまった上に、圧政を布いていたので民の不満は溜まりに溜まっている状況。自分たちで国を再建するのは不可能と判断するしかなかった。それに、もしかしたら他国とは交戦状態で逃亡などできなかったのではないでしょうか。そこで王と臣下は国を捨てることを決断し、新天地でやり直すことを思索したんです」

 僕は王の反応を伺うため一度話を切る。

「そしてその時にこの独自の物資供給体系を発案したんでしょう。そのためには民の忠誠を取り戻し、従順に従わせる必要がありました。そこで思いついたのです、当時名の知れていたドッチルレーンの名を利用することを。特定の臣下をドッチルレーンに仕立て上げ、そして民を洗脳すればまたやり直せると。全てはもう一度自分達の理想の国をつくるために」

 僕は今一度王の目を真っ直ぐ見る。

「違いますか?」

 僕がそう言うと、重い沈黙が部屋に流れた。僕とドールは王から目を離さない。兵士と臣下達は息を殺しながら成り行きを見守る。誰しもが指一本動かすことを躊躇うような雰囲気がそこにはあった。

そんな時。

王の笑いが、再び爆発する。

「ははははははははははははははは!」

机を何度も叩き、声を上げることを憚らず大口を開けて哄笑する。

「面白い、実に面白い! これはとんだ旅人を招いてしまったようだ! 天国の祖先もまさか何も知らない部外者に全てを悟られようとは思っていますまい!」

 王の吹っ切れたような笑い声はいつまでも止まなかった。側近達はどうていいか分からないようにお互いに顔を見合わせ心配そうにしている。僕は横目で門番の兵士を伺うと、彼は固い表情で虚空の一点を見続けていた。そこからは何の感情も読みとれない。

「この国の歴史が二百年って言うのも嘘だな」

 今度はドールが質問する。

「ええ、そうです。実際は約七十年ってとこでしょう」

 王はようやく笑いが収まり、必死に呼吸を整えている。

「あー、まさかこんなことになろうとは夢にも思っていませんでしたよ。いやはやとんでもないことをしてくれました」

 まいったというようにひらひらと顔の前で手を振る。

「もう一つ聞いてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「この建物と他の二つの塔を合わせてこの国の政治機関になっているんですか?」

「左様です」

「なら、他の二つの塔のどちらかには三十歳を超えた大人が存在しているんですね」

 王は大きく頷く。

「やはり分かりますか」

「ええ。この国は最初の国の王と臣下が理想を追求した先にいきついた姿。なら当然その人たちとその一族にはこの国の理不尽な制度は適応されない。つまりは二十歳になっても投票にかけられず、無理な労働も課せられない大人になる権利があるということです」

「その通り! この国は祖先が僕ら子どものために遺してくれた夢の国なんですよ!」

 王は自分のおもちゃをひけらかす子どものように無邪気に語る。その笑みには悪意など微塵も無い、あるのは己の正当性を誇るほどの唯一無二の自信。

「この国の政治は、王も臣下も兵士も我々三十歳未満の者たちが担うことになっています。政治とは言え実働する以上どうしても外への露出は避けられませんからね。民に大人のいない世界を刷り込ませるためには必須の措置です。そのために我々は幼少期から毎日膨大な量の学習と訓練が課せられましたよ。それはそれは辛い日々でした。何しろ本来ならば十分に経験を積んだ大人がやる仕事も、僕らのような若輩者がやらなければいけない。しかもそれらを二十歳までに頭に叩き込まなければいけないのです。ここの国の子どものように遊んでる暇など当然ありません。その代わり三十歳になれば私達はこの塔の中で存分に贅沢の限りを尽くせるのです!」

 大きく手を広げ、口の端をゆがめて物語るその王の姿は、僕にとっては狂っているよう見えた。しかし王は自身が間違っていないと自信を持って誇っているのだ。何が悪いのかと。ここは、私の国だと言わんばかりに。それはまさに僕がまだ「おぼっちゃま」だった頃の王の姿に瓜二つだった。だがいつの時代のどんな場所でも、これが王の到達する姿なのだ。民のためと謳っても、人の上に座するという事実は残酷に王の心を歪める。それでも上に立ち続けるのが王。僕がこの世で一番忌むべき称号。

「自分で理不尽だとは思わないのですか。大人になったとき、片や国のために働き続け、片や仕事は放棄し長い余生を楽しむ。階級が違うとは言え、人が当り前に持つ権利すら無視したこの国の有り様を」

「どうしてです!?」

 王は目を見開き、口を大きく開けて僕を見る。それはあの石碑の前で僕が質問した時と同じ顔だった。

「子どもの頃に散々苦労したのです! 大人になって楽するのは当たり前でしょう!」


 一台のジープは夕焼けの街の中を速足で駆ける。その前には最初にこの国を先導した時の車が走っている。僕とドールは無言でその車の後をついていく。よく整備されている道路。砂煙一つ立たない。この国に入ったばかりの時はあんなにも黄金に輝いていたこの時間帯も、今は息絶え絶えのランプが放つような淡い光で覆われている。もう路上には好奇心と興奮で赤く染まっていた顔は見えない。あるのは畏怖と悲壮で濡れた青い顔だけだ。

 もう二度とここには来ないだろう。それは僕らが旅をする度にいつも思うことだ。でもどこかの学者が言っていた、僕達が足をつけるこの星は丸い形をしているのだと。どんなに走っても抜け出すことはできない。最後にはスタート地点に戻るだけ。それが僕らの住む世界。なら、僕らが走り続けることを止めない限り、きっとまた戻ってきてしまうのだろう。ならば僕が目指す場所はきっとこの世界にはない。「肯定」しか許されない世界を「否定」する世界。そんな世界はここにはない。

 入国した時に通った門とは丁度国を跨いで反対側にある門の前に僕らは来た。そこで前を先導していた車が止まり、この国で最初から最後まで世話になったあの門番の兵士が降りてこちらに近づいてくる。

「ここでお別れだ」

 短くそう言うと、すぐに再び車の方へと歩き出す。

「お世話になりました」

 僕が後ろからそう言うと、兵士は歩を止めた。

「一つだけ聞きたい」

 兵士は僕らに背を向けたまま質問を投げかける。

「はい、なんでしょう?」

「いつから気付いていた」

 日の光が兵士の灰色の鎧に輝きを与える。その後ろ姿からは、最初に会った時の頼りない雰囲気は感じ取ることが出来ない。

「さあ、いつからでしょう。それにお答えするのは、あそこの物陰にいる方も一緒では駄目でしょうか?」

 僕は後ろの家の影を指さす。兵士は驚いたようにそれにつられて視線を移す。

 ゆっくりと夕陽を背景に姿を現したのは見覚えのある顔、オウレンさんだった。

「やあ、どうして隠れていたのが分かったのでしょうかね」

 照れたような笑顔を浮かべ、頭を掻きながらこちらに近づいてくる。

「影ですよ。夕方の影の長さを甘く見てはいけません」

 僕は笑顔でオウレンさんの出てきたところに伸びる家の影を指さす。

「なるほどー、一本取られましたね」

 オウレンさんは軽く拍手をしながら僕に賞賛の言葉を贈る。兵士は苦々しくその様子を見ていた。

「なんの用だ、貴様」

「あれあれ、一般人にそんな口の聞き方をしていいのかな?」

 兵士はしまったというような顔をし、横目でこちらを伺う。

「大丈夫ですよ、兵士さん、気付いてますから」

 今度こそ動揺を隠しきれなかったのか、大きく目を見開いて驚きを露わにする兵士。

「やっぱりばれてましたか。いい演技だったと思うんですがねー」

「おい、どういうことだ」

 話についていけなくなってきたのか、ドールが横から入ってくる。

「オウレンさんは一般人じゃない、この兵士さんと同じ、あの塔で暮らす階級の人だよ」

 ドールも兵士と同じように目を大きく見開く。

「はてさて、どこでボロを出したのでしょうかねー。それなりに振る舞ったつもりなんですが」

「本ですよ」

 オウレンさんは反応を示さず、にこにこと笑ったままだ。僕は構わず続ける。

「この国の人は子どもの頃に教育を受けません。もっと言えば大人になっても出稼ぎか育児に追われ、教育を受ける機会などない。つまりは文字が読めないってことです」

 ドールはそこまで聞くと納得したように頷く。兵士はオウレンさんの横で黙って話を聞いている。

「文字が読めないから商店街のお店の看板はその店を象徴する絵が描かれている。文字が読めないから家の前には表札はなく、それぞれが持つ独自の紋章で判別している。それはあなたが招待した家も例外ではなかった。そうですよね、オウレンさん」

 オウレンさんは誤魔化すように肩を揺らす。

「それなのにあなたは僕の差し出した本の文字を読んだ。この国で文字を読めるのは教育を受けた人間、つまりは国の中枢にいる人間ということになります」

「素晴らしい。さすが旅人さん。兄の言った通り、頭の切れる人だ」

 嬉しそうにぱちぱちと拍手するオウレンさん。

「兄、とは?」

「この国の王のことです」

 今度は僕がびっくりする番だった。国側の人間ということは分かっていたが、まさか王様の弟だったなんて。

「ちなみにここにいる兵士も僕の兄です。王が一番上で、この兵士が二番目、僕が一番下ですね」

 これまた驚いた。まさかこの兵士も合わせて兄弟だったなんて。ドールも髭を揺らして唸っている。兵士はというと、嫌そうに顔をしかめている。

「一番上の兄からさっき全部聞きました。いやはや、やってくれましたね。私の場合はあなた方が帰った後に気づいたんですよ、あれは私を試していたということにね。まんまと引っ掛かっちゃいました」

 おどけたように肩をすくめる。僕はそれに笑って答えると、今度は兵士のほうへと顔を向ける。

「あなたも同じです、兵士さん。あなたは僕らを案内する時、階段横の地図に書かれた文字を読んでいました。それで後になって気づいたんですよ。あなたも国側の人間だって」

 兵士は感情を隠すように目を細める。その横でオウレンさんが一度パンっと手を叩き、

「さて、では本題に戻りましょうか。一体いつから気付いていたのでしょうか?」

 心の底から楽しそうに僕に質問する。それはまだ子ども時代の無邪気さが抜けきっていないような笑顔だった。それはさっき話していた王の姿と少し似ていた。

 僕は一言で答える。

「分かってるんでしょう?」

 兵士が素早くオウレンさんの方を見る。オウレンさんはそれには反応せず、僕のほうを見たままだ。オウレンさんはなぞなぞに答える子供のように僕に答える。

「あなた達は誰かから依頼を受けてあの石碑を破壊した。そう、この国に恨みを持つ誰かから。もしかしてそれは、この国のせいで大人になることのできなかった人じゃないでしょうか」

 オウレンさんは笑いながら僕の答えを待つ。

僕は――


 数時間後、もうすっかり夜の帳が下りてしまった頃に僕らは違う国に来ていた。その国には色とりどりな商店街なんてものは無く、見渡す限り工場で埋め尽くされていて、濁った灰色かギラギラと光る銀色で支配されていた。機械が動く騒々しい音があちこちから聞こえる。辺りは工場から出る廃棄物のせいでツンとした匂いに覆われていた。

 僕らはその国唯一の大きな酒場へと真っ直ぐ歩を進める。中は酒の匂いで充満していて、大人達ががやがやと騒いでいた。若い人だけではない、顔にしわが出来始めるくらいの年齢の人もいれば、もう腰が曲がりそうな人までいる。彼らの顔や手や服は油やペンキまみれで、疲労の色が見えない人はいなかった。でも彼らの目には生気があった。毎日骨の折れるような仕事に追われているはずなのに、それでも生きる力は失っていなかった。

 そんな彼らがどんちゃん騒ぎをしているのを横目に、僕らは店の奥へと向かう。そこには誰とも群れず、背を丸めながらただ一人で酒をあおっている男がいた。そして唯一、彼の目だけには生気のかけらがなかった。

 彼は僕らの姿に気づき、、驚いたように背を伸ばすと、近くの席を引いてくれる。僕は笑顔で応えると、その椅子に座り、

「依頼を達成しました」

 それだけを告げた。

 男の目に小さな青い火がともる。

「本当にやったのか」

「ええ、間違いなく」

 彼はそれを聞いて、そうか、そうか、と何度もつぶやく。それに合わせて目の中に宿る火は大きくゆらゆらと揺れる。

「よくやってくれた。本当に、うん、まさか本当にやってくれるとは」

 普段笑い慣れていなかったためであろうか、機械のようにぎしぎしとした音を立てるようにゆっくりと引きつった笑顔を浮かべる。彼は今何歳なんだろう。剃り残しのある髭と刻まれた皺からは、もう随分年を取っているように見える。

「一つ聞いていいですか」

 僕は唐突に質問する。

「なんだ?」

「あなたはあの国に騙されているということ、そしてあの国の裏の姿を人から聞いたんですよね」

「ああ、そうだ。あんな国、俺はあんな国のために今まで――」

「その人、どんな人でした?」

 話を遮るように僕は言う。隣でドールが他の人が聞いていないかどうか神経を尖らしている。

「どんなって言われてもな……とりあえず、あいつは当時、俺達を見張る役目だかなんか知らない監察役の一番偉い奴だったな。うん、そうだ、すごい若い癖に部下に色々指示を出していたから印象に残ってたんだ」

 男は腕を組みながら、細い記憶の糸を手繰るようにゆっくりと話す。

「他には?」

「他にはってお前……けっこう前の話だしよー。こっちは毎日頭おかしくなるくらい働かされてんだよ。そんな覚えてねえって」

 僕はそれを聞き、あれを取りだすために懐に手を入れると、

「ああ、そうだ」

 ふいに思い出したように男が呟く。

「あいつそういやぁ、俺にあの国のこと話す時、何がおもしれぇのか知らねえけどずっとにこにこ笑いやがってたなぁ」

 僕はそれを聞いて軽く頷くと、懐から一枚の写真を取り出す。

「この人じゃないですか?」

 僕が指さした先の人物を確認すると、男は興奮したように、こいつだこいつだ、と言って人差し指で写真を叩く。

 そこには、夕陽でオレンジ色に染め上げられた一組の幸せな家族が写っていた。


 草原に落ちた闇をジープのヘッドライトが丸く切り取る。ドールは慎重に前を見ながらジープを走らせていた。僕はジープの助手席でがたごとと揺れながら、星が散っている空に写真を掲げる。

「まったく」

 僕はその中心で笑う一人の男を見ながら独り言を呟く。

「一本取られたね」

 ドールが隣でふん、と鼻を鳴らした。


fin.


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― 新着の感想 ―
[一言] 謎が少しずつ明けていく感じが読んでいて心地よく、それらの謎のおかげで読み飽きることなく進んでいけるところが、とても良い作りだなぁ、と思いました。 僕やドールの過去とかどういう人物かというのも…
2012/04/16 17:00 退会済み
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