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黒い矢の風雲伝  作者: 光闇居士


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第四章:緑の森の仲間たち

挿絵(By みてみん)

CHAPTER IV. A GREENWOOD COMPANY.


【しおの】

 マッチェムは十分に休息を取り、気力も体力も回復していた。二人の少年は、先刻ディックが目撃したあの凄惨な光景に急き立てられるようにして森を抜け、無事に街道を横断すると、タンスターの森の高台へと歩を進めた。

 登るにつれ木々の密度は増し、その合間にはヒースの生い茂る荒野が広がり、あちらこちらに砂地やハリエニシダ、そして古いイチイの巨木が点在している。地面の起伏はいよいよ激しく、いくつもの窪みや小高い丘が連なっていた。高みへ近づくほどに風は鋭さを増し、吹き荒れる突風に煽られて、大木までもが釣り竿のように大きくしなっていた。

 ある開けた場所に出るや否や、ディックが突如として茨の中へ身を伏せた。そして、そのまま木立の陰に向かってゆっくりと後退り始めたのである。マッチェムにはその逃避の理由が皆目見当もつかず大いに戸惑ったが、それでも道連れの真似をして身を隠した。茂みの奥深く、安全な場所まで退いて初めて、彼は振り返って説明を求めた。

 ディックは無言のまま指をさした。

 空き地の端に、周囲の森を圧するようにそびえ立つモミの木があった。その黒々とした枝葉は、鮮烈な空を背景に荒れ狂う頭髪のように浮かび上がっている。地上五十フィートほどまでは円柱のごとく滑らかな幹が伸びていたが、そこから太い二股の枝に分かれていた。その股の間、あたかも船のマスト上の見張りのように、緑のタバード(胴衣)を纏った男が立ち、遠く四方を見渡していたのである。

 男の髪が太陽を受けて輝いていた。彼は片手で陽射しを遮りながら、まるで機械仕掛けの人形のように、規則正しく首を左右に振り続けていた。

 少年たちは顔を見合わせた。

「左へ迂回しよう」ディックが囁いた。「危ういところだったな、ジャック」

 十分ほど歩くと、踏み固められた一本の小道に出た。

「俺の知らない森の一角だ」とディック。「一体どこへ続く道だろう」

「行ってみようよ」マッチェムが促した。

 数ヤード進むと道は尾根の頂に達し、そこから急勾配を描いて、すり鉢状の深い窪地へと下っていた。その底には、サンザシの茂みに埋もれるようにして廃墟が横たわっていた。焼け焦げたような痕跡のある屋根のない切妻壁と、一本の高い煙突が突き出ており、かつてそこにあった屋敷の哀れな末路を物語っていた。

「これは?」マッチェムが声を潜める。

「さあな、ミサにかけて誓ってもいいが、全く見当がつかない」ディックは答えた。「完全にお手上げだ。だが、用心して行こう」

 早鐘を打つ心臓を抑え、二人はサンザシの間を縫って下っていった。あちこちに、かつて人が手を加えていた名残があった。果樹や香草が野生化して茂みと一体になり、日時計が草むらの中に打ち捨てられている。そこがかつての庭園であったことは明らかだった。さらに歩を進めると、彼らは廃屋の正面に出た。

 かつては居心地良く、堅固な館であったのだろう。周囲には深い空堀が巡らされていたが、今は崩れた石材で埋まり、焼け落ちた垂木が橋のように渡されていた。向こう側の二つの壁だけが辛うじて立っており、何もない窓枠から陽光が虚しく差し込んでいるものの、建物の残りは崩壊し、煤けた瓦礫の山と化していた。内部にはすでに新たな生命が芽吹き、石の隙間から緑が顔を覗かせていた。

「ああ、思い出したぞ」と、ディックが囁いた。「これはグリムストーンに違いない。サイモン・マルムズベリーという男の砦だった場所だ。ダニエル卿が彼を破滅させたんだ! ベネット・ハッチがここを焼き払ったのは、今から五年も前のことか。惜しいことだ、実に美しい屋敷だったのにな」

 風を遮られた窪地の底は、陽だまりのように暖かく、静寂に満ちていた。マッチェムはディックの腕に手を置き、唇に指を当てて注意を促した。

「しっ!」

 静寂を破る奇妙な音が聞こえてきた。その正体に気づくまでに、音は二度繰り返された。それは大男が太い喉を鳴らす音だった。そして不意に、しゃがれた調子外れの声が朗々と歌い始めたのである。

 親方は立ち上がりて 無法の王は問う

「我が陽気な家来たち 緑の森で何をする?」

 ギャメリンは答えた そのを逸らさずに

「ああ 町を歩けぬ者は 森を行くしかありませぬ!」

 歌い手はそこで口をつぐんだ。微かな金属音が響き、再び静寂が戻る。

 二人は互いの目を見つめ合った。姿は見えないが、その何者かは廃墟のすぐ向こう側にいるのだ。突然、マッチェムの頬に朱が差し、次の瞬間には意を決したように、落ちた垂木を渡って廃墟の内部を埋め尽くす巨大な木材の山を登り始めていた。ディックは慌てたが、今さら止めるわけにもいかず、観念して後を追った。

 廃墟の隅、二本の太い垂木が交差して崩れた場所が、教会の長椅子ピューほどの僅かな空間を作り出していた。少年たちは音もなくそこへ滑り込んだ。そこならば身を隠せる上に、矢狭間を通して向こう側の様子を窺うことができた。

 覗き見た先の光景に、二人は恐怖で血の凍る思いがした。退却はもはや不可能、息をすることさえ憚られた。彼らが潜む場所から三十フィートもしない堀の縁で、燃え盛る焚き火の上に吊るされた鉄の大鍋が、ぐつぐつと煮え立って湯気を上げている。そしてそのすぐ傍らに、背が高く赤ら顔をした、荒くれた風貌の男が立っていた。あたかも、廃墟をよじ登った二人の足音に勘づき、聞き耳を立てているかのような姿勢である。右手には鉄の匙、腰には角笛と禍々しい短剣を帯びている。明らかに彼が先ほどの歌い手であり、大鍋をかき混ぜる手を休めた瞬間に、木材を踏む不注意な音が耳に入ったのだろう。

 少し離れたところでは、もう一人の男が茶色のマントにくるまって眠りこけており、一匹の蝶がその顔の上を舞っていた。すべてはヒナギクの花が白く咲き乱れる空き地での出来事だった。端の方には、一本の弓と矢筒、そして鹿の死骸の一部が、花咲くサンザシの枝に無造作に掛けられていた。

 やがて男は警戒を解いたのか、匙を口に運んで中身を味見し、満足げに頷くと、再び鍋をかき混ぜながらダミ声で歌の続きを口ずさみ始めた。

「ああ 町を歩けぬ者は 森を行くしかありませぬ!」

 男は先ほどの詩句を繰り返し、さらに歌い継ぐ。

「ああ 旦那様 我らがここを行くは

 悪事を働くためではございませぬ

 もし良き王様の鹿に出会うたならば

 ただ 矢を一本射かけるだけでございます」

 歌いながらも、彼は時折スープをすくい、ふうふうと息を吹きかけては味を見るという、熟練した料理人のような仕草を見せていた。

 まもなく料理の具合がよろしいと見定めたか、男は腰帯から角笛を取り出すと、抑揚のある音色を三度高らかに吹き鳴らした。

 眠っていた男が目を覚まし、寝返りを打って顔の上の蝶を追い払うと、あたりを見回した。

「どうした、兄弟」と彼は言った。「飯か?」

「ああ、この酔っ払いめ」料理番が答えた。「飯だとも。それもエールもパンもつかない味気ない飯だ。今の緑の森にゃ楽しみなんてありゃしない。昔は良かったもんだ。雨と霜さえ凌げりゃ、高位の聖職者様みたいな暮らしができた。エールもワインも浴びるほど飲めたんだ。だが今じゃ男たちのスピリットは死んじまった。それに頭領のジョン・アメンド・オールときたら――神よ我らを守りたまえ!――カラスを脅す案山子みてえな間抜けだ」

「いや」相手は言い返した。「お前は肉と酒のことばかり考えすぎだ、ローレス。もう少し待ってみろ、じきにいい時代が来るさ」

「いいか」料理番のローレスは言い捨てた。「俺はガキの頃からずっとその『いい時代』ってやつを待ち続けてきたんだ。托鉢修道士グレイ・フライアもやった、王の射手も務めた、船乗りになって塩辛い海も渡った。それに本当の話、前にもこうして緑の森に入って王の鹿を射たこともある。それでどうなった? 何にもなりゃしねえ! 修道院にいた方がマシだったよ。ジョン・アメンド・オールなんぞより、ジョン修道院長の方がまだ役に立つわ。……おっと聖母マリアにかけて! 奴らが来やがった」

 ひとり、またひとりと、大柄で屈強な男たちが芝生に足を踏み入れた。彼らは到着するなりナイフと角杯を取り出し、大鍋からめいめいにシチューをすくい、草の上に座り込んで貪り食い始めた。

 その身なりも武装も、実にまちまちだった。錆びついたスモックにナイフと古い弓だけを持った者もいれば、リンカーン・グリーンの頭巾と革上着ジャーキンで森の伊達男を気取り、ベルトには上等な孔雀の羽根の矢を差し、肩帯ボールドリックに角笛、脇には剣と短剣を吊るした者もいる。飢えた彼らは音もなく現れ、唸るような低い声で挨拶を交わすや、脇目もふらず食事に取り掛かった。

 すでに二十人ほどが集まった頃、近くのサンザシの茂みから抑えられた歓声が上がり、直後に数人の木こりが担架を運んで芝生に現れた。燻製ハムのように日焼けし、白いものが混じった髪をした大男が、いかにも威厳のある態度で彼らの先頭を歩いてきた。背には弓、手には鋭く輝く猪狩りの槍を携えている。

「野郎ども!」彼は叫んだ。「良き仲間たち、我が陽気な友人たちよ。お前たちは長いこと喉を渇かせて歌い、不自由な暮らしを強いられてきた。だが俺が常々何と言っていた? 運命を信じて待てとな。運命は巡る、巡れば速いものだ。見ろ! これが運命の女神からのささやかな最初の贈り物――あの素晴らしきもの、エールだ!」

 運び手たちが担架を下ろし、立派な樽を披露すると、喝采と歓声が沸き起こった。

「さあ急げ、野郎ども」男は続けた。「仕事だ。一握りの射手たちが今しがた渡し場に着いたところだ。桑の実色と青の服を着ている。奴らが我らの標的だ――全員に矢を味わわせてやる――一人たりともこの森を通しはせんぞ。いいか、我らはここに五十人の精鋭がいる。全員がひどく不当な扱いを受けた者たちだ。ある者は土地を追われ、ある者は友を殺され、ある者は法の保護を奪われた――皆、虐げられた者たちだ! では誰がこの悪事を働いた? ダニエル卿だ、十字架にかけて! 奴に甘い汁を吸わせておいていいのか? 奴に我らの家で暖を取らせていいのか? 我らの畑を耕させ、我らから奪った骨をしゃぶらせていいのか? 断じて否だ。奴は法を盾に力を得て、裁判にも勝ってきた。だがな、奴が勝てない裁判が一つある――俺のこのベルトにある令状、すなわち『黒い矢』だ。聖人たちの御心ならば、これで奴を打ち倒してやる」

 この時すでに二杯目のエールをあおっていた料理番のローレスは、話し手に乾杯するように杯を高く掲げた。

「エリスの旦那」と彼は言った。「あんたは復讐が目的だ――そいつは結構なことで!――だが、失う土地も偲ぶべき友も持ったことのない、この哀れな森の兄弟としては、自分のささやかな取り分として、実入りの方を期待してるんでね。煉獄中の復讐を全部くれると言われるより、金貨ノーブル一枚とカナリアワイン一瓶の方がありがたいね」

「ローレスよ」相手は答えた。「ダニエル卿が館へ戻るには、この森を通らねばならん。我々はその通行料を、どんな戦よりも高くつかせてやるんだ、誓ってな。そして奴が我らの手から逃れた僅かな敗残兵と共にあの穴(屋敷)に逃げ込んだ時――大物の友人たちは失脚して逃げ去り、誰も助けに来ない時――我々であの古狐を包囲してやるのだ。その没落は盛大なものになるぞ。奴は太った牡鹿だ、我ら全員の極上の御馳走になるだろうよ」

「へえ」ローレスは混ぜっ返した。「俺はそういう『御馳走』ってやつを、これまで何度も前もって食わされてきたよ(空約束ばかりだったからな)。だがそいつを料理するのは熱い仕事だぜ、良きエリスの旦那。で、その間、俺たちは何をするんだ? 黒い矢を作り、詩を書き、あの不愉快な飲み物――ただの冷たい水を飲むってわけかい」

「不実な奴だ、ウィル・ローレス。お前からはまだ托鉢修道会の食料貯蔵室の匂いがするぞ。その強欲がいずれお前の身を滅ぼすのだ」エリスはたしなめた。「我々はアップルヤードから二十ポンド奪った。昨夜は使者から七マルク奪った。その一日前には商人から五十奪ったではないか」

「そして今日」男の一人が言った。「ホリウッドへ急ぐ太った免罪符売り(パードナー)を止めたぜ。これが財布だ」

 エリスは中身を改めた。

「百シリングか!」彼は不満げに言った。「馬鹿者、奴はサンダルの中か、肩掛けの縫い目にまだ隠し持っていたはずだ。お前はまだ青いな、トム・クッコウ。大きな魚を逃がしたぞ」

 そうは言っても、エリスは無頓着に財布をポケットに入れた。彼は猪槍に寄りかかり、周りの仲間を見回した。誰もが思い思いの姿勢で鹿肉のシチューを貪り、エールで豪快に流し込んでいる。今日は良い日だった、運が向いていた。だが仕事の時は刻一刻と迫っており、彼らの食事は早かった。最初に来た者たちはすでに食事を終え、ある者は大蛇ボア・コンストリクターのように草の上に寝転がってすぐに眠り込み、ある者は打ち合わせや武器の手入れに余念がなかった。その中で、とりわけ上機嫌な男が、エールの杯を掲げて歌い出した。

 良き緑の森に法はなく

 ここには肉にも事欠かぬ

 陽気で静か、食事は鹿肉

 甘美な夏が続く間は

 やがて冬が来る 風と雨連れ

 やがて冬が来る 雪とみぞれ連れ

 家へ帰れ 頭巾で顔を隠しつつ

 火のそばに座り 食べるがいい

 その間、少年たちは身を潜めて聞き耳を立てていた。リチャードだけは石弓クロスボウを背から外し、それを引くための巻き上げウインダックを片手に持って身構えていた。それ以外は指一本動かす勇気もなかった。彼らの目の前で繰り広げられる無法者たちの生活は、まるで劇場の舞台を見るように鮮烈だった。

 しかしその時、奇妙な邪魔が入った。

 廃墟の壁よりも高くそびえる古い煙突が、彼らの隠れ場所の真上にあったのだが、空中で「ヒュッ」という風切り音がし、続いて「カツン」と乾いた音がして、折れた矢の破片が彼らのすぐ耳元に落ちてきたのである。森の上方、おそらくあのモミの木に配置されていた見張り番が、煙突の頂上を狙って矢を放ったのだ。

 マッチェムは危うく悲鳴を上げそうになり、喉元でそれを押し殺した。ディックでさえ驚いて身体を強張らせ、ウインダックを指から取り落としてしまった。

 だが芝生にいた男たちにとって、この矢は待ちかねた合図であった。

 彼らは一斉に立ち上がり、ベルトを締め、弓弦を確かめ、鞘の中の剣と短剣を緩めて抜き身にする準備を整えた。

 エリスは手を挙げた。彼の日焼けした顔には、突如として野蛮な活力が満ち溢れ、白目がぎらりと輝いた。

「野郎ども」彼は声を張り上げた。「持ち場は分かっているな。一人たりとも逃がすなよ。アップルヤードは食事前の食前酒に過ぎん、いよいよこれからが主菜メインディッシュだ。俺には凄惨な復讐を果たすべき三人の男がいる――ハリー・シェルトン、サイモン・マルムズベリー、そして」彼はその広い胸を叩いた。「ミサにかけて、このエリス・ダックワースのためにな!」

 そこへまたひとり、急いで来たために顔を真っ赤にし、茨で衣類をほつれさせた男が駆け込んできた。

「ダニエル卿じゃねえ!」彼はあえいだ。「たったの七人だ。矢は放たれたか?」

「今しがた合図があったところだ」エリスは答えた。

「忌々しい!」伝令は叫んだ。「ヒュッて音が聞こえたと思ったんだ。ああ、これじゃ俺は飯なしか!」

 瞬く間に、「黒い矢」の男たちは、それぞれの持ち場の距離に応じて走るか、あるいは足早に歩き去り、廃墟のそばから全員が姿を消した。あとには大鍋と、残り火となった焚き火、そしてサンザシに掛けられた鹿の死骸だけが、彼らがつい先ほどまでそこにいたことを証言するように残された。

緑の森の饗宴、あるいは正義と食欲のパラドックス

 追っ手の目を逃れ、森の奥深くへと踏み入ったディックとマッチェムの二人の少年(女)。彼らが息を潜めたのは、皮肉にも彼らが恐れるダニエル卿に激しい恨みを抱く武装集団――「黒い矢」党のアジトでした。


 焼け落ちた屋敷の廃墟、その天井に残ったはりの上に身を隠した二人の眼下では、屈強な男たちが大鍋を囲み、野外の宴を始めていました。しかし、そこにあるのは盗賊の祝祭的な高揚感だけではありません。「飯が不味い」「指導者が頼りない」といった、まるで現代のサラリーマンのような世知辛い愚痴が、シチューの湯気と共に立ち上っていたのです。


 そこへ、指導者エリス・ダックワースが現れます。彼が語る言葉によって、この集団が単なる野盗ではなく、ダニエル卿によって家や土地を奪われた「被害者の会」であることが明らかになります。エリスは奪った金と酒を振る舞い、森を通る敵の一団への襲撃計画を告げました。 やがて合図と共に、男たちは霧のように森へと消え去り、廃墟には煮えたぎる鍋と、呆然とする二人の少年だけが取り残されました。


 この章を一言で表すなら、「逃亡の果てに潜り込んだ場所が、敵(ダニエル卿)を狙う『森のレジスタンス』の本拠地であり、彼らの組織力と復讐の正当性を目の当たりにする回」と言えるでしょう。


薔薇戦争の世を映す鏡

 スティーヴンソンがこの章に込めたのは、単なる冒険活劇の枠を超えた社会風刺と、鋭いリアリズムです。十五世紀、薔薇戦争期の英国を舞台に、作者は読者に鮮烈な問いかけを突きつけています。


「法」とは誰のためのものか?  この章の根底流れる重要なテーマは、「無法者アウトローこそが、真の正義を求めている」というパラドックスです。  当時の英国では、ダニエル卿のような強欲な地方貴族が「法」や「裁判」を武器にし、弱者から土地や財産を合法的に略奪していました。エリスが演説で放った「奴は裁判で勝ってきたが、この『黒い矢』という裁判には勝てない」という言葉は、腐敗した司法システムへの痛烈な批判です。  彼らは現代人がイメージする「山賊」ではありません。「政治権力によって生活を奪われた被害者たちが、武装化した自警団」として描かれているのです。


 形骸化した信仰と堕落  元修道僧である料理番ローレスの言動や、免罪符売りが襲われたエピソードからは、当時の宗教的腐敗が透けて見えます。  「修道院の方が(酒も飲めて)楽だった」と語るローレスの言葉は、聖職者がいかに世俗的な贅沢に耽っていたかという皮肉です。一方で、無法者たちが聖母やミサに誓いを立てながら強盗を働く姿は、庶民にとっての信仰が、倫理的な歯止めではなく、単なる生活習慣や迷信と化している現実を浮き彫りにしています。


 騎士道の裏側にある、民衆のリアリズム は、英雄譚ではなく「生活者の視点」が貫かれている点です。  彼らは「復讐」という大義を掲げていますが、現場レベルでは「エールが飲みたい」「今のリーダーは駄目だ」「復讐よりも金貨とワインがいい」と本音を漏らします。  歴史の教科書には載らない、戦乱の世を生きる一般大衆の逞しさと俗っぽさ。作者はそれを、シチューを貪り食う男たちの描写を通じて表現したかったのです。


深読みの愉しみ


【驚くべき「組織的ゲリラ戦術」】  一見すると烏合の衆に見える「黒い矢」党ですが、エリス率いるこの集団は、極めて近代的な軍隊組織の様相を呈しています。  モミの木の上に配置された見張りはマストの上の水夫のように機能し、煙突に矢を当てて合図を送る通信手段は、高度な情報伝達網の存在を示唆しています。また、通行人からの略奪を「資金源」として武器や食料を調達し、構成員に分配金を支払う経済基盤も確立しています。集合と離散の素早さは、彼らが地形を熟知したプロフェッショナルなゲリラ部隊であることを物語っています。


【廃墟「グリムストーン」が語る歴史の傷跡】  少年たちが身を潜めた廃墟「グリムストーン」は、単なる舞台装置ではありません。これはダニエル卿が行った「焦土作戦」の動かぬ証拠物件です。  かつて美しかった庭園が野生化し、堅固な家屋が無残に焼け落ちている描写。それは、後の「囲い込み運動エンクロージャー」の前史とも言える、強者による土地収奪の無慈悲さを静かに物語っています。この廃墟そのものが、言葉なくして「ダニエル卿=悪、森の住人=被害者」という図式を少年たちに教えているのです。


【愛すべきひねくれ者「ローレス」】  料理番兼、元僧侶のローレスは、スティーヴンソンのキャラクター造形の妙と言えるでしょう。彼は「ロビン・フッド」におけるタック和尚のパロディでありつつ、より世俗的で冷笑的なリアリストです。  「昔は良かった」「今は駄目だ」と常に不平をこぼしながらも、組織には従う彼。それはまるで、現代の企業社会にもいそうな「愚痴の多い古株社員」の典型です。英雄的な物語の中に、こうした「普通の感覚を持った小悪党」を配置することで、物語に圧倒的な人間味と厚みが加わっているのです。


主人公ディックにとっての「大人の世界(社会の裏側)への社会科見学」です。彼がこれまで信じていた「法や秩序」の欺瞞が暴かれ、敵対すべき相手がいかに深い恨みを買っているかを知る。この章は、彼の認識を根底から覆す重要な転換点ターニングポイントとして機能しているのです。

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