『みじかい小説』046 / 妻とうどん ~1000文字にも満たないみじかい物語~
妻が風邪を引いた。
高齢者と呼ばれて久しい年齢になり、ひとつの風邪でも寿命が縮む。
私は心配で仕方がなく、妻の寝ているベッドのまわりでうろうろしていた。
すると、「そんなにうろつかれちゃ、治るものも治らないわよ」と病床からぼやきが聞こえた。
妻の声を聞いてどこかほっとしたのだろう、私は「そう言われても」と笑った。
「熱があるんだろう?」
「寝てれば治ります」
看護師だった妻は、病気に対する感度が鈍くなっているのか、誰が風邪をひいたと聞いてもそんなことを言う。
「何か食べたいものはない?」
と私が尋ねると、
「おつゆのおいしいおうどん」
と返ってきた。
まかせておけ!
私は腕まくりをして台所に立った。
しかし、いつも妻が陣取っているテリトリーなので、目当ての鍋ひとつ見つけられない。
仕方なく妻の枕元に行って、「ねぇ、ごめん、片手鍋ってどこにある?」と聞く始末である。
そんなことを数回繰り返して、やっとうどんをゆで上げることができた。
おつゆは2倍濃縮のやつをお湯で割って作った。
仕上げに卵を落として、小葱を散らして完成だ。
「おうどん、できたよ」
と妻に報告したが、聞こえてくるのは深い寝息である。
とその時、ぐぅ。と私の腹が鳴った。
目の前の出来立てのうどんに目がいく。
冷凍庫を確認すると、うどんの在庫はまだある。
「それじゃあ、失礼して」
私は妻を起こさないように、ずるずると勢いよくではなく、ちゅるちゅると小さくすすってうどんを食べた。
きっと明日には妻の熱も引いていることだろう。
いつおなかがすいて起きてきてもいいようにと、妻の分のうどんを新しくこしらえながら、冷え込んできた夜のリビングに、私はひとりストーブをつけるのだった。




