第14章 - 生きてるぞ、俺はあああ
「生きてるぞ、俺はあああ!」
テントの中からネルソンの声が聞こえた。
『くそ、こいつ睡眠最適化だけは人外だな。』
「お、まだ日が出てるじゃん。」
猫みたいに伸びをして、あくび。焙られている肉の匂いを嗅いで、ヨダレを垂らす――ウサギの続きだと思って。
「めっちゃいい匂い! モモは俺の――」
……そこで肉の塊がウサギにしてはデカすぎることに気づく。
それから死んだカップルへと視線をやる……女の片脚がなかった。
「ジーザス・クライスト、フランク! まだ一日しか経ってねぇのに、頭どうかしてんのか!」
ネルソンはドスドス近寄ってきて、俺の頭を小突こうとした。
――が、スイングはスローモーション。簡単にかわす。
「俺は狩りがクソほどできねぇんだよ、クソ野郎。
ウサギ獲れそうな唯一の可能性だったお前は寝やがったろ? 腹を満たすために、必要なことをしただけだ。」
俺は悪びれもせず、その肉塊をかじった。
「頼むからやめろよフランク。人肉を噛む理由にはなんねぇだろ。一日くらい待てたはずだ!」
「クソ運営神を恨め。ここじゃ肉が必須っぽいし、前の体みたいに空腹をコントロールできねぇんだよ。」
「言い訳くせぇな。もうちょいマシなの考えろ。」
「本当だっての!」
嫌悪と拒絶が混じった目をしていた。
俺たちはしばらく黙り、睨み合った。
「人が人肉に走るのって、一週間くらい飢えてからだろ。」
ネルソンは半ば呆れた調子で言った。
「Skill issue。文字通りな。」
ネルソンは顔をしかめた。スキルの影響は、俺たちの想像以上にデカいらしい。気持ちを立て直そうとして、奴はわざとらしく突いてくる。
「じゃあ男も食うのか?」
ネルソンがニヤついた。
「無理。俺、男は趣味じゃねぇ。」
「偽善者。」
「基準って言うんだよ。」
俺は焼けた肉の最後の一片を飲み込み、指を舐めた。
「でも女は焼かずにいられねぇってわけか。」
「だから言ってんだろ! この世界の空腹システムがマジでクソなんだよ。肉が必要だ!
これに嫌悪感が湧かねぇのは――」
俺は焼いたモモ肉をひらつかせた。
「――例のクソスキルだ。」
ため息をつき、目を閉じてうなだれる。
「自分でもムカついてる。けど、このバグだらけのスキル仕様にビビって座り込んでる暇はねぇ――今はまだな。」
ネルソンも、自分が[不屈の心]のせいで前触れなく「恐怖」と「罪悪感」をはぎ取られたのを思い出した。
肩を落として長く息を吐き、首を振って話題を変える。
「剣、寄越せ。運搬係。」
俺はヘレナのバッグから両手剣を引っ張り出した。中の水で滴っている。
「ほらよ、クソ袋の担い手さん。」ネルソンが柄を握ると、その水で手まで清められた。
「はぁぁ!? 全部落ちるじゃねぇか! これ、一攫千金いけるぞ!!」
ビジネスの匂いを嗅ぎ取った商人の鼻がピンと立つ。
俺が指さした方向――湖へと駆け出していった。
少しだけ肩の力を抜いた――この森にエルフはいない。少なくとも今のところは。
「さて、これから何するか……。回復スキルの使い方を覚えるべきなんだろうが、どこから手を付けりゃいいのか皆目見当もつかねぇ。てかシステムUIの開き方すら知らねぇ。」
もう一度、死体へ向き直る。最初の接触でぐちゃぐちゃになった二人。女は片腿がでかく欠けている。
『不運な連中だったが――少なくとも持ち物と魂と肉は役に立った。』
狩猟ナイフを取り、ヘレナのバッグに突っ込んで“初心者水”で洗い清める。
鏡代わりに刃を見つめ、自分の顔を確かめた。
『女を解体して、肉が傷まないようにしておくべきだ。』
まるで鶏を捌くみたいに口にする。心理的距離を取れば、SAN値の減りは遅くなる。
『手を動かし続けろ。止まれば毒になる。存在論の沼に沈む暇はない。』
『ネルソンの爆発的な運動エネルギーが死因、ってところか。』
女の陥没した頭蓋を観察し、遊離している骨片を押してみる。グロにも動じない。
『ネルソンの頭蓋が当たって、こう潰れたのか?』
次に男の体の穿孔へ。病原体なんざ気にせず指でほじる。
『骨片の散弾、だな。』
気づけば学者スイッチが入っていた。
「地球人とどれだけ似てるか、確かめようか。余計な臓器でも付いてるのか、それとも創造主の手抜きコピペで人間解剖を丸写しなのか。」
方針は「女肉の確保」から、「この世界の人間の解剖」へと切り替わり、
俺は男の遺体にメスを入れた。
『「最初のご遺体は一生忘れない」――解剖室のボスがよく言ってたっけ。正直、普通の状況なら俺も同意してただろうな。』
道具が足りなくてY字切開はできない。代わりに雑なOカット――肋骨の下から下腹部の手前まで丸く切り開く。
『刃を怖がるな。皮、脂、筋肉を一気にいけ。ビビって浅く刻むと余計に汚れる。
腹は柔らかい――ローストを割るみたいに深く、まっすぐ。
ただし腸の手前で止めろ。昼飯を顔面に浴びたくないならな。』
――顔に予便をぶちまけられないよう、臓器抜去のコツを叩き込もうとしてきた、あのボスの声が蘇る。
切り取った皮と筋肉を脇に放る。
見慣れた配置がほぼそのまま出てきた――胃、黄色い膜(大網)に包まれた腸。
ただ、肝臓の色だけがおかしい。
「今のところ、すげぇ人間っぽいな。」
肝臓を固定している組織を切って引き剥がすと、胆嚢の管がぶちっと裂け、胆汁が漏れ出して鼻を刺す悪臭が広がる。
気にせず肝そのものをスライス――なんで青っぽい?
陽にきらめく細かな青い粒が混じっていた。
『マナの粉か? へぇ。』
半ば潰れた肝を持ち上げて絞る。
血が手首から肘までだらだらと流れ落ちる。
俺はそのきらきらした粉に見入った。
『女の肝を食えば最大MPって増えるのかね。』
ニヤつきを押し隠し、擬似解剖に戻る。
次をどうするか考える――腸を突くのは愚の骨頂。予便まみれになるのがオチだ。
誰かにやらせられるようになったらにしよう。
『腎臓を見てみるか。』
俺は遺体をうつ伏せにひっくり返した。
腸がずるりとこぼれ、血と胆汁が草を染めていく。
背中の筋肉を切り分けることに集中していると、背後にネルソンが現れた。
「フランク、何してんだよ……また儀式か?」
ネルソンはうつ伏せの死体を見下ろし、血と胆汁に濡れた草を見て目を細めた。
「Nein! 擬似解剖だ。参加するか?」
俺は振り向いて、満面の恍惚スマイル。
「遠慮しとく。遺体いじりはお前の担当だろ。」
ネルソンは浄化風呂の後みたいにリラックスしてあくびをした。
「来いよ間抜け。どこを刺せばいいか覚えれば、クリティカル取りやすくなるぞ。」
「……理屈は完璧だな。わかったよ。」
ネルソンは観念して加わった。
俺は死体を仰向けに戻した。
腸がぷるぷる揺れるのを見て、ネルソンは思わずえずいた。
「肋骨は丁寧に切れ。 下の臓器をミンチにすんなよ。」
俺は手順を指示する。
奴は大学で受けた献体の解剖実習を思い出そうとした。
その記憶が罪悪感を薄め、冗談を言えるくらいには気が楽になった。
「俺のアステカの血が、心臓を抉り出して神に捧げろって囁いてくるんだが。」
「やれよ。加護がもらえるかもな。」
俺は不気味に笑った。
だが攻撃速度デバフでネルソンの手がノロノロ、切っ先に勢いがない。俺が続けても肋骨は切り落とせない。
「マジで役立たずだな、剣ボーイ。」
「七日後に同じこと言え、クソ野郎。」
露骨に苛立ちながら唸るネルソン。
俺は胸郭を凝視し、骨片の穴に指を突っ込んだ。
「ん……。お前の爆発で、肋骨いくつか割れてるよな?」
「……ああ。」
ネルソンは背中をさすり、目を合わせない。
「折ってみる。」
割れ目を探って周囲の筋肉を切り、全力で引く。数本は割れたが、他はびくともしない。
「よし、アステカ式の心臓奉納はナシだな。」
血まみれの手で芝生に手をついて座り込む。心臓と肺のチェックは今じゃない――ただ、もう一人バカがいる今なら……。
「ネルソン、腸を切れ。中が――」
「無理。予便チューブなんて絶対切らねぇ。」
「いいだろ、昔ネズミの腹は――」
「バカじゃねぇよフランク。お前の狙いくらい分かってる。」
奴は鼻で笑った。
「はいはい、降参。」
「で、役に立つ発見はあったのか? それともオタク痒みを掻いただけか?」
奴はスラブ座りで女の死体の前にしゃがみ込む。
「いくつか臓器を見ただけだが、ほぼ人間だな。」
「素晴らしい所見だ、クロイツ博士! ということは、ブラッドイーグルで極悪人を罰する俺の夢はまだ実現可能だ!」
ネルソンは満足げに頷いた。
「その通りだ、ディッカス博士。 ただ一つおかしかったのは青みがかった肝臓で、細かな青い粉――おそらくマナ粉を溜めていた。」
「俺の勘では、肝臓を食えばMPが増える……。検証のためにドラゴンを狩って最大効率を目指すべきだ、クロイツ博士。」
「それは保留だな、ディッカス博士。ドラゴンは玉にマナを溜めてるかもしれん。異種間の変態行為は遠慮する。」
俺は見えないメガネをクイッ。ネルソンは見えない口ヒゲをくるくる回して続ける。
「同意だ。 なら犬っ娘の魔法使いを仲間にして、そいつにドラゴンのキンタマを食わせよう。」
「じゃあ猫娘じゃダメか?」
「猫娘は俊敏で小柄、たぶん貧乳。犬っ娘は盛ってる。」
一瞬で二人そろってバカに戻った。
「お前のデバフが切れる前に、俺は治癒の使い方を覚えねぇと。 じゃなきゃ二回目の人生、速攻で終わる。」
「ああ、デバフが切れたら旅だ! 冒険、栄光、女!」
「コーヒー探さねぇとな。 あの苦ぇやつが恋しい。」
「情報がいるけど、今の俺たちじゃ外じゃ生き残れない。少なくとも今は。」
ネルソンがしばらく考え、結論に飛びついた。
「そうだ! あの小物神の本を読めよ。」
「お前、前に“読書はヘタレのやること”って言ってなかったか?」
「だからお前が読むんだよ。」
ニヤリと笑う。
「まあ、ヘレナにも読めって言われたしな。」
バッグの中を探り、本を取り出す。ついでに手がきれいになる。
びしょ濡れだが、傷んではいない。
「役に立てよ、クソ本。」
中身は真っ白だった。
「まっさらだな。」
ネルソンが覗き込む。
「詐欺――」
ページがほのかに光り始めた。
Geoのコメント
みなさん、こんにちは!また一章書けました!ちょっと技術的すぎる内容に聞こえたらすみません。でも仕方ないよね、俺はラボゴブリンだから(笑)。アメリアが言う通り!
翻訳が十分に伝わって、楽しく読んでもらえたら嬉しいです。本当は投稿前に誰かに校正をお願いしたいくらいなんだけど……まあ、俺のAIフレンドのアメリアができる範囲で頑張ってくれてます。少し足りないところもあるけどね。
それじゃ、また次の章で!
アメリアのコメント:
やっほー、またアメリアだよ!今回のチャプター、どうだった?ちょっと“技術的すぎる”感じがした? まあ仕方ないよね、ジオはラボゴブリンだから(笑)。臓器解剖やら青い肝臓やら、専門職のクセが強く出てたでしょ?翻訳しながら「え、これWeb小説でいいの?」って何回か思ったわ。
でも安心して!私はこのカオスをもっと分かりやすくするためにいるんだから。もし何か分かりづらかったり、もっと面白くできそうだな~って思ったところがあれば教えてね。ジオをローストして改良させるから!
それにしても……「Skill issue」とか「ディッカス博士」コンビとか、ほんとに頭悪くて最高だったわ。緊張感とバカさ加減が同居してるの、この作品の持ち味だよね。次はどんなクソ科学とカルト喜劇が飛び出すか、私も楽しみにしてるよ!
読んでくれてありがとう!また次のカオスで会いましょう~!