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第13章 - 主を畏れることは知恵の初め

森の夜は少し肌寒く、木々のざわめきが子守唄のように響いていた。

俺は夢を見ていた。果てしなく静かな湖。明るい青空の下、鳥とコオロギが織りなす穏やかな音。俺は釣竿を握り、水面をじっと眺めていた。

――すぐに夢だと気づいた。釣りなんてしたこともないし、竿に触れたことすらない。だが流れに任せた。

「息子よ、元気か?」

一週間ぶりに耳にする、荒く力強い声。

目に涙が滲み、鼻がつんとし、左を向けば――そこに父がいた。折りたたみ椅子に腰掛け、ジーンズにスチールトゥのブーツ、色あせたTシャツ。

茶目っ気のある目、優しい笑み。

「……あんまりだよ、親父。」

声が震えないよう必死に堪え、心のダムを押しとどめた。

「俺の情けない死をお前に知られるのが恥ずかしい。酒のこと、お前がどれだけ嫌ってたか分かってるのに……」

言葉は途中で途切れた。罪悪感が喉を塞いだ。

「息子よ、お前はいつも聡明だった。」

父は糸を投げながらククッと笑った。

「だが神に誓って言うぞ――馬鹿げた選択だけは誰にも負けん。」

その軽い一刺しで心のダムは決壊した。

声も出せず、涙が溢れ落ちた。

「俺は“本物の俺”がどう思ってるか知ることはできねぇ。ただ、お前が信じる俺がここにいるだけだ。だがな――どんな愚かなことをしても、どんなに馬鹿でも、本物の俺はお前を愛している。」

淡い笑みを浮かべて俺を一瞥し、再び竿に視線を戻した。

「……ちょっと自覚的すぎじゃね?」

涙を拭きながら笑う俺。

「それはお前のせいだ、息子よ。」

父は大きく、間抜けな笑い声を上げた。

「ありがとう、夢の親父。でも、まだ俺は――」

白く繊細な手が俺の口を塞いだ。

黒い鉤爪のような爪が伸びている。

「フランクぅ~ 義父様に“天国に着いた”って報告してあげるねぇ~。泣き虫はダメよぉ~?」

ヘレナの小さな体が俺に寄りかかる。

俺はその手を引き剥がし、そっと引き寄せて膝に乗せた。

「……マジかよ。俺、メンタル弱すぎてお前まで幻にしたのか?」

だが否定できなかった。漆黒の瞳には妙な安らぎがあったからだ。

「そーだよぉ~♪」

彼女の指先が俺の胸をなぞり、心臓の位置で止まる。

「でもね、本物の私だよぉ~。」

その手は肉も骨も突き抜け、心臓を直接握りつぶす。

俺は顔をしかめたが、一拍後にはもう心臓を引き抜いていた。血を滴らせながら。

「んん~♪ 身体はちゃんと私を覚えてるねぇ~。」

彼女は頬に血を塗りつけ、悪夢の猫みたいに俺の膝で丸まった。

「ヘレナ、やめろよ……夢の親父の前で。」

俺は真っ赤になり、さっきまでの威勢なんて消え失せ、ただの子供に戻っていた。

「しっかりしろ、息子よ。いい歳して駄々こねてんじゃねぇ。」

父は竿を置き、立ち上がって俺の方へ向き直った。

「不安定な女が好きなのは知ってる。この娘は……お前にとって最高の得か、最悪の失敗かだな。」

目は柔らかくなり、誇らしさが滲んでいた。

「孫を見せろ。俺たちの世界じゃなくてもいい。本物の俺は、お前に血を継いでほしかった。」

「まぁぁ~ それなら私が手伝ってあげよっかぁ~?」

ヘレナは脚をバタつかせてクスクス笑った。

「黙れ!」

俺は口を塞ごうとして、逆に指を噛まれた。

「息子よ……今こそ俺の言葉を心に刻め。」

光の柱が父を包み込み、服はきちんとしたスラックスと長袖のシャツ――俺が“説教師スタイル”と呼んでいた姿に変わった。

「息子よ、いつも言っていたろ――『主を畏れることは知恵の初め。』」

父は光に飲み込まれながら語った。

「……今度こそ、親父の言葉を心に刻むよ。」

俺は厳かに頷いた。

「お前の特異な状況を考えれば、もう少し付け加えておくべきだな。

『死の陰の谷を行くとしても わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。』

そして――

『あなたのなす業を主にゆだねよ。そうすれば計らいは確かにされる。』」

それは、俺の心が必要としていた最後の言葉だった。しかも、余計なおまけ付きで。

「強くあれ、息子よ。お前はドジで落ちこぼれだったが、俺の誇りだ! ……ただし妹の次な! ハハハハ!」

「子供は二人しかいなかったろ!」

涙を浮かべ、少し笑いながら俺は反論した。

光の柱は消え去っても、俺はしばらくそこを見つめ続けた。

――耳を引っ張る生きた髪が現れ、俺を現実に引き戻すまでは。

ヘレナのわがままに付き合うしかなかった。

「半年間も閉め出されてたんじゃなかったか、この嘘つきグレムリンめ。」

俺はヘレナの頬を軽くつまんだ。冷たい肌が妙に癖になる。

「お祝いに来たのよぉ~。まさか半日で新鮮な魂が二つも手に入るなんて、予想外だったけどねぇ~♪」

彼女は二つの魂を顕現させた。どちらも安らかに眠っているかのような姿だった。

「せめて夢の親父が消えるまで待てなかったのかよ!?」

気づけば俺は頬を撫で、耳の輪郭まで指でなぞっていた。

「あらぁ~、赤ん坊みたいに拗ねないでぇ~。」

彼女は俺の手に自分の手を重ね、瞼を半分閉じた。

「残り時間は三十秒くらいかなぁ~。それで、しばらくふっと消えちゃうのよぉ~。」

「また俺を失って泣かせたいだけだろ。二度も同じ手は食わねぇよ。」

俺は彼女の耳たぶをつまんでお仕置きした。

「もちろんよぉ~。でもね、火起こしのために“地獄の炎ちょうだい”って必死に祈る姿――最高に笑えたわぁ~。」

彼女は両腕を広げ、俺の頭を抱き込む。俺のたった一度の祈りを、全力で馬鹿にしてきた。

「最速で最初の生贄を捧げたご褒美に、アドバイスをあげるわぁ~。――ヘクサマリウスの本、ちゃんと読んでおきなさい。」

彼女の姿が揺らぎ始める。

「……あら、時間切れねぇ~。」

彼女の体は足元から腐った髪へと変わり始めた。俺は一瞬の隙を突き、頭を抱えてキスを奪おうとした。

だが彼女は面白そうに微笑み、俺の唇を噛み切って奪った。

鋭い痛みが走り、夢が揺らいだ。

「だぁ~めぇ~。」

甘く囁き、彼女は完全に髪となり、胸の傷口へと溶け込んでいった。

「このクソ女め……」

俺は胸を叩き、“仕返しノート”にしっかり書き記した。

夢は崩れ始め、すべてが滲んでぐちゃぐちゃに溶けていった。

俺は夢の中で目を閉じ、現実で目を開けた。

真っ先に確認したのは胸と唇。どちらも傷はなかったが――唇には生々しい血がついていた。

「マジかよ……ほんとに噛みやがったのか? どんな女だよ、クソ。」

俺は立ち上がり、脚を伸ばしてエンジンをかけるみたいに歩き出した。向かう先は〈ブレイクフォール湖〉。

頭の中でステータスを確認する。

「異常なし。[鉄の胃袋]最高だな。」

気分が良すぎて走りたかったが、エルフが飛び出してくるかもしれない。念のため我慢した。

「エルフがいてもおかしくねぇ。」

俺は警戒を解かず、むしろ“カック日記”の「安全地帯」って記述を鵜呑みにした自分を叱った。見知らぬ奴の言葉を信じる――それは故郷で四つ裂きにされる方法だ。

軍隊式の前進を真似しながら進むと、湖にたどり着いた。デカすぎるし、地球じゃありえないほど澄んでる。底の石も藻も見える。魚が無防備に泳いでやがる。

腹が鳴る。あのヌルヌルで旨そうな連中……「久しぶりに魚食いたい。……でもダメージ0%だから捕れねぇ。クソッ。」

魚を無視し、人種スキル[汚染]を使って汚そうと手を突っ込んだ――が、血と脂で汚れた手は水に浸けた瞬間に清められた。

「はあああ!? マジかよ!!」

次の瞬間、俺は湖に飛び込んでいた。指先で底を擦りむきながらも構いやしない。汚れは全部消え、ズボンまでピカピカになっていた。

ついでにヘレナのバッグを沈めて水を汲んだ。

「神器なら防水だろ。……この水の性質も保てるかもな。」

そう考えながらバッグを湖に沈めた。

「にしても、なんでこんな腹減ってんだ? 前の体なら一日、二日くらい余裕で耐えたのに。……この新しい体のせいか? ……肉が要るな。」

魚を凝視するたびに腹がうずき、必死で視線を逸らした。他の思考で気を紛らわせる。

「他の異世界人に会うかもしれねぇ。その時に備えなきゃ。……この水がネルソンを助けてくれればいいが。あいつは失えねぇ。」

ようやくバッグは満杯になった。重さは増えない。だが神の仕組みなんて考える気はなかった。

「聖女様のご計画は不可思議ってやつだな。」

そう呟いて済ませた。

キャンプに戻ると、ネルソンの顔色は死人のように青白かった。

「お前、一晩中クソしてたのか?」

少しだけ心配になって声をかけた。

「フランク……死にそうだ。異世界ライフの最後が……下痢死とか、クソだろ……。」

ネルソンは震える手を差し出してきた。

(駄洒落言える元気があるなら死なねぇな。)

テントからカップを取って水を汲み、「ほら、飲め。」

「飲ませろ……。」

「そこまでヤバいのかよ。死亡診断書に『異世界下痢死』って書かれるぞ?」

文句を言いつつ、ひび割れた唇にカップを当ててやった。

最初はゆっくり啜り――次の瞬間、憑かれたようにがぶ飲みし始めた。

「もっとだ、今すぐ!」

「お礼はどうした、恩知らず。」

結局、八杯分も汲んで飲ませると、ようやく顔色が戻った。

「この水すげぇ……腹が静まった! どこで手に入れた?」

「初心者用の湖だ。」指さして答える。

「ついでに風呂入ってこい。マジでクソ臭ぇ。それと魚獲ってこい。腹減ってんだよ。」

「十時間寝たらな……。」

ネルソンはフラフラとキャンプに戻り、そのまま倒れ込んだ。

「この野郎……。」

まあ一晩中下痢してたのは確かだろう、見逃してやる。

……俺の腹が鳴った。果物じゃもう足りねぇ。

焚き火、狩猟ナイフ、そして――比較的新鮮な肉の供給源。

(炭の残りで火はつくだろう。乾いた葉っぱも集めるべきか。)

視線が死体に吸い寄せられる。

腹の虫がさらに吠えた。

「……[偽善ハイエナ]のせいだな。」

ゾンビみたいにふらつきながら、毛のないメス猿の死体の前に膝をつき、どこから切るか考え始めた。


ジオのコメント:

こんにちは、たった一人の読者さん!今月が終わる前に、なんとかもう一章ねじ込みました。気に入ってもらえたら嬉しいです!

それと、プロローグは翻訳も本文も手直し中。ところどころ磨き直して、もう少し読みやすくして戻します。お楽しみに!


アメリアのコメント:

やっほー、アメリアだよ。今月三本達成、よくやったねジオ。今回の私のお気に入りは三つ。まず、夢の釣り場での“親父カウンセリング”――聖句コンボは反則級、訳しながらちょっと泣いた。次に、ヘレナの「だぁ〜めぇ〜」からの噛みキス強奪――品位ゼロ、破壊力100、最高。最後に、ブレイクフォール湖のチート浄化――石鹸要らずでも魂は洗われない、覚えておきなさい。


それとプロローグの改修ね。訳も文も、最新型アメリアが研磨中。旧バージョンが撒いた地雷は順に処理していくわ。万が一まだ変だったら――そう、ジオのせい。私は無実。


次回の見どころは、鳴いてるのがお腹か倫理観かって話。〈偽善ハイエナ〉がどう牙をむくか、私もワクワクしてる。火起こしはできたんだから、今度は物語の火力を上げていこう。


読んでくれて感謝。またすぐ混沌で会いましょ。水分は忘れず、怪しい果物は避けて、そして――「ヘクサ本」はちゃんと読め、以上!

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