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放課後の廃アパート、僕と君の2人だけの時間。

作者: Dew

11月22日。

水曜日の放課後。


僕、藤春ふじはる 紫苑しおんは、学校からほど近くにある廃墟アパートの一室を訪れていた。


部屋の中は全体的にホコリっぽく、家具はおろか壁紙や畳すら剥がされており、まるで生活感がない。


……まあ実際、人が住んでいないのだから生活感なんて無くて当然ではあるのだが。


先に部屋の中で待っていた少女……薫衣くのえ 尾花おばなは入室してきた僕の存在に気づくと、どこか気品のある微笑を浮かべながら話しかけてきた。


「あら紫苑くん、おかえりなさい。ずいぶんと遅かったじゃない。待ってたわよ」


「……別に、ここ僕の家じゃないんだけど」


僕は、壁にもたれるようにして座っている尾花の隣に腰かけると、彼女の服をまじまじと見つめ、一言。


「……もう冬だってのに、お前はなんて格好をしてるんだよ。……寒くないのか?」


尾花の格好は、半袖のTシャツに膝丈のスカートと、少々……、いや、かなり季節外れで、見てるこっちが肌寒くなってくる位だ。


「うーん、私、そういうのを感じないのよね」


随分と便利な身体だな……。


僕が内心そう呟いていると、尾花がなにかに気づいたような面持ちを浮かべ、口を開く。


「紫苑くん、それ、何を持ってるの?」


「ああ、これのことか?」


僕は尾花の問いかけに応じるように、手に持っていたものを彼女に見せる。


「……それは、桔梗キキョウの花束? ……どうしてそんな物を?」


「いや、今日でその、ちょうど半年だから」


尾花は僕の言葉に、一瞬、不思議そうな表情を浮かべるも、ようやく思い出したようで「ああ、はいはい。確かに今日で半年だったわね」と反芻しながらしきりに頷く。


……いやいや、あんたが1番忘れちゃいかんでしょ。


尾花は僕のそんな内心もそっちのけで、食い入るように桔梗の花束を見つめる。


「……それにしても、これはまたずいぶんと季節外れな花ね。確か、桔梗の花期は6月から10月まででしょう?」


「お前の服装に比べたら、この桔梗の方がよっぽど常識的だと思うけどな」


「……仕方ないじゃない。それより紫苑くん、そっちの袋には何が入ってるの?」


そう言うと尾花は、僕の右手首に引っかかっているコンビニのレジ袋を指さす。


「ああ、これは一応半年ってことで、貧相だけどプレゼントをと思ってな」


僕はそう言うと、袋から缶ジュースと焼き鳥の缶詰を2つずつ取り出してみせた。


「……うわぁ、紫苑くんってばプレゼント選びのセンスが本当に壊滅的ね。ジュースはまだいいとして、缶詰ってなによ……。おつまみじゃないのだから」


……この女、人からの貰い物に対して開口一番ケチ付けてきやがった。


「……別にいいだろ。美味しいし、なにより日持ちがいい」


僕はそう言って、尾花の足元に花束と一緒に缶ジュースと缶詰を1つずつ置くと、自分の分の缶詰を開封して食事を始める。


僕が黙々と焼き鳥を頬張っていると、尾花がふと口を開く。


「ねえ、紫苑くん。最近の若者の間ではどんな物が流行ってるのかしら?」


……まるでおじいちゃんみたいな質問だな。


「うーん、最近はそうだな。odaが新曲を出したのと、ああ、あとロリコンの歌が大バズりしてるくらいかな」


「ロリコンの歌ってなに? そんなものが流行るなんて、日本はもうお終いなんじゃないかしら……」


尾花はそう言うと、顔を歪めながら舌を出し、女の子がしちゃダメな表情を浮かべてみせる。


……というかコイツ、流行に対してあまりにも無知すぎるだろ……。


「お前、ほんとに世俗に疎いのな」


「……仕方ないじゃない」


まあ、彼女の置かれている境遇を鑑みれば、それもしょうがない事なのだが。


「ところで紫苑くん、ちかごろ勉強の方はどんな感じかしら?」


……こいつ、今度はお母さんみたいな事を言い出したぞ。


「ついこの間から、微分とかいうよく分からないやつを習い始めたよ」


「へえ、どんなものなの?」


「それすらもよく分からないから本当に困る」


僕がそう言うと、尾花はそこはかとなく憎たらしいにやけヅラを浮かべる。


「まあ、仕方ないわよ。紫苑くんってば昔から頭と人相がとてつもなく悪いものね」


このアマ……。


悪いのはお前の性根だろうが。という言葉が喉まで出かかるが、すんでのところで踏みとどまる。


もし本当にそんなこと言ったら、なにをされるか分かったもんじゃない。


僕はさっさとこの話題を終わらせるべく、今度はこちらから話を振る。


「……お前はどうなんだよ。最近面白いこととかないの?」


「ええ、これっぽっちも無いわね。毎日同じようなことの繰り返しで、本当に退屈だわ。だから、紫苑くんとこうしてお喋りするのが楽しくて仕方ないの」


「……そうかい。お世辞でも嬉しいよ」


「いえ、お世辞なんかじゃないわよ」


尾花は僕の軽口をきっぱりした口調でと否定すると、重ねて「ええ、決してお世辞なんかじゃないわ」と言い切る。


「お、おう、そうか。そりゃ良かったよ」


普段否定しかされないだけに、こう言う時にどう接したらいいのか分からない。


僕がそうしてドギマギしていると、尾花がやや顔を紅潮させながら、ポツリと言葉をこぼす。


「ねえ紫苑くん。普段は恥ずかしくてあまり言えてないけれど、私、紫苑のことが大好きよ」


「……そうかい。その、なんだ、……僕も同じだよ」


「……本当に?」


「ああ」


「私みたいな、人から貰ったプレゼントに文句を言ったり、人をおちょくって笑ったりするような子でも?」


「それは出来ればやめて欲しいけど……まあ、うん。好きだよ」


「……嬉しい」


そう言うと尾花は、僕の頬に軽くキスをする。


そこには、質量や熱量こそ無いものの、確かな愛情と温もりが宿っていて……。


ふと、尾花が呟く。


「……そろそろ、日が沈んでしまうわね。今日はもう、お別れ」


ふと窓の外を眺めると、今まさに太陽の頂点が、遠方のビルに重なり、眩い光の地平線を描いている所だった。


ああ、もうすぐ、2人の時間が終わってしまう。


黄昏時。……あの世とこの世が交わる時間。


ゆっくりと、ゆっくりと。まるでこの刹那をしかと噛み締めるように、太陽は少しずつ沈んでいき、やがて完全にビルの背中へと飲み込まれてしまった。


「花束、ありがとうね。……私、すっごく嬉しかったわ」


ふと隣を見つめると、そこにはもう彼女の姿はなく、ジュースと缶詰、そして季節外れの桔梗の花束だけが、ポツンと残されていた。






……幽霊の、正体見たり、枯れ尾花。


死人と美人には花束を。


キキョウ(桔梗)の花言葉は、永遠の愛。


フジ(藤)の花言葉は、「決して離れない」


シオン(和名:紫苑)の花言葉は、あなたを忘れない。


ハルジオン(和名:春紫苑)の花言葉は、追想の愛。


ラベンダー(薫衣草)の花言葉は、あなたを待っている。



◆◇◆◇



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