むに吠えられている男
コンクリではないけど、舗装された道だ。今までの村みたいに勝手に入ろうとすると、呼び止められた。
「街に入るには手続きをお願いします。」
「あ、すみません。」
「まず、お名前は?」
「杜若 太郎です。」
「杜若殿?!見れば、それだけの助動詞を連れて。ご本人ですね。これは失礼を致しました。すぐにお屋敷にご案内いたします。」
あまりに慌てられて、俺は返事をするのがやっとだった。助動詞たちは俺の後を大人しく着いて来る。通されたのは寝殿造のお屋敷だった。
「はじめまして。私は兼好と申します。ここら一体の守を仰せつかっております。」
「杜若 太郎です。」
「良く来てくれました、杜若殿。貴方の召喚以来、都での鬼の騒ぎは随分減ったと、鴨殿から聞いていますよ。」
「そうなんですか?!それは、良かったです。」
今、俺が鬼ヶ島の方へ向かっていて都から来たから、俺がいなければ助動詞たちが倒してくれた鬼たちが都に行ってたってことか。
「長旅でお疲れでしょう。今日はこの屋敷でゆっくりしていってください。他にも、何かありましたら遠慮なく。」
「あの、では、お言葉に甘えて2つほどお願いしてもいいですか?」
「できることなら。」
兼好さんは笑顔でうなづいてくれた。
「まず、きび団子をお願いしたいんです。助動詞たちに食べさせてやりたくて。」
「お安い御用ですよ。できるだけ多く用意いましましょう。」
「ありがとうございます。それと、ここから南西で1番近い村に食料の支援をお願いできませんか?俺が行った時にはもう、鬼に畑を荒らされていて。」
「分かりました。その件は鴨殿にも話を通しておきましょう。私も出来る限りのことはいたします。」
「ありがとうございます。」
ごめんな、爺さん、紀佐ちゃん。
「それだけでよろしいのですか?杜若殿には欲がない。」
「ご飯も寝床もいただいているのに、そんなことないですよ。」
むしろ、何を求めたら想定内だったのだろう。
兼好さんとの話が終わったあと、俺は中庭に待たせていた助動詞たちを迎えに行く。
「む!む!」
そこには、随分とむに吠えられている男がいた。
「あの、うちのむに何か御用ですか?」
厳密にはむは俺について来てくれているだけで「俺の」ではないのだが、ここはそう言っておいた方が話が早いだろう。
「ああ、これは、失礼しました。貴方が助動詞使い殿ですか。私は本居と申します。実は、助動詞の研究をしているのですが、どうも助動詞には懐かれず。」
「はあ。」
どうして、こうも懐かれないのに研究者になったのか。それは異世界転移してきただけで懐いてもらえる俺には聞いてはいけないことな気がした。
「俺、杜若 太郎です。む、落ち着けって。ほら、よしよし。」
「むー!」
「杜若殿、お疲れのところ申し訳ないのですが、よろしければお話をお伺いできませんか?ぜひ、助動詞たちのことを!」
これか研究者というものなのだろうか。少年のようにキラッキラしている。そんな期待の目で見つめないでほしい。それは、もう一種の圧だろう。
「え、ええ。俺も聞きたいことがありますし、ぜひ……。」
「ありがとうございます!」
そのまま俺は本居さんの研究室に連れて行かれた。襖を開けて助動詞たちを横目に出してもらった座布団の上に胡坐をかく。正座した方が良いのかも分からなかったが、この探究心を前に脚がもつ気がしない。女中さんが出してくれたお茶を飲むと本居さんが話し出した。
「まず、先ほど助動詞たちから聞いた話ですが。」
ん?
「ちょっと待ってください。助動詞たちと話せるのですか?」
「はい。あ、てっきり杜若殿のお分かりになるのかと思っていました。先ほどもむに話しかけておられましたし。」
「あれは、一方的に声をかけていただけで俺には分かりません。」
なるほど、この人が懐かれないのに研究者をやっている理由が分かった。
「興味深い……あれだけ慕われているのは言語による意思の疎通は関係しないのか……。失礼、では、折角ですし通訳でもいたしましょう。庭の彼らと話してみませんか?」
「是非!お願いします。」
動物(助動詞)と話せるなんて転移前の世界のテレビみたいだ!