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おまんまはそんなに急には育たないの!

 「北東ってこっちで良いんだよな。」

太陽なんて読めないし、村を出た時に教えてもらった方角を信じて進むしかない。

「むぅ!」

「あ、そっちか。ありがとう。」

俺が逸れて行きそうになるとむが止まって教えてくれる。こいつの方向感覚すごいな。合っているのかは次の村に着くまで分からないけど今は信じるしかない。

 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。」

「あ、出たな、鬼!」

「むう!!」

「頼むぜ、む!未然形接続、意思の助動詞「む」の終止形!」

「む!!!!」

引用の「と」の前は終止形ってのは俺でも分かるぜ!あとは

「なり!頼む、力を貸してくれ!連体形接続、断定の助動詞「なり」の終止形!」

「なりー!!!」

あれは、猪か!

「男もすなる日記を!!!」

「連体形接続、断定の助動詞「なり」の連体形!!」

くっそ、むの噛みつきも、なりの体当たりも確実に効いてそうなのに。

「なり?!」

「あ、なり!!」

跳ね返された。でも、すぐに立ち上がって突っ込んで行ってくれる。猪突猛進、頑張ってくれ!!

「なり、なり。」

「うわ、なんだ?!」

猪というより豚?俺の袖を引っ張って、何か伝えようとしているのか。

「なり!」

え、こいつもなり?猪と豚は同じ助動詞なのか?それとも、はっ、まさか!俺は文法書に目をやった。

「お前も「なり」か。頼む、むとなりを助けてくれ。」

「なり!!」

「終止形接続、伝聞の助動詞「なり」の連体形!」

「なああああありっ!」

「ぐはっ!……。」

あの鬼、今、ぐはって言ったか??今まで古文一文を繰り返すやつしかいなかったのに。なんか、あれで成仏ってちょっと可哀想かも。なりの体当たり、すごいな。

「なり!」

「なり、なりっ!」

「2人とも、ありがとうな。えっと、猪みたいなお前が断定、うわっ所在・存在ってのもあるのか。じゃあ連体形接続のなりで、豚のお前が伝聞、推定のなりだな。お前は終止形接続……っあ、す・なる・日記の「す」ってサ変動詞の終止形か、なるほど。」

「む!むっむ!」

「おう、むもありがとうな。かっこよかったぜ。ほら、きび団子だ。3人とも仲良く食えよ。」

「「なり〜!」」

「む〜!」

俺はまだしばらく文法書を手放せそうにないな。

(いの)なり、(ぶた)なり、またな〜。」

「「なりー!」」

あいつら、仲良さそうだな。一緒に暮らしているのか?

 「む、今日はお手柄だったな。」

「むう!」

そろそろ、次の村が見えて来る頃じゃないか?おっ、あれか。

 「えっ。」

これ、この畑、枯れているんじゃなくて荒らされた後だよな。茎が踏みつけられたようにボッキリいっていたり、畝が崩されたり、実が落ちて潰れているのもある。

「どちらさんかの。」

「あ、はじめまして。俺、杜若(かきつばた) 太郎と言います。」

「そうか、そうか、お主が助動詞使い様か。鬼ならもう行ってしまったよ。」

やっぱり、これ鬼のせいなんだ。

「もてなすように言われているが、村のもんが食べる分もない。悪いが、早々に出ていってくれんかの。」

言い方は優しいんだろうけど、とても怖いと思った。余裕がない、という感じで本当は優しい爺さんなんだろうな。

「今更、何しに来たのよ!食べ物なんてないわ!あなたが来てくれなかったから!!」

「ほれ、紀佐(きさ)、よさんか。」

「だって、おじいちゃん!この人が、助動詞使い様がもっと早く来てくれていれば畑は無事だったんでしょう?!鬼を退治してくれるありがたい人だから、もてなすようにって話だったのに!」

「それでも、人死は出ておらんのじゃ。な、気持ちは分かるがな、紀佐。」

紀佐ちゃんというのは10歳くらいだろうか。食べ盛りだろうし、怖い思いもしたのかな。

「紀佐ちゃん、申し訳ない。俺が間に合わなかったから。なあ、俺にできることがあれば。」

「できることなんてないわ!おまんまはそんなに急には育たないの!今年は、みんなで冬を越えられないかもしれない!」

「悪いがのぉ、こればっかりは紀佐の言う通りなんじゃ。村のもんも、今あんたに会ったら失礼をするかもしれん。だから、」

「はい。本当に、すみませんでした。俺はすぐに出て行きます。あの、一つだけ確認しても良いですか?鬼は、木のように大きくて、般若のような顔をした2本角の女のような姿でしたか?」

「そうよ。私、家の中から見ていたの。家だって、壊されるんじゃないかってくらい揺れたんだから。」

やっぱり、さっきの鬼だ。

「遅れてきて、信じてもらえないかもしれないけど、その鬼はもう成仏したんだ。だから、もうこの村には来ないよ。」

「あの鬼を倒したのかの?!」

「はい、今さっき。」

「そうか、さっきはキツイ言い方をして悪かったの。孫や娘が攫われる心配はもうないのか。」

「はい、では、俺はこれで失礼します。」

鬼を倒したと言った後、紀佐ちゃんは目を合わせてくれなかった。俺も、さすがにこの村にご厄介になることはできなくて村から少し離れたところで野宿をすることにした。

「むー。」

「悪いな、む。お前は体を張って鬼を噛み殺してくれたのに。」

俺がもっと早く来ていれば。

「飯は無いし、きび団子、一緒に食うか。」

「むー!」

小さな女の子の紀佐ちゃんがお腹を空かせていると思うと、きび団子一つで何も喉を通らなくなった。森での野宿で危険と言ったら転移前の世界では野生動物なんだろうけど、俺はどうやら野生助動詞には好かれるみたいだし、火だって起こせないから、むを抱いてもう寝よう。明日は早く、次の村へ。

 目が覚めると、俺は助動詞たちに囲まれていた。体温の高いむもそうだが、どこから来たのか、ワニのぬが膝枕ならぬ背枕をしてくれている。鳥のけりと蛇のず、(いの)なり、豚なりまで身を寄せ合って俺を温めてくれていた。

出典 「門出」土佐日記

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