一噛みで成仏させたぞ
「杜若様、こちらお確かめください。紙はこちらでご用意した物ですので元の書とは見た目が変わってしまいましたが、中身は複製できました。」
「次平さん!ありがとうございます。」
次平さんは文法書を渡してから、おにぎり片手に働いてくれていたのだと一業さんから聞いた。さすがにクマができている。俺は村の宿に部屋を借りて、食事もそこでいただいていたが、今日は夕飯にお呼ばれしてお伊勢さんの手料理だ。食べ始める前に次平さんが写本を渡してくれた。これだけの量の写本を2日で仕上げてくれたのか。表なんかまでそのまま写してある。筆で書いてあるのに細かいのすげぇ。俺はもう一度次平さんにお礼を言ってから、いただきますと手を合わせた。
「お伊勢さんはお料理お上手なんですね。きび団子もそうですけど美味しいです。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
「まあ、あなたったら。杜若様、ありがとうございます。」
次平さんが満足げにしていて、お伊勢さんも満更ではないらしい。弟夫婦の仲睦まじい姿を一業さんが微笑ましそうに見ている。
「今日はもう日が暮れてしまうので明日にはあの鬼を探しに行こうと思います。本当に、ありがとうございました。」
この2日間、助動詞の勉強もできず歯痒かった。一刻も早く鬼を倒したい気持ちはあったが、まずはあの「ぬ」を確認したい。食べ終わった俺はご馳走様とお伊勢さんに伝えると失礼してその場で文法書の助動詞一覧表を見ることにした。
えっと、やっぱり「ず」の連体形とは別に終止形「ぬ」の助動詞がある。連用形接続で、完了か存続か。「〜ぬ、〜ぬ」の形じゃないから並列は違うよな。
「『はや舟に乗れ、日も暮れぬ。』なら『早く舟に乗れ、日も暮れてしまった。』かな。『日が暮れている。』だと目に見える速さで太陽が隠れていくみたいになるし。」
「杜若様、独り言に対して失礼させていただきますと、日が暮れてしまった後で舟を出すことはありません。危険過ぎますから、どんなに急ぎのお客さんでも次の朝です。」
「え、ありがとうございます。」
船頭の一業さんが言うならそうなのか。え、じゃあ存続?そういえば、各助動詞の説明が載っているんだっけ。一覧表の最後の行に確かページ数が。
「あった。」
「て・む」「な・む」「つ・べし」「ぬ・べし」の時は「強意」って「暮れぬ」だからこれは違うな。あとは、えっと、確述?!なんだそれ。それなら「強意」も「確述」も一覧表にも書いておいてくれよ。なになに、まだ完了していないんだけど完了することが必然なときは「〜てしまう。」って訳して「確述」って呼ぶのか。あー、なんかあった気がするぞ。「早く舟に乗れ。日が暮れてしまう。」ならまだ暮れてないってことか。もう先生、助けてくれ。転移前にもっとちゃんと授業を聞いておくんだった。でも俺が間違ったら助動詞がやられるからな。
「一業さん、ありがとうございます。解決しました。これできっと、あの鬼を倒せます。」
お腹もいっぱいだし、今日はしっかり寝て、明日の備えよう。
次の朝、俺は俺よりやる気があるやつに起こされてしまった。
「む、む!」
「おはよう、む。行くか!鬼退治。お前も着いてきてくれるか?」
あの鬼だけなら「む」は出てこないんだが、正直1人よりは心強い。
「むー!!」
「ありがとな。」
って言ってもまずは鬼探しだ。俺は一業さんたちに見送られて村を出た。
「とりあえず、あの川の方へ行ってみるか。できれば「ぬ」とも合流したいし。」
「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。はや舟に乗れ!!!」
「ぅおう!びっくりした!!」
登場が早すぎるだろ。まだ村を出て10分程度だぞ。って、言ってる場合じゃねぇか。
「ぬ!来てくれ!」
桐さんの声量が欲しい!
「連用形接続、確述の助動詞「ぬ」の終止形!!!」
「ぬー!!!」
ぬ!来てくれたのか。
「ふねn……!」
すげぇ、一噛みで成仏させたぞ。ワニの姿しているだけあって強いな。
「ぬー。」
「ぬ、ありがとうな。」
「ぬぅ!」
「これ、きび団子だ。この前の礼も合わせて2つやるよ。ありがとうな。」
「ぬー!!」
村に寄って報告したら、また北東へ向かって行こう。この感じなら本当に鬼ヶ島の頭を倒せるかもしれない。助動詞たちは強いし、俺は助動詞を叫べば良いだけだもんな。きび団子さえあればこいつらは無敵だ。なんだが、楽観的になっている俺は足取りが軽かった。
「ぬー。」
「ぬ!ありがとうな!一業さんと仲良くやれよー。よし、む、俺たちも行くか。」
「むっ、む!」
「はいはい、俺だってほとんど何にもしてねぇんだ。お前にもやるよ、きび団子。」
「む〜!」