助動詞全部連れて歩いたら大所帯になるか
「それでは、杜若殿。ご武運を。」
「はい、行ってきます。」
「む〜!」
助動詞「む」と共に1人と1匹の旅。俺は文法書ときび団子を風呂敷に結んで背負っていた。とにかく俺は北東へ歩いたらいいらしい。途中、途中に村があれば泊めてもらえるはずだが、地図は高価な物らしく流石に渡してもらえなかった。というか正直、話を聞いていた感じでは正確な地図は存在しそうにない。
「む、むっ、む!」
「む、どうした?」
「ずー。」
「蛇?あれも助動詞か?」
「むっ、むー!」
「ずー、ずー。」
「鳴き声そのままっぽいし、多分「ず」だよな。打ち消しの助動詞の。」
「ずずー。」
「うおう、犬に懐かれるのと蛇に懐かれるのは、なんというか流石にちょっと蛇はビビるな。よしよし。お前も鬼が来たら戦ってくれるか?」
「ず〜!」
「ありがとう。」
こんなに助動詞に懐かれるなんて、転移特典なのかな。それは、割と良いスキルもらったかも。
「きゃー!」
「ん、鬼か?よし、む、ず、行ってみよう!」
「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」
「いた!さっきの叫び声すごいな、結構走ったぞ。」
「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」
「助けて!ねぇ!」
「まじか、女の人を俵担ぎしてやがる。待ってください!今、助けます!」
ええっと、助動詞だよな。どれだ、あ、ぬ?!どうしよう、むもずも無い!
「ずー!!」
「えっ、ちょっと待てよ、お前、活用多いな!」
授業で一応やってるはずなんだけど。確か、本活用と仮活用だっけ。あー、もう先生‼︎俺はとにかく文法書の助動詞一覧から「ぬ」を探す。
「あった!一か八か頼む!未然形接続、打ち消しの助動詞「ず」の連体形!」
「ぬ〜!!」
ずの鳴き声が変わった?!よくわかんねぇけど、何か変わるから呪文が要るのか。
「すぐれて時めきたまふありけり!!」
あっ、倒すには助動詞全部要るんだっけ。くそっ、残りは多分「けり」だよな。どこか近くにいねぇのか?
「おい!けり!!」
「けーーーり!」
「あれはっ、鳥か?なんかよく分からねぇけどけりっぽい!頼む、けりであってくれ!連用形接続、過去の助動詞「けり」の終始形!!」
「けーり!」
「ぬー!!」
「やった、やっぱあいつ「けり」だった。あっ、けり!!」
くそっ、けりが振り払われちまった。なんで倒せないんだ?呪文は間違ってないよな。文法書、何でた?まさかっ
「連用形接続、"間接体験の過去"の助動詞「けり」の終始形!!!!」
「けーーりっ!!」
「すぐr………」
「うわあ!っと。」
鬼が、消えた?お決まりとはいえ、女性が降ってきたら咄嗟に動けるもんだな。
「あの、大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「さっきの鬼は」
「成仏したのです。ばば様から話は聞いておりましたが、貴方が助動詞使い様ですね。」
鬼って倒すと成仏して消えるのか。というか俺、助動詞使いってことになってるんだな。猛獣使い的な?
「まあ、はい。俺は杜若 太郎と言います。」
「杜若様、私は桐と申します。どうか、改めてお礼を。私の村までご案内いたしますね。」
「それは、ありがとうございます。ちょっと待ってもらってもいいですか?助動詞たちを回復させたいので。」
「分かりました。」
「ず、けり、大丈夫か?ありがとうな、2人とも。」
「ずー。」
「けりー。」
「過去の助動詞は2種類あるんだな、ごめんな、けり、一発で気づけなくて。ほらっ、きび団子だ。しっかり食え。」
「ずぅ〜!!」
「けりー!」
「むっ、む!む!」
「お前も欲しいのか?鴨さんは万能薬って言ってたけど食べさせて良いのかな。」
「きび団子でしたら、助動詞にあげて大丈夫ですよ。怪我をしているときには万能薬ですが、普通におやつにもなりますので。杜若様は食べられないのですか?」
「これ、人間も食べれるんですか?というか、同い年くらいですよね?話にくいんで、敬語は無しにしませんか?」
「杜若様がそうおっしゃるなら。」
「呼び方も、様なんていらないから。」
「えっと。じゃあ杜若くん?でいいかな。」
「おう。」
「杜若くん、きび団子はどこの村でも作っているような甘味だよ。私も好きだし。」
「じゃあ桐さんにもやるよ。はい。」
「え、良いの?じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます。」
「むっ、む!」
「はいはい。」
「む〜!!」
「確かにこれ、美味しいな。ご馳走様。」
「ずー、ずー。」
「けりっ、けり、けり。」
「え、お前たち行っちまうのか?」
まあ、助動詞全部連れて歩いたら大所帯になるか。さっきのけりみたいに呼んだら来てくれるシステムの方がありがたい、のかな。
「ありがとうな、ず!けり!」
「ずずー!!」
「けーり!」
「じゃあな!」
「むっむ!」
「ありがとうー!!それじゃあ杜若くん、私たちも行こうか。」
「そうだな。お邪魔します。」
出典 「桐壺」 源氏物語