今日の時間割に古典があって良かったとか初めて思った
見つけていただいて、ありがとうございます。文法的なところは読み飛ばしてもストーリー展開に支障はありません。高校生なら味方につけておけば、いつか助動詞が助けてくれるかも……?
「う、うおう!は?!」
「良かった、成功だ!異世界の大丈夫が来てくださった!」
どこだ、ここは。1人寂しく登校していたら、突然足元に魔法陣みたいなのが光って落っこちてきた。
「えっと、どちら様?」
「私は天皇家に仕える陰陽師の鴨です。昨今、都を騒がせている鬼退治を引き受けてくれる者を探しておりました。お名前を伺っても?」
「杜若 太郎です。って鬼退治?!それは陰陽師の仕事じゃないんですか?」
「恥ずかしながら我々でも敵わぬ故、異世界の方をお呼び出ししたのです。引き受けていただき、本当にありがとうございます。」
「え、引き受けてませんけど?」
「?!いや、しかし、引き受けてくださる方をお呼び出しした術ですので、鬼退治が終わらないと元の世界におかえりいただけませんよ?」
「は?!なんだよ、それ!」
いや、まあ、これが所謂、異世界転移ってやつならそうゆうもんなのか?
「鬼退治を引き受けてくださるのなら、衣食住はこちらで用意いたします。鬼ヶ島までの間の村々で貴方様を丁重にお泊めするよう詔を出しても良いと陛下も仰せですので。」
他に選択肢なさそうだし、雑魚スキルで追放されるとかよりはよっぽど好待遇なのかな。
「そういえば、俺、スキルとかないんですか?転移の途中で神様から貰えるみたいな。」
「スキル?が何か分かりませんので、そのようなものは無いかと。転生ではありませんので天は経由していないでしょうし。」
「まじか。」
天皇家お抱えの陰陽師が倒せない鬼を俺に倒せとな。でも、こう言うのって大体、倒せるから呼び出されてるんだよな。
「まあ、とりあえず引き受けます。」
「かたじけない。では、転移の疲れもございましょうからまずはお風呂を。着物もご用意しております。その格好ではさすがに目立ちすぎるので。」
登校中だったから制服だもんな。この世界、和風っぽいし洋服はないのか。俺は案内されるまま建物を出て鴨さんについて行った。
「む!む!」
「ぅおう!なんだ?!犬?」
とりあえず今夜泊めてもらえると言う屋敷への移動中、何かが足元に飛び出してきた。
「ああ、助動詞の「む」です。随分と懐かれていますね。」
「助動詞?」
「はい、助動詞です。杜若殿の世界には助動詞がいなかったのですか?」
「えっと、助動詞は生き物ではありませんでした(?)」
「?」
「まあ、いいや。助動詞=動物って感じかな。よしよし。」
「む〜。」
「着きましたよ。本日はここをお使いください。あとは中の者がご案内いたします。」
「ありがとうございます。あの、こいつ連れて入ってもいいですか?勝手について来ちゃうんで。」
「杜若殿のご要望とあらば可能な限りご配慮いたしますよ。」
「ありがとうございます。」
ふう、風呂も気持ちよかったし、着物って割と苦しくないんだな。まあ、昔の人は普通に着てたわけだし、そりゃあそうか。
「む!む、む!」
「よしよし、お前、可愛いな。このまま俺と一緒に鬼退治に行くか?」
「む〜!」
あ、助動詞の「む」ってあれか。意志とか推量とかの。聞いたことある気はしてたけどやっと思い出した。そういえば、登校中に呼び出されたから文法書が鞄に入ってんじゃ。あった、あった。
「きゃー!」
「出た、鬼だー!」
鬼?!これは、あれだよな。俺が退治しないといけないやつだよな?!
「む!むっむ!!」
「あ、おい、む!どこ行くんだよ!」
「し出ださむを待ちて寝ざらむも、悪かりなむ。」
「杜若殿!」
「鴨さん!あれが鬼ですか?」
なんだこのおどろおどろしい化け物。
「む!む!」
「し出ださむを待ちて寝ざらむも、悪かりなむ。」
「し出ださむを待ちて寝ざらむも、悪かりなむ?あの鬼、何言ってんだ?」
「杜若殿、鬼の言うことが分かるのですか?」
「え、多分。」
音としては聞き取れても、部分的にしか意味が分からないけど、古文、だよな。
「鬼が本当に『し出ださ[む]を待ちて寝ざら[む]も、悪かりな[む]。』と言っているなら追い払えるかもしれません。未然形接続、婉曲の助動詞「む」の連体形!未然形接続、仮定の助動詞「む」の連体形!未然形接続、推量の助動詞「む」の終始形!!!」
「むー!!!!」
なんだ?鴨さんが陰陽師っぽい手の形で呪文っぽいの唱えたら、むが鬼に向かって行ったぞ。噛みついた!あ、振り払われる!
「む!大丈夫か!しっかりしろ!」
「追い払うことはできましたが、逃しましたね。杜若殿、むにこれを。きび団子です。」
「む、食えるか?ありがとな。」
「むー。」
「お前、回復早いな。」
「助動詞にとって、きび団子は万能薬です。出立の前にお渡しいたしましょう。」
「鴨さん、さっきのは一体何だったんですか?」
「鬼を倒す術です。鬼の言葉に合わせて呪文を唱えると、助動詞がそれに合わせて鬼を攻撃してくれます。先ほどは「ず」と「ぬ」がいなかったので倒すには至りませんでしたが。」
「それなら、俺じゃなくてもいいんじゃ。」
「普通、鬼の言葉なんて分かりませんよ。唸っているように聞こえるだけです。それが分かる杜若殿だからこそ、こちらに呼ばれたのでしょう。こうして野生の助動詞が懐いているのもその証拠かと。」
ちゃんと異世界転移だった。でも、さっきのって
「さっきの呪文って、これですよね。未然形接続、推量の助動詞「む」の終始形。」
「杜若殿の世界にもあるのですね!そうです、鬼の言葉に出てくる助動詞ごとにそれを唱えて、近くに助動詞がいてくれれば鬼を倒せますよ。」
今日の時間割に古典があって良かったとか、初めて思った。俺は異世界転移してまで勉強から離れられないのか。
出典 「児のそら寝」 宇治拾遺物語