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「あります」
ニキ氏はきっぱりと答えた。漸く自分に順番が回った。反論の機会を得るまでこぎつけたのは、彼が地球初の筈である。待った甲斐はあった。
「私どもは、欲得ずくで先ほどのような提案をしたのではありません。ご存知の通り、リャペック星への最初の植民者は地球から来た人間でした。それから何世代を経た現在でも、私どもとあなた方との間には、ほとんど差が見られません。種族としては、同じ人間と考えてもよいでしょう。現に、リャペックの人体から、臓器移植を施された地球人は、全く不適合を起こすことなく、元気に暮らしております。本人の同意を得て、新鮮な臓器を提供していただけることは、とても有り難いことではあります。しかし、同じ人類として、私どもは、いわば人身御供を差し出さずに済む方法を一緒に考えたいのです。ですから、余剰産物を買い叩く心配はありません。場合によっては適正価格よりも高値になるかもしれませんが、私どもはリャペックからの物資を、常に連邦への供出金と同額で買い取る意向を持っております。広い宇宙ですが、地球人に似た種族はいくらも存在しません。互いに協力しあって、平和に共存したいのです。どうか、もう一度お考えいただけませんか」
「あなたのお考えは、非常に崇高です」
カレル氏が言った。ニキ氏は嬉しさのあまり、大声で叫ぶところであった。寸前でどうにか堪え、刑罰を免れた。
「そこまで仰るならば、こちらも打ち明けてお話ししなければなりません。近頃地球では、人口が爆発的増加の一途を辿り、環境汚染が取り返しのつかない状況にまで進んでいるそうです。地球月や火星といった、太陽系内の星には、もう移民を受け入れる余地がない。そこで、これまで地球に留まってきた一部の富裕層は、地球と似た移住可能な星を探索しているとか。ある移住候補の星では、地球人の調査員が原住民の全滅を諮り、銀河連邦警察に逮捕されました。その調査員は口を割りませんでしたので、個人の犯罪として既に処刑されました。銀河連邦警察では、地球の状況を調べた結果、地球全体の犯罪の可能性を疑っています。今後も同様の事件が続けば、地球ばかりでなく、太陽系全体、もしかしたら人類そのものが処罰の対象となりかねません。もし、あなたの考えが真実ならば、どうか、リャペック星一つばかり助けることは後回しにして、共通の故郷でもある地球に警告してください。いかがですか」
ニキ氏は、さっと椅子から立ち上がった。
「わかりました。すぐに帰還します。ご忠告、ありがとうございました。一件落着して、私どもが再訪した際には、是非とも先の提案を実現しましょう」
カレル氏も他の役員も、ニキ氏の言葉には何の反応も見せなかった。しかし、部屋から退出するニキ氏を見送ろうと、次々と立ち上がった。
帰りの馬車にも、カレル氏が同乗した。行きと同様、車内で二人はほとんど言葉を交わさなかった。ニキ氏はひたすら窓の外を眺め続けた。のどかで美しい景色は、変わらず存在していた。人影も牛も羊もまるで位置を変えたように見えなかった。
別れの挨拶もそこそこに、ニキ氏は宇宙船へ乗り込んだ。
予め連絡を受けていたらしく、船はすぐに出発した。たちまち宇宙空間へ飛び出し、リャペック星から充分な距離を取ると一回目の短縮航法を実施した。
この船では、いわゆるワープを四回行わなければ、地球に到達できない。第一回短縮航法を終えて、第二回を実施するまでの間に、ニキ氏は地球への報告文書を作成した。マク氏やイツ氏が遂げ得なかったリャペック代表との対話を詳しく記した後、結論を付した。それは端的には、ニキ氏の呟きと同義であった。
「バレている」
彼は報告書をまとめた後、寝床へ入った。可能な限り、最上の結果を引き出した自信はあった。ただ今回の結果で出世に繋がるかどうかが、心配の種となった。彼は、二回目の短縮航法が始まる前に、眠りに落ちた。