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カレル氏が両指を付き合わせ、対決の幕を切って落としても、緊張は走らなかった。
居眠りする者はさすがにいないものの、誰も彼も寛いだ様子であった。唯一の例外がニキ氏であった。彼は急に疎外感を持った。すぐに気持ちを立て直し、記憶の箱から準備した言い回しを引っ張り出した。
「こちらまで案内される途中、リャペックの景色を僅かながら拝見致しまして、大変感銘を受けました。人間が居住可能な惑星の中では、類を見ない上に完成度も高く、どこにも破綻がない。実に素晴らしい景色です」
ニキ氏は息継ぎのために言葉を切った。
カレル氏を始めとして、誰も反応を示さなかった。頷きもせず、笑みを見せるでもなく、ただひたすら寛いでいる。代わりにしかめ面もなければ、高鼾もない。
「こちらの星では現在、消費物を全て自家生産で賄う、いわゆる完全循環型様式を選択されておられます。私どもも、あの素晴らしい景色が採択様式の産物であることには疑いを持ちません。皆様には既にお気づきでしょうが」
彼は再び言葉を切った。やはり反応はない。
翻訳機が急に壊れた訳ではあるまい。それなら何らかの反応がある筈である。
「当節ではいかなる天体も、完全に周囲から孤立することはできません。すべての天体は、銀河連邦の一員たることを義務づけられているからです。そして、厄介なことに、連邦を維持するために、連邦の構成員は定められた割当を連邦に対して支払う義務を負う。銀河連邦は惑星間の交易や平和維持に便宜を図ってくれますが、リャペックのような完全循環型の星には、交易すべき相手もなく、連邦の存在価値などあってなきに等しい。そうした存在のために、この美しい循環が一角を崩されているのです。しかも、商品を持たないあなた方が連邦に何を支払っているか」
ニキ氏は額を拭った。暑くも寒くもないのに、汗が滲んでいた。聞き手からは、相変わらず反応がない。
「人間です」
彼は声を高めた。
「広い宇宙には、人間を原料にした薬でしか助からない病気が存在します。人間を食料としなければ生きられなかった種族もあります。これは、我が地球による代替食料の開発が解決をもたらしましたが。もちろん、あなた方が供出される人間に対して無理強いをしているとは申しません。本人又は保護者の同意を得られた場合にのみ供出が行われることは、私どもも知っております。それに、経絡を刺激して感覚を麻痺させたり、神経を切断して脳死状態にしたり、協力者が痛みを感じないよう様々な工夫を凝らしていることも存じております。しかしながら、それが唯一の方法でしょうか。他の、より痛みの少ない方策はないものでしょうか」
聞き手は静止画像のように反応しない。
「景色の話に戻ります。あれほど広大な農耕地や放牧地から生産される物質総量は、私どもの計算では、リャペック星の全人口を養うに充分な量を遥かに上回ります。仮に、その余剰物を次回の収穫減少に備えて蓄えたとしても、次回の収穫が良好であれば、折角の蓄えが無駄になります。そこで、その余剰物を私どもに売ってくだされば、銀河連邦への供出に人間を選ばなくとも済みます。私どもが扱う貨幣は、銀河連邦への供出金として公式に認可を得ております。それに、私どもの提案する方法は、リャペックがより完全な循環型様式を獲得するためにも最適であると考えます」
「終わりましたか」
「ええ、まあ。はい」
ニキ氏が曖昧に頷くと、カレル氏は付き合わせていた指を離し、心持ち身を起こした。
「では、返答を申し上げます。我々リャペックは、あなた方の提案を受け入れません」
「だっ。全然話し合ってもいないじゃないですか。勝手にそんなこと決めてよい訳がないでしょう」
カレル氏の眉間に皺が寄った。
「ニキ氏。あなたの話は終わったと聞きましたが、続きがあるなら、お話しください」
「いえ。失礼しました。こちらの話は終わりました。どうぞ、続けてください」
リャペック星で相手の発言を遮ることは、刑罰が科されるほど悪と見なされる。喋れないよう、声帯を手術されてしまうのである。再犯では口を縫い付けられ、三犯で死刑である。ニキ氏は強く口を噤んだ。
次にカレル代表の話を遮ったら、余所者といえども罰を受けるに違いない。銀河連邦に提訴しても、主張が認められるかどうか心もとない。一度は見逃してくれただけ、ましというものであった。
「では、続けましょう。あなたより前に、地球から二人見えました。マク氏は、人間を物みたいに輸出して儲けるとは何事だ、と大変お怒りのご様子でした。本人の同意を得たと言っても、子どもが事態を理解できているとは考え難いし、口も利けない乳児の生死を保護者というだけで勝手に決めてよいものか、とも仰いました。マク氏は、リャペックから銀河連邦へ供出された人体が、適正価格で地球へも配分され、臓器移植や輸血の不足解消に貢献していることも、ご存知ありませんでした。それに、地球では移植臓器の自給が追いつかず、人攫いが手に入れた臓器が法律をかいくぐって高値で売買されているとか。リャペックでは、人体を際限なく供出することはありません」
知っている、とニキ氏は口に出さずに思った。マク氏はそれで声帯と出世を失ったのだ。彼は頷きそうになるのを堪えて、カレル氏を見守った。
「マク氏の次には、イツ氏が見えました。いくら循環型様式とはいえ、人間の遺体も循環に組み入れるのはいかがなものかというお話でした。それらを供出に回せば、生きた人間を供出しなくてもよいのではないか、とも仰いました。人体から生成する貴重な薬の一部は、生きた体でなければ材料となり得ません。いくつかの星では、銀河連邦からの配分を受ける前には、地球から人間を攫っていたそうです。リャペックでは、人といえども死骸は貴重な肥料となります。地球でも風葬や水葬と呼ぶ方法で、遺体を大地の養分として戻しているではありませんか。人里離れた場所を選んでいても、同じ星の上にあるのですから、いずれ口に入ることには変わりありません、とお話ししましたら、イツ氏は気分を悪くなさいました」
その話も知っている。ニキ氏は胃に収めた豪勢な料理の前身を考えないよう努めた。イツ氏は多分この部屋の床を汚し、名誉と出世を失ったのだ。
「そしてニキ氏。あなたのお話は、先の二人と異なるように聞こえました。しかし、三人とも実は同じ内容を話していたに過ぎません。人間の供出廃止を求める内容です。リャペックには、人間以外に銀河連邦へ供出するだけの価値のものがありません。もしあなたが仰るように、余剰食物を売って供出金を工面しようとすれば、現在の循環調和を破壊することになります。食物は、生産量も価格も変動しやすいものです。あなた方に、こちらの言い値で買い取らせるよう強要することはできません。また、あなた方は余剰以上の食料を請求するかもしれません。そうでなくとも、交易を始めれば、他星から多くの人が出入りします。観光客を連れてくることもあるでしょう。リャペックの大気も大地も、過剰な生産力も持たなければ、大勢の客を受け入れるだけの耐久性も持ちません。あなた方が感嘆する風景は、誰かを楽しませるためではなく、必要のために苦労して存在させているのです。反論は、ありますか」