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「リャペック星へようこそ」
カレル氏は型通り、にこやかに挨拶を述べながら握手の手を差し出した。外見も地球人と変わりない。
昔話に出てくる役人そのままの服装で、その頃誕生していなかったにも関わらず、ニキ氏は彼の姿に強烈な郷愁を覚えた。彼の外見ばかりではない。宇宙船発着場を一歩出ると、大地も空も吹き渡る風も何もかもが、古記録でしか目にしたことのない風景を形作っていた。
全てを生まれて初めて体感しているというのに、どれ一つとして、作り物めいた違和感もない。
もちろん、それらは全てが質量を持ち、見える通りに実在している。
カレル氏が代表するリャペック星の住民にしても、幾世代か遡れば、大多数が地球人を祖先としていた。
惑星リャペックへ最初に植民したのは、地球人であった。
世代を経るうちに、亜種交配や惑星環境の影響を受けてはいても、例えば馬頭暗黒星雲辺りの住民んり゜んんんぬ゜ん(敢えて地球人の発音に近付けた場合の表記。正式にはより長く、地球人が正確に発音するのは不可能)と比べれば断然人間らしく、地球人に分類しても一向差し支えないほどである。
「お会いできて光栄です」
郷愁に浸ろうとする感傷を振り切って、ニキ氏も型通りの挨拶を述べた。
先発組のマク氏もイツ氏も、この郷愁に取り込まれて失敗した。同じ轍を三度も踏む訳にはいかない。それに彼が成功すれば、出世は確実である。
正義に奉仕する仕事とはいえども、出世や左遷は無縁ではない。左遷より出世の方が好ましいことも、他の仕事と同様である。かねての予定通り、彼は慎重に行動した。
「それでは早速、ご案内致しましょう。当地へお越しになったのは、初めてでしたね」
「はい」
カレル氏はニキ氏の内面を知る由もなく、都会の人が妄想する如何にも昔の田舎の人らしい笑みを浮かべ、彼をある場所へ導いた。
そこには馬車が二人を待っていた。本物の馬である。二頭とも栗毛で、まるで馬車の色に合わせたようだった。生まれて初めて馬車を見たニキ氏は、カレル氏と御者の助けを借りて、ようよう座席に収まった。
馬車の窓ははめ殺しで、外の景色を見ることはできても、開けて空気を確かめることは叶わなかった。上下左右に揺れながら馬車が進み始めた時には、ニキ氏は内心動悸を激しくしたが、すぐに注意を外に奪われ、気にならなくなった。
窓の外は、古記録の再現そのものであった。緑色の絨毯を敷き詰めたなだらかな草原のところどころには、風にざわめく葉を茂らせた木が枝を広げる。木の枝を組み合わせた素朴な柵の向こうには、牛がのんびりと草を食み、羊が寝そべる。整然と列をなす植物には、花や実が見える。畝の間には、農具を構えた人影がある。ぽつぽつと建つ一軒家は、どれも個性的でありながら、全体として統一性があり、どの家も風景に溶け込んでいた。
「これは、全部本物ですよね? 」
延々と続くのどかな風景に、ニキ氏は何度も問いを呑み込んだ。
そんなことは分かりきっていた。
リャペック星については、惑星環境から住人の文化まで、事前にみっちり研修を受けた。もともと惑星リャペックの大気は、地球と微妙に異なり、地球人が住むには不適当である。
地球からの植民者は試行錯誤の末、植生を少しずつ変化させて現在の大気に変化させた。
本当に昔の地球人なら、高山病に罹るかもしれないが、現代人の呼吸には支障ない。地球へ戻ってから暫く重力に喘ぐことを思うと、多少憂鬱になるくらいである。リャペックにおける生活は、宇宙船や銀河連邦との関わりを無視すれば、大体のところ、昔の地球をなぞったと考えればよい。その様式は、完全循環型と呼ばれる。
「さあ、到着しました」
馬車が止まると同時に、カレル氏が言った。
二人の助けを借りて馬車を降りてからも、ニキ氏はまだ体が揺れるような気がした。
そこは宗教的施設を思わせるような、大きな建物であった。野原の真ん中に、ぽつんとそれだけ聳えている。
ここがいわば、リャペック政府であった。議事堂兼裁判所兼迎賓館である。
外観も、内装も、リャペックの風景を裏切らない。
主だった役員は既に到着し、古風な食卓でニキ氏を待っていた。政府のする仕事は、大統領に相当する地位から一介の宇宙港職員まで、全て輪番制であった。
現在の惑星リャペック代表はカレル氏であるが、替えは幾らでもいると思えば、ものものしい警護なしに来賓を自ら出迎えても不思議はない。
食事は素晴らしかった。肉も魚も野菜も、全て新鮮な本物であった。
ニキ氏も仕事柄、本物を食べる機会はあったが、リャペックの素材の質には格別の味わいを覚えた。しかも料理の一つ一つが手間をかけて作られた品であることが、口内を満たす複雑な味からうかがえた。
ニキ氏は食事中、リャペックが完全循環型であることを意識の表面から追いやるよう気をつけた。同席の役員もニキ氏を戸惑わせる話題を避けたので、一同は楽しく食事を終えた。
別室へ場を移してからが、本番であった。
その会議室らしき部屋は、草木模様の壁紙に心和む風景画が飾られ、ゆったりと身を沈めて腰掛けられる心地のよい椅子が適度な間隔で配置され、むしろ古記録で言うサロンのようであった。
代表のカレル氏が全体を見渡す位置にある椅子に席を取ったので、ニキ氏はカレル氏の正面に陣取った。
「では、ご用件をお伺いしましょう」