アルカは魔蛇と追いかけっこをした【2】
この日から、魔蛇が変化せずににこやかにアルカの前に現れる・・・というようなことはなく、必ず変化してはアルカに見破られ、不機嫌になるということは続いていた。
しかし、確実に変わったこともあるとアルカは感じていた。
魔蛇と一緒にいる時間、会話をする時間が増えたのだ。
といっても、ほとんどはアルカが話し、魔蛇はそれに声を出すことなく表情を返すというようなものではあったが、アルカはそれに不満はなかった。
(話してくれたのは、あの日一度きりだけど、別にぼくといたくないわけじゃないよね。だったら姿を見せなければいいだけだし。それなら、話したいって思った時に話してくれればいいし、今はぼくのお話聞いてくれるし、お昼も一緒に食べてくれるし!)
そう魔蛇が初めてアルカに向かって話したあの日より少し経って、魔蛇はアルカの持ってきたお昼を奪うのではなく、一緒に食べるようになったのである。
(・・・まあ、半分この予定で持ってきているお昼を9割は食べちゃうけど、ぼくの分も残してくれるからね!一緒にお昼食べているって言えるよね!)
最初の「変化した魔蛇を探す、見破る、お昼取られる」だけの状況から考えれば、大きく進展したと言える関係がアルカは嬉しかった。
「・・・。それで今日は帰ったら、倉庫の掃除なんだ〜」
アルカの話の区切りを感じ取った魔蛇は、スッとアルカのバックを口に咥え、それを見たアルカの表情は楽しそうなものから真剣なものへと一変する。
アルカはそのまま立ち上がると準備運動を始めるが、目は一時もバックから離さない。
「・・・今日こそ自力でバックを取り返してみせるよ」
アルカのその言葉に、魔蛇はバックを咥えながらも器用に笑んでみせた。
その笑みはまるで『やれるものならやってみろ』と言っているようであり、またその予想はそんなに的外れなものではないだろうとアルカは思った。
アルカは小さな石を拾うと魔蛇を見上げ、魔物はその視線に頷きを返した。
アルカがその石を軽く上に向けて投げると、石は放物線を描き、落ちていく。
石が地面に落ちた瞬間、二つの風が巻き起こった。
いつからか、アルカが放った石が地面に着くのを合図に追いかけっこが始まるようになったのだ。
魔蛇の咥えたバックをアルカが自力で取り返すことが出来ればアルカの勝ち、時間になっても取り返せずスタート位置に戻って魔蛇がアルカにバックを返せば魔蛇の勝ちである。
今のところ、アルカは全戦全敗であった。
(う〜、今日も余裕綽々な様子で悔しい!)
森のあちこちを走り回りながら、アルカは一切縮まらない距離に悔しい気持ちでいっぱいであった。
そんなアルカの背や腰からはガチャガチャと武器が音を鳴らす。追いかけっこをする度に鳴るそれはまるで、『自分たちを置いていってもいいよ』と伝えているようだとアルカは鳴る度に思う。
しかし、たとえ本当にそのように伝えていたとしてもアルカにこの3つの武器を外すという選択肢はない。
(・・・たとえこれが命をかけた追いかけっこだったとしても、外せないし)
幾度も生死を賭けた場面で助けてくれた武器、この3つはすでに己の体の一部という認識なのだ。
(生死を賭けることのない遊びでも、体の一部を外して追いかけっことか無理だよね〜)
だから、アルカは3つの武器を身につけたまま、魔蛇を追いかける。
(よし!今日こそは絶対絶対バックを自力で取り返すぞー!)
毎回思っては達成されない目標を胸に抱えながら。
(あ!ここは・・・)
それからどれくらい経ったのか、気づけばアルカは、追いかけっこがはじまった場所に戻っていた。
アルカが魔蛇を見ると、心なしか胸を反らした状態で、バックを咥えたまま目を細めてアルカを見下ろしている。
それを見た瞬間、アルカは膝から崩れ落ちた。
(今日も勝てなかった〜!!)
全敗記録更新であった。
魔蛇はアルカの側にそっとバックを置くと、森の奥へと向かい、アルカはそれに気づくと体を起こし、腕を大きく振る。
「また明日ね〜!」
魔蛇はそれに応えるように微かに振り向き、目を細めるような仕草をすると、すぐにまた前を向いて森の奥へと向かい、それ以降は振り返らなかった。
アルカは魔蛇を見送ると、自身も帰るべくバックを手に取り、森の外への道を歩き始めた。
「今日も見てるだけだったな」
そんなことを小さく呟きながら。
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