アルカは魔蛇と追いかけっこをした【1】
アルカは魔蛇と出会った日から、毎日「神の庭」に足を運ぶようになった。
もちろん、魔蛇に会うためである。
(今日は魔蛇さんいるかな〜?)
アルカはキョロキョロしながら森の奥を進んで行く。
そんなアルカの目の端を小さな赤い魔蛇が掠めた。
その瞬間、アルカはにっと歯を剥き出して笑うと赤い魔蛇に向かって走り出し、魔蛇の前に飛び出た。
「おはよう〜魔蛇さん!今日は赤くて小さいね〜」
アルカがにっかりと赤い魔蛇に笑いかけた瞬間、ボフンっという音と一緒に黒い煙が赤い魔蛇の周りを覆ったかと思うと、赤い魔蛇のいた場所に漆黒の魔蛇の姿が現れ、アルカを見下ろした。
「いつも思うけど、魔蛇さんの変化の魔法すごいよね!自分の体格を変えるだけじゃなくて、蛇の種類まで変えるんだもん!ほんとすごいよね!」
アルカはにっこにっこ笑いながら、拍手をして漆黒の魔蛇を讃えたが、魔蛇はその姿に苛立ったようにアルカを睨みつけている。
それもそのはず、アルカは毎度魔蛇の変化の魔法を「すごい」と褒めるものの、一度として魔蛇の変化に騙されたことがなかった。
初めて変化の魔法を使った時でさえ、「あれ?黒い魔蛇さんだよね?なんで黒くなくなっちゃったの?脱皮?」と魔蛇本人(蛇)に尋ねたのである。
まさか己の変化の魔法が見破られるとは微塵も思っていなかった漆黒の魔蛇は、その日からアルカが森に来ると必ず変化して姿を現すのだが、全て見破られ全敗しているのである。
「今日はね〜、卵とベーコンのサンドイッチを持ってきたんだ〜!」
アルカは悔しそうな魔蛇の様子など全く気がつくことなく、ニコニコしながら魔蛇の近くに座ると自身のボロボロのショルダーバックから包みを取り出すと、その場で広げた。
中には、卵のサンドイッチと噛めばシャキシャキと音がしそうなレタスと肉汁が照り輝くベーコンのサンドイッチが入っており、アルカのお腹がきゅうと音を立てる。
「美味しそうでしょ〜?」
アルカはサンドイッチから魔蛇へと顔を向けた瞬間、目を見開いた。
魔蛇の口がモゴモゴと動いていた。
まるで・・・何かを食べているかのように・・・。
バッとアルカがサンドイッチの方に目を戻すと、さっきまで包みの中にあったサンドイッチが・・・ひとつもなかった。
「あ〜!?魔蛇さん、また全部食べた〜!!」
アルカは大声で叫んだ後、がっくりと肩を落とした。
「今日こそは一緒に食べようと思って、昨日よりも多めに作ってきたのに!どうして、全部食べちゃうんだよ〜」
アルカの悲しそうな声を聞くことで、魔蛇の変化に関しての悔しかった思いの溜飲は下がったのであった。
魔蛇はサンドイッチを食べ終えると、のそのそと森の奥に向かい始め、それによって今日の魔蛇と一緒にいる時間の終わりを感じたアルカは少し残念そうに笑いながら、魔蛇に手を振った。
「もう行っちゃうんだ。寂しいけど、仕方ないよね〜。じゃあ、また明日ね!」
すると、魔蛇は振り返り、アルカをじっと見下ろした。
「?・・・どうしたの?」
いつもはそのまま森の奥に向かう魔蛇の常と違う行動に、アルカが魔蛇に問いかける。
その瞬間、自身の肩からショルダーバックの重さが消えた。
「え?」
アルカが思わずいつもショルダーバックがある位置を見下ろすもバックがない。
「え?!」
バッと魔蛇の方に顔を向けるアルカ。
すると、そこには己のショルダーバックのボロボロの肩紐を口に咥えてる魔蛇の姿が。
「そ、それはだめ!返して!!」
アルカはすぐに手を伸ばすが、魔蛇の行動の方が速かった。
ショルダーバックを加えたまま、すごいスピードで森の奥へと進んでいく。
「え?!は?!なんで??!か、返して〜!!」
アルカはすぐに走り出すも、魔蛇に追いつけない。
一定の距離を保って追いかけるので精一杯である。
(ウッソでしょ?!ぼく、スピードには自信あったのに?!)
魔蛇はまっすぐ進まずに時にはジグザグに進んだりしながら森の奥に進んでいく。
もう、アルカには自分がどこにいるのか検討もつかなかった。それでも、追わないわけにはいかなかった。
常に自分と共にあり、自分が苦しい時はそこから薬草をだし、お腹が空いた時は入れておいた食料を出した。
自分が生と死の狭間にいた時だって片時も離したことはない、自分が携えている武器たち同様、生死を共にした仲間なのだ。
「か、返して〜!!」
アルカは更に追うスピードを上げた。
背後を振り返りながらアルカの様子を見ていた魔蛇の目は驚きの色を見せた・・・これ以上のスピードを上げられるとは思っていなかったためであった。
しかし、魔蛇はアルカのその様子に心底愉快そうに目を細め、己のスピードを更に加速するのだった。
(お、追いつけない〜!!)
どのくらい魔蛇を追い続けていたのか・・・ただただ魔蛇を追い続けたアルカにはそれはわからなかったが、魔蛇が突然バックをアルカの方に放ったことにより、それは終わりを遂げた。
「わっ!」
アルカは放り出されたバックを地面につけることなく、掴むとホッと息を吐き出した。
「あれ、ここ・・・サンドイッチ食べようとしてた場所?」
安心したアルカは辺りを見回し、いつの間にか、元にいた場所に戻っていることに気がついた。
「え?どういうこと・・・?」
アルカは「一体今のはなんだったのか・・・」と首を傾げるが、魔蛇は我関せずといった様子で森の奥へと進み出した。
しかし、更に奥に進めばアルカからも見えなくなるだろうというところで、魔蛇は振り返った。
『まさか振り切れないとは思わなかったぞ。中々楽しめた、ではまたな』
目を細めながらそのように告げると、今度は振り返らずに森の奥へと消えていったのだった。
「え・・・?」
アルカは初めて聞いた魔蛇の声に数秒口をぽかんと開けて呆けていたが、魔蛇が自分に向かって『またな』と言ったことに気がつくと、嬉しさが全面に出ている笑顔で、魔蛇に向かってブンブンと腕を振った。
「うん!また明日ね〜!!」
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