アルカは魔蛇と出会った【2】
そして、「神の庭」で青い渦巻き模様の実をなかなか見つけられないアルカはいつもよりも森深くに足を伸ばし、この美しい漆黒の魔蛇と出会ったのである。
(う・・・わぁ〜〜〜〜、すっごい綺麗な魔蛇さん。しかも、綺麗だけじゃない。お母さんに似た感じがするし、それに、たぶん、すごく・・・すごく強い。もしかしたらお母さん以上かも・・・)
アルカは魔蛇から目が離せなかった。
魔蛇はアルカをその琥珀色の瞳で見つめ続けていたが、アルカがいつまでも目を離さなかったせいか、自分から目を離すとそのまま森の奥へと向かおうとした。
(あ!行っちゃう!)
アルカはその状況に焦っていた。本音を言えば、この美しい魔蛇をずっと見続けていたかった。
だが、それは難しいことはアルカにもわかっていた。ならば、また会いたいと、今だけの出会いにしたくない、出会いにしてはいけないと強く思った。その思いはアルカの口からある言葉として飛び出したのだった。
「ぼくとお友達になってください!!」
全く思ってもいない言葉であったようで、魔蛇は目を大きくするとアルカを見下ろした。
そのままどれ程の時が過ぎたのかアルカにはわからない。一瞬のような気がするし、ずっと時間が経っているような気もする。
ただアルカは、その間一瞬も目を逸らすことなく、魔蛇を見つめ続ける。
『このままでは終われない』
この魔蛇との出会いを一度だけのものとしたくないアルカはそこから怒涛に喋り出した。
「あの!ぼく、今日は特別な魔樹から生る青い渦巻き模様の実を探しに来たの!教官からの課題なんだけど、全然見つからないの!あ、でもこの課題はぼくの課題っていうか、知り合いの貴族の課題でね、ぼく的には見つからなくても、あいつが怒られるだけだから、そこまで必死ってわけでもないんだけど!まあ、どうせその後ぼくに八つ当たりしに来るだろうから、それは面倒だし、できれば見つけたいかな〜って感じ!あ、そうそう、教官っていうのはね、テイマー養成所の教官のことなんだよ!ぼくね、この森の近くのテイマー養成所に住んでるの!テイマー養成所ってわかる?テイマーを目指している人がお勉強するところなんだよ。あ、でも、ぼくはテイマーにはなれないの。ぼく、魔力を体の外に出せない体質らしいから。魔力を魔物に与えて使役するなんて無理なんだよね。だから、ぼくは養成所の居候兼雑用係って感じなんだ〜」
一息つくように「あははっ」笑って頬をかくアルカを魔蛇は目を細めて見下ろし溜息を一つ吐くと、森の奥に向かおうとする。それを見たアルカは再度口を開いた。
「君はぼくのお母さんに似てるんだ」
魔蛇は再度アルカを見下ろした。
アルカは、遠い地で眠る母の言葉を思い出す。
「今回のことはあの子と私の未熟さが招いたこと。お前に責任などあるはずもなく、故にあの子を迎えに行く必要などありません。それに、あれに捕らえられている時間など、あの子にとっては、この時など瞬く間のような時間です。
いいですか、アルカ。あの子のことを思うなら、あなたは幸せに生きれば良いのです。
決して、決してあの子の為に命を落とすようなだけはしてはいけません。あの子のこれからの長い時の中でそれは最大の傷となり、いつまでも残ってしまうでしょう。お願いですから、あの子にそんな哀れな生き方をさせないでください」
アルカは暖かい母の声をいつだって思い出せる。
「アルカ、誰よりも幸せに生きなさい。それが私とあの子の願いですよ。」
それが母が深い眠りにつく前の最後の言葉だった。
アルカは母の言うことがわからないわけではなかった。母とにぃにの願いを理解もしていた。
だから幸せに生きていくことに決めた。
幸せに生きながら、そんな幸せな自分を、にぃにを自慢しにゆき、その後母にも自慢しようと決めたのだ。
アルカは目を開けて漆黒の魔蛇を見つめた。
「君はぼくの母に雰囲気が・・・とても似ているんだ。ぼくの母はね、賢くて、気高くて、強いんだ。それに話もできた。君もそうなんだろうなって思う」
漆黒の魔蛇は黙ってアルカを微動だにせずアルカを見下ろしている。
「母にはね、息子がいてね。ぼくのにぃになんだよ!とても強くて優しい兄で、ぼくの命の恩人!」
アルカは母と兄の話ができるのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。人間相手には話せないため、母と兄のことを話すことはほとんどなかったのだ。
「ずっとね、母とにぃにと一緒に幸せに暮らしてたんだ〜。・・・今はちょっと離れ離れになっちゃったんだけどね」
漆黒の魔蛇の琥珀色の瞳にアルカの寂しげな微笑みが映った。
「その母もにぃにもいつも言ってた。ぼくには幸せに生きてほしいって」
語る相手が愛おしいと誰もがわかる瞳でアルカは語る。
「だからぼく幸せになろうと思ってるんだ。それで、その姿を母とにぃにに自慢しに行こうって思ってるの」
にっと歯を見せて笑うアルカを魔蛇は呆れたように見下ろす。その目には「それが自分に何の関係があるのか」と語っているようだとアルカは思った。
「あのね、母がよく言ってたの、アルカには友が必要だって!」
一緒に暮らしていた頃、母はよく言っていたのだ「ここを出たら友を見つけなさい」と。
その話をするたびに、兄が「アルカがここを出るのはまだ早いです!」と叫び、自身を抱きしめてくれていたこと、その兄の様子に呆れた溜息を吐く母の様子、アルカの大切な思い出の一つだ。
「ぼく、友達になってほしかったから、ここでいろんな子に話しかけたんだよ。ぼくを拾ってくれた人も友達を作りなさいって言ってたし。だけど・・・」
アルカは口を尖らせて頬を膨らませた。
「なんでか、みんな、ぼくとは友達になりたくないって。ぼくと一緒だと汚れちゃうんだって・・・」
魔蛇はそんなアルカの様子を気にすることなく、森の奥へ向かおうかと考えていた。アルカの母について興味が沸いたため聞いていたが、これ以上母の話を話すことはないだろうと判断したためだった。
そんな魔蛇の様子を感じ取ったのか、アルカは大きな声で叫んだ。
「ぼくは、絶対、君と友達になりたいんだ!」
(だから、なぜ、そうなる)
目は口ほどに物を言うとはよく言ったのもので、アルカを呆れた様子で見下ろす魔蛇の目は雄弁とそう語っていた。
アルカもそれを寸分違わず感じ取っていたため、理由を話し始めた。
「あのね、ぼく、考えたんだ。ぼくには、まだ人間の友達を作るには経験値が足りないんじゃないかって。友達経験値っていうのかな?だからね、まずは魔物のお友達を作ろうと思って!」
アルカは満面の笑顔を魔蛇に向けた。
「ここの魔物は人間を襲わないからテイマー向きだって、養成所の教官も言ってたし、だったらお友達になってくれる魔物もいるかなって思ったの!でも、ここの魔物も人間と一緒で僕にはそっけなくて・・・。教官にはね、魔物をテイムするには、魔力を体から放出できなくちゃいけないから、体の外に魔力を外に出せないぼくには無理だって笑われたんだ。でも、ぼくは魔物と友達になりたいだけで、テイムしたいわけじゃないんだ!だから、諦められなくて。だってさ、知ってるんだよ、ぼく。人間を襲う魔物も、人間にテイムされる魔物も、そして|何の見返りも求めずに人間を助けちゃう魔物もいるってこと」
アルカは思い出を慈しむようにふにゃりと笑い、その様子をじっと魔蛇は見ていた。
「だからね、ぼく、毎日考えてたんだよ。ぼくの最初のお友達はどんな子かな〜って。今日だって、青い渦巻き模様の実を探しながら、ぼくのお友達になってくれる魔物出てきてくれないかなぁって思ってたんだ。」
「そしたら、君がいた!」
アルカは嬉しそうに魔蛇を見上げ、魔蛇の琥珀色の瞳をまっすぐ見つめた。
「なんて綺麗な魔蛇なんだろうって!しかも、君ってすっごくすっごくすっご〜く強いでしょう?ぼくね、経験でそういうのなんとなくわかるんだ〜すごいでしょ?」
アルカは「えへん」と胸をそらしたが、魔蛇は全く反応を示さず、アルカを見下ろしている。アルカもそんな魔蛇の様子など、気にした様子もなく、ちょっと照れくさそうに告げた。
「初めてのお友達は、絶対に君がいいって思ったんだよ。こういうの『一目惚れ』っていうんでしょ?」
魔蛇は瞳を大きく見開いたが、アルカはそんな魔蛇の様子を気にせずに言葉を続けた。
「今まではね、とりあえず、友達作らなきゃって思って声をかけてたんだ。だから、断られたら、諦められた。でもね、君は違うんだ。断れても、諦められない。」
「だから、ぼくは、絶対、君と友達になってみせる!」
ニッカリと笑うアルカの様子に、魔蛇は今後森で面倒な目に合うかもしれないことを予感し、その予感は見事的中するのであった。
この後、魔蛇は呆れた様子を隠すこともアルカを見下ろした後、何かを話すことも、攻撃してくることもなく、ただ森の奥へと戻っていった。アルカも、自身の気持ちを伝えたことに満足し、明日から足繁く通うことを己に誓い、自身の住まいに戻った。
さて、この時、アルカは忘れていた。
自身がなぜその日森の中を彷徨いていたのか、という理由を忘れていたのである。結果、アルカはランジェロとその従者に怒鳴り散らされ、その怒鳴り声が聞くに耐えなかったアルカは早朝に再度森に行き、青い渦巻き模様の実を探しにいく約束をした。
翌朝早朝に、森に向かったアルカは、森の入り口に青い渦巻き模様の実がいくつか落ちているのを発見し、驚きながらもそれを拾った。
その時に視線を感じ、その方向に目を向けたアルカは、一瞬であるが黒い影が森の奥に向かうのを見た。
(・・・やっぱり、お母さんやにぃにと一緒で優しい魔物だ)
「ありがとう〜!魔蛇さ〜ん!」
アルカは大きな声で魔蛇に向かってお礼を言うと、全ての実を広い、養成所に帰ったのだった。
余談であるが、この実をアルカからお礼も告げずに受け取ったランジェロは、教官に提出した。青い渦巻き模様の実を見つけることが出来たものが少なく、褒め言葉をもらったが、後日に森の中の実践授業で、同級生たちの前で、テイムした魔物とどのようにして実を見つけたか実践することになってしまい、不正が発覚。罰として教科書の書き取り10ページを命じられ、アルカは不正の手伝いをしたとして、一人だけでの養成所全体の掃除を義務付けられたのだった。
(ランジェロに関わるとほんと碌なことにならない〜)
アルカは箒を持ちながら、深く深く溜息を吐くのであった。
お読みいただきありがとうございました。