アルカは魔蛇と出会った【1】
アルカと黒魔蛇、赤い魔鳥、灰色の魔狼との出会いは今から半年前に遡る。
この灰色の魔狼、雪灰狼という種類であり、名の通り雪、氷関係の攻撃・防御が得意な魔物である。また、赤い魔鳥の種類は炎赤鳥、炎を扱うことを得意とする魔物である。どちらも群れで暮らし、大気中の魔素を主食とする魔物である。
その中で、この2体は群れの落ちこぼれであった。
雪灰狼は生まれた時から雪・氷の扱いに長けており、また炎赤鳥は炎の扱いに長けている。これが基本であるはずが、この魔狼は生まれた時から上手く氷が作れずに群れの中で問題児扱いされていた。
同じ時期に生まれたものは、会えば氷をぶつけてきては笑い物にし、親狼からは、どうしてこんなのが生まれてきたのかと嘆かれた。
魔鳥も同じようなもので、親鳥からは見捨てられ、群れの仲間から炎をけし掛けられる毎日だった。
同じ境遇のものは同じ行動を取るもので、2体は群れから離れて暮らせるところを探そうと思い立つとそのまま森を彷徨い始めた。
魔狼は群れが暮らす森の北から東へ向かい、魔鳥は南から東へと向かった。魔狼も魔鳥も同じように東へと向かったのはただの偶然か、それとも何かの導きか。
だが、その決意がこの2体の運命を大きく変えたことは揺るぎない事実である。
2体が群れから離れた頃、森の東に存在する沼の前では、1体の魔物と1人の人間が出会った。
1体の魔物は体長2メートル、異物ひとつない蜂蜜を固めたような琥珀色の瞳、全身の色はまさに漆黒というに相応しく、時折木漏れ日からの光を鱗が反射してキラキラと輝いていることで、鱗の光沢感が感じとれる。美しい漆黒の魔蛇。
1人の人間、アルカはその魔蛇にであった瞬間、圧倒されて身動きの取れない自分に驚いていた。
アルカには、ある程度の魔物相手であれば対応できる自負があった。自負できるほどの日々を過ごしてきたとも思っている。
だが、その魔蛇を目の前にした瞬間、自分は敵わないだろうと確信した。
そのように思ったのは生きてきた11年間の中で、3度目であり、その中でも一番強烈な絶対的確信であった。
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そもそも、この日なぜアルカが1人森の中を彷徨っていたのか、それはこの日の数時間前に遡る。
「神の庭」からさほど離れていないところに、「神の庭」とその周りの地を自領とし管理を任されている一族、オルドアン侯爵家の邸がある。そして、その邸の目と鼻の先にあるのが、代々オルドアン侯爵が長を務め、優秀なテイマーを輩出することで有名なテイマー養成所「ラングロー」である。
アルカはこの「ラングロー」の庭にいた。
早朝から昼の今まで、テイマーの卵たちが特訓に使用し片していかなかった道具を黙々と片付けていたのだが、遠くから3人の男達がこちらに歩いてくるのを目に止めて、この後の片付けが出来ずに教官から理不尽な叱責をもらう未来がほぼ間違いなく訪れるであろうことにため息を吐いた。
「おい、アルカ!!」
3人の男達の中で真ん中に立っている男、ランジェロ・ド・ビアスがアルカを呼ぶ。
彼は、オルドアン領から2つほど領地を挟んだ先にあるビアス領を治めるビアス男爵の三男である。
アルカは常に己の侍従を侍らして、貴族でないものを見下し、面倒ごとをアルカに押し付けるこの男のことが苦手であった。しかし、ここでこの男のことを無視をすると更に執拗に追いかけ回されることを経験上理解しているため、アルカは渋々応えた。
「何か用?ランジェロ」
バシンッ
アルカの顔は頬を叩かれた衝撃で左に向いた。
「ランジェロ様だろ。ゴミ風情が身の程を弁えろ。」
ランジェロの侍従が頬を叩いたままの姿勢でアルカを睨みつけた。
ランジェロは叩かれた姿勢のままのアルカの姿を当然という顔で見下ろしている。
「・・・」
(ラングローは身分差なく皆が切磋琢磨して優秀なテイマーを目指す場所・・・じゃないの〜?)
アルカは思ったことを口に出すことはしない。これを口にしたが最後、生意気だなんだと難癖をつけられ、面倒な時間が増えるだけなのがわかっているためだ。そのため、アルカはその内心を隠し、しかなく口を開いた。
「身分を弁えず、申し訳ありませんでした〜。それでご用件はなんでしょうか〜?」
侍従はアルカの話し方に眉を顰めたが、ランジェロは時間が惜しいように、口を開いた。
「穀潰しのお前に仕事をやる。有り難く思え」
ランジェロの話を要約すると、『教官から「神の庭」の特定の魔樹からしか実らない青い渦巻き模様の実を従魔と一緒に探し出して提出する課題が出ているが、色々忙しくて森にすら行けていない。また、本日も忙しく、森には行くことはできない。だが、その実の提出期限は明日のため、アルカが取りに行き、提出前にランジェロに渡すように』ということであった。
アルカは恥ずかしげもなくアルカに告げるランジェロ達に内心呆れていたが、口には出さずに了承した。
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