アルカの日常
最西の広大な森。多くのものが、その森を「神の庭」と呼ぶ。
森の魔樹は他の地域の魔樹とは違い、一本一本が瑞々しく美しい。生えている草花もその地域では生えない筈の希少な薬草などが生き生きと天に向かって伸びて風に揺れている。魔物はその景色楽しんでいるかのようにゆったりと歩く。
その様子を目の端に留めながら、森の中を悠々と歩いている子どもがいた。
この子ども、名はアルカという。
見た目は10歳程度、肌は白く、髪は黒。前髪は目を隠すように伸びており、前髪以外は肩まで伸びている。時々風に髪が拐われ、少年とも少女とも言えそうな中性的な顔立ちが髪の間から見え隠れしている。
自分の背よりも大きいハンマーを斜めに背負い、腰の左側に自分の背の半分ほどの剣を下げ、右太ももに巻かれているホルダーにはナイフが一本入っているのが窺える。
アルカは時折立ち止まっては、周りをキョロキョロと見回して首を傾げては、また歩き出す。それを5時間ほど繰り返しており、早朝から森に足を運んでいたが、既に昼時であることをアルカのお腹の音が教えていた。
「うーん、いつもならそろそろ見つけられている筈なんだけどな〜。とりあえず、ここでお昼にしようかなっ」
アルカは近くの魔樹の根元に腰掛けると、見るからに年季が入っているボロボロのショルダーバックから、布の包みを取り出し、包みを広げた。
その中には大きいパンが1つ。パンには真ん中に切れ目が入っており、中には香ばしい匂いを放つ何らかの肉の香草焼きが見える。その他には、デザートと思われる果実もいくつか包みに入っている。
アルカがパンを手に取り、大きく口を開けた瞬間、パンが手の中から消えた。
アルカは目を大きく見開き、自身の掌を確認した後、周りに目を向ける。すると、2メートル弱の場所で全長2メートル程度の真っ黒な魔蛇が器用に尾を使ってアルカのパンを食べていた。
「あぁ!?ぼくのパン〜!」
叫んでも遅い。アルカのパンは黒魔蛇の腹の中である。
「ひどい〜。ずっと君を探してお腹ぺこぺこだったのに…」
アルカはガックリと肩を落とす。そんなアルカを黒魔蛇は琥珀色の瞳でじっと見下ろす。
「でも、会えてよかった〜。姿が見えないからどうしたのかと思ったよ。いつもなら、いろんな姿になって姿を見せてくれるから、怪我でもしちゃったのかと心配してたんだ〜。なんともなさそうでよかった〜」
そのアルカの一言に目元をピクリと動かした黒魔蛇はフンと鼻を鳴らして、不愉快そうにアルカを見た。
「うっ、そんな顔しないでよ〜。君が簡単に怪我しないとは思っているけどさっ!君、優しいから、誰かを助けてとかあるかなって思ったんだよ〜」
アルカの言葉に黒魔蛇は更に目元を吊り上げて見下ろした。
「ん?不満そうだね??」
黒魔蛇はバカにしているのがわかるような瞳でアルカを見下ろし、また鼻を鳴らした。
「ん〜?...あ!わかった!優しいって言ったことが不満なんでしょ?でも、事実でしょ〜。実際、ぼくなんかに構ってくれるもん。ね、いつもここにいてくれて、ありがとう」
アルカは心から嬉しいと思っていると一目でわかる笑顔で黒蛇魔物を見上げ、そんなアルカを黒魔蛇は目を細めて見下ろす。
「そういえば、あの子達はいないの?」
アルカはキョロキョロと辺りを見回す。
すると、アルカの後ろの茂みから2つの影がアルカ目掛けて飛び出す。
「キィーーー!」
「ギャウ!」
一体は体長50センチ程度の瞳も全身も赤い魔鳥、もう一体は1メートル程度の灰色の毛に青い瞳の魔狼である。
2体の爪がアルカの体に向けられるが、アルカの瞳には焦りの色はなく、むしろ嬉々とした瞳を2体に向けると自身の背に背負っていたハンマーを瞬時に取り出し、2体の爪をハンマーの柄で受け、そのまま弾く。
「来た来た!来るのが遅いから心配しちゃったよ〜」
2体は弾かれた勢いで後方に下がるも、そのまま、臨戦態勢を解かずにアルカを睨みつける。
アルカはその2体の様子を嬉しそうに見ながら、ハンマーを掴み直す。
黒魔蛇はその1人と2体の様子を少し呆れたように見ながらも、そこから離れようとはしいない。
一瞬の間、アルカと2体の間を魔樹の葉が通り過ぎたその瞬間、魔狼は右へ駆け出し、魔鳥は左へと低空飛行を始める。アルカを挟み撃ちにしようとしているのだろう、アルカは2体をサッと見た後、魔狼の方に向かって駆け出す。
「ウォン!ウォン!ウォン!ウォン!」
魔狼は鳴きながら駆け続けた。すると、魔狼の周りの空気がひんやりと冷えだし、そのまま30センチ程度の氷の球体がいくつも作られた。
アルカはそれを見ると、ニッカリと歯をむき出しにして笑い、自身の駆ける速度を上げた。
「ウォーーーーン!」
魔狼がその場で止まり、大きく一鳴きすると同時に氷の球体がアルカを襲う。
アルカは駆ける速度を落とすことなく、次々と球体を避けていく。その中でも一際大きな氷の球体を避けた瞬間、手に持っていたハンマーを振り上げ、体を捻り、自身の後方に向かって氷の球体に打ちつけた。
氷の球体は割れることなく後方に向かって飛んでいく。
球体は、元々の速度にアルカのパワーと遠心力による力が加わったため、簡単には避けられない速度となっていた。
そんな氷の球体の飛んでいく先にいたのは、アルカの後ろを狙って飛んできていた赤い魔鳥。
魔鳥はすごい速度で飛んでくる氷の球体に驚き、今までアルカを襲うためにまっすぐアルカに向かって飛んでいたのを止め、慌てて横に避けた。
その瞬間、アルカは自身の周りに飛んできていた氷の球体を今度は魔狼の足元に向かってハンマーで打ちつけると、自身は魔狼へ向かう速度を加速する。魔狼は球体を避けるため横に飛んだ瞬間、その方向にアルカがいることを認識し、「まずい」と思うが時すでに遅し。
魔狼の目からアルカの姿が消えた瞬間。
「はい、タッチ!」
アルカの手が己が背に触れたことを感じ、敗北を知る。
「へへっ」
アルカは嬉しそうに笑ったかと思うと、その次の瞬間には狩人の笑みを作り、自身の後方にいる赤い魔鳥に向かって走り出した。
その後ろ姿を見ながら、魔狼はすぐに魔鳥も自身と同じ敗北を味わうだろうことを予感しながら、「また負けた」と幾度となく味わった敗北に肩を落とし、「あの出会いから何回目の敗北だろうか」と考えた。
お読みいただきありがとうございました。