90・咲 2
このアルメリア王国周辺は思いの他、平和と言うか安全な場所が多い所だ。
しかし盗賊が出たりとかの犯罪等が無いわけでは無い。
ただ魔族領からかなり離れた王国なので、モンスターや魔族等に襲われる危険度が他の国と比べても格段に低く、モンスター自体も弱い個体が多い。
私達が戦うべき魔王軍との戦いは、海を渡った先にあるキングス王国に入った以降になるらしい。
キングス王国はアルメリア王国と同盟を結んでおり、私達の魔王討伐の手助けをアルメリア王国に引き続き行なってもらえる事になっている。
このキングス王国には迷宮というダンジョンがあるそうだ。
モンスターを狩ってレベリングを行い、宝箱を見つけて一獲千金を狙う冒険者達が集う場所らしい。
流石、魔族領が近いだけはある。迷宮に出没するモンスターもアルメリアと比べてかなり強い様だ。
私達はそのキングス領にあると言うダンジョンに入る為に、アルメリア王国から海を渡りキングス王国に入国した。
当然、いきなり迷宮に行くわけにはいかない。
先にキングス王国の王城に向かい、こちらの王様に挨拶をしてから迷宮に向かう予定だ。
予想以上の歓迎を受け数日で王都を離れるつもりだったが、中々私達を解放してもらえず場所を変え嗜好を変えて、結果二週間も足止めされてしまった。
この国の軍はアルメリア王国と比べ軍事力に自信があるらしく、官僚に軍人出身の者が多い様だ。
何処へ行っても兵や武具及び兵器の話が飛び交う。
その自慢の兵力を各領主たちが自慢し合う為の会議、会合と称したパーティーが毎日のように開かれていた。
はぁ、モンスターと戦うよりこちらの方が疲れるのですが……。
まさかこの人達、私達が王都を離れてもずっとこんな無駄な事をしている訳ではないわよね?
余談だがこの国の税率はアルメリア王国よりかなり高く、貧富の格差がかなりあって問題になっているらしい。
そりゃ軍備にお金がかかる上に、我の方が格が上だと言わんばかりの豪勢なパーティーを貴族が競って開催しまくっているのだ、お金も大量に必要になるだろう。
特にキングスの王子ハンスの出席するパーティーは酷かっ……いや凄かった。
永遠に自慢話を聞かされるかと思って気が滅入ってしまったわよ。
私達が王都から解放されたのは、迷宮を攻略した後に王都に戻り、最近領内に出没している巨大モンスターであるアルティメイトモンスターを、キングス軍が討伐するのに協力すると言う言質を取られてからである。
このアルティメイトモンスターは魔王軍の最高幹部十二将の一体らしく、非常に強力なモンスターらしい。
王都の将軍達は自分達の勝利を疑ってはおらず自信満々の様子だったのだが、その自信は一体何処からきているのだろう?
それ以前に難攻不落というか、まだ攻略者のいない迷宮を攻略するって……そんな甘いものではないと思うけど?
司馬君は攻略する気満々だし、大場君は理解不能な理論を捲し立てて成功を疑っていない。大丈夫なのだろうか?
私は裏付けのない根拠を信用する様な、愚か者にはなりたくないんですがね……。
私達は元クラスメイトの勇者達と比べてかなり先行していた。
私達三人以外の勇者パーティは、まだこの大陸には渡ってきてないらしい。
何でも海を渡る為の船券が買えないとか……。彼等彼女等は私達三人の様に船の手配を国が何とかしてくれる筈も無く、渡航の為の手段は自分達で何とかしなければならない。
……何となく申し訳なくなって、私は心の中で手を合わせた。ごめんね。
彼らがこのキングス領に足を踏み入れるのはまだまだ先の様である。
よってレベルアップの為のダンジョン攻略には、私達以外の勇者はまだいない。
当然ながら一般の冒険者は多く、立派な騎士や如何にも高位の神官や魔導士を連れた私達は好奇の目で見られることになった。
しかもそれが三パーティ+支援部隊の方々の大所帯である。
他の勇者が居なくて良かった。どう見ても、えこひいきの様にしか見えないからねコレは……。
「さぁ行こう、良二、咲!」
「ああ、翔太」
「ええ、行きましょう」
司馬君をリーダーに迷宮の入り口に入る。
この迷宮の最下層は何階までかは分からない。当然だ、まだ攻略されていないのだから。
地下五階まではすんなりと降りて来れた。
別にモンスターが居なかったわけではない、地下に行くほどモンスターは強くなってくるし嫌らしい罠も増える。
ただ今日までの迷宮に潜っていた冒険者達のお陰で、地下五階までの地図と危険な場所やレベリングに適した場所などが解明されていたのだ。
その貴重な情報はお金で買った様だ。勿論、私達ではなく従者の者達が。
司馬君は一から自分で攻略したかった様で、とても残念がっていた。もう肩を落として、見て分かるくらいに。男子ってそういうの好きなの多そうだしね。
対し同じ男子の大場君は効率を重視してるようで、最初からなんてやってられるかって態度だった。従者が解明されている地下地図を持ってきた時には、よくやったと諸手を上げて喜んでいた。
この差は何なのだろう、彼らは性格が違うから友達になれたのかもしれないな。
地下八階に辿り着いたのは、それからかなりの日数が過ぎた頃だった。
地下六階を過ぎてから強力なモンスターが多くなってきたのだが、これは敵モンスターが私達の今のレベルと近くなってきた事を示す。
私達は大人数の為にめったな事は無いが、油断をすると全滅も在り得るので気は抜かない。
地下八階に隠し部屋を見つけた、如何にも何かある部屋だ……怪しい。
そこに徘徊していたモンスターを駆逐した後、シーフ技能を持つメンバー達が部屋を一斉に調べ始める……そして案の定見つかった、地下九階に降りる階段をだ。
ここでアクシデントが発生した。
なんと地下九階に降りる際、支援部隊が一緒に降りて来れなかったのだ。
どうやら、勇者のパーティ以外は降りれない様である。
とは言え、私達勇者三人に各パーティメンバーを入れれば十八人いるし、しかも精鋭ばかりだ。
慢心するわけではないが、進めない訳ではないだろう。
九階に降りると早速、爬虫類の様なモンスターに襲われた。
上の階の八階と比べると段違いに強力なモンスターだ。だがこのメンバーで何度も連携を練習し、実戦で自信をつけてきた、そう簡単に負ける筈はない。
第一モンスターの数より私達の方が多いのだ。強いと言ってもこの程度のモンスターに全員攻撃すれば負ける訳が無いのである。
大場君の言葉を借りれば「数は力だ」という事である。
卑怯な気がしないでもないが、生き残らなければ意味が無いので、私はそういうものだと自分に納得させる。
この世界では甘い事をしていれば自分や仲間の死に直結するのだから、私の些細な気の迷いなど口にするべきでは無いだろう。
モンスターを殲滅すると奥に続く一本道があった。
モンスターを倒した後、階段を上がり一度支援部隊と合流した。
支援部隊は八階で待機を命じ、決めた時間に戻らなければ一旦地上へ戻る様に指示をした。
さて、私達は改めて地下九階に降り、先に進むことにした……そしてそこには、如何にも何かありそうな場所が私達を迎えたのである。
正面奥には一段高くなった床の上に、如何にも取って下さいと言わんばかりの宝箱。そしてそこに行くまでの通路の左右に巨大な石像……。
「これアレだよな、通路を進むか宝箱を開けるかすると石像が襲ってくるやつ……」
「ああ、分かり易くて助かるが、まぁ二体なら何とかなるか」
どうやら司馬君と大場君は撤退する気は無いらしい、他のメンバーも士気は高い。
この今のメンバーで勝つことが出来なければ、暫くダンジョン攻略を諦めなければならないだろう。レベル不足ってことでしょうからね。
「では作戦を立てましょう。幸い私達が手を出さなければ、襲ってくる気配はなさそうですしね」
私の意見に皆首を縦に振る。
各自の役割と連携を決めてから、石像の間を隊列を組みながらすり抜ける。
石像は動かなかった。どうやら宝箱の方がスイッチらしい。
予想通り宝箱を空けようとしたら石像が動き出した、一応シーフ技能を持つ者が罠を確認してみたが、この罠を発動させなければ先に進めない様なので敢えて罠を発動させたのだ。
予想通り左右の石像が私達を襲って来た。
意外にも入り口が塞がらず無理なら逃げ出す事も可能な様だ。石像は大きくて入り口の通路には入る事が出来ない様だからね。
私は密室になってしまって、全滅覚悟で戦わねばならない事にならなくて、内心ほっとしていた。
……いけない戦闘中だったわ、集中集中。
長い戦闘が終わった。
石像の残骸があちらこちらに散らばってはいるが、部屋自体は傷一つない。あれだけ魔法や石片が壁に叩き付けられたりしてたのに、一体何の物質で出来ているのだろうか?
私達の方は幸い死者は出て無かったが、大怪我による戦闘不能者がかなり出た。
私達の回復、治癒魔法ではここまでの怪我は完全に直す事は出来ない。教会に居る司教様クラスの魔法が必要だ。
それにポーションも尽き、魔力も底を尽いている。これ以上の地下ダンジョンの探索は不可能だった。
私が腰を上げ入って来た入り口に向かおうとすると、司馬君が私に声をかけた。
「待て、宝箱の中身を確認しよう、ここまで来て手ぶらは無いだろう?」
「ああ、当然の報酬だ、きっと良い物が入っているに違いない」
「え?」
思わず間抜けな声を出してしまった。半分開いている宝箱の中身は、石像が襲い掛かってきた為に中身を確認していない。
ちなみに石像が動き出すスイッチになっていた宝箱は、少し開くと麻痺の毒が噴き出すおまけ付きだった。
こんな事もあるかと準備していたから大事にならなくて良かったけど、最初司馬君と大場君は何も考えずに開けようとしたのよ、信じられる?
それにしても宝箱の中身なんてゲームじゃないんだから、強力な武具や魔道具とかが入っているとは限らないんじゃないかな……。
改めて宝箱をあける司馬君と大場君を止める者はない。
皆疲れて傷ついているのに、宝箱の中身に目を輝かせ期待を膨らませていた。
大場君が頷き、司馬君が中途半端に開いた宝箱の蓋に触れると、目の前が歪んだ。
あ~あやっぱり罠だ、罠は一つとは限らないのに……。
助かった、罠であったテレポーターの転移先は地下深くの階層や石壁の中では無く、地上にある迷宮入り口だった。
私の気のせいかもしれないが、この迷宮はまるでレベリングして下さいと言わんばかりの造りになっている気がするのだ。
確かに命の危険は当然ある。しかし先程のテレポーターといい、モンスターが現れない部屋が在ったりと迷宮がまるで訓練施設の様に作ってあるみたいに感じるのだ。
そう考えれば自分の力に見合わない階層まで降りてしまうと、痛い目に合うのは当然である。痛い目というのは死も含まれるのだが……。
それを司馬君や大場君に話したら大笑いされた。真剣に言ってるのに失礼だと思うわ。




