8・趣味
森を抜けると開けた場所に出た。
続く道の先に大きな町が見える、あれが目的の隣町イースのようだ。
ちなみに俺達が召喚された城と暫く拠点としてた町があった一帯はアルメリアと言って、この国の首都、いわば王都だ。
クラリッサから聞いた話では、この世界では国の名前がそのままの王都の名前になっているのが普通だそうだ。まぁ、分かりやすいから良いよな。
この街に奴隷商があるのは本当らしい。
何故なら同胞の勇者諸君が奴隷を連れて歩いているのを、そこかしこで見かけたからだ。
何故分かるって? 奴隷の首輪は思った以上に目立つんだよ。故に直ぐに分かってしまうのだ。
……奴隷を買うのが流行っているのではないだろうな? やめてくれよ、俺も同じと思われるだろ?
「何だか、あたしみたいな奴隷を連れてる奴多いな、陸様」
リタを見て思う。クッ、俺も奴らと同類だった……。
まぁ、多いと言っても見かけたのは二~三人の勇者位なので、リタが言うほど多いわけでも無い。いや町の中に入ればもっといるかもしれないな。
流石に黒歴史君みたいに五人も奴隷を連れている奴は居なかった。
しかしながら、あの黒歴史君以外にも奴隷を連れている奴がいるのを見て、本当に奴隷商売が成り立っている事を改めて認識したという感じだ。
町に入ろうと門に近付いたところ、町から出て来た見覚えのある顔とすれ違う。
「あら、貴方も奴隷を連れているのね?」
「ああ、まぁ成り行きでね」
「ふ~ん」
長い三つ編みをした眼鏡の少女、同じ召喚された勇者仲間だ。
……う~ん確か名前は何だったか、田倉……いや田村……違うな。
学年が上がり最初のクラス会議、いきなりクラス委員長に立候補してた奇特な奴だったな。……うん、委員長でいいか。
委員長は後ろに背の高いイケメンの獣人を二人連れていた、彼らは首に奴隷の首輪を着けている。……委員長も奴隷買ったんだな。
「そっちは皆、奴隷なのか?」
「ええ、そうよ。先日までは城で仲間にしたオジさん二人が一緒だったけどね……解雇しちゃった」
テヘっと舌を出して手で拳を作り、自分の頭をコツンとするポーズを取る委員長。テヘじゃねぇだろ。
「解雇って……」
「え、だって若い男欲しいじゃない? あんただって美形の女を二人も連れているでしょ」
委員長は俺の後ろに居るクラリッサとリタを指差しそう言った。まぁそう見えてしまうのも無理はないか。
「それじゃあね。行くわよ幸村、政宗」
「ああ、またな」
おいおい幸村、政宗? その名前ってまさか歴女ご用達の真田さんと伊達さんではないのか?
委員長はイケメン二人を連れて、ご機嫌で町を出て行った。
……腐ってやがる。
委員長は歴女で腐女子だったのだ。人間どんな趣味があるか分からないものである。
「えっと、ご自分の欲望に……いえ趣味に忠実な勇者様でしたね」
「ああ、俺もあんな奴だったとは思わなかったな」
「勇者って奴隷が好きなのか、陸様?」
そんな訳があるか! あいつ等が特殊なだけだ……と思いたいが、勇者召喚の時期に奴隷商がここに来て、儲かっているって事はやっぱりそうなのか?
現状奴隷のリタを連れている以上、俺が何を言っても説得力は無い。
さてここまで来るまでに手に入れたモンスターの素材等を冒険者ギルドで売却し、今日はこれで休む事にする。
流石奴隷商を招いている町だ、宿も殆んどが奴隷同伴でOKだった。宿を探す手間が省けて助かる。
宿の食堂で夕食を取っていたところ、クラリッサが俺に話し辛そうに話しかけてきた。
「あの陸さん、明日一日だけお暇を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「構わないぞ、何か用事か?」
「はい、この町の魔法使いギルドに用事がありまして」
「分かった、気にせずに行ってきてくれ。俺の面倒を見るのも疲れただろう、ゆっくり羽を伸ばしてきてくるといいよ」
「そんな、私は好きで陸さんと一緒に居るのです、疲れるなんて事は在り得ません」
俺を喜ばせる事を言っているがどこまで本気なのだか、俺を懐柔させる為かあるいは油断を誘っているのか?
まぁいい、魔法使いギルドで何を企むつもりなのかは知らないが、取りあえず明日はクラリッサと別行動だ。
だがクラリッサが居なくても気を抜くような真似はしない。
傍に居るのが奴隷のリタだけだと思って安心していたら、知らず知らず無意識に俺の警戒心が薄れる可能性がある。こんな時こそ気を引き締めねばならないだろう。
翌朝、宿での朝食の後クラリッサを見送る。
リタにも今日は「自由行動でいいぞ」と言ってみたが「奴隷が用事も言いつけられて無いのに、一人で自由に動き回るのはマズく無いか?」と苦言を言われたので、成程そうかと考えを改めた。
一応宿の延長料金を払うので宿の中に居るかと聞いてみたが、俺と一緒に行動すると言ってきた。俺と一緒に居てもつまらないと思うがな。
……よもやリタも何か企んでいるのではないだろうな?
取りあえずはリタを連れブラブラと町を練り歩く。初めての町だ、観光くらいはいいだろう。
「なぁ陸様、何で宿の部屋あたし達と別々に取るんだ?」
「俺の精神衛生上よろしくないからだ」
「……意味がよく分からない」
「ははは、分からなくてもいい事だよ」
元の主人の黒歴史君とは同じ部屋に寝てたんだろうな、それ以上の事は俺の知る所では無い。
不意にリタが立ち止まり、綺麗な服を着た同じくらいの歳の女の子に見とれていた。やはり年頃の女の子だな興味があるらしい。
「リタにも似合いそうだよな」
「……はっ、あ、あたしがか? に、似合わねぇよ、あたしには!」
「そうか? 俺は可愛いと思うぞ」
獣耳と清楚な真っ白なワンピース風の召し物の組み合わせは、俺の中では大正義である。
……無論異論は認める、単なる俺の趣味だ。
俺は少し考えた後、リタを連れ少し高級そうな洋服店に入った。
やはり主人同伴ならここも奴隷の入店はOKだった。お気に入りの奴隷を着飾る思考を持つ変わり者が多いのかもしれないな。
……今、正に俺がその行動をしているわけだが。
「わぁ、いいのか陸様?」
「勿論だとも」
お洒落な店員が選んだセンスのいいドレス風の白と水色の服は、リタに良く似合っていた。クルクル回りながらスカートを翻して喜ぶリタに俺も微笑み返す。
多少の痛い出費だがリタが喜ぶなら安いものだろう……なんて言うと思ったか?
こいつは俺の打算的な考えの下による、計算ずくの行動だ。まぁ少しは目の保養になっている事は認める、しかし本来の目的はそこでは無い。
何、そんなに難しい話では無いのだ。要はリタの俺に対する好感度上げである。
一見友好的な関係である俺とリタだが、本来は主人と奴隷なのだ。
さっきは主人が変わった時の事を考えてみたが、奴隷を解放することだってあるかもしれない。
実際にリタと始めて話した時は解放してもいいと思っていたしな。
万一にも奴隷解放の事態が起こった場合を考えてみよう。
直情的なリタの事だ、まず黒歴史君は確実に殺されるだろう。では俺は? 黒歴史君と同じ人間で勇者だ、実際には俺に対する好感度は思っている程は高くは無いだろう。
ただ幸いな事に、今のところはリタの首輪を閉める様な事態は無く、俺が殺されるまでの感情は持っていないと推測する。だが推測でしかないないだけで油断はできない。
ならばやる事は一つ、柏木陸は殺す程の男では無い、もしくは最悪殺す価値が無い奴だと思わせればいいのだ。
リタとここまで関わってしまった以上、全く面倒な事だがリタへの好感度上げは必須で、この世界で俺が生きていくには必要不可欠の事なのだと考える。
俺の横で頬を赤らめニコニコしながら歩くリタを見て、俺の思惑通りに事が進んでいることに満足して、ニッコリと微笑む。
「な、何だよ、そんなに見つめてさ……この服は返さないぞ」
「ああ、それはリタにプレゼントしたものだ、気に入ってもらえて良かったよ」
「……う、うん、あ、ありがと……」
リタは俯いてしまうが尻尾をフリフリと振っていた。喜んでもらえた様だ。
これでいいのだ、何しろ俺の命に比べれば安いものだからな。




