71・開始
俺にべったりくっ付いていたエリザベートとヴィクトリアは、それぞれの護衛騎士達に無理やり引きずられて行ってしまった。
それはそうだろう、国が期待して支援をしている勇者はエリート君とがり勉君達のパーティだからな。
護衛の騎士から見たら、俺が勇者であってもこのホールの中に居る勇者の一人でしかないのだから、いつまでも俺に構っていては困るとの判断なのだろう。
いや俺としては、むしろよく引きずって行ってくれたと護衛騎士達には感謝したい気分だ。素直にありがとう。
「ああ、何故私は一緒に行けないのかしら。王女なのよ、偉いのよ!」
「王家のエリザベートならまだしも、私は公爵令嬢なのですから一緒に行っても問題無いのではなくて?」
偉いから危険な場所へは行けないんじゃないかエリザベート。
王家の血筋の公爵家の者も同様だヴィクトリア。
しかも嫁入り前の若い娘である二人が勇者と一緒に、魔王と戦う為の旅に共に行かせる訳が無いだろうが、常識的に。
中立地帯とは言え、海を渡って魔族領まで来たこと自体が驚きだよ。
流石に王や宰相である彼女等の父親や、国の上層部はまさかこんな敵地にまで来ているとは知らないと思うな。困り顔の護衛の騎士達、特に隊長は確実に責任を取らされるだろう。可哀想に。
何はともあれ、やっと俺の両手は自由になった。
王女と公爵令嬢がお相手だったのだ、無下にしてまた牢に入れられては敵わないからな。
「あれ、アルメリアの王女とクインズの令嬢でしょ? 随分と仲が良いのね」
「ああ、ちょっとあって、顔を憶えられていただけだよ」
「ふ~ん、それだけで腕なんか組むのかしらねぇ」
入れ替わりに俺に話しかけてきたのはお嬢だった。
彼女は随分と物腰が柔らかくなった気がする。
ピクラルから助ける以前、召喚される前の世界でクラスメイトだった頃は、もっと全体的にツンケンした感じだったと思う。と言っても、その頃はこうやってちゃんと対面で話した事など無かったが。
俺から引き離されたエリザベートとヴィクトリアは、エリート君やがり勉君の所に居て、逃げ出さない様に周りの騎士達に囲まれていた。
当の彼女等も国が彼等を真の勇者として支援しているのを知っているので、好き嫌い関係無く国の代表としてエリート君やがり勉君を労ってやらねばならない様だ。ご苦労なこった。
パーティが崩壊してエリート君のパーティに入ったとは言え、お嬢もエリート君やがり勉君と同じ選ばれし優れた勇者の一人だった筈だ。
こんな所で俺と話してていいのか?
それとなく聞いてみたところ、ピクラル戦で追従していた護衛隊とパーティメンバー四人を失ったお嬢は既に国に見放され、俺の様な普通の勇者と同じ様な扱いにされているそうだ。
呆れたものだな、手の平返しというやつか。全く現金な奴等である。
それでもエリート君やがり勉君はお嬢の事は以前と同じ様に、いやむしろ以前にもまして気をかけてくれてる様子だった。良かったな、お嬢。
「勇者咲様は陸さんと仲がよろしかったのですか?」
少し遠慮がちにクラリッサがお嬢に話しかける。
……咲って誰だ?
ああ、お嬢の名前か。
気にしたこと無かったから知らなかったよ。そう言えばピクラルと戦っていた時に、エリート君やがり勉君がそう言ってた気がするな。
「柏木君の仲間の方ね……確か貴方、私に平手打ちをしてくれた人ね。お陰で目が覚めたけど」
「あ、あの時は失礼しました! 勇者様に手を出すなど……」
「いいのよ、あの時は私が悪かったのですもの」
一触即発の緊急事態かと思いきや、二人でいい感じで笑い合っていた。女ってよく分からんな。
「貴方達も私を助けてくれたのよね、ありがとう。彼と話したのはこの世界に来てからよ、名前と顔は知っていたけどね」
「そ、そうだったんですね」
「ふふ、彼を取ったりしないから安心して下さい、後ろに居る聖女様もね」
「あら~私は心配してませんよ、陸さんは私にメロメロですからね」
それは無い!
苦笑いをしているお嬢……咲と、「そりゃ私はあんなにスタイルが良くないですけど……」とブツブツ言ってるクラリッサ。
そしていつもの様にリタが空気を読まずに独り言を漏らす。
「アナ姉だってスタイルは良いし、胸の大きさはセーラ姉程じゃあないけど結構大きいぞ。それにアナ姉と同じで、あたしも将来大きくなる可能性もあるよな、陸様?」
「うふふ、残念ねリタちゃん。胸の大きさならこれからも負けるつもりは無いですよ。さぁ陸さん、私の胸で甘えてもいいんですよ!」
いつの間にか俺は胸の大きさで女を選ぶ様な男にされてないか?
重要なファクターではあるがそれが全てでは無いぞ、そう断言できる。何故ならそれだと現状セーラが一番になってしまうからだ。
「冗談はさておき、そろそろ塔の門が開く頃だろ?」
「そうね、じゃ皆の元に戻るわ、またね陸君」
おや? お嬢、いや咲の俺への呼び名がいつの間にか名前呼びになっていたな。どういう心境の変化なのだろうか。
「……え? 冗談?」
何故か豊かな自分の胸に手を当てて、意味が分からないと呆然とした顔で首を傾げるセーラ。
……うん、放っておこう、そうしよう。
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セナラナの塔一階層。
塔の内部に入ると広いホールになっていてその中央には巨大な水晶が設置されていた。
「この水晶に触れると登録がされます。各階層にも端末の水晶がありますので階層間の転移移動が可能になります」
「部屋の奥に試練の扉があります。各階層にもこのような安全な部屋がありますので、準備を整えてから扉に入ることをお勧めします」
セナとラナがホールで攻略者達にそう説明していた。
水晶前はちょっとした列になっていたが、登録しないわけにも行かないので少々待ち、水晶に触れて登録を完了させた。
そして俺達は部屋の奥にある扉に向い歩き出す。
人数が多いので流される様に連なって、俺達パーティも扉の中へと足を踏み入れた。準備や編成等は皆さっきのエリザベートやヴィクトリアの居た施設でもう終えているしな。
部屋に入ると、そこには俺達のパーティメンバーしか居なかった。
どうやら空間魔法で試練は同じだがパーティ別にされて、それぞれ課題をクリアしないといけない様だ。
つまり他のパーティと共闘したり、利用したりは出来ないようになっているらしい。
頼れるのは仲間だけという事なんだろう。
ちなみに一括りになってる人数はパーティの上限である六人では無く、三十六人までのユニットまでOKだった。
ユニットとはパーティユニットと呼ばれ、パーティ同士を組み合わせて最大三十六人の小隊クラスの集団が編成できるのだ。
なので支援部隊のいるエリート君達は、王国騎士や魔導士達を上限一杯に連れ込み、万全の体制を取っていた。
また、予め違うパーティ同士を合同にして、人数を増やしている奴等も多かった。
要はこの塔をクリアする為に有利な状況を作る為だ。悪い手では無い。
俺はというとパーティのリーダーではあるが、元々のコミュ症が発症して「一緒にクリアしようぜ」とは他のパーティには言えないのであった。
人には向き不向きがあるのである。
元々勇者になろうと思ってなった訳では無いし、パーティのリーダーなんて苦手と言うか、嫌なんだよな。
それにしてもリーダー君は凄かった。そのコニュ能力を使って次々と仲間を増やしていたのだ。一般の冒険者パーティもいるが、イケメン君や委員長のパーティも仲間に引き込んでいる。
対して黒歴史君や空は俺達と同じ単独パーティだ。
特に空は相変わらずアニーしか仲間が居ない。まぁ頑張れ。
中二病君と海はそれぞれ二、三パーティと合同して塔に挑む様だ。実際十人から十五人くらいのユニットが一番多い様だな。




