67・港町
港町ソナに来ていた。
このソナの町はステア子爵の領地内の町の一つで、ここも数か所ある数少ない中立地帯の一つである。
人間の領地に近く、しかも魔王城方面から離れた海岸沿いに連なるこの地域はその昔、人間側の領地だったらしい。
その名残りなのかは分からないが、このソナの町も魔族領なのにも関わらず人間族が多い場所だ。
ソナの町はキャンターと戦った海岸から割と近い場所にあった。
一応はステア子爵の領地なので、暗黒騎士風の俺が扮した変装はステア子爵を公衆の面前でボコボコにした手前、余計な噂が立たぬように変装なしでソナの町に入る事にした。
噂を耳にしたステア子爵が恥をかかされた復讐に、ソナの町に乗り込んで来ては面倒だしな。
ここソナ港町の代官は、ステア子爵の様に性格の曲がった……いや、愉快な性格の者ではないそうだ。
普通に有能で、別段人間には危害を加えない魔族の者が治めているとの事だ。
普通に考えれば人間に危害を与えないとは、こちらにしてみれば貴重な町である。
但し友好的と言う訳でも無い、こちらが問題を起こせば捕まるし、場合によっては殺される場合もある。魔族よりも厳しい対応をされるのは当たり前のことだ。
そしてこの町を拠点にエリート君達三勇者のパーティの皆さんが、十二将ピクラルを討つべく拠点にしているそうだ。
一応ここはステア子爵の領地で、その上司は十二将の金獅子のレオナールだぞ、いいのか? 同じ十二将を討ちに来た奴等だぞ。
他の十二将が討たれたりするのは、その配下の者が心配することであり関係無いとでも思ってるのか、あるいはそもそも人間などに後れを取る、十二将などいないと高を括っているのかのどちらかだろう。
恐らくは後者だろうけどな。
勇者達は巨大船を使い海上に出て大魚の討伐に出ていたらしい。
らしいと言うのは、何回か海上には出たが十二将ピクラルを見つける事ができなかった為だとか。
だが今、俺達がこの港町に着いた時にピクラルを見つけたという漁民の知らせを受けて、直ぐにでも海に出る為の準備に追われていた。
「あの三勇者達、我がアルメリア国が選抜した者達だが、本当に大丈夫か?」
「ええ、私はキングスで実際に十二将アリアスを見ています。各自有能なパーティメンバーと、多数の支援部隊に守られているからと言っても、安心できませんわ」
エリート君、がり勉君、お嬢の三勇者を親指の爪を噛みながら見つめるエリザベートと、眉毛をへの字に曲げ不機嫌そうなヴィクトリアがそこに居た。
幸いこちらには気付いてはいない。俺だけではなくクラリッサとリタそしてセーラも、物陰に身を隠す。
見つかったら色々と面倒臭いのは間違いないからだ。
よりにもよって、変装して無い時にこいつ等がここにいるとは……危なかったな。
しかし本当に何でこんな所にこいつ等が居るんだ?
仮にも中立とはいえ敵地である魔族領の中の町だぞ。王国の王女と公爵令嬢が来ていい所では無い。
確かに町は王国の兵士達が多く、他の商人や冒険者等を合わせれば、かなりの数の人間がいるが……。
恐らくシーマの町で俺達の目撃情報があって、ステアの町やこのソナの町にも捜索に来たってとこだろうな。
そういえば以前海峡の島の領主サウス男爵が、観光で来た馬鹿貴族が亡くなったという話をしていたな。
その事を考えれば王侯貴族の血を引く人間がこんな所まで来るのはおかしいだろ、死にたいのか彼女達は?
まぁ今の領主であるステア子爵は分からないが、その上司のレオナールはこちらから手を出さない限りは、何もしてこないと思うけど、それでも不用心過ぎると思うぞ。
さて、そんな事より俺達はどうするかな。
「セーラさん、港はこんな状況ですし、海に出るのは止めにしませんか」
船等は貸し切られてる可能性もあるし、少なくとも今日は大人しく帰った方がいい気がする。
「そうですね~、この港から出るのは止めにしますか~」
「……この港から?」
にこやかな顔をするセーラを見て、嫌な予感が頭をかすめる。しまった、余計な事を言ってしまった!
セーラに連れられ町を出ると、キャンターと戦った海岸まで戻って来た。
『待ってたわよ、勇者陸ちゃん』
海に向けてスタンバイしているキャンターがそこに居た。
……誰がちゃん付けで呼んでいいと言った、このカニカマ。
『なんてこった、我は海は苦手なのだ……蟹如きに出番をさらわれるとは』
いやいや何の出番だよ……。 って言うか何でまだここにスコーズが居るんだ? お前はもう砂丘に帰れよ。
こんな町の近くに巨大な蟹と蠍が居たら騒ぎになるじゃないか、そう文句を言ったら人払いと幻惑の結界を張ってるから大丈夫だと反論された。何でもアリだなお前達……。
『さぁ私に乗りなさい、ピクラルの所へ案内してあげるわ』
舟の代わりに巨大蟹に乗って沖まで行くのか? 何の罰ゲームなんだよ。
俺がキャンターに乗るのを躊躇っていると、横をすり抜けセーラを始めクラリッサとリタもキャンターによじ登っていった。
お~い皆さん、そいつは敵だぞ……はぁ、仕方がないなぁ。
「キャンター分かっているわね~?」
『はい、私は海上に出ない様にすればいいのですね、分かってますよ』
身体の殆んどを水中に沈めて、水面から出た所に俺達が乗ってる形になるが、どう見ても船には見えない。
まぁ、他に見ている人が居ないからいいか。
……と言うか、浮くんだ蟹って。沈むものじゃないのか? 只の蟹とアルティメイトモンスターの蟹と一緒にしたらいけないか。
幸いにして波も無く穏やかな日で良かったと思う。
海上から海岸を見るとスコーズが巨大な鋏を振っていた。人で言うと手を振っているんだろうが、何とも呑気なものだ。
沖に出ると巨大な水しぶきが立ち上がっていた。
「あら~先を越されちゃったみたいね~」
セーラが開いた手をおでこに当てて、遠くを見るポーズを取りながらそう言った。
俺も目を細めそちらの方を凝視してみると、大型船に巨大な魚が襲い掛かっていた。
多分アレが十二将ピクラルなんだろう。そして大型船に乗ってピクラルに攻撃を仕掛けてるのが、三組の勇者一行と支援部隊の様だ。
あの船に乗っている船員達は可哀想だな。
多額の賃金を貰っていているなら仕方がないが、強制的に駆り出されているとしたら目も当てられないな。
まぁ、どちらにしても俺には関係ないけどな。
セーラが不可視の結界を張り、大蟹に乗った俺達は大型船と大魚に近付く。
十二将大魚ピクラスは俺達に気付いているだろうが、まだ遠い事もありこちらが手を出さぬ限り襲うつもりはない様だ。
今は目の前の勇者達と遊んでいた。
遊んでいると言っても言葉通りでは無い。勇者側にしたら命がけの戦いをしてるわけで、遊んでいるのはピクラルの方だけだ。
遊ばれて命を奪われるなんて納得できないと思うが、そのくらい大魚と勇者達の戦闘力に差があるのだ。
「くそ、こちらの攻撃が効いて無いのか?」
「今更そんな弱腰でどうする、やるしかないだろう」
「そうですわ、今になって後には引けませんもの!」
大型船の上が大混乱に陥っている。
俺達はまだ三勇者達の乗る大型船からはある程度離れているが、【望遠】や【遠聞】の便利魔法のお陰で、甲板上の勇者一行と支援部隊の奴等の様子がある程度は分かる。
この二つの魔法だが、使用者のレベルが高い程遠くに、そして精度も上がる。監視される対象者が結界や阻害魔法を使ってない場合は直ぐ近くで見聞きしているのと変わらない程だ。
ただ、間に遮蔽物がない事と、魔力の割に効果時間があまり長くないのが欠点か。
さて、三勇者の奴等だが、正直言ってかなりマズい状況だ。
見るからに一方的にやられて、為す術が無い状態に陥っている。
あいつ等は明らかに自分達と敵の力の差を見誤っていた。
大きな音が海上で鳴り響き、甲板で戦っていた数人の冒険者らしき者達が大魚の一撃を食らい海に落ちた。
「咲、下がれ、お前の仲間はもう助からん!」
「その通りだ、今は自分の命を……」
「ふざけないで! 彼等は城で合った日から私を助けてくれた大切な仲間……キャアアア!」
大魚ピクラスが大型船の甲板の一部を食い千切り、更に数人の冒険者や兵士が海に落ちたり大魚に飲まれたりした。
勇者の内、自分のパーティメンバーをやられていて躍起になっていたお嬢も、船の縁まで身を乗り出していたために甲板の一部と共に海に落ちた。
「さ、咲!」
「ば、馬鹿やめろ、お前まで落ちてどうする!」
「放せ、見捨てるのか!」
「そう言う問題じゃ無い、落ち着け!」
ピクラルの攻撃で傾いた大型船の甲板でエリート君とがり勉君が言い争っていた。
お嬢を助けようと海に飛び込もうとしたエリート君を、がり勉君が体を張って止めたようだ。
エリート君は甲板の上で膝をついて肩を落としていた。
あいつ等を助けるのに俺は何のメリットも無い。だが、あいつらと俺は元クラスメイトで知らない仲では無い……あちらがクラスの底辺の俺を憶えているは知らんがな。
「クラリス、ダント、ヘスタ、ザラ、ロゼ……」
甲板の残骸に捕まりながら仲間だった者達の名前を呟くお嬢。
彼女は海に落ちたが、どうやら船の破片に掴まり生きていた様だ。
だが、その正面から大魚が大口を開けて襲い掛かってきた。
「ああああ……」
逃げ場の無い海上で、ただ茫然と十二将ピクラルを見つめるお嬢。
他の勇者の乗る船は既にこの場から離れ、助けに来てくれる様子も無い。
既にお嬢は亡くなったと判断し逃走しているのだろう。傾いた船からは、お嬢の漂う海面はよく見えない位置にあるからだ。
バクンっと目にも止まらない速さで大魚の口が閉まる。
呑まれても歯で切り裂かれても、とても助かるとは思えない。
俺の腕の中には目を思いっきり瞑ったお嬢が居た。キャンターから船の残骸を足場にし、数回ジャンプをして間一髪救助に間に合った。
ピクラルはその巨体故にお嬢を仕留めたかは分かってないだろう。ただ海に浮いていた身形の良い人間がいたから食いついただけだと思う。
そのままお嬢を連れてキャンターの甲羅まで戻る。
戻る際は浮遊魔法を駆使して戻った。移動速度が今一遅いが、ピクラルは海中に潜って直ぐには出てきそうになかったので問題はない。
よく見るとお嬢はかなり深い傷を負っていた。
セーラを見るがお嬢を助けるのは、あまり乗り気では無い様だった。むぅ、仕方がない。
「【快癒】」
見る見るうちに傷が塞がり、虚ろだった目に生気が戻る。
「こ、この呪文は大司教様しか使えないという、最上級の治癒魔法……?」
そうなのか? 俺はセーラから貰ったが、お嬢は賢者ケビンから貰わなかったのか? ああそうか、レベルが足りないのか。
「……柏木君……何故ここに……いえ、それよりも私の仲間は……」
お嬢は後ろを振り返り、壊された船の一部である木片が浮かぶ海上と、自分が乗ってきた船が自分をおいて遠くに行ってしまった事に、ショックを隠せない様子だった。
お嬢はキャンターの甲羅の上だという事には気付いていない様だ。
自分が十二将の背中に乗っていると知ったら、どんな行動に出るか分かったものではない。何より俺が魔王軍と繋がっていると言いふらしかねないからな。




