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65・大蟹

 転移魔法でシーマの町まで戻り、丸一日休養を取った。

 近いからといってもステアの町には行かない。あそこに行くと色々面倒な事が起こりそうだからな。特に子爵が。


 シーマの町に戻るとアナが笑顔で迎えてくれた。

 明るく安心できる良い微笑みだ。この顔で迎えられれば宿もさぞかし人気が出るに違いない、主に男性客には。

 俺はこの町の復興には欠かせない人物にとなったアナに、思い切って声をかけた。コミュ症が再発しないことを祈りながら……いや、そもそも治ったわけじゃないけどな。身近な人が相手なら結構マシになっただけだ。


「頑張っているようですねアナさん。小さい子達の面倒も見てくれている様なので助かります」

「い、いえ、好きでやってる事ですから。あの子達も助けてもらった上に、待遇の良い仕事まで頂けて喜んでいますから」

「そうですか、でも無理せずきちんと休みは取って下さい。体が資本ですから」

「は、はい、ありがとうございます陸様」


 頬を少し赤らめ、はにかむアナ。

 うん、完璧だね……色ボケの男達はこれで虜にできるだろう。女姓も「カワイイ~」とか言って好意的に接してくれるんじゃないかな。


 ラウドネルの居る役所がある区域以外は、宿屋を引き続き経営させている。

 そこで元気に働く元奴隷だった獣人の子供達。

 奴隷だった頃のこの子達には基本的に休みは無かったし、当然給金も無い。正に使い捨ての労働力だったのだ。

 全く、この子達を奴隷で遣い潰そうだなんて馬鹿のやる事だな。

 ちゃんと育てて大切に扱ってやれば、自らお金を稼いでくれる金の卵達なのにな。まぁ、無理せず頑張ってくれ。

 

 翌日、次の十二将に会う為、一旦スコーズの下まで転移魔法で戻った。


『クフフフッ、よく来た勇者陸よ』


 すると御機嫌で大蠍スコーズが俺達を出迎えてくれた。

 おや? なにかこのパターン、前にもあったな。

 案の定スコーズが大蟹キャンターの所まで案内してくれるそうだ。まぁ、楽でいいけどな。


 <>


 いた、本当に海岸沿いにソレが居たのである。

 巨大な蟹……流石に食べれないだろうなぁ。

 大蟹は軽くあしらう様に六人組のパーティと戦っていた。前衛五人の男と後衛で魔法を駆使している少女がいるパーティだ。


「ウオオオッ、リリィ様の為にこのアルティメイトモンスターを倒すぞ、皆!」

「「「「おお!」」」」

「海~皆、頑張りなさいよね!」


 勇者海とイケメンズ+リリィ達だった。

 お前等もここに来てたのかよ。

 セーラが言っていた通り、十二将であるリリィは支援に徹している様だった。

 一人で強化、弱体、回復の全てを受け持っている。海の奴、攻撃ばかりしてないで少しはリリィを手伝ってやればいいのに。

 リリィは言葉使いはツンだが、必死に海達を支援していた。意外に真面目な奴なんだな。

 しかしいくらリリィが十二将で有能なヒーラーをしていても、海達が弱すぎる。

 まぁ、五人もいるから昨日の空の奴よりは総合的な攻撃力はあるが、その分リリィの回復が追い付かない。

 地味に麻痺や毒を受けまくっているのもいただけない、あれではリリィの負担が増えるばかりだ。もう少し連携というものを考えないと駄目だろう。


「うわわわ!」

「「「「おおおお!」」」」

「あああ! 海、皆!」


 遂に戦線が崩れて海達がなぎ倒される。

 レベルを考えるとよく持った方かな。無論、あの大蟹が手加減して遊んでいたのは明白だが。


「くぅ、憶えておきなさいよ、キャンター!」


 そう捨て台詞を残し、海とイケメンズを連れ転移魔法を使用するリリィ。

 逃げた勇者海のパーティとリリィの事など気にも留めず、大蟹キャンターの巨体がゆっくりとこちらを向く。


『で、何か用かしらスコーズ?』


 ん、ひょっとして雌なのか、あの大蟹?


『お主、男の癖にその言葉使いは何とかならんのかキャンター……』

『はぁ、いいじゃない、私の勝手でしょ』


 ……どうやらオネエだった様だ。

 オカマの蟹か……蟹のオカマ……蟹オカマ……蟹カマ……カニカマ! 謎は全て解けた!


「陸様がまた何か変な事を考えてるみたいだ……」


 いかんいかん、どうやら顔に出てた様だ。自分の駄洒落で顔がにやけるなど、まだまだ精進が足りないな。

 いや、口には出さないよ、駄々滑りするのは分かってるからな。いいじゃん、好きなんだよ駄洒落。

 ……しかしリタの奴、よく見ているよな。


『珍しいじゃない、こんな所まで来るなんて。しかも人間を乗せてなんてどういう風の吹き……セ、セーラ様?』

「そうよ~相変わらずねぇキャンター」

『ギャアアアアアア! セ――――ラ様ァ――――!』


 キャンターは全速力で海に逃げる、勿論横向きだ。

 尋常では無いスピードで海に飛び込むと、巨大な水しぶきを上げザッパーっと俺達に海水がかかり、びしょ濡れになった。

 咄嗟の事もあったが暑かったので別に構わない。

 だが、何やらセーラは機嫌が悪くなった様だ。そんなに怒るなよ、海に来たらお約束みたいなものじゃないか。

 で、大蟹は強制的にセーラの前に引きずり出された。

 どういう理屈の魔法かは分からないが、魔法で作られた巨大な網でキャンターは海から引き揚げられたのだ。

 網を引き上げているのは大蠍のスコーズで、その間セーラは「大漁、大漁よ!」と、嬉しそうにはしゃいでいた。

 いや、大漁って大蟹一匹ですが……。

 セーラの口元を見ると少し口角が上がっている。

 服は魔法で直ぐに海水を洗い流した後、乾かしたのですっかり元通りだが、先程の海水を浴びせられた行為を許す気はない様である。

 そこまで怒る事はないのにな。


「キャンター? 分かっているわよね」

『ははー、お、お許しを……セーラ様』

「勇者の居た国では蟹をよく食べるそうよ? 今、勇者陸さんが居るから貴方食べられてみる?」

『ヒィイイイ! な、なにとぞ、なにとぞぉおおお!』


 何だか可哀想になってきた……。


「セーラさん、そんなに脅かすことないよ。どうせ戦う事になるんだから、いつも通り負けたらお仕置きって事でいいんじゃない?」

「え~まぁ、陸さんがそう言うのならいいか~。陸さんに感謝しなさいキャンター」


 セーラ抜きの俺達三人と戦って勝てればお咎め無しと説明を受け、大喜びの大蟹。


『ふふふ、いいわよ~、万一にも私が負ける事なんて在り得ないんだから』


 今にも踊り出しそうな喜び様だ。もう勝ったつもりになっている。

 その余裕は何処からくるんだ? 

 ああ、さっき勇者海のパーティを軽くあしらったからか、十二将の自分が負ける訳ないと思っているんだな。

 ここにスコーズが居る訳を考えてみれば、多少は危機感を持ってもいいと思うけどなぁ。勝ってお仕置きを回避出来ると浮かれていて、そこまで考えが至っていないんだろうな。


『んふふ、じゃあ何時でもいいわよ、かかってらっしゃい!』


 そうか、何時でもいいのか。

 例の如くキャンターが油断しまくっている間に呪文は完成している。後は放つだけだ。……汚い? 戦闘前に準備をしておくのは常識じゃないのか?


『ふ、阿呆が』


 いまの台詞は俺ではなくスコーズだ。

 自分がやられた開幕魔法を大蟹にも食らってほしいのだろう。自分だけ食らったのでは、不公平だと思ってるのだ。


「じゃあ準備はいいわね~始め」


 セーラが緊張感の無い声で開始を合図した。

 刹那、魔法を発動させる。スコーズに攻撃した時と同じ氷魔法だ。ダメージと共に動きを奪う為だ。


「【轟氷】」

「【猛氷】!」


 タイミングを合わせ、続けざまになる様にクラリッサも魔法を放った。

 俺の唱えた魔法の一ランク下の魔法であるが、強力な【轟氷】の魔法のお陰で魔法抵抗力が落ちた状態なら、ランクが下の【猛氷】でもダメージがほぼそのまま入る。


『ヌオオオオオオォーーーーー!』


 野太い叫び声を上げ、大蟹は半身氷漬けになりながら猛吹雪の中で氷柱の雨を受け続けていた。

 しかし思念でも咄嗟に出る叫びは、男っぽい野太い叫びなのが少し笑える。


『ふむ、こうやって外から見てみれば、この暑い場所で氷漬けになっているのはある意味、羨ましいではないか、フクククククッ!』


 やられるキャンターを見てスコーズが大笑いをしている。

 自分と同じ目に遭っていい気味だと思っているんだな。まぁ、気持ちは分かる。

 ……さて、これからだ。腐っても十二将、この位でやられてくれる筈は無い。多少ダメージを与えただけだ。

 それでもさっきの海達の与えていたダメージより、遥かに大きいダメージを与えている。

 それにしても予想外のダメージを受けた時、動きを止めて死んだふりをして油断を誘おうとするのは、こいつ等の共通パターンなのだろうか?

 現に目の前のキャンターは身動き一つしない。

 俺が鑑定で体力の減り具合を確認すると、やはり気を失う程のダメージは受けてはいない。但し氷魔法によるバインド効果は受けている様だが、こちらはダメージとは直接関係ないステータス異常だしな。

 はっきり言うと、レベルの近い鑑定魔法持ちの者には、何やってんだ馬鹿がって言う事だ。

 まぁ、キャンターは俺とのレベルが近い事と鑑定魔法を持っている事も知らない様なので、油断を誘って効果的な反撃を狙っている訳だ。

 だが俺はそれに付き合う必要も無い。よって構わず魔法をぶち込む事にする。


「【轟雷】」

「【猛雷】!」


 今回も俺の魔法に続いてクラリッサが魔法を撃ちこむ。

 ランクの低い魔法でもこうやって先に強力な魔法を叩き込み、魔法防御を低下させればかなりのダメージを与えることが出来るのだ。


『ヌホホホゥ!』

『フクククッ愚か者め、何もしとらんうちに体力を削られおって、愉快愉快』


 奇妙な叫びを上げるキャンターに、スコーズはバタバタと足を動かし大笑いしていた。


「スコーズ貴方、キャンターの事言えないでしょ?」

『……はい』


 セーラが笑顔だが笑ってない目でスコーズに話しかける。途端に大人しくなる大蠍。調子に乗り過ぎた様だ。


「キャンター、憶えてる? 負けたらお仕置きだからね~」

『ヌッヲッ?』


 またセーラが余計な事を言ったのだった。

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