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62/122

62・残念

 あれからセーラからの使いの者が現れ、子爵邸に招かれた俺達。

 そこには館の主であるステア子爵と金獅子のレオナール、そしてセーラが居た。

 ……俺の目の前には不機嫌そうなステア子爵。

 そんなに怒らないでほしい、問答無用に俺達を拘束しようとしたのは君だろ?

 だが今は俺に突っかかる事は無い。

 何故なら既に俺達は勇者一行の姿に戻っているからだ。

 暗黒騎士とその仲間達はこの町ではちょっと有名になってしまったし、空や海、そしてエリート君達の優遇された三人の勇者パーティに目を付けられたようだしな。

 少しあっちの方は自重することにする。


「この方達がセーラ様の支援する勇者なのですか? 何だかパッとしませんね、それに弱そうです。アニー様やリリィ様の育てている勇者より覇気がありませんし」


 酷い言われようだ。

 その弱そうな勇者が変装した暗黒騎士に負けたのは、お前だけどな。

 俺が空や海よりは弱いという点は違うが、他は概ね当たっているので黙認しておく。

 何故かクラリッサとリタがプゥと頬を膨らませていた。

 ……そしてセーラだが、顔は笑っているが目付きだけは今にもステア子爵を殺しそうな目で見つめている。うわっ、怖ぇ。

 それに気付いたステア子爵は涙目でレオナールに寄り添い、助けを求めている。

 少しは考えてからもの言えよ、子爵様。


「ステアよ、貴様の意見など聞いてはおらぬし、我がここに居るとはいえセーラの逆鱗に触れる事を言うものではない。庇い切れるものでは無いぞ」

「も、申し訳ございません、レオナール様……、それとセーラ様も……」

「私に謝る事ではありません。貴方が侮辱したのは陸さんでしょう、なら……」


 セーラにそう言われ俺に向き直るステア子爵。その顔は納得して無いという気持ちが駄々漏れだ。下賤な人間に、しかも敵である勇者に何で私がってとこか。


「ああ、気にして無いから構わないよ。パッとして無いのは本当の事だし、覇気もないしね」

「そうよね、本人が認めているんだから私が悪いわけじゃ……はっ!」


 セーラだけではなく、レオナールにまで睨まれて泣きそうな顔で小さく縮こまるステア子爵。

 この子爵、ひょっとして阿保なのか?


「ステア子爵の事は無視するとして」

「うむ」


 可哀想に阿保子爵様は蚊帳の外だ。涙目になって情けない顔をしているが仕方がないだろう。


「それで、私に相談と言ってもね~、アニーとリリィの勇者達の事は本人達に言うしかないわよ。ただ本人達は聞く耳を持ってないけどね~」

「だからセーラ、貴様に相談しているのだ。あの二人の育てている勇者空と勇者海はあまりにも弱すぎる、いや他の勇者よりは強いかもしれんが陸と比べれば足元にも及ばん」

「だから、アニーとリリィが勇者を見極め切れなかったのと、育て方が悪いんでしょう。私は陸さんに運命的なものを感じたし、彼の為に心を鬼にして育てたのよ」


 嘘つけ! 俺が寝不足で教会で寝てたのを勝手に膝枕してただけじゃないか。自分が美人だと自覚した上で膝枕だぞ、如何にも簡単に男を落とせますって感じがバレバレじゃないか。

 それに心を鬼だ? 俺を虐めて思いっきり楽しんでいただけじゃないか! 俺は騙されんぞ!


「運命って所は納得できませんけど、陸さんを立派な勇者と認めてくれた事と、大事に育ててくれた事はセーラさんに感謝してます」


 クラリッサが妙な事を言い出した。大丈夫か? ちゃんと現状を理解しているか?


「そうだよなセーラ姉は愛情表現が少し歪んでいるけど、陸様にデレデレだしな」


 リタも妙な事を言い出した。

 変態淫乱魔族の愛情表現なんて知りたくも無いわ!

 それにデレデレは無い、強大な力を持つ魔王軍の大幹部が勇者を玩具に遊んでいるだけにしか思えないだろ。魔王の命令ってのも今更だが怪しいよな。


「……え? 歪んでる、私?」

「わっははは、自分で気付いて無かったのか? セーラ」


 セーラの問いに答えたのはレオナールだ。お、意外とセーラの奴、傷ついているのか?


「あ、ごめんセーラ姉、セーラ姉は魔族だからあたし達から見たら少し変わって見えるってだけなんだ。その、傷ついたならごめん……」


 リタは素直に謝る、そんなリタの頭を撫でるセーラ。チッ、セーラは本気で落ち込んでいるわけではない様だな。


「あ、あの……そこの勇者、そんなに強いんですか? とてもそうは見えないのですけど」


 空気を読まずステア子爵が話に割り込む。

 レオナールは話がややこしくなるので無視を決めてたが、ステア子爵に向き直ると溜息を一つ大きくついてから彼女の問いに答えた。


「そうだな、例えばだがステアよ、お主の配下を数名連れていいから、アリアスかタウタスもしくはカプリアを倒せるかな?」

「え? その方達って十二将ですよね。無理に決まってます、アレを倒せるなんて同じ十二将か魔王様くらいですよ」

「ははは、そこにいるじゃないか、お主の目の前に」

「え、セーラ様ですか、それはセーラ様はレオナール様とサジタウル様と並んで十二将でも破格の強さと聞いていますが……」

「話の流れから言って陸の事に決まっているだろう、全く頭が固いというか固定観念にとらわれ過ぎというか……」

「へ?」


 ギギギと錆びた様な動きで首をこちらに向けるステア子爵。目を見開いて信じられないものを見る目だ。


「嘘ですよね?」


 残念ながら嘘では無い。

 ステア子爵は怪訝そうな視線を俺に向ける。

 完全に疑っているようだ。俺を睨みつけるとレオナールに向き直り一つの提案……というかお願いをした。


「レオナール様、レオナール様の仰る事を疑うのではありませんが、やはり自分で確認せねば納得できません。この人間と勝負させて下さい!」

「……それを疑っているというのだ……はぁ、分かった好きにしろ」

「はっ、ありがとうございます。必ずやレオナール様の目を覚ましてごらんに入れます!」


 こちらの意志に関係なく話が纏まってしまった。

 見てないで何とかしろよと思いセーラを見ると、フンッと鼻息を荒くして「返り討ちにしてあげましょう」と息巻いていた。

 相手をするのは俺なんだけど……。

 どういう訳かクラリッサが期待を込めた目で俺を見てるし、リタは親指を立ててニッと歯を見せて笑っていた。

 人事だと思ってこいつ等は。

 ステア子爵がさっき戦った実力なら何てことは無いが、今回は敬愛している上司であるレオナールの手前だ、万全な用意をしてくるかもしれないな。当然、俺は気を抜かないし慢心もしないが。


 子爵邸の裏に広い庭があり、そこには数メートル四方、四角形に少し盛り上がった平らな盛り土がしてあった。試合か訓練にでも使っているらしい。

 その中に俺とステア子爵が立つ。

 ステア子爵の服装は貴族服のまま、手には先程俺が暗黒騎士の姿の時に持っていた鞭を持っていた。多分愛用の武器なんだろう。

 彼女の表情は顎を軽く上げ、口の片側の口角を上げて見下した態度だ。負ける筈がない、そんな様子だ……何でそんなに自信満々なんだ? 勝てる根拠はどこからくる?

 この子爵の意図……いや思考がよく分からない。


「謝るなら今のうちよ、人間!」

「謝ったら許してくれるのか?」

「笑止、そんな訳あるまい!」


 どの道、戦うのか。

 短い会話が終わると同時に、鞭をしならせて攻撃を仕掛けてくるステア子爵。

 前回と全く同じ攻撃だ。

 俺は同じように鞭を交わしながら子爵の懐に近付く。


「ば、馬鹿な何故当たらん……あれ、前にも同じような事が……?」


 一瞬呆けるステア子爵、戦闘中に気を抜いちゃいけないな。

 まぁ、気を抜いていようと用心してようと、結果は変わらないがな。


「グッ」


 一瞬の間に背後に回り、子爵の意識を刈り取った後、倒れた彼女を抱きとめる。

 ここまで前回と全く同じだ。今回は彼女を預ける騎士が周りに居ないので、俺が抱きかかえたままだった。

 一応遠巻きに俺達を観戦していたレオナールに、彼女を預けようとしたが拒否された。おいおい、お前の部下だろうに……。


 仕方が無いので彼女を抱えて屋敷に入りベットに寝かせる。

 周りでセーラとクラリッサがギャーギャー騒いでいたが無視をする。全くうるさいな、じゃあお前達が俺の代わりに運べよ。


「……ここは?」


 ステア子爵が目を覚ます前にお暇しようとしていたが、案外直ぐに目を覚ました。なるべく目を合わせないようにしよう……。


「気付いたかステア」

「レオナール様、私は……はっ!」

「ははは、今日叩きのめされたのは二回目だろう?」

「はっ、何故それを!」

「聞いたぞ、お前が他の勇者二人を捕まえた時に、黒い鎧の男に倒されただろう」

「え、えええっ! 知っていたのですか? レオナール様!」

「しかも今度は勇者に倒されるとはな」

「も、も、も、も、申し訳ありません、レオナール様の顔に泥を塗るような真似をしてしまいまして」


 レオナールはあの暗黒騎士と俺が同一人物だと知ってるはずなんだが、ステア子爵をからかっている様だ……。滑稽な様子に笑いたいのを我慢して、素知らぬ顔に務める。


「しかし傑作だった、貴様が倒されて陸が抱きかかえながらここまで運ぶ間、白目をむいてだらしなく開いた口から涎を垂らしていた貴様の姿が、ふはははっ、いやすまん」

「あああああああ!」


 両手を頭に当て絶叫するステア子爵。美人の部類に入るが非常に残念な女性だ。


「な、何てこと……相手は勇者とは言え人間……負けた上に、恥ずかしい姿を……」


 恥ずかしいと言うより、情けない姿な。

 チラチラとこちらを見ては何やら考え込むステア子爵、何か言いたいなら早く言ってくれ、俺はもうこの屋敷から出たいのだが。


「も、もう、お嫁には行けん……」


 嫁に行くつもりだったのか、それは悪い事をした。まぁ、自業自得だから諦めてくれ。


「い、いや私は領主だった、婿を貰わねばならなかった……」


 だよな、おかしいとは思った。


「ま、まぁ人間でしかも顔は好みでは無いが、私を倒す程の力の持ち主だ……婿としても問題あるまい……」


 はぁ? ちょっと何を言っているのか分からない。

 顔を赤くしてこちらをじっと見ているステア子爵。黙っていたら美人なのに……でも残念美女だからなぁ


「あああああ! 陸さんがまたフラグを立ててるわ、さっさとへし折らないと!」


 セーラがそう言うや否や、ステア子爵の背後に回り手刀を叩き込んでいた。

 ステア子爵は今起きたばかりのベッドにまた倒れ込んだのだった。

 ……セーラ、お前何でそんな言葉を知っているんだ? 

 まぁ、俺より長く生きているだろうし、昔に召喚された勇者が言っていたのかもしれない。異世界だし時間軸とか結構いい加減かもしれないし、知らんけど。

 それに大概の事ならセーラだからで済みそうだしな。


「……何をしてるのだセーラ?」


 セーラの奇行にレオナールが苦言を呈する。


「え? だって陸さんに色目を使ったのよ、殺されないだけマシだと思ってほしいわ」

「そ、そうか……」


 流石の金獅子レオナールもセーラの滅茶苦茶な文句に苦笑いで答えるしかない。

 しかしセーラの奴、子爵の気の迷いにそんなに目くじら立てる事もないだろうに。

 あの高慢で残念な子爵は起きたら正気を取り戻して、俺を小馬鹿にするに決まっているじゃないか。

 何はともあれ面倒臭い子爵様は夢の中だ。今のうちに退散するに限る。

 部屋で眠るステア子爵を一人残し、レオナールも含め屋敷から出た。

 屋敷から出る際に、使用人に子爵を起こさない様に言うのを忘れない、起きると面倒だからな。


 なるべく早くこの町から出る事にしよう。その意見に関しては幸い全員が賛成してくれたのだった。

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