6・命名
俺達が寝泊まりしていた城下町にも、その奴隷管理事務所なるものがあったので、先に立ち寄り俺の奴隷としての登録を完了させた。
しかし彼女にしてみれば目を覚ましたら違う主人だ、どんな罵声を浴びせられるか分かったものではない。
ああ、奴隷なら主人への罵声は駄目か。買うつもりもなかったし、興味もなかったから分からん。
案の定、いつもの宿屋には断られたので、町外れの宿に行く。
黒歴史君が言ってたように確かにボロボロの宿屋があった、ここなら奴隷同伴OKな筈である。
仕方ない今日はここに泊まるか。
この宿屋は、ぼろいだけで治安は悪くない様だった。
部屋の中も値段に対してそんなに悪くはない、何が不満だったのだろうか黒歴史君は。
アレか、勇者だからこんなボロ屋には泊まりたくないってことなのか? まぁ、あいつの考えてる事なんて知りたくもないから、頭の中から奴の事は追い出した。
「うう~ん、ここは……?」
獣人の少女が目を覚ました。クラリッサが介抱していて、俺は離れた椅子に座っている。
獣人の少女は飛び上がり警戒しながら俺達を睨みつけた。まぁそうなるよな。
「落ち着いて下さい、貴方はそこにおられる陸さんに買われたのですよ」
「か、買われた、あたしがかい?……み、みんなは他の皆はどうしたんだ!」
いかん、俺が少女を買ったって、別の意味に聞こえるぞ。言葉は間違いではないのだが……。
「残念ながら元の勇者様の所です。死にかけて要らなくなった貴方だけを売りつけられたのです」
「そ、そうだったのか……」
こうやって言葉にすると外道の行いだよな。今は俺も奴隷を所持している立場だから人の事は言えないがな。
「おい、あんた! あたしを買った勇者だろ? 悪いがあいつの所に戻してくれ、あそこには姉ちゃんが居るんだ、頼むよ」
ああ、ひょっとして苦んでいたこの少女に寄り添っていた、そして別れの際に頭を下げてた娘か。
「それは出来ません、貴方は陸さんに買われたのですから」
「あんたには聞いて無いんだよ、そこの冴えない兄ちゃんに聞いてるんだ!」
ふむ、冴えない兄ちゃんか、的確な表現だな。嬉しくは無いが。
「なら勝手にするがいい。クラリッサ、契約を破棄するにはどうすればいい?」
「いけません、奴隷をそう簡単に解放しては。お分かりと思いますが言う事を聞かなくなってしまいますよ」
「分かってる、元々奴隷など買うつもりは無かったんだ……だが買値の金貨五枚分くらいは働いてもらいたかったがな」
どうせこの少女は言う事を聞かないだろう。
言う事を聞かせる為に、俺もあの黒歴史君と同じように少女を苦しませるのは趣味ではない。それに万一にも殺してしまったら目寝覚めが悪くなるしな。
もし同じ世界から来た頭がお花畑な勇者共がそれを知ったら、確実に見下されるだろう。
口も悪いし態度も悪い、あの黒歴史君も手を持て余していたに違いない……いや、そういう趣旨が好きな奴もいるからなぁ。
あいつ殺しそうになってバツが悪くなったか? いやそれこそ無いか。ともかく金貨五枚は惜しいがどうしようも無い。
「き、金貨五枚だって? あたしは姉ちゃんのおまけで金貨一枚の在庫処分だって言ってたぞ」
「はぁ、金貨一枚?」
「まぁ、すみません陸さん。いくら一般の雇い主には人気の無い獣人の少女とはいえ、まさかこんなに低い値だったとは……」
あの野郎、道理でウキウキになってた筈だ、とんだ詐欺師じゃねぇか。
よくよく考えたら奴隷商に売ってもよかった。
だが今の話が本当なら、買値金貨一枚だと売値は一体どこまで落ちるのか……。やはり自由にしてから、穏便にここから立ち去ってもらおう。
少女は何やら考え込んでいる、解放してやると言っているのだからもっと喜べよ。
「なぁ、あいつはよく逆らう私には辛く当たってたが、従順にしていればあまり酷い事はされなかった。姉ちゃんは大丈夫だと思うか?」
「さぁな、それは俺では判断できん」
「……そうだよな」
それでも、あまり酷い事なのか。
「決めた、どうせ奴隷である以上あたしも姉ちゃんも逃げれない。なら、あたしはあんたがあたしに払った分は働くことにする!」
何ですと? 気持ちはありがたいが足手まといは要らないのだけど。
「よく言いました、陸さんと私が貴方を立派な勇者の従者に育ててあげます!」
「本当か、あたし頑張るぜ!」
「その意気です、いいですよね陸さん?」
「えっ……あ、ああ、そうだな」
またしても断れなくなってしまった。
まさか俺への嫌がらせの為にわざとやっているのかクラリッサ? 俺を困らせて遊ぶなんて何て悪趣味な娘なんだ。全く恐ろしい娘である。
「じゃああたしに名前を付けてくれ」
「名前、どういう事だ?」
「陸さん、通常は奴隷契約が完了しましたら、新たに名前を与えるものなのです」
「そういうものなのか、黒歴……じゃない前の主の時は何て呼ばれていたんだ?」
「あ、え~と確か、ハーマイオニーだったかな?」
オタク丸出しの名前じゃんか、あいつの神経凄げぇな!
「元々の名前は、生まれた時に付けてもらった名前は何て言うんだ?」
「え、リタだけど」
「じゃあリタにするか、呼ばれ慣れている方がいいだろう?」
「いいのか? そりゃ馴染みのある名前だしありがたいけど……」
「陸さんが良いと言ったら良いのですよ、リタ」
「そうか、そうだよな、ありがと、えっと……陸?」
「こら! ちゃんと様を付けなさい!」
獣人の少女リタはやっと笑った。元の名前で呼ばれるのがそんなに嬉しかったのか。
そんなこんなで、背が低くきつい目つきをしている獣耳の少女が仲間に加わる事になった。
……おかしいな俺は屈強な男戦士が欲しかった筈なのに、何故こうなったのだろう。
成り行きとは言え奴隷の少女リタを、パーティメンバーとして加える事となった。
元々奴隷なんて手に入れるつもりなど無かったし、どうしてもというなら戦闘力のある、なるべくタフな男を入れたかった。
無論、俺が生き残る為である。
……まぁ過ぎた事を考えても仕方ない、幸いリタは買われた分のお金くらいは返すつもりで働くそうなので、それに期待しようと思う。だがまだまだ俺の出費は続くのだ……。
朝からリタの汚れた体とボサボサの髪を綺麗にして、クラリッサはリタを連れて装備の買い出しに出かけた。
勿論、それらの金を出すのは俺だ。クラリッサは何だかんだで俺から金をむしり取って行くつもりのようだ、何度も言うが恐ろしい娘である。
俺はというと、魔法を覚える為に魔導書と睨めっこしている。
そう、魔法は勉強して覚えるものなのだ。
幸いにして召喚時の翻訳魔法のおかげで言語は理解できるし文字も読めるので、後は本人の努力次第な訳だ。
いつ彼女等に裏切られて路頭に迷う事があったとしても、生き残る術は確保していたいからな。
昼に差し掛かる頃、すっかり見違えたリタが目の前に現れた。人間、いや獣人も変われば変わるものだ。
「ど、どうだ? 陸……様」
ボサボサだった肩にかかるくらいの黒に近い茶色の髪は綺麗に手入れされ、汚れた顔や身体も磨かれたように美しく清潔になっている。大き目の少しつり上がった黒い目が際立ってとてもチャーミングだ。
身体は俺より年下だけあってまだ発展途上の様だが、将来が楽しみな素材だと思う。
リタは鮮やかな青色の衣服に胸当てを身に着けた軽装備の戦士スタイルだが、クラリッサのセンスがいいのか、非常に似合っていて中々可愛い姿だった。
昨日まで着ていた薄汚れた布の服とは大違いだ。馬子にも衣装ならぬ獣娘に衣装である。
無論俺はその愛らしい姿のリタを見ても俺は動じることは無い。獣娘にうつつを抜かし足をすくわれる間抜けでは無いからな。