54・ヴィクトリア 3
逸る気持ちを落ち着かせ、予定外で想定外の方々を連れて我が家であるクインズの城に戻ります。
エリザベートは自分の城でも無いのにズカズカとクインズ家の令嬢である私を差し置いて歩きて行きます。
待ちなさいってば! それでも一国の王女ですか貴方は!
ようやく陸様が待つ部屋に辿り着くとそこには……え、誰?
そこに居たのは陸様ではなく、空と名乗る勇者でした。
しかもこの勇者、強く優しく更に立派な陸様とは違い、粗暴で下品な男でした。
陸様の名を騙ったこの空という勇者に、陸様の素晴らしさと阿保面の貴方とは全然違うと正論を言ったところ、勇者空は侮辱されたと逆上して椅子から立ち上がりました。
明らかに高貴な私やエリザベートの言葉には馬鹿にした態度で「痛い目にあってもらうか」と脅してきましたが、何を思ったか冒険者であるのエリザベートが連れてきたお連れには、問答無用で切りかかって来たのです。
ここは公爵家の城の中ですよ? 信じられない暴挙です!
それを止めたのは誰であろう本物の陸様だったのです。
一体いつの間にここに来ていたのでしょうか? いえ、今はそんな些細な事はどうでもいいのです。
そう、陸様がここに……クインズの城に居るという事が重要なのですから。
あっさりと陸様に返り討ちにされた空という勇者は、慌てて城から逃げ出してしまいました。
ふん、所詮は紛い物の小物、陸様の敵では無かったのですわ。
私は勿論、エリザベートとその従者二人も陸様に積もる話があるそうで、それならばと夕食後にたっぷりと時間を取る事に決まりました。
さぁ、戦闘準備開始です。
何を? 決まってるではありませんか、陸様に気に入ってもらえるために着飾るのです。
幸いにしてここは私の城、勝つためのドレスは無数に用意されているのですから!
夕食の場に着いた私は好敵手であるエリザベートに目をやります……ふっ勝った!
見たところ綺麗に着飾ってはいますが、彼女はこういう姿があまり得意じゃなさそうですわ。
可哀想な従者の二人に衣装を貸し与える事にしました、まだここには来てませんがそこそこ美しくはなるでしょう。
ですが残念ながら私の相手にはなり得ませんわ。相手が悪かったようですわね。
あ、そうそうあの聖女とか言う胸女も居ましたね。武士の情けですわ、私の持つ一番地味で安いドレスを貸してあげましょう。
陸様はあの胸女に興味が無いのは城で見ていて知ってますしね、精々陸様に好かれるように足掻きなさいな。
……遅い、何をしているのかしら陸様は、レディを待たせるなんて何ていけない人なのでしょう、ふふふ。
そう言えば、エリザベートの従者の二人と胸女も来てませんわね。
せっかく特別に席を一緒にさせてあげたのに失礼な方々ですわ。所詮は下賤な身分の者達ですわね。
「あの獣人の少女は違うが、クラリッサはこの国のコナー男爵の令嬢だぞ」
「そうだったんですの、存じませんでしたわ」
あの娘も貴族令嬢でしたのね。私の様な上流貴族ではなく、下級貴族ですが。
なら尚更、上位の私を待たせるなんて無礼な娘ですわね。
あっ、陸様は良いのですのよ、殿方に焦らされるのはそんなに嫌ではありませんから。
あまりにも遅いので使用人に呼びに行かせたところ、事件が起きていたのです。
『勇者陸を始めその仲間は預かった、俺を馬鹿にした報いを受けるがいい―勇者空』
な、な、何ですって!
なんという卑劣な男なのですか、あの空とか言う勇者は!
……ですが私は全てを理解しました。
きっと陸様は襲い掛かって来た勇者空達を返り討ちにした筈ですが、従者がさらわれた事に気付き、高貴な私達に迷惑をかけない為にお一人で従者を救いに行ったに違いないのです!
ええ、彼の考えている事などお見通しなのですわ。
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そう言えば話は変わりますが、先日侯爵であるお父様から大切な話があると、真剣な顔で切り出されました。
「ヴィクトリア、実はハンス王子との事なのだが……」
何でもハンス王子はご自分の妻となる正室を私では無く、アルメリアの第三王女エリザベートに決めたと突然言い出したそうです。
陸様を探しに来ていたエリザベートと会い、エリザベートを気に入ったらしいですわ。
あらあら、きっと王城ではエリザベートは猫でも被っていたのでしょうね。
キングスの王族と会うのにいつもの粗暴な態度で謁見する訳にはいかないですから。
そして私は側室扱いだそうですわ。
しかしあの王子、まだ私を妻に迎える気があったとは驚きです。
聖女を得る為に私を賭けの対象とした事はまだしも、襲い掛かるアルティメイトモンスターへの囮になるように私を切り捨てた挙げ句、自分は城に逃げ込んだ男が今更何を言うのでしょうか?
それ以前に私は王子に何の未練もありませんし、大体私を賭けた勝負はあの状況ならアルティメイトモンスターを追い払った陸様の勝ちに決まってますでしょう? でしたのなら私は既に陸様のものという事ですわ。
エリザベートの様子からしてその話はまだ彼女は知らない様です……うん、私が敢えていう事では無いですね。
彼女が知る事になるその時まで放っておきましょう、それが良いですわ。
フフッ、安心して下さいエリザベート、私はハンス王子に嫁ぐつもりは全くありませんし、陸様の事は私に任せてハンス王子とお幸せになってくださいな。
……なんて思わないでも無いですが、正直に言いますとハンス王子はエリザベートの王女らしからぬ粗暴な性格を知れば、直ぐにエリザベートを私と同じように疎ましく思うでしょうね。
そうなればあのハンス王子の事です、国の事など考えずに簡単に婚約を破棄をして、その結果彼女はまた陸様を追いまわす事になるでしょう。
当然そんな事になっても私は陸様を渡す気は無いですが。
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何てことでしょう、陸様の行方が掴めなくなってしまいました。
エリザベートの方も独自の諜報機関を使って後を追っていた様ですが、足取りがつかめていない様です。
一か月も過ぎた頃、やっと陸様の行方が判明したのでした。
魔法の都ケビン、そのに陸様がいらっしゃるらしいのです。
賢者の名を町の名にしたその都市には、公爵令嬢にして魔法使いの私が何度も足を運んだことがある場所ですわ。
そこには当然、賢者ケビン様がいらっしゃいます。
私はキングスの王宮魔術士に紹介して頂き、賢者ケビン様の門下生として修業を数年いたしました。
ケビン様は魔法の実力もさることながら、権力には屈しない誇り高きお方です。
例え公爵令嬢の私とて才能が無ければ門下生として修業はさせてもらえなかったでしょう。
その賢者ケビン様が陸様の為に伝説の魔導書をお渡しになったらしいのです。あのアルメリアの真の勇者とか言う三人組にも渡す事が無かった魔導書をですよ。
アルメニアの王女であるエリザベートが傍に居るので、敢えて口には出しませんが、真の勇者はあの三人ではなくて陸様の事ではないのかしら?
もしあの三人が真の勇者だと本気で考えているのなら、アルメリアの方々は見る目がないと言わざるを得ないでしょう。
久しぶりに師である賢者ケビン様にお会いし、挨拶を済ませると早速陸様の行方を聞き出しました。
……ああ、何てタイミングが悪いのでしょうか。
陸様は既にこの魔法の都ケビンを発ち、あの従者の一人コナー男爵の娘クラリッサの領地に向かったそうです。
あの娘も陸様を慕っているようですが、下級貴族の彼女では陸様に釣り合いません。残念ながら諦めてもらうしかないのです。
陸様に寄りそう資格があるのは私の様な高貴な者だけなのですから。
そうそう、彼女クラリッサも賢者ケビン様の門下生だそうで、そうなると私と彼女は姉妹弟子と言うことになるのかしら。
当然高貴な私の方が姉ということでいいですわよね。
入門した順番? ほほほ、そんなのは関係ありませんわ、だって私は公爵令嬢で彼女は男爵令嬢ですもの、異論は認めませんわ。
はっ! そんなことより今は陸様です。
私はエリザベートと共に護衛を引き連れ、コナー家に向かう事になったのです。
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信じられない。
ええ、全く信じられませんわ。
コナー男爵家を訪れた私達を迎えたコナー男爵夫妻は、勇者である陸様を自分達の娘クラリッサの世話をしている下人と思い込み、一日とは言え使用人の小屋に泊まらせたというのです。
勇者陸様の従者であるクラリッサが屋敷に居ながらですわよ?
当の本人であるクラリッサが気付かないなんてことが在り得ますか? 案の定陸様はコナー男爵家に愛想を尽かしたのでしょう、彼は既に姿を消しておられました。
陸様はお優しい方ですから、きっとクラリッサに追及などせずに黙ってこの地を去ったのでしょう。
私は彼にこんな仕打ちをしたコナー男爵や、娘のクラリッサを許す事はできそうにありません。早速クラリッサを問い詰めようとしたところ、彼女の姿も見当たりません。それどころか彼女の仲間である獣人の少女とあの胸女の聖女もです。
「やられた、逃げられたようね」
あの三人はグルで私とエリザベートから逃げだしたのです、きっと陸さんを追っているに違いありません。
その後、私は陸様を見つけるというエリザベートと共通の目的の為、彼女と行動を共にします。
ええ、わかってます。もし陸様がアルメリアの言う真の勇者だったのなら、きっと陸様の傍らには私とエリザベートがいたでしょう。
陸様に取り返しのつかない失礼な事をしたクラリッサと、聖女とは名ばかりのセーラとかいう淫乱胸女、そして元奴隷と聞いている下賤な獣人の少女なぞ陸様に近寄るべきでは無いのです。
私は本来あるべき高貴で正しい陸様のパーティの姿を想像し、思わず口角が上がります。
さぁ、陸様の捜索を続けるとしましょう。隣に居るこのがさつですが高貴な隣国の王女殿下と共に。




