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5・譲渡

 うん、よく眠れた。

 俺は狭い部屋で大きく伸びをする。

 案の定、個室はかなり狭かったが、鍵がかかっているのでクラリッサに襲われる心配が無いので安心だ。やはり朝はこうでなくてはいけないな。

 一階に降りると酒場になっていた場所は食堂と化していた。

 俺は軽い朝食を頼んで空いている席に着くと、何気なく辺りを見回した。するとその中にクラリッサが居て目が合う。

 クラリッサは自分のパンとスープの乗っていたお盆を持って、俺の隣の席に移動してきた。


「もぅ、何で別の場所に座っちゃうんですか!」

「悪い、座ってから気が付いたんだ」


 本当に気付かなかった、早起きなんだなクラリッサ。

 クラリッサも本気で怒ってるわけでも無いので、他愛の無い雑談をしながら朝食を終えた。

 いくら俺がコミュ症でも流石に慣れてきたのか、なんとかクラリッサと会話をする事ができていた。

 ……え、何だって? 本当のコミュ症なら慣れても会話なんかできないって? はははっ、そんな馬鹿な。まるで俺がコミュ症じゃないみたいじゃないか。

 さて、それはさておき今日はどこまで行こうか。昨日は途中で寝てしまったからな。


 昨日来た森の入り口にあるログハウスまで来た。ここから先はモンスターとの遭遇率が跳ね上がるらしく、比例して凶暴さも増すとの事だ。


「陸さんここからがある意味本番です、気を引き締めて行きましょう」

「ああ、そうだな」


 そう言えばあの黒歴史君はこの森の奥から来たな、この先に例の町があるのだろうか?


「クラリッサ、この森を抜けたらあの奴隷商のある町じゃないのか? 治安は大丈夫なのか?」


 町の外が物騒なのに、町の中まで危険なのは正直いただけない。


「大丈夫ですよ、普段はとても良い町ですし、奴隷商もこの時期にしかいません。それに奴隷商の店は町の外れの方にあるそうです」


 この時期……つまり俺達の様な勇者が召喚された時期の事だな。

 俺は昨日の胸糞の悪い黒歴史君を思い出した。

 ……そんなに奴隷を買う阿呆が多いのか。

 勿論、俺が言ってる阿呆は戦力としてでは無く、愛玩用に買う馬鹿な奴等の事だ。

 無論、女性でも戦闘力に特化してるなら文句は無いのだが、昨日の黒歴史君のパーティのように戦闘に向かない少女達をメンバーにするのは明らかにおかしいだろう。

 まぁ、俺がどうこう言ってもどうしようもないが。


 森に入り少し強くなったモンスター達を倒して進む。

 回復と攻撃の両方の魔法を覚える勇者の俺と、高レベルの魔法使いのクラリッサ、魔力さえ尽きなければかなり強いパーティだが、俺のレベルが低いのと何せ二人だけなので総合的な戦力が不足している。

 まぁ現状ではどうという事は無いのだが、いずれ頭打ちになるのではないかと思っている。少人数で渡り歩けるほど世の中甘くは無いからな。

 ちなみに魔法は勝手に覚える事は無く、魔導書を買って覚えるのだ。

 この魔道書だが思いの外に値段が高い。幸い勇者価格で多少割り引いて貰ってはいる、国の補助が出るそうだ。

 とてもありがたいが、序盤くらいは只で魔導書を配ってくれてもいいのに……只より高い物は無いと思う事にしよう。


「陸さん、何か聞こえませんか?」

「ああ、何だろう」


 何か潰れた様な呻き声とも鳴き声ともとれる音、瀕死のモンスターでも居るのかと思い、森をかき分けて慎重に近づいてみると……。

 そこには昨日の黒歴史君と獣人少女の奴隷達が居た。

 だが何か様子が変だ。獣人の少女の内、一人が苦しそうに首を押え転げ回っている。


「何をしてるのですか、やめなさい、死んでしまいますよ!」


 クラリッサが慌ててそこに駆け寄る。それに気付いた黒歴史君は、苦しんでいた獣人の少女の拘束された首輪の締め付けを緩めた。

 成程、アレはやっぱり言う事を聞かない時に閉まる首輪だったか。しかし今の締まり方は、本当に死にそうな締め具合だったぞ。


「俺の勝手だろ、こいつ等は俺のモノなんだからな!」

「そうであってももう少し大切になさったらどうなんですか、可哀想にこんなに苦しんで」


 厳しい言い方になるが、奴隷として買ったなら確かに黒歴史君の言う通りだ。恐らく彼女達には人権が無い。

 獣人の少女の中で一番年長者らしき少女が、苦しんでる少女に寄り添りながら嗚咽を漏らして泣いていた。姉妹か、もしくは親友なのだろうか。

 クラリッサは俺を涙目で見つめる、この苦しんでいる少女を癒せって事か……レベルが高くとも魔法使いのクラリッサには魔法による回復手段が乏しい筈だ。

 意識が混濁して痙攣している少女を癒すには、俺が回復魔法をかけてやるしかない。何故なら黒歴史君は魔法をかける様子が全く無いからだ。

 やれやれ、仕方ないな。俺とて幼い少女が苦しんでいる姿を見て喜ぶ趣味はないからな。

 淡い光が少女の身体を包みむと、苦しそうに悶えていた様子が次第に収まっていく。首の傷跡は消え、少女は安らかな寝息をたてて眠っていた。

 流石は神官に匹敵する回復魔法だ、便利すぎる。

 苦しさから解放された少女を見て、寄り添っていた少女が何度も頭を下げる、他の獣人の少女達も安堵の表情を浮かべていた。


「ふん、勝手に直しやがって、こいつ生意気だから躾をしてたんだよ。最初から殺すつもりなんかなかったさ」


 それを聞いて獣人の少女達はまた怯えだした。同じ境遇の少女がこんな目に遭っているんだ、次は自分かもしれないと思っているんだろう。

 しかし、この黒歴史君の言い訳は全く信用出来ない。

 何故なら実際にクラリッサに止められるまで、荒い息をたてて興奮してたじゃないか。苦しむ少女を見て興奮か? 俺が言うのも何だが、こいつはまともではないな。

 黒歴史君はその回復して眠っている少女を見ながら、ポンと手を叩いた。


「なぁなぁ、こいつ買わねぇか?」

「はっ、何言ってんだ?」

「こいつ言う事を聞かなくて困ってたんだよ。強制すると嫌がってこのザマさ、それにさ金も尽きてきてたしさ、買った時と同じ金貨十枚でいいぞ」

「……おい、俺達が王様から貰った金額は金貨十枚だ、それじゃあ奴隷の人数と合わないぞ、嘘をつくならもっと上手につけ」

「ああ、知らねえのか? 俺達勇者は特別に国から借金が出来るんだぜ、しかも金貨五十枚までだ」


 いやいやおかしいだろ、返す見込みどころか勇者が死んだら誰がその借金返すんだよ。


「そんなうまい話があるか!」

「ちっちっちっ、あるんだなそれが。救済処置だそうで特別に先着三名までだ。残念ながらもう締め切られているぞ、俺が最後だったからな。その金はこの国の税金が充てられるそうだから気にしなくていいぜ」


 阿呆か、気にしろよ! 

 しかし知らなかったなそんな事。クラリッサに顔を向けると首を横に振る。どうやらクラリッサも知らなかった様だ。どこからそんな情報仕入れてくるんだよ。

 ともかく、その金で奴隷を買ったのか。道理で五人も奴隷がいる訳だ。


「そういう訳だ、特別に金貨九枚と銀貨九枚にまけてやろう。どうだ、いい買い物だろ」


 黒歴史君の後ろで震えている獣人の少女達が首を横に振る。嘘か……これが黒歴史君にばれたら、きっとあの子達も躾の名のもとに罰が与えられるだろう、ここは黙っておくことにする。


 それにしても俺は買うなんて一言も言ってはいない。この少女には悪いが足手まといの少女なんて要らないのだ。

 断ろうとしたその時、クラリッサが俺に耳打ちをした。


「陸さん、私はそんなに詳しくは無いのですが、あの位の獣人の少女なら金貨五枚が相場かと……」


 あの~クラリッサさん、お前まであの少女を俺に買えとおっしゃるのか?

 こんな事してたら金がいくらあっても足りないぞ。

 俺が耳打ちされているのを見た黒歴史君は、流石に嘘は通用しないと思ったのか指を俺につき出し叫んだ。


「クソッ、金貨五枚だ持ってけ泥棒!」

「誰が泥棒だ!」


 ああっ、違った所に突っ込みを入れてしまった。

 使えない奴隷なんて要らないと突っ返そうとしたところ、クラリッサがまた余計な事をする。眠っている獣人少女を抱え頭を撫でながら俺を見た。


「陸さん、早速宿に戻ってこの子の手当てをいたしましょう。陸さんの回復魔法で少しは良くなりましたがかなり弱っているようです、急ぎましょう」


 ……もう決定な訳だ、そうなんだな。

 渋々黒歴史君に金貨を渡す。非常に不本意だが、現場の雰囲気が断る事を許さない。

 残った獣人の少女達は安心したのが半分、羨ましそうにしてたのが半分だ。

 まぁクラリッサは別でも、俺はあの黒歴史君と同じ憎っくき勇者だからな。彼女達にしてみれば、たとえ譲渡されたとしても、安心できるかどうかは分からないだろうからな。

 鞄から一枚の契約書を取り出す黒歴史君。奴隷の契約書らしい。

 それと金貨と引き換えだ。所有者の切り替えは町の奴隷管理事務所でできるらしい。

 ……奴隷管理事務所ってなんだよ、怪しさ満載じゃないか。

 黒歴史君は金貨を受け取ると、大喜びで道に沿って森の奥に走って行った。

 まさか今の金貨で新しく奴隷を買うつもりじゃないだろうな……。

 残ってた獣人の少女達も黒歴史君を追いかけて後を追って行く。

 その中の一人の少女が悲し気な目で深々と俺達にお礼をした。彼女は苦しんでいた少女に寄り添い泣いていた少女だった。

 ああいう少女は戦闘ではなく、メイドとかになればいい仕事しただろうに。適材適所という言葉を知らんのか、あの黒歴史君は……知らんのだろうな。

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